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06 公女教育とお礼
5 過剰なのにも理由がある
しおりを挟む「……本当に、リズが作ってくれたの?」
「うん……。日頃の感謝を込めて、作ってみたんだけど……」
話す順番がちぐはぐになってしまったが、リズは本来の目的を伝える。すると、アレクシスは黙ってしまった。
何か問題があったのかと、リズが心配しながらアレクシスを見つめていると、彼の瞳からはじわりと、涙が溢れてくる。
「えっ……待って、何で泣くの……!」
「リズが僕のために、なにかをしてくれるとは思っていなかったから、嬉しくて……」
アレクシスがそう微笑むと、涙が頬を伝って流れ始める。リズは慌ててハンカチを取り出し、その涙を拭おうとするも、アレクシスにその手を掴まれてしまう。
「ありがとう、リズ」と心から感謝するように、アレクシスはリズの手に頬ずりした。
(私って、そんなに期待されていなかったのかな……)
アレクシスが喜んでくれるのは嬉しいが、彼の言い方には少し引っかかる。
これまでは、アレクシスのペースに呑まれることばかりで、素直に感謝を伝えられなかった部分もあったが、リズは決して感謝していなかったわけではない。
「私だってたまには、日頃の感謝を行動で示したりするよ」
抗議するように頬を膨らませると、アレクシスは少し困ったような顔をする。
「ごめんね……。そういう意味じゃないんだ……。なんの義務もなく、僕に優しくしてくれる人がいるとは、思っていなかったから……」
いつもはリズが視線をそらすと、無理やりにでも目を合わせようとしてくる人が、寂し気にうつむきながら、そう呟く。
リズは、『公子殿下は、公宮で難しい立場』だというバルリング伯爵夫人の言葉を思い出した。
(アレクシスの周りの人達は全て、身分ありきの関係だったというの?)
少なくとも第二公子宮殿の使用人達や、バルリング家の人達は、心からアレクシスを心配しているように思えた。しかし、公子としての権限を使うことなく、公宮で目立たぬよう暮らしてきたアレクシスには、そう思える人がいなかったのだろうか。
(これだけ兄妹アピールしておいて、変なところで一線を引かないでよ……)
リズは、少し強引な兄を真似て、アレクシスの頬を両手で掴み、無理やり視線を合わせた。
「私はアレクシスに仕える義務がないから、優しくしないと思っていたの?」
「ごめん……」
「その理論でいくと、アレクシスだって私に優しくするのは変だよね?」
「ごめん……、リズ」
アレクシスは謝りながらも、嬉しそうに微笑んでいる。
「私、怒ってるのに……、何で嬉しそうなのよ」
「本気で僕を心配して怒ってくれる人も、今までいなかったから……」
公子である彼に怒れるような立場の人間は、ごくわずかだろう。その事実に気がついたリズは、自分がまだ、正式にその立場ではないことを思い出した。アレクシスは完全に、妹としてリズと接しているが、リズはまだ養女として認められていない。
「あ……。ごめん、アレクシス。私はまだ養女じゃないのに……」
言い過ぎたかもしれないと思いながらリズは、アレクシスの頬から手を離して離れようとした。しかし、それを阻むようにアレクシスは「嫌だ!」と言いながら、リズを抱きしめた。
「リズはそのままでいて。お願いだから僕との間に、距離を作らないで……」
「でも私とアレクシスじゃ、生まれが違うから――」
「違わない! 僕もリズも、生まれに違いはないんだ」
「えっ。それはどういう……」
驚いたリズが、アレクシスを見上げる。するとアレクシスは、戸惑いの色を見せながらも口を開いた。
「僕が男爵家の生まれというのは、後付に過ぎない。母は庶民で、村長の娘。父は体裁を保つために、村長である祖父に爵位を与えたんだ」
副団長が、『下賤』と蔑んでいた姿。不意に見せる、公子らしくない庶民的な言動。『公王は生まれに偏見がない』と自信を持っていた様子。その理由が全て、アレクシスの生まれに関係していたのだ。
「今まで黙っていてごめんね。僕が張りぼての公子で、がっかりしちゃったかな……?」
「ううん……。いろいろと納得したというか……」
「こんな僕がリズを保護してしまったから、貴族からの風当たりが強くなるかもしれない。けれど、必ず守るから!」
(あ……そうか。だから小説の中のアレクシスは、序盤でヒロインを視界に入れないようにしていたんだ)
アレクシスが関われば、ヒロインの評判に傷がつくと思ったから。けれどヒロインは、誰にも庇護されなかったことで虐められ、それを知ったアレクシスは悔やんだ。結局は、ヒロインの世話を焼き始め、彼女に惹かれてしまう。
王太子妃になると知りながらもヒロインに執着していたのは、似た境遇の者同士だったことも関係するのかもしれない。
今回は早期に出会ったことで、兄妹としての関係を築くことができた。アレクシスがリズに恋心を抱かなければ、小説のように苦しむこともないだろう。
アレクシスは、リズの未来を変えると宣言したが、実はリズも、アレクシスの悲しい未来を変えていたのだ。
そのことに気がついたリズは嬉しくなり、アレクシスの背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「えへへ……。アレクシスがお兄ちゃんで良かった」
彼が望む『お兄ちゃん大好き』は恥ずかしくて言えないが、お互いに助け合える兄妹になれた喜びは、伝えておきたい。
照れながらも、微笑みながら見上げると、アレクシスは僅かに頬を染めてリズを見つめていた。
アレクシスならノリノリで、妹愛に溢れた発言をしながら、抱きしめ返してくれると思っていたのに、リズは当てが外れて気まずくなる。
「そっ……そうだ! 早く、夜食を食べなきゃ冷めちゃうよ」
「うん……。そうだね……。でも、この体勢も捨てがたい。リズに抱きしめられながら、食べても良い?」
「…………駄目」
やはり、アレクシスはアレクシスだったと、リズは拒否しながらも安心した。
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