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04 真夜中の約束
5 正直すぎる母
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確認をするように玄関から顔を覗かせた母は、リズの姿を見て目を丸くする。もう会えないかもしれないと思っていた娘が、元気な姿で戻ってきたのだ。
他の魔女達からは、リズが王太子妃になることを祝福されたが、母としては気が気ではなかった。
手足は縛られていたと聞いて、公家でも小説の中のようにひどい扱いを受けるのではと、ひたすら心配で今夜は眠れずにいたのだ。
けれど、笑顔で抱きつくリズの温もりを感じ、母の心はひとまず安堵で満たされた。
「お母さん、身体のほうは大丈夫?」
「えぇ。あなたが作ってくれた薬のおかげで、良くなったわ。それにしても、騎士団に捕まったんじゃなかったの?」
「うん。そうなんだけど、いろいろあったの。今日は公子様が、ここへ来させてくれたんだよ」
「公子様……?」
リズの母はやっともう一人いることに気がつき、アレクシスのほうへと視線を向ける。
娘の言葉どおり、高貴な者が纏う雰囲気と、それに見合う上質の身なり。母の目にも、この青年が身分の高い者であるとすぐにわかった。
長年の条件反射で、娘を守るように身構えた母だが、アレクシスはそんなリズの母の態度に、気を悪くすることなく微笑む。
「初めまして、リズのお母上様。僕は、ベルーリルム公国の第二公子、アレクシスと申します」
雲の上の存在である公子が、庶民相手に丁寧な挨拶をする。魔女に対して、ありえない態度だ。
リズの母は不審に思いながら、リズへ耳打ちをした。
「アレクシスって、あの当て馬公子の?」
「そうそう」
「公子とは、もっと後に出会うんじゃなかったの? 家へ来る展開なんて、母さん聞いていないわよ」
「それも説明するね。まずは家に入ろうよ。夜風に当たっていたら身体に悪いよ」
「そうね。――初めまして公子様。リズの母です。狭い家ですが、どうぞお入りください」
アレクシスが信用できる相手なのか判断できない母は、素っ気なくそう挨拶すると、すぐに家の中へと戻っていった。
そんな母の態度を『母らしい』と思いながら、リズはアレクシスへと視線を向けた。
「お母さんの態度を、不快に感じていたらごめんなさい。魔女は元々、警戒心が強いの」
「気にしていないよ。先に横暴な態度で接したのは騎士団だし、警戒されても仕方ないよ」
「それならいいんだけど。でも……アレクシス、怒ってない?」
アレクシスは微笑んでいるものの、どこかぎこちなさを感じる。目が笑っていないのもその証拠だ。
リズがそれを指摘すると、アレクシスの笑顔はより一層ぎこちなくなる。
「僕はリズのお兄ちゃんとして、完璧を目指したいんだ。だから『当て馬』設定なんて、気にしていないよ」
(めちゃくちゃ、気にしてる……)
どうやらリズの母の発言は、アレクシスに丸聞こえだったらしい。
リズの家の中は、薬に使う薬草やハーブが所狭しと、天井からぶら下がっている。家に入ってそれを見た途端、リズはとても懐かしい気分になった。
家を出てから一日ほどしか経っていないが、あの時は家へはもう帰れないかもしれないと思っていた。またこうして、家の匂いに包まれることが、この上なく幸せに感じられる。
「あっ、どうしよう。アレクシス用の椅子がないよ」
「椅子なら、そこにあるだろう?」
アレクシスに、テーブルの下にある簡素な椅子を指さされたが、リズは「でも、そんな椅子じゃ……」と考え込んだ。
母はベッドに座ったので椅子の数は足りるが、公子に座らせるには申し訳ないほどの簡素さ。
椅子の上にクッションでもと思ったが、リズの家には必要最低限のものしかない。クッションなどという、快適性を得るための物はないのだ。
「そんなに、気にしないで。リズの家は、懐かしい気分になれて居心地がいいよ」
アレクシスは勝手に椅子に座ると、本当に居心地が良さそうにテーブルの上に頬杖をつく。公子らしからぬ態度に、リズは首を傾げた。
「こういう家が、懐かしいの?」
「生まれた家が、こんな感じだったからね」
「え……、アレクシスは男爵家に生まれたんじゃないの?」
「男爵家といっても、領地が田舎の村一つだけで、庶民と変わらない生活だったよ」
アレクシスは真綿に包まれて育ったかのように、顔も、髪も、肌も、全身が美しく磨かれていて、田舎生まれの雰囲気など欠片ほどもない。
話し方も穏やかで、一つ一つの動作に気品があり、生まれながらの貴族そのものに見えたが。
「そうは見えなかったよ」
「そう? 農作業とか得意だから、魔女の村でお手伝いでもしようかな」
「アレクシスが手伝ったら、みんなが恐縮しちゃうよ」
突拍子もない提案をアレクシスがするので、リズはお茶の準備をしながらも、可笑しくて笑い出した。
そんな娘と公子のやり取りを見ていた母は、少し表情を和らげる。
「短い期間に、随分と公子様と仲良くなったのね」
「あ……。アレクシスは、魔女に対して偏見を持たずに接してくれるの」
母に指摘されて、リズは自分が思っていたよりも、アレクシスに気を許していたことに気がついた。
公宮でひどい目に遭わないために、周りの人と上手く接したいとは思っていたが、アレクシスのペースに呑まれたせいか、それを飛び越えた仲になってしまった気がする。
リズは、ボーイフレンドを初めて家に招いたような、気恥ずかしさを感じた。
他の魔女達からは、リズが王太子妃になることを祝福されたが、母としては気が気ではなかった。
手足は縛られていたと聞いて、公家でも小説の中のようにひどい扱いを受けるのではと、ひたすら心配で今夜は眠れずにいたのだ。
けれど、笑顔で抱きつくリズの温もりを感じ、母の心はひとまず安堵で満たされた。
「お母さん、身体のほうは大丈夫?」
「えぇ。あなたが作ってくれた薬のおかげで、良くなったわ。それにしても、騎士団に捕まったんじゃなかったの?」
「うん。そうなんだけど、いろいろあったの。今日は公子様が、ここへ来させてくれたんだよ」
「公子様……?」
リズの母はやっともう一人いることに気がつき、アレクシスのほうへと視線を向ける。
娘の言葉どおり、高貴な者が纏う雰囲気と、それに見合う上質の身なり。母の目にも、この青年が身分の高い者であるとすぐにわかった。
長年の条件反射で、娘を守るように身構えた母だが、アレクシスはそんなリズの母の態度に、気を悪くすることなく微笑む。
「初めまして、リズのお母上様。僕は、ベルーリルム公国の第二公子、アレクシスと申します」
雲の上の存在である公子が、庶民相手に丁寧な挨拶をする。魔女に対して、ありえない態度だ。
リズの母は不審に思いながら、リズへ耳打ちをした。
「アレクシスって、あの当て馬公子の?」
「そうそう」
「公子とは、もっと後に出会うんじゃなかったの? 家へ来る展開なんて、母さん聞いていないわよ」
「それも説明するね。まずは家に入ろうよ。夜風に当たっていたら身体に悪いよ」
「そうね。――初めまして公子様。リズの母です。狭い家ですが、どうぞお入りください」
アレクシスが信用できる相手なのか判断できない母は、素っ気なくそう挨拶すると、すぐに家の中へと戻っていった。
そんな母の態度を『母らしい』と思いながら、リズはアレクシスへと視線を向けた。
「お母さんの態度を、不快に感じていたらごめんなさい。魔女は元々、警戒心が強いの」
「気にしていないよ。先に横暴な態度で接したのは騎士団だし、警戒されても仕方ないよ」
「それならいいんだけど。でも……アレクシス、怒ってない?」
アレクシスは微笑んでいるものの、どこかぎこちなさを感じる。目が笑っていないのもその証拠だ。
リズがそれを指摘すると、アレクシスの笑顔はより一層ぎこちなくなる。
「僕はリズのお兄ちゃんとして、完璧を目指したいんだ。だから『当て馬』設定なんて、気にしていないよ」
(めちゃくちゃ、気にしてる……)
どうやらリズの母の発言は、アレクシスに丸聞こえだったらしい。
リズの家の中は、薬に使う薬草やハーブが所狭しと、天井からぶら下がっている。家に入ってそれを見た途端、リズはとても懐かしい気分になった。
家を出てから一日ほどしか経っていないが、あの時は家へはもう帰れないかもしれないと思っていた。またこうして、家の匂いに包まれることが、この上なく幸せに感じられる。
「あっ、どうしよう。アレクシス用の椅子がないよ」
「椅子なら、そこにあるだろう?」
アレクシスに、テーブルの下にある簡素な椅子を指さされたが、リズは「でも、そんな椅子じゃ……」と考え込んだ。
母はベッドに座ったので椅子の数は足りるが、公子に座らせるには申し訳ないほどの簡素さ。
椅子の上にクッションでもと思ったが、リズの家には必要最低限のものしかない。クッションなどという、快適性を得るための物はないのだ。
「そんなに、気にしないで。リズの家は、懐かしい気分になれて居心地がいいよ」
アレクシスは勝手に椅子に座ると、本当に居心地が良さそうにテーブルの上に頬杖をつく。公子らしからぬ態度に、リズは首を傾げた。
「こういう家が、懐かしいの?」
「生まれた家が、こんな感じだったからね」
「え……、アレクシスは男爵家に生まれたんじゃないの?」
「男爵家といっても、領地が田舎の村一つだけで、庶民と変わらない生活だったよ」
アレクシスは真綿に包まれて育ったかのように、顔も、髪も、肌も、全身が美しく磨かれていて、田舎生まれの雰囲気など欠片ほどもない。
話し方も穏やかで、一つ一つの動作に気品があり、生まれながらの貴族そのものに見えたが。
「そうは見えなかったよ」
「そう? 農作業とか得意だから、魔女の村でお手伝いでもしようかな」
「アレクシスが手伝ったら、みんなが恐縮しちゃうよ」
突拍子もない提案をアレクシスがするので、リズはお茶の準備をしながらも、可笑しくて笑い出した。
そんな娘と公子のやり取りを見ていた母は、少し表情を和らげる。
「短い期間に、随分と公子様と仲良くなったのね」
「あ……。アレクシスは、魔女に対して偏見を持たずに接してくれるの」
母に指摘されて、リズは自分が思っていたよりも、アレクシスに気を許していたことに気がついた。
公宮でひどい目に遭わないために、周りの人と上手く接したいとは思っていたが、アレクシスのペースに呑まれたせいか、それを飛び越えた仲になってしまった気がする。
リズは、ボーイフレンドを初めて家に招いたような、気恥ずかしさを感じた。
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