11 / 116
02 第二公子宮殿での暮らし
2 イメージ作りって大切ですよね……
しおりを挟む朝からお湯につかるという行為が、これほど気持ちの良いものだと初めて知ったリズは、天に召されてしまいそうなほど、ふわふわした気分で浴槽を出た。
服を脱いだ場所へと戻ると、新しい着替えが用意されており。魔女のリズでは一生かかっても手にすることがなかったであろう、最高級の生地で作られたドレスが……。
「え……、これを着るの?」
思わず声に出したリズは、決して『自分の身に余る贅沢』とは思っていない。無理やり王太子と結婚させられるのだ。受けられる贅沢をわざわざ断る理由もない。
それよりも、問題はドレスの色と型。
袖もなく、体のラインがくっきりと出そうなマーメイドドレスは、なぜか真っ黒で。膝上までのスリットを縁取るフリルだけが真っ赤という、大胆かつ、清楚さに欠けるドレスだ。
(これってどう考えても、『悪い魔女』をイメージしたドレスだよね……)
小説のヒロインは、もっと可愛いドレスを着ていたはずだが、どうしてこうなったのだろう。腕を組んで考えるリズだが、これが侍女達がリズに抱いた第一印象であり、威圧的なリズに似合いそうなドレスを、必死で探した結果だったりする。
そんな事情を知らないリズは、仕方ないのでそのドレスを着用することに。
背中の編み上げを一人で整えるのは苦労したが、何とかドレスを着ることには成功。
鏡の前で確認したリズは、思わず鏡に両手をついて項垂れた。
「似合う……、似合いすぎるわ……」
ほどほどにボリュームのあるバストと、しなやかな曲線を描く腰のくびれからヒップのライン。ピンクの髪の毛が、悪い魔女な雰囲気を少しだけ緩和してくれている。
ヒロイン補正のおかげで、何でも似合ってしまうこの容姿をリズは恨めしく思った。
浴室を出たリズは食堂へ向かおうとしたが、食堂の場所を聞くのをうっかり忘れていたことに気がついた。
それらしき部屋を探してみようと散策を始めてみたけれど、宮殿内は思いのほか広くて、どこが食堂なのか見当もつかない。
途中ですれ違ったメイドに道案内を頼もうかと思ったが、「きゃー! 魔女!」と悲鳴を上げながら逃げられてしまった。
(そりゃそうよね。こんな格好の魔女に出会ったら、私も逃げ出すわ……)
魔女の森に住んでいる魔女は、善良な魔女ばかりだけれど、世の中には本当に悪い魔女もいるらしい。そういった魔女は、悪いオーラを発しているから近づいてはいけないと、リズは母から聞いたことがある。
リズは今まさに、その悪いオーラを発しているのかもしれない。
空腹感よりも、がっかり感を覚えながら歩いていると、向かい側からアレクシスが、護衛や侍従を引き連れて歩いてくるのが見えた。
アレクシスの横には、妙に機嫌が良さそうなメルヒオールの姿もある。
それを目にしたリズは「あっ」と声を漏らした。
昨夜はさすがに、リズが逃げ出さないか心配だったのか、アレクシスは「ほうきとも仲良くなりたい」と言い訳をしつつ、メルヒオールを連れていったのだ。
今朝は寝起きに問題があったので、リズはすっかり忘れていたようだ。
「公子様、皆様、おはようございます。メルヒオールもおはよう」
「おはよう、リズ。昨夜はあまり眠れなかったよね。疲れていない?」
「お気遣いありがとうございます。先ほど湯浴みをさせてもらったので、良い気分です」
「それは良かった。ちょうど会ったことだし、メルヒオールを返すね」
「えっ。いいんですか?」
ほうきさえあれば、監視の目をかいくぐって公宮から逃げられる。使用人達はリズと関わりたくないようなので、そのチャンスはいくらでもあるはず。
これほどあっさりと返して良いのかと、リズは疑問に思いながらもメルヒールに視線を向ける。
「あれ? メルヒオールが、つやつやしてる……」
「実は、魔法の杖などの手入れに使うワックスを見せたら、メルヒオールが塗って欲しそうだったから。勝手な真似をしてしまったかな……?」
(この高級感漂う、艶やかさ。きっと魔法具専用の、高級ワックスだ……)
リズが顔を寄せて、じっくりとメルヒオールを観察すると、メルヒオールは自慢するように、その場でくるりと一回転する。ご機嫌だった理由がわかり、リズはクスリと笑った。
「いいえ、ありがとうございます公子様。良かったね、メルヒオール」
リズの家では、魔法具専用のワックスなど買えなかったので、蜜蜂の巣から作る蜜蝋で代用していたが、高級ワックスの塗り心地はひと味違うようだ。メルヒオールはよほど嬉しいのか、猫のようにアレクシスにすり寄っている。
「メルヒオールは可愛いね」
「公子様のことが気に入ったようです」
(こんなに仲良くなるなんて。実は本当に、仲良くなりたいだけだったのかな?)
メルヒオールをなでているアレクシスを見つめながら、リズがそう考えていると、アレクシスがリズに視線を戻した。
「ところで……、そのドレスはリズの私物?」
10
お気に入りに追加
486
あなたにおすすめの小説
愛されたくて悪役令嬢になりました ~前世も今もあなただけです~
miyoko
恋愛
前世で大地震に巻き込まれて、本当はおじいちゃんと一緒に天国へ行くはずだった真理。そこに天国でお仕事中?という色々と規格外の真理のおばあちゃんが現れて、真理は、おばあちゃんから素敵な恋をしてねとチャンスをもらうことに。その場所がなんと、両親が作った乙女ゲームの世界!そこには真理の大好きなアーサー様がいるのだけど、モブキャラのアーサー様の情報は少なくて、いつも悪役令嬢のそばにいるってことしか分からない。そこであえて悪役令嬢に転生することにした真理ことマリーは、十五年間そのことをすっかり忘れて悪役令嬢まっしぐら?前世では体が不自由だったせいか……健康な体を手に入れたマリー(真理)はカエルを捕まえたり、令嬢らしからぬ一面もあって……。明日はデビュタントなのに……。いい加減、思い出しなさい!しびれを切らしたおばあちゃんが・思い出させてくれたけど、間に合うのかしら……。
※初めての作品です。設定ゆるく、誤字脱字もあると思います。気にいっていただけたらポチッと投票頂けると嬉しいですm(_ _)m

モブはモブらしく生きたいのですっ!
このの
恋愛
公爵令嬢のローゼリアはある日前世の記憶を思い出す
そして自分は友人が好きだった乙女ゲームのたった一文しか出てこないモブだと知る!
「私は死にたくない!そして、ヒロインちゃんの恋愛を影から見ていたい!」
死亡フラグを無事折って、身分、容姿を隠し、学園に行こう!
そんなモブライフをするはずが…?
「あれ?攻略対象者の皆様、ナゼ私の所に?」
ご都合主義です。初めての投稿なので、修正バンバンします!
感想めっちゃ募集中です!
他の作品も是非見てね!

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~
浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。
「これってゲームの強制力?!」
周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。
※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】人生を諦めていましたが、今度こそ幸せになってみせます。
曽根原ツタ
恋愛
──もう全部どうでもいいや。
──ああ、なんだ。私まだ生きてるんだ。
ルセーネは強い神力を持っていたために、魔物を封じる生贄として塔に幽閉された。次第に希望も潰えて、全てを諦めてしまう。けれど7年後、正体不明の男がルセーネの目の前に現れ……?
これは、人生を諦めていた主人公が、才能を見出され、本当の居場所を見つけるお話。

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない
櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。
手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。
大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。
成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで?
歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった!
出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。
騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる?
5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。
ハッピーエンドです。
完結しています。
小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない
天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。
だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる