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06 公女教育とお礼
1 公子様の事情
しおりを挟む翌日からは、リズの教育が始まった。
リズのマナーは、見様見真似と、前世の記憶によるものだと知ったアレクシスは、それを補うような教育を施してくれることに。
マナーの先生は小説とは違い、ローラントとカルステンの母親であるバルリング伯爵夫人が請け負ってくれた。
ローラント兄弟とは幼馴染であるアレクシスにとって、一番信用できる家門の女性を選んでくれたことになる。
いじめられる心配がなくなったリズは、安心して授業に専念できた。
伯爵夫人はローラントの母親なだけあり、とても優しくて品のある女性。夫人はたびたび、ローラント達の話もしてくれるので、リズは楽しく授業を受けていた。
「小さい頃のローラント達は、どのような子だったのですか?」
「公子殿下とローラントは、いつもカルステンの後をくっついておりましたわ」
ローラントの父親であるバルリング伯爵は、アレクシスの父親から頼まれて、アレクシス親子の護衛をしていた。カルステンとローラントも遊び相手として、よくアレクシスの家を訪れていたと、小説内でも書かれている。
(カルステンが二十五歳で、アレクシスとローラントが二十歳だから、二人にとっては頼れるお兄ちゃんだったのかな)
「二人にも、甘えたい時期があったんですね」
「ふふ。ですから、公子殿下が騎士団を処罰したとお聞きした際は、ご立派になられたと嬉しくなりましたわ」
子供の成長を喜ぶように、バルリング伯爵夫人は微笑む。
「アレクシスにとっては、珍しいことだったんですか?」
「公子殿下はこれまで一度も、公子の権限を行使して人を罰したことはございませんでしたの」
(だから副団長は、あんなに驚いていたのかぁ……)
あの日のことを思い出してリズが納得していると、夫人は言葉を続ける。
「それほど、リズ様のことを大切になさりたいという、意思の表れでしたのでしょう」
「そうなんですか……? アレクシスは使用人に厳しい印象があるので、意外です」
アレクシスは、使用人のちょっとした無礼も許さない人だ。今まで一度も、公子の権限を行使しなかったとは、リズには信じがたい話。
(あっ……でも。アレクシスはあの時、『自分に対する無礼は許す』って副団長に言ってたような……)
「公宮での公子殿下のお立場は、とても難しいのです。今までは、目立たぬよう努力なさっておいででしたわ」
「それじゃ私のせいで、アレクシスの立場がさらに難しくなってしまったのでは……」
小説でのアレクシスが、序盤でヒロインを視界に入れないようにしていた理由。リズはそれを、単なる小説の設定くらいにしか思っていなかったが、アレクシスにはアレクシスの事情があったのだ。
面倒見の良い彼が、あえてヒロインに近づかなかった理由は、立場的に難しかったから。そう考えると今のアレクシスには、相当無理をさせているのではと、リズは心配になる。
「公子殿下が決心なされたのですから、リズ様がお気になさる必要はございませんわ。それに今の公子殿下は、とても充実しているご様子ですもの。私には、良い変化のように思えますわ」
夫人が思うようにリズとしても、小説のアレクシスよりも今の明るいアレクシスのほうが、彼には似合っていると思っていた。
妹への愛が多少……いや、かなり過剰ではあるが、生まれや立場に縛られず、彼らしくいられるなら喜ばしい。
「私も、アレクシスが今のアレクシスで、良かったと思います」
リズが最優先で学ばなければならないのは、礼儀作法の他にもう一つ、ダンスがある。
夜会に縁がなかったリズにとって、こればかりは見様見真似で覚えることができなかった。
初めから覚える必要があるリズは、日々ダンスの練習に励んでいた。そして、ダンスを習い始めて早、十五日。
「今日のリズも、世界一可愛いね」
この間、リズの美容係の審査も同時におこなわれている。侍女達は、交互にリズの美容係を担当し、スキンケアから化粧や髪のセットに至るまで、美容に関する全てを主導する権限を与えられてた。それをアレクシスが、毎日審査するという方法らしい。
美容係については、アレクシスに丸投げしたので、リズは詳しい審査内容などは知らない。ただ、毎日のように『可愛い可愛い』ともてはやされるので、恥ずかしくなる。ダンスに集中していたリズだったが、突然アレクシスに褒められて、集中力が途切れてしまった。
「あっ。 ごめんっ、アレクシス!」
「大丈夫。今日は長く持ったね。偉いよ、リズ」
リズはうっかり、アレクシスの足を踏んでしまったが、アレクシスは表情を変えることなく、むしろリズを褒める。
そんなアレクシスの優しさを、リズは申し訳なく思っていた。
リズには、致命的な欠点がある。それは、ダンスが非常に下手だということ。下手と言っても、ダンスの才能がないわけではない。振り付けはすぐに覚えられたし、踊る姿は優雅だとバルリング伯爵夫人にも褒められた。
ただ、異常なほどパートナーの足を踏んでしまうのだ。
(これって絶対に、ヒロイン補正だよね……)
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