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07 幼馴染の関係
3 (ローラント視点)
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アレクシスに下がるよう命じられたローラントは、行き場のない気持ちを抱えながら、闇雲に迷路庭を進んでいた。
ローラントのこの気持ちの根源は、幼い頃にまでさかのぼる。
元々、公王――当時の王弟と、ローラントの父バルリング伯爵は、幼馴染であり親友でもあった。アレクシスの母が王弟との間に子を授かると、王弟は心から信頼できる友に、母子の安全を託した。
アレクシスの母が住む村に小さな屋敷を建てた王弟は、そこの管理人にバルリング家を据た。そして村人からの目をそらすため、アレクシスの母は、屋敷の下女という名目で雇われた。
しかし、そんな経緯など知らないカルステンやローラントにとっては、アレクシスは単なる使用人の子供。尊重されるべきは、貴族であるバルリング兄弟だったにも関わらず、両親が気に掛けるのは常にアレクシスやアレクシスの母だった。
下女親子をたびたび食事に招いては、両親のほうが使用人かと思えるような振る舞いで親子をもてなし。バルリング兄弟とアレクシスが喧嘩しようものなら、真っ先に叱られるのはバルリング兄弟のほう。
王弟が忍びで訪れた際は、下女親子が王弟の部屋で寝泊まりまでしていた。
ローラントは成長するにつれて、その不自然さに疑問を感じるようになっていたが、兄のカルステンは気にする様子もなく、アレクシスを可愛がった。
だが、周りの者の愛情を一身に受けていたアレクシスは、徐々にそれを受け入れようとしなくなっていた。ローラントの両親からの気遣いに対して、遠慮するそぶりを見せ始め、毎日のように「遊んで!」とカルステンにせがんでいた姿を見なくなった。
使用人の子供としての自覚が、彼に芽生えたのかとローラントは思っていたが、愛情の拒否反応がローラントの前でだけおこなわれていると知り、複雑な気持ちになる。
家族からの愛情に、物足りなさを感じていたローラントの心をアレクシスは見透かし、配慮していたのだ。下女の子供に憐れみを向けられた悔しさから、ローラントは徐々にアレクシスを避けるようになる。
アレクシスの母が王弟の愛妾だと気がついたのは、ローラントが八歳になった頃。親の目を盗んで読んだ大人向けの小説が、そのような内容のものだった。
正式に妻と認められていない女の世話をすることが、両親の仕事だと知ったローラントは、心底この家が嫌になる。いつかこの家を出たいと思うようになったローラントは、それから冒険者の本ばかり読み漁るようになった。
しかし、ローラントが十歳になった頃。事態は一変した。王弟が公王として独立し、新しい国ができたのだ。下女親子は、正式に公王の妻子と認められ、アレクシスは公国の第二公子という地位についた。
両親は、これまでの苦労が報われたと喜んだが、ローラントはそんな気分にはなれなかった。なぜなら、アレクシスとともにアカデミーへ通うことになったローラントには、厄介事が増えたのだから。
正式に認められたとはいえ、アレクシスに対する風当たりは決して穏やかではなかった。事あるごとに、アレクシスは他の生徒から嫌がらせを受け、それをかばうのがローラントの仕事だった。
「そんなに嫌なら、僕の世話を止めたら?」
ある日。アレクシスをかばったローラントが、他の生徒と喧嘩をした後。アレクシスは、魔女の万能薬をローラントに渡しながら、そう呟いた。
いくらアレクシスをかばおうとも、彼から感謝の言葉は出たことがない。それに対して、ローラントはいつも苛立たしい気持ちでいたが、貴族としての自覚が芽生えていたローラントは、気持ちを押し殺して微笑んでいた。
「嫌ではございませんよ。公家の方をお守りすることこそが、我が家門の名誉ですから」
「僕も、君達兄弟と一緒に剣術を習ったし、公子としての証もある。わざわざローラントが怪我をしてまで、僕をかばう必要もないんだ」
「殿下はその証を、使われたことがないではございませんか」
「僕が使う前に、ローラントがしゃしゃり出てくるんだろう……」
アレクシスは公子として、貴族に侮られないだけの権限を公王から与えられている。それにも関わらず、アレクシスはいつも黙ってやり過ごそうとしていた。
いつも周りからの愛情を受け、守られているのに、幸福に興味がないようなアレクシスの姿に、ローラントは虚しさを感じながらアカデミー生活を終えた。
そしてアカデミーを卒業し、アレクシスの護衛騎士を新たに選ぶ機会がやってきた。しかし、ローラントは志願しなかったし、アレクシスも求めることはせず。これで縁が切れたと、ローラントはせいせいしていた。
それからは近衛騎士として、公家の警護に従事していたローラントは、充実した日々を過ごしていた。警護でアレクシスと顔を合わせる機会もあったが、今となっては『公子』と『騎士』という間柄。特に会話を交わす必要もなく、お互いに淡々と役目を果たしていた。
やっとアレクシスに振り回されない、自分だけの人生を歩めると思っていたローラントはある日、護衛任務の際に魔女リズと出会った。
じゃじゃ馬の如く暴れ回った魔女を、やっとの思いで捕獲した後。ローラントは暴れるほうきを叱りつけながら、縄をかけようとしていたが。
「乱暴にしないで! そのほうきは、私の問いかけに応えただけですよ。言葉を話せなければ、あなただって身体を使うしかないでしょう?」
魔女にそう諭され、ローラントはハッとしながらほうきに目を向けた。自分の気持ちに気がついてもらえず、もがいているような姿が、まるでローラント自身のように重なって見える。
そして、そんなほうきを理解してかばっている彼女が、眩しく見えた。彼女ならば、満たされなかったものを全て満たしてくれるような気がして、ローラントはリズとの逃亡を約束した。
しかし、目を放した数時間の間に、リズはアレクシスに奪われてしまう。結局いつも、幸福を手に入れるのはアレクシスなのだと、ローラントは改めて痛感した。
けれど、ローラントには勝算があった。アレクシスはどんな幸福を手に入れようとも、興味がない。きっと妹に対しても、心までは求めないと確信していた。
それにアレクシスは、ローラントに対していつも遠慮するそぶりを見せる。そんな彼が、ローラントの恋路を邪魔するとは思えなかった。
「そのはずだったのにっ……」
今までのアレクシスとは思えないほど、彼は妹に興味を持ち、誰にも奪われたくないかのように執着し始めた。そして今日、ついに直接的な方法でローラントをけん制してきたのだ。
妹を守るという意思の強さに驚き、彼の正論に悔しさがこみ上げてきた。
リズを手に入れたい一心で、ローラントは彼女の評判にまで気を回す余裕がなく。そこを突かれて、またアレクシスに心を見透かされているような気分にさせられた。
アレクシスは正しい。アレクシスが非難されるようなことなど、何一つない。
だからこそローラントは、この醜い気持ちのやり場に困っていた。
ローラントのこの気持ちの根源は、幼い頃にまでさかのぼる。
元々、公王――当時の王弟と、ローラントの父バルリング伯爵は、幼馴染であり親友でもあった。アレクシスの母が王弟との間に子を授かると、王弟は心から信頼できる友に、母子の安全を託した。
アレクシスの母が住む村に小さな屋敷を建てた王弟は、そこの管理人にバルリング家を据た。そして村人からの目をそらすため、アレクシスの母は、屋敷の下女という名目で雇われた。
しかし、そんな経緯など知らないカルステンやローラントにとっては、アレクシスは単なる使用人の子供。尊重されるべきは、貴族であるバルリング兄弟だったにも関わらず、両親が気に掛けるのは常にアレクシスやアレクシスの母だった。
下女親子をたびたび食事に招いては、両親のほうが使用人かと思えるような振る舞いで親子をもてなし。バルリング兄弟とアレクシスが喧嘩しようものなら、真っ先に叱られるのはバルリング兄弟のほう。
王弟が忍びで訪れた際は、下女親子が王弟の部屋で寝泊まりまでしていた。
ローラントは成長するにつれて、その不自然さに疑問を感じるようになっていたが、兄のカルステンは気にする様子もなく、アレクシスを可愛がった。
だが、周りの者の愛情を一身に受けていたアレクシスは、徐々にそれを受け入れようとしなくなっていた。ローラントの両親からの気遣いに対して、遠慮するそぶりを見せ始め、毎日のように「遊んで!」とカルステンにせがんでいた姿を見なくなった。
使用人の子供としての自覚が、彼に芽生えたのかとローラントは思っていたが、愛情の拒否反応がローラントの前でだけおこなわれていると知り、複雑な気持ちになる。
家族からの愛情に、物足りなさを感じていたローラントの心をアレクシスは見透かし、配慮していたのだ。下女の子供に憐れみを向けられた悔しさから、ローラントは徐々にアレクシスを避けるようになる。
アレクシスの母が王弟の愛妾だと気がついたのは、ローラントが八歳になった頃。親の目を盗んで読んだ大人向けの小説が、そのような内容のものだった。
正式に妻と認められていない女の世話をすることが、両親の仕事だと知ったローラントは、心底この家が嫌になる。いつかこの家を出たいと思うようになったローラントは、それから冒険者の本ばかり読み漁るようになった。
しかし、ローラントが十歳になった頃。事態は一変した。王弟が公王として独立し、新しい国ができたのだ。下女親子は、正式に公王の妻子と認められ、アレクシスは公国の第二公子という地位についた。
両親は、これまでの苦労が報われたと喜んだが、ローラントはそんな気分にはなれなかった。なぜなら、アレクシスとともにアカデミーへ通うことになったローラントには、厄介事が増えたのだから。
正式に認められたとはいえ、アレクシスに対する風当たりは決して穏やかではなかった。事あるごとに、アレクシスは他の生徒から嫌がらせを受け、それをかばうのがローラントの仕事だった。
「そんなに嫌なら、僕の世話を止めたら?」
ある日。アレクシスをかばったローラントが、他の生徒と喧嘩をした後。アレクシスは、魔女の万能薬をローラントに渡しながら、そう呟いた。
いくらアレクシスをかばおうとも、彼から感謝の言葉は出たことがない。それに対して、ローラントはいつも苛立たしい気持ちでいたが、貴族としての自覚が芽生えていたローラントは、気持ちを押し殺して微笑んでいた。
「嫌ではございませんよ。公家の方をお守りすることこそが、我が家門の名誉ですから」
「僕も、君達兄弟と一緒に剣術を習ったし、公子としての証もある。わざわざローラントが怪我をしてまで、僕をかばう必要もないんだ」
「殿下はその証を、使われたことがないではございませんか」
「僕が使う前に、ローラントがしゃしゃり出てくるんだろう……」
アレクシスは公子として、貴族に侮られないだけの権限を公王から与えられている。それにも関わらず、アレクシスはいつも黙ってやり過ごそうとしていた。
いつも周りからの愛情を受け、守られているのに、幸福に興味がないようなアレクシスの姿に、ローラントは虚しさを感じながらアカデミー生活を終えた。
そしてアカデミーを卒業し、アレクシスの護衛騎士を新たに選ぶ機会がやってきた。しかし、ローラントは志願しなかったし、アレクシスも求めることはせず。これで縁が切れたと、ローラントはせいせいしていた。
それからは近衛騎士として、公家の警護に従事していたローラントは、充実した日々を過ごしていた。警護でアレクシスと顔を合わせる機会もあったが、今となっては『公子』と『騎士』という間柄。特に会話を交わす必要もなく、お互いに淡々と役目を果たしていた。
やっとアレクシスに振り回されない、自分だけの人生を歩めると思っていたローラントはある日、護衛任務の際に魔女リズと出会った。
じゃじゃ馬の如く暴れ回った魔女を、やっとの思いで捕獲した後。ローラントは暴れるほうきを叱りつけながら、縄をかけようとしていたが。
「乱暴にしないで! そのほうきは、私の問いかけに応えただけですよ。言葉を話せなければ、あなただって身体を使うしかないでしょう?」
魔女にそう諭され、ローラントはハッとしながらほうきに目を向けた。自分の気持ちに気がついてもらえず、もがいているような姿が、まるでローラント自身のように重なって見える。
そして、そんなほうきを理解してかばっている彼女が、眩しく見えた。彼女ならば、満たされなかったものを全て満たしてくれるような気がして、ローラントはリズとの逃亡を約束した。
しかし、目を放した数時間の間に、リズはアレクシスに奪われてしまう。結局いつも、幸福を手に入れるのはアレクシスなのだと、ローラントは改めて痛感した。
けれど、ローラントには勝算があった。アレクシスはどんな幸福を手に入れようとも、興味がない。きっと妹に対しても、心までは求めないと確信していた。
それにアレクシスは、ローラントに対していつも遠慮するそぶりを見せる。そんな彼が、ローラントの恋路を邪魔するとは思えなかった。
「そのはずだったのにっ……」
今までのアレクシスとは思えないほど、彼は妹に興味を持ち、誰にも奪われたくないかのように執着し始めた。そして今日、ついに直接的な方法でローラントをけん制してきたのだ。
妹を守るという意思の強さに驚き、彼の正論に悔しさがこみ上げてきた。
リズを手に入れたい一心で、ローラントは彼女の評判にまで気を回す余裕がなく。そこを突かれて、またアレクシスに心を見透かされているような気分にさせられた。
アレクシスは正しい。アレクシスが非難されるようなことなど、何一つない。
だからこそローラントは、この醜い気持ちのやり場に困っていた。
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