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03 公子様は当て馬
3 公子様の遠慮が無くなってきました
しおりを挟むどう言い訳しようかと思いながら、リズは視線をそらしたが、アレクシスはそれを許してはくれなかった。
リズの頬を両手で挟んだアレクシスは、ぐいっとリズの顔を引き戻す。
「ひゃめれくらひゃい!」
「リズが正直に話すまでは、離してあげないよ」
アレクシスは怒った表情で、子供でも叱るようにリズへ顔を近づけてきた。
(ちょっ、やめて! イケメンを近づけないで!)
この状況に反して顔の火照りを感じたリズは、恥ずかしさのあまりアレクシスから逃れようとして腕を掴んだが、彼の腕はぴくりとも動かない。
「可愛い。それがリズの全力?」
子供と力比べでもしているかのような、余裕を見せつけるアレクシス。
(完全に遊ばれてる……、アレクシスめ!)
しかし、リズの視界いっぱいに広がったアレクシスの笑顔は、全てを許してしまいたくなるほどの尊さがある。
リズは悔しく思いながらも、アレクシスの腕から手を放した。
大人しくなったリズの頬を、むにむにと弄んだアレクシスは「話してくれる気になった?」と微笑みかける。
(そんな可愛く聞かれたら、うなずくしかないじゃない……)
こくりとリズがうなずくと、アレクシスはやっと、リズの頬を開放してくれた。
「もう……。レディの頬を弄ぶなんて、失礼ですよ」
「レディは、森に罠なんて仕掛けないと思うな」
「うっ……」
アレクシスは思い出したように、くすくすと笑い出す。どうやら罠を仕掛けた件は、おもしろエピソードとして捉えられてしまったようだ。
「それで。なぜ、騎士団が迎えに来る日を知っていたの?」
「実は私、前世は異世界で暮らしていたんです」
リズの返答が意外過ぎたのか、アレクシスは目を見開いでリズを見つめる。
「お告げは絶対だと聞いていたけれど……、リズの魂は聖女ではないの?」
「私の魂が聖女であることは、確かです」
「根拠は?」
「異世界で暮らしていた時に読んだ小説が、この世界と一致しているんです。ヒロインはリズという名の魔女で、ヒーローは王太子フェリクス。ヒロインは公家の養女となり、ヒーローと婚約するんです。婚約式では、前世を映す鏡を使って、お互いが前世の伴侶だと証明する物語でした。小説の題名は『鏡の中の聖女』」
信じてくれるか心配になりながらもリズが話すと、アレクシスは考え込むような仕草を取った。
「まさか、『鏡の中の聖女』が異世界にまであったなんて……」
「え? それはどういう……」
「リズは知らないかもしれないけれど、貴族図書館には同じ題名の小説があるんだ。シリーズになっていて、聖女と大魔術師の恋物語が何世分も綴られている」
「そうなんですか!? 前世でも、鏡の中の聖女はシリーズものでした!」
リズは最新巻しか読んだことがないが、いずれは全シリーズ読みたいと思っていた。読めずに人生を終えてしまったことが、少し心残りだったリズは、この世界にも同じ小説があることに、思わず喜びの声をあげる。
するとアレクシスは、眉間にシワを寄せて露骨に嫌悪感を示した。
「リズは、あの物語が好きなの?」
「え? はい。あちらの世界でも人気でしたし……。公子様はお気に召しませんか?」
「あいつの性格の悪さが滲み出ていて、僕は好きじゃないな」
(あー……、そうだった。王太子とアレクシスは仲が悪かったんだ)
二人の設定を思い出したリズだが、王太子に性格の悪い部分などあっただろうかと首をひねる。
王太子は、ヒロインを辛い状況から救い出してくれる、絵に描いたようなヒーローだったが。
「けれど、おかしいな。僕が読んだ限りでは、異世界での物語はなかったはずだ。あいつなら、一つの漏れもなく小説にまとめていそうだけれど」
「それが……。前世での私は、誰とも結婚していなかったんです……」
「それじゃ……」
リズが逃亡しようとした理由の重大さに、アレクシスも気がついたようだ。驚いたように、言葉を失ってしまう。
「鏡に前世の姿が映らなければ、私はきっと悪い魔女だと罰せられます。火あぶりには、なりたくないんです!」
訴えるようにアレクシスを見つめると、アレクシスは自分のことのように辛そうな表情で、唇を噛みしめた。
「何か……、対策を考えなければならないね。大丈夫。婚約式は一年後だから、まだ時間はあるよ」
「はい……」
こんなことを訴えられても、アレクシスは困るだけだろう。それでも慰めの言葉をかけてくれたことが、リズはうれしかった。
それに、アレクシスは真剣にリズを心配してくれているようなので、逃亡計画に手を貸してくれるかもしれない。
今は理解者が増えただけでも、ありがたい。やはりアレクシスと出会えて良かったとリズが思っていると、アレクシスは気分を変えるようにリズへ微笑みかける。
「ところで、小説の僕はどんな役割だったのかな? やっぱり、リズを助ける優しいお兄ちゃん?」
「えっ……と」
まさかそれを聞かれるとは思わなかったリズは、動揺して言葉に詰まってしまった。
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