【完結】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、本気になった当て馬義兄に溺愛されています

廻り

文字の大きさ
上 下
35 / 116
06 公女教育とお礼

5 過剰なのにも理由がある

しおりを挟む

「……本当に、リズが作ってくれたの?」
「うん……。日頃の感謝を込めて、作ってみたんだけど……」

 話す順番がちぐはぐになってしまったが、リズは本来の目的を伝える。すると、アレクシスは黙ってしまった。
 何か問題があったのかと、リズが心配しながらアレクシスを見つめていると、彼の瞳からはじわりと、涙が溢れてくる。

「えっ……待って、何で泣くの……!」
「リズが僕のために、なにかをしてくれるとは思っていなかったから、嬉しくて……」

 アレクシスがそう微笑むと、涙が頬を伝って流れ始める。リズは慌ててハンカチを取り出し、その涙を拭おうとするも、アレクシスにその手を掴まれてしまう。
「ありがとう、リズ」と心から感謝するように、アレクシスはリズの手に頬ずりした。

(私って、そんなに期待されていなかったのかな……)

 アレクシスが喜んでくれるのは嬉しいが、彼の言い方には少し引っかかる。
 これまでは、アレクシスのペースに呑まれることばかりで、素直に感謝を伝えられなかった部分もあったが、リズは決して感謝していなかったわけではない。

「私だってたまには、日頃の感謝を行動で示したりするよ」

 抗議するように頬を膨らませると、アレクシスは少し困ったような顔をする。

「ごめんね……。そういう意味じゃないんだ……。なんの義務もなく、僕に優しくしてくれる人がいるとは、思っていなかったから……」

 いつもはリズが視線をそらすと、無理やりにでも目を合わせようとしてくる人が、寂し気にうつむきながら、そう呟く。
 リズは、『公子殿下は、公宮で難しい立場』だというバルリング伯爵夫人の言葉を思い出した。

(アレクシスの周りの人達は全て、身分ありきの関係だったというの?)

 少なくとも第二公子宮殿の使用人達や、バルリング家の人達は、心からアレクシスを心配しているように思えた。しかし、公子としての権限を使うことなく、公宮で目立たぬよう暮らしてきたアレクシスには、そう思える人がいなかったのだろうか。

(これだけ兄妹アピールしておいて、変なところで一線を引かないでよ……)

 リズは、少し強引な兄を真似て、アレクシスの頬を両手で掴み、無理やり視線を合わせた。

「私はアレクシスに仕える義務がないから、優しくしないと思っていたの?」
「ごめん……」
「その理論でいくと、アレクシスだって私に優しくするのは変だよね?」
「ごめん……、リズ」

 アレクシスは謝りながらも、嬉しそうに微笑んでいる。

「私、怒ってるのに……、何で嬉しそうなのよ」
「本気で僕を心配して怒ってくれる人も、今までいなかったから……」

 公子である彼に怒れるような立場の人間は、ごくわずかだろう。その事実に気がついたリズは、自分がまだ、正式にその立場ではないことを思い出した。アレクシスは完全に、妹としてリズと接しているが、リズはまだ養女として認められていない。

「あ……。ごめん、アレクシス。私はまだ養女じゃないのに……」

 言い過ぎたかもしれないと思いながらリズは、アレクシスの頬から手を離して離れようとした。しかし、それを阻むようにアレクシスは「嫌だ!」と言いながら、リズを抱きしめた。

「リズはそのままでいて。お願いだから僕との間に、距離を作らないで……」
「でも私とアレクシスじゃ、生まれが違うから――」
「違わない! 僕もリズも、生まれに違いはないんだ」
「えっ。それはどういう……」

 驚いたリズが、アレクシスを見上げる。するとアレクシスは、戸惑いの色を見せながらも口を開いた。

「僕が男爵家の生まれというのは、後付に過ぎない。母は庶民で、村長の娘。父は体裁を保つために、村長である祖父に爵位を与えたんだ」

 副団長が、『下賤』と蔑んでいた姿。不意に見せる、公子らしくない庶民的な言動。『公王は生まれに偏見がない』と自信を持っていた様子。その理由が全て、アレクシスの生まれに関係していたのだ。

「今まで黙っていてごめんね。僕が張りぼての公子で、がっかりしちゃったかな……?」
「ううん……。いろいろと納得したというか……」
「こんな僕がリズを保護してしまったから、貴族からの風当たりが強くなるかもしれない。けれど、必ず守るから!」

(あ……そうか。だから小説の中のアレクシスは、序盤でヒロインを視界に入れないようにしていたんだ)

 アレクシスが関われば、ヒロインの評判に傷がつくと思ったから。けれどヒロインは、誰にも庇護されなかったことで虐められ、それを知ったアレクシスは悔やんだ。結局は、ヒロインの世話を焼き始め、彼女に惹かれてしまう。
 王太子妃になると知りながらもヒロインに執着していたのは、似た境遇の者同士だったことも関係するのかもしれない。

 今回は早期に出会ったことで、兄妹としての関係を築くことができた。アレクシスがリズに恋心を抱かなければ、小説のように苦しむこともないだろう。
 アレクシスは、リズの未来を変えると宣言したが、実はリズも、アレクシスの悲しい未来を変えていたのだ。

 そのことに気がついたリズは嬉しくなり、アレクシスの背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。

「えへへ……。アレクシスがお兄ちゃんで良かった」

 彼が望む『お兄ちゃん大好き』は恥ずかしくて言えないが、お互いに助け合える兄妹になれた喜びは、伝えておきたい。
 照れながらも、微笑みながら見上げると、アレクシスは僅かに頬を染めてリズを見つめていた。

 アレクシスならノリノリで、妹愛に溢れた発言をしながら、抱きしめ返してくれると思っていたのに、リズは当てが外れて気まずくなる。

「そっ……そうだ! 早く、夜食を食べなきゃ冷めちゃうよ」
「うん……。そうだね……。でも、この体勢も捨てがたい。リズに抱きしめられながら、食べても良い?」
「…………駄目」

 やはり、アレクシスはアレクシスだったと、リズは拒否しながらも安心した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されたくて悪役令嬢になりました ~前世も今もあなただけです~

miyoko
恋愛
前世で大地震に巻き込まれて、本当はおじいちゃんと一緒に天国へ行くはずだった真理。そこに天国でお仕事中?という色々と規格外の真理のおばあちゃんが現れて、真理は、おばあちゃんから素敵な恋をしてねとチャンスをもらうことに。その場所がなんと、両親が作った乙女ゲームの世界!そこには真理の大好きなアーサー様がいるのだけど、モブキャラのアーサー様の情報は少なくて、いつも悪役令嬢のそばにいるってことしか分からない。そこであえて悪役令嬢に転生することにした真理ことマリーは、十五年間そのことをすっかり忘れて悪役令嬢まっしぐら?前世では体が不自由だったせいか……健康な体を手に入れたマリー(真理)はカエルを捕まえたり、令嬢らしからぬ一面もあって……。明日はデビュタントなのに……。いい加減、思い出しなさい!しびれを切らしたおばあちゃんが・思い出させてくれたけど、間に合うのかしら……。 ※初めての作品です。設定ゆるく、誤字脱字もあると思います。気にいっていただけたらポチッと投票頂けると嬉しいですm(_ _)m

モブはモブらしく生きたいのですっ!

このの
恋愛
公爵令嬢のローゼリアはある日前世の記憶を思い出す そして自分は友人が好きだった乙女ゲームのたった一文しか出てこないモブだと知る! 「私は死にたくない!そして、ヒロインちゃんの恋愛を影から見ていたい!」 死亡フラグを無事折って、身分、容姿を隠し、学園に行こう! そんなモブライフをするはずが…? 「あれ?攻略対象者の皆様、ナゼ私の所に?」 ご都合主義です。初めての投稿なので、修正バンバンします! 感想めっちゃ募集中です! 他の作品も是非見てね!

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜

アルト
恋愛
たった一つのトゥルーエンドを除き、どの攻略ルートであってもBADエンドが確定している乙女ゲーム「クラヴィスの華」。 そのゲームの本編にて、攻略対象である王子殿下の婚約者であった公爵令嬢に主人公は転生をしてしまう。 とは言っても、王子殿下の婚約者とはいえ、「クラヴィスの華」では冒頭付近に婚約を破棄され、グラフィックは勿論、声すら割り当てられておらず、名前だけ登場するというモブの中のモブとも言えるご令嬢。 主人公は、己の不幸フラグを叩き折りつつ、BADエンドしかない未来を変えるべく頑張っていたのだが、何故か次第に雲行きが怪しくなって行き────? 「────婚約破棄? 何故俺がお前との婚約を破棄しなきゃいけないんだ? ああ、そうだ。この肩書きも煩わしいな。いっそもう式をあげてしまおうか。ああ、心配はいらない。必要な事は俺が全て────」 「…………(わ、私はどこで間違っちゃったんだろうか)」 これは、どうにかして己の悲惨な末路を変えたい主人公による生存戦略転生記である。

処理中です...