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02 第二公子宮殿での暮らし
5 ほうきはこんな生き物です
しおりを挟む彼をこうさせているのは、馬車でのリズの姿がよほど衝撃的だったからなのか。
公子の彼なら、人がひどい目に遭う姿をあまり見たことがないのかもしれない。
心配させないよう微笑みつつ、リズはアレクシスから離れた。
「大丈夫ですよ。それより皆さんは単に、魔女とほうきが怖いだけなんだと思います」
『魔女は悪魔の末裔』という認識が国中に広がっているので、仕方ないことだとはリズも理解している。
そんな噂に惑わされている人々を、処罰しているだけではキリがない。
まずは、本当の魔女がどういった存在なのかを、知ってもらうところから始めなければ。
それでも偏見や迫害をする者には、それなりの対処も必要だが。
「怖いという感情だけで仕事を放棄するような者には、宮仕えは務まらないよ。宮殿内の秩序を保つためにも、処罰は必要なんだ」
「ですが私はまだ、皆さんに魔女やほうきを知ってもらう努力をしていません。公子様は、そんな努力は必要ないとお考えかもしれませんが、少しだけ私に機会を与えていただけませんか?」
「リズが、そこまで言うなら……」
「ありがとうございます!」
納得はしていない様子だが、アレクシスはリズに任せてくれるようだ。リズは張り切ってソファから立ち上がると、「メルヒオールおいで」と相棒を呼び寄せた。
ふよふよと、リズの前まで飛んでくるほうきを見て、侍女達は再び恐怖に震えているようだ。リズは構わずに、侍女やアレクシスの侍従達を見回した。
「皆さんは、ほうきが動く原理をご存じないと思いますので、ご説明させていただきますね。この子はメルヒオールという名前なのですが、メルヒオールは元々『ただのほうき』だったんです。私のご先祖様が、彼に魔力を吹き込んだことで、メルヒオールは『魔法具のほうき』となりました。皆さんも、魔法具には馴染みがありますよね?」
その問いには、アレクシスも含めてこの場にいる全員がうなずいた。どうやら、魔女やほうきに恐怖しつつも、未知の存在に興味はあるようだ。リズは少し嬉しくなりつつ、続けた。
「通常の魔法具は、魔石を介して作動させますが、メルヒオールを見てください。彼には魔石が一つも装着されていないでしょう?」
メルヒオールは皆に見せるようにして、その場でゆっくりと回転する。感心したように、じっくりと眺める侍従に対して、侍女達は恐れるように身をのけぞらせた。
「や……やはり、おばけが操っているのですか?」
「ふふ、そうじゃないんです。メルヒオールは魔力を吹き込まれたことで、魔石がなくても空気中の魔力や、主人からの魔力を、自分で吸収できる能力を得たんです。この能力は、命を得たことと同義なんですよ」
魔力は命あるものだけが、扱うことができる。単なる魔力の結晶である魔石とは異なり、メルヒオールは自発的に魔力を吸収し、使う、『思考』を得たのだ。
「魔女様……、それでは他の物にも魔力を吹き込めば、メルヒオール殿のように動くのでしょうか」
興味深々の様子な侍従に問われて、リズはにこりとうなずいた。
「原理的には可能です。けれどメルヒオールのように、人間と同じような思考力を得るには、すごーく年月がかかるんです。年月の他にも、魔力を吹き込んだ者の血族から、定期的に魔力を吸収する必要があったりと、制約もあります」
魔女が魔力を吹き込んだ物が、世に出回らない理由はそこにある。魔女だけが持つほうきだからこそ、人々は怪しげな存在だと思うのだろうが、実際には単に、魔力の事情があるだけだ。
ちなみにリズの母が使っているほうきは、メルヒオールほど自在には思考しない。命令すればそのとおりに動くが、自発的に掃除をするような人間らしい思考を得るまでには、まだ数十年はかかるだろう。
一族に代々受け継がれたほうきは貴重な存在であり、本来ならば家の年長魔女であるリズの母がメルヒオールを受け継ぐはずだった。
しかし母は、リズの無事を願い、メルヒオールをリズに譲ってくれた。リズにとっては、かけがえのない唯一の宝物だ。
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