45 / 116
08 お披露目舞踏会
4 公子様との入場2
しおりを挟む
そう怒鳴り散らしたヘルマン伯爵は、顔がハッキリと確認できる辺りまで進むと、リズにちらりと視線を向ける。それから、ニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「ははん。無欲な公子といえども、男だったということか。その魔女にたぶらかされたようですな。結婚相手のいない公子にとっては、刺激が強すぎましたかな」
馬鹿にするようなヘルマン伯爵の口ぶりに、周りからも失笑が漏れる。それに気分を良くしたヘルマン伯爵は、さらに続けた。
「良い所を見せたいと、調子に乗っておられるようですが、それは王太子殿下のものですぞ。他人のおもちゃを取ってはいけないと、側室に習いませんでしたかな?」
私生児と罵られても、アレクシスは動じていないようだったが、リズの話題になった途端、彼は身体を震わせ始めた。
(アレクシスに、王太子の話は禁句なのに……)
大丈夫かな?と思ったリズが、チラリとアレクシスの顔を確認する。案の定、アレクシスは凍り付いてしまいそうなほど、冷たい視線をヘルマン伯爵に向けていた。
「リズを物扱いするだと? ……僕への無礼だけなら注意で済まそうと思ったけれど、妹への侮辱は許さない」
(あれ……、当て馬扱いされて怒ったんじゃないの?)
どうやらアレクシスにとっては、自分への侮辱や、当て馬扱いされることよりも、リズが侮辱されることが最も許せないようだ。
「聖女の生まれ代わりといえども、何度も王太子妃にさせられるのですから、おもちゃも同然でしょう。舞踏会の使節団として、王国から一人しか寄こさなかったのも、大切にされていない証拠です」
傍から見れば、そう解釈するのも不思議ではない。王太子の婚約者となる者の晴れ舞台だというのに、王国は使節団として一人しか送ってこなかった。
しかし小説どおりならば、使節団として派遣されてきた青年は、王太子が信頼する密偵。王太子は彼に、ヒロインの身辺調査をさせて、王太子がヒロインを虐めから救い出す際に役立てたのだ。
いわば、ヒーローの見せ場を盛り上げる、影の立役者だ。
今回もリズが虐められていないか、密かに調査する目的で来た可能性が高い。
「それはどうかな。王太子殿下は思慮深いお方だ。リズが公国で大切にされているか、少数精鋭で調査しにきたのでしょう?」
使節団の人数が多ければ、公国側としてもリズへ配慮しなければ恰好がつかないが、人数が少なければ『王国は、リズに興味がない』と判断し、ぼろを出す可能性が高い。
リズは小説の内容を、詳しくはアレクシスに伝えていないが、鋭いアレクシスは使節団が少ない理由に感づいたようだ。
王太子を褒めるのが悔しいのか、アレクシスは引きつった笑みを浮かべながら、使節団の青年へと視線を向ける。
突然に話題を振られた青年は、苦虫を噛み潰したような表情で一礼をした。
「第二公子殿下のご明察どおり、私は聖女様のお暮らしぶりを確認しに参りました。王太子殿下は、聖女様を大変大切にされております。その点はご留意くださいませ」
青年の任務は極秘だったのだろうが、アレクシスに王太子を立てられては、下手に否定して無能な王太子だと印象付けたくないのだろう。
正直に青年が事情を話すと、アレクシスは相手の弱点を見つけたかのように、小さく笑みをこぼす。
「つまり、僕の妹に何かあれば、王太子殿下は黙ってはいないということだよね。王太子殿下にお手を煩わせるのは、申し訳ない。妹の問題は、僕が処理しよう」
「そっ……それは……」
アレクシスが自ら対処するとは、思っていなかったのだろう。使節団の青年は動揺したように、言葉を漏らす。主人の見せ場が取られそうになっているのだから、無理もない。
しかし青年が言葉を続けるより先に、声を上げたのはヘルマン伯爵だった。
「ご冗談も、大概にしてください。貴族を処罰するには、それなりの権限が必要なのですよ。それとも公子殿下は、わざわざ裁判でも起こすつもりですかな?」
大声で笑いたてるヘルマン伯爵に、しかし賛同の意を表す者は少なかった。特にアレクシスの近くにいる貴族達は、怯えるような表情をヘルマン伯爵に向けている。
「ヘルマン伯爵……。これ以上は……」
「あまり怒らせると、本当に……」
ひそひそと呟くような貴族達の助言に、ヘルマン伯爵は眉をひそめる。そこへ「ヘルマン伯爵」と、アレクシスの重い声が響き渡った。
「リズへの侮辱は、公家への侮辱であり、ひいてはドルレーツ王国への侮辱。到底許されるものではない。公子の権限において、ヘルマン伯爵を幽閉塔へ監禁する」
「そのような、横暴が許されるはず――」
「伯爵。これが見えないの?」
アレクシスは人差し指を使い、公子の証を浮かせて見せる。
するとヘルマン伯爵は「う……嘘だろう……」と青ざめながら、後ずさりはじめた。
しかし、数歩下がったところで伯爵は人にぶつかる。振り返った伯爵は、騎士達に囲まれていることに気がつく。
「ははん。無欲な公子といえども、男だったということか。その魔女にたぶらかされたようですな。結婚相手のいない公子にとっては、刺激が強すぎましたかな」
馬鹿にするようなヘルマン伯爵の口ぶりに、周りからも失笑が漏れる。それに気分を良くしたヘルマン伯爵は、さらに続けた。
「良い所を見せたいと、調子に乗っておられるようですが、それは王太子殿下のものですぞ。他人のおもちゃを取ってはいけないと、側室に習いませんでしたかな?」
私生児と罵られても、アレクシスは動じていないようだったが、リズの話題になった途端、彼は身体を震わせ始めた。
(アレクシスに、王太子の話は禁句なのに……)
大丈夫かな?と思ったリズが、チラリとアレクシスの顔を確認する。案の定、アレクシスは凍り付いてしまいそうなほど、冷たい視線をヘルマン伯爵に向けていた。
「リズを物扱いするだと? ……僕への無礼だけなら注意で済まそうと思ったけれど、妹への侮辱は許さない」
(あれ……、当て馬扱いされて怒ったんじゃないの?)
どうやらアレクシスにとっては、自分への侮辱や、当て馬扱いされることよりも、リズが侮辱されることが最も許せないようだ。
「聖女の生まれ代わりといえども、何度も王太子妃にさせられるのですから、おもちゃも同然でしょう。舞踏会の使節団として、王国から一人しか寄こさなかったのも、大切にされていない証拠です」
傍から見れば、そう解釈するのも不思議ではない。王太子の婚約者となる者の晴れ舞台だというのに、王国は使節団として一人しか送ってこなかった。
しかし小説どおりならば、使節団として派遣されてきた青年は、王太子が信頼する密偵。王太子は彼に、ヒロインの身辺調査をさせて、王太子がヒロインを虐めから救い出す際に役立てたのだ。
いわば、ヒーローの見せ場を盛り上げる、影の立役者だ。
今回もリズが虐められていないか、密かに調査する目的で来た可能性が高い。
「それはどうかな。王太子殿下は思慮深いお方だ。リズが公国で大切にされているか、少数精鋭で調査しにきたのでしょう?」
使節団の人数が多ければ、公国側としてもリズへ配慮しなければ恰好がつかないが、人数が少なければ『王国は、リズに興味がない』と判断し、ぼろを出す可能性が高い。
リズは小説の内容を、詳しくはアレクシスに伝えていないが、鋭いアレクシスは使節団が少ない理由に感づいたようだ。
王太子を褒めるのが悔しいのか、アレクシスは引きつった笑みを浮かべながら、使節団の青年へと視線を向ける。
突然に話題を振られた青年は、苦虫を噛み潰したような表情で一礼をした。
「第二公子殿下のご明察どおり、私は聖女様のお暮らしぶりを確認しに参りました。王太子殿下は、聖女様を大変大切にされております。その点はご留意くださいませ」
青年の任務は極秘だったのだろうが、アレクシスに王太子を立てられては、下手に否定して無能な王太子だと印象付けたくないのだろう。
正直に青年が事情を話すと、アレクシスは相手の弱点を見つけたかのように、小さく笑みをこぼす。
「つまり、僕の妹に何かあれば、王太子殿下は黙ってはいないということだよね。王太子殿下にお手を煩わせるのは、申し訳ない。妹の問題は、僕が処理しよう」
「そっ……それは……」
アレクシスが自ら対処するとは、思っていなかったのだろう。使節団の青年は動揺したように、言葉を漏らす。主人の見せ場が取られそうになっているのだから、無理もない。
しかし青年が言葉を続けるより先に、声を上げたのはヘルマン伯爵だった。
「ご冗談も、大概にしてください。貴族を処罰するには、それなりの権限が必要なのですよ。それとも公子殿下は、わざわざ裁判でも起こすつもりですかな?」
大声で笑いたてるヘルマン伯爵に、しかし賛同の意を表す者は少なかった。特にアレクシスの近くにいる貴族達は、怯えるような表情をヘルマン伯爵に向けている。
「ヘルマン伯爵……。これ以上は……」
「あまり怒らせると、本当に……」
ひそひそと呟くような貴族達の助言に、ヘルマン伯爵は眉をひそめる。そこへ「ヘルマン伯爵」と、アレクシスの重い声が響き渡った。
「リズへの侮辱は、公家への侮辱であり、ひいてはドルレーツ王国への侮辱。到底許されるものではない。公子の権限において、ヘルマン伯爵を幽閉塔へ監禁する」
「そのような、横暴が許されるはず――」
「伯爵。これが見えないの?」
アレクシスは人差し指を使い、公子の証を浮かせて見せる。
するとヘルマン伯爵は「う……嘘だろう……」と青ざめながら、後ずさりはじめた。
しかし、数歩下がったところで伯爵は人にぶつかる。振り返った伯爵は、騎士達に囲まれていることに気がつく。
10
お気に入りに追加
486
あなたにおすすめの小説
愛されたくて悪役令嬢になりました ~前世も今もあなただけです~
miyoko
恋愛
前世で大地震に巻き込まれて、本当はおじいちゃんと一緒に天国へ行くはずだった真理。そこに天国でお仕事中?という色々と規格外の真理のおばあちゃんが現れて、真理は、おばあちゃんから素敵な恋をしてねとチャンスをもらうことに。その場所がなんと、両親が作った乙女ゲームの世界!そこには真理の大好きなアーサー様がいるのだけど、モブキャラのアーサー様の情報は少なくて、いつも悪役令嬢のそばにいるってことしか分からない。そこであえて悪役令嬢に転生することにした真理ことマリーは、十五年間そのことをすっかり忘れて悪役令嬢まっしぐら?前世では体が不自由だったせいか……健康な体を手に入れたマリー(真理)はカエルを捕まえたり、令嬢らしからぬ一面もあって……。明日はデビュタントなのに……。いい加減、思い出しなさい!しびれを切らしたおばあちゃんが・思い出させてくれたけど、間に合うのかしら……。
※初めての作品です。設定ゆるく、誤字脱字もあると思います。気にいっていただけたらポチッと投票頂けると嬉しいですm(_ _)m

モブはモブらしく生きたいのですっ!
このの
恋愛
公爵令嬢のローゼリアはある日前世の記憶を思い出す
そして自分は友人が好きだった乙女ゲームのたった一文しか出てこないモブだと知る!
「私は死にたくない!そして、ヒロインちゃんの恋愛を影から見ていたい!」
死亡フラグを無事折って、身分、容姿を隠し、学園に行こう!
そんなモブライフをするはずが…?
「あれ?攻略対象者の皆様、ナゼ私の所に?」
ご都合主義です。初めての投稿なので、修正バンバンします!
感想めっちゃ募集中です!
他の作品も是非見てね!

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~
浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。
「これってゲームの強制力?!」
周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。
※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない
櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。
手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。
大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。
成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで?
歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった!
出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。
騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる?
5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。
ハッピーエンドです。
完結しています。
小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない
天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。
だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる