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08 お披露目舞踏会
5 公子様との入場3
しおりを挟むすでに会場内で、伯爵に賛同する者など一人もいない。
私生児の公子よりも、自分のほうが高貴な人間だと思い込んでいた伯爵は、ようやくそれが間違いだったことに、気がついた。
貴族社会は地位が絶対。私生児だろうが公王の血を受け継いでいるなら、正当な公子であることには変わりない。第二公子はその権力を、いつでも振りかざせる立場にいたのだ。
その場面を今まで目にすることがなかったのは、第二公子が貴族へ配慮の姿勢を見せていたから。それにも気づかず、伯爵は奢り高ぶり、公子が何の力もない弱い人間だと勘違いをしていた。
ヘルマン伯爵は今になって、ようやく自分の過ちを悔やみ始めたが、全てが手遅れであった。
由緒正しい家柄のヘルマン伯爵が、意気消沈した様子で連行されていくのを見守っていた貴族達は、否が応でも自分達の置かれた立場に気づかされる。彼らは次々と、アレクシスとリズに向けて頭を下げ始めた。
「第二公子殿下、どうか無礼をお許しください!」
「我々が間違っておりました。何卒、寛大なる処罰を!」
「魔女様に心から、お詫び申し上げます!」
(素直と言うべきか。変わり身が早いと言うべきか……)
貴族達の急変した態度に、リズは呆気にとられた。
アレクシスはどうするのだろうかと思ったリズは、彼へ視線を向けてみる。貴族達を見渡しているアレクシスの表情は、驚くほど冷たい。
「これだけは肝に銘じておいてほしい。僕は妹を、この世の何よりも大切にしている。今後一切、妹への侮辱は許さない」
先ほどの罵りは許してもらえないと判断した貴族達は、愕然としたように頭を垂れる。そこへアレクシスは、少し口調を和らげながら言葉を続けた。
「けれど、今日は妹の大切なお披露目の舞踏会だ。参加者がいないと、妹ががっかりしてしまう。リズを公女として認め、誠意ある態度が取れるなら、先ほどの侮辱に対しては不問にしようと思う。どうかな?」
場を和ませるのが得意なアレクシスにより、幽閉塔への恐怖から開放された貴族達は、ほっとしたように表情を和らげる。
彼らは口々に、リズへの謝罪を述べ、公女として認めると宣言した。
(上手くまとまったみたいだけど、なんか腑に落ちないな……)
アレクシスは全力でリズを守ってくれたが、アレクシスへの侮辱に対する問題は何一つ解決されていない。
リズとしても貴族に一言いってやりたいが、実子である公子ですらこれほど苦労しているなら、養女のリズでは聞く耳を持ってもらえそうにない。
(ここはやっぱり、アレクシスの口から言ってもらったほうがいいよね)
「アレクシス、耳を貸して」
気持ちを代弁してもらうために、リズはアレクシスに耳打ちした。すると冷たかったアレクシスの表情は緩み、徐々に口角が上がっていく。
それを隠すためか、アレクシスは口元に手を当てながら、再び貴族達に視線を向けた。
「それから……。僕の妹は、僕が侮辱される姿を見ると、辛いみたいなんだ。だから、妹の前では僕の侮辱を言わないであげてね」
口元を隠したところで、デレデレなのが丸わかりの雰囲気で、アレクシスはそう述べた。
リズとしては先ほどと同様に、はっきりとアレクシスへの侮辱も止めるよう言ってほしかったのだ。しかし、アレクシスにとっては自身のことよりも、リズが心配してくれたことの方が重要だったらしい。
これではまるで「僕を心配してくれる妹が、可愛いでしょう?」と自慢しているようなものだ。
残念ながら、リズの意図した結果にはならなかったが、アレクシスのこんな表情を初めてみた貴族令嬢達には、衝撃的だったようだ。見えない弓矢に心臓を撃たれた者が、続出したらしい。
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