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03 公子様は当て馬
2 リズのイメージ
しおりを挟む「今、確認する。――ごめんね、リズ。先にドレスを見ていて」
「はい、お構いなく」
(昨夜の報告書ってことは、ローラントが書いたのかな?)
ローラントは事後処理を任されていたようなので、報告書も書いた可能性が高い。彼が書いたなら、魔女を悪くは書いていないだろう。
副団長への怒りを一旦収めたリズは、気を取り直してドレスを見学することにした。
ドレスは一着一着、トルソーに着せて美しく飾られている。衣装倉庫というよりは美術館のようだ。トルソーには説明書きも添えられており、ドルレーツ王国歴代の妃や王女の、誰が所有していたものかも記載されている。
それらを見て回ったリズは、あってもおかしくないものが無いことに気がついた。
(エリザベートのドレスが、一着もないのね)
『エリザベート』とは、ドルレーツ王国建国時に活躍した聖女の名前。つまりリズの魂の名前だ。何世代にも渡り、王太子の妻となった聖女は、いつも名前をエリザベートに改名していた。
小説でも、ヒロインと王太子が出会った際に、王太子みずからヒロインにエリザベートという名を贈っている。
そのため、エリザベートが着用したドレスは大量にあるはずだが、ここには一着もないようだ。
(王太子が、大切に保管してるのかな?)
リズ自身の魂が、どのようなドレスを着用していたのか。少し興味があったリズだが、残念ながら今は見られないようだ。
次にリズは、ドレスを着ていないトルソーが目に入る。
(きっとあそこに、このマーメイドドレスがあったのね)
一体誰の所有物だったのだろうと興味が沸いたリズは、一直線にそちらへ向かった。が、説明書きを読むと、がっくりと肩を落とした。
(やっぱり魔女だよ……。それも、悪い魔女!)
説明書きには、百年ほど前に世間を騒がせた魔女からの、寄贈品<呪い解除済み>と記されている。
今すぐこのドレスを脱ぎ捨てたい気分になったリズは、着替えても良いか尋ねようとアレクシスに視線を向けた。
しかしアレクシスは、報告書を持った手をぶるぶると震わせながら、鋭い視線を侍従に向けていた。
「今すぐ昨日の騎士団全員を、幽閉塔送りにして」
口調こそ穏やかだが、怒りを抑えている様子がよくわかる声色。侍従が足早に去っていくのを見届けてから、リズはアレクシスのもとへ駆け寄った。
「公子様! 報告書に何が書かれていたんですか?」
「リズには何度、謝罪をしても足りないよ……。本当に辛い思いをさせてしまって、ごめんね」
「え?」
リズは首を傾げながら、報告書を見せてもらう。報告書の作成者は、予想通りローラントだ。
それによると、騎士団長カルステンは当初、少数で魔女の森へ行くつもりだったようだ。しかし、罠を見つけた副団長が勝手に援軍を呼んだことで、時間を取られたと書かれている。
(それで到着時間が、大幅に遅れたのね……)
罠に手こずったのだとリズは考えていたが、援軍の到着に大幅な時間を取られたようだ。
援軍が到着し、罠もなんとか抜けて魔女の村へ到着。カルステンは魔女達を怯えさせないように、少数で村の中へ入った。
しかしそれでは甘いと判断した副団長は、村を囲むようにして騎士を配置させた。
おかげで、魔女達が驚いて警報の鐘が鳴ったりして、大騒ぎになったようだ。
どうやら、リズが逃げ損ねた理由は、副団長の用意周到さによるものだったようだ。リズは思わず「はは……」と渇いた笑いをあげる。
(それにしてもこの報告書、意図的に騎士団を悪く書いているような……)
作戦の失敗点や、副団長の暴走具合については事細かく書かれているが、リズがどのような罠を仕掛けたかについてなどは、どこにも書かれていない。ローラントなりに、リズへ配慮してくれたことが伺える。
ローラントの優しさはありがたいが、一方的にリズが被害者に見えるのはフェアじゃない。
「あの……、公子様」
「他にも嫌な事をされたなら、遠慮なく言って」
「そうじゃないんです……。私には前世の記憶があるので、王太子妃になることは事前に知っていたんです」
小説の世界だということは伏せたリズは、王太子妃になりたくないので罠を仕掛けて逃げようとしたことを、アレクシスに告白した。
リズは一方的な被害者ではなく、それなりに騎士団とやり合った末の結果であると告げると、優しい視線を向けていたアレクシスの瞳が、徐々に冷めていく様子がありありと観察できた。
それは、アレクシスの心に築かれていた『可哀そうな魔女』像が崩れ去った瞬間だった。
(どうしよう……、アレクシスに見捨てられたら、また虐められるかも……。でも、黙って被害者ぶるのも嫌だし……)
戦々恐々としながら、リズがアレクシスの反応を伺ていると、アレクシスは大きくため息をついてから、リズを見つめた。その目は、完全に呆れの色に染まっている。
「僕も少し、疑問に思っていたんだ。リズを迎えにいく任務は極秘のはずだったのに、なぜメルヒオールに、旅の荷物が括りつけてあったのかな?」
「えっと……、それは……」
「前世の記憶があるだけでは、迎えが来る日までは想定できないよね?」
「そっそうですよね……」
「他にもまだ、隠していることがあるんじゃないの?」
(うぅ……。アレクシスが、鋭すぎる!)
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