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01 小説の始まりと出会い
5 えっ。幽閉されるんですか?
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この短時間で、彼にそう思わせた場面などあっただろうか。ローラントの言動には疑問を感じるが、とにかく今は味方がいるのはありがたい。ローラントに頼めば、待遇が改善されるのではないかと思ったリズは、期待を込めて彼を見た。
「それなら優しさついでに、手足の縄も解いてくれませんか?」
「申し訳ございませんが、それはできかねます」
「どうして……」
期待を裏切られてムッとするリズに対して、ローラントは爽やかな視線を返す。
「上官の命令は絶対ですので。リズ様には、俺が職務に忠実であることもお見せしておきたいと思います。では」
ローラントは、これ以上は話をするつもりがないとばかりに、すぐに馬車の扉を閉めてしまった。
新たな逃亡計画を進めるなら信頼できる相手を選びたいが、今のリズは信頼の証明よりも優しさが欲しい。
結局はローラントに、上手く言いくるめられただけのような気がして、リズは大きくため息をついた。
リズは公家の立派な馬車に揺られながら、これからの展開を思い出して、さらにげんなりしていた。
この大陸では、魔女は悪魔の末裔として忌嫌われている。
昔は幾度となく魔女狩りが行われ、何人もの魔女が罪なく火あぶりされてきたが、昨今では『根拠なく魔女を罰してはならない』という法律ができたことで、少しは住みやすい環境となった。
それでも、魔女は忌むべき存在として捉えている者も未だに多く、リズ自身も迫害を受けながら育った。
街へ薬を売りにいけば、石を投げられることもしばしば。不当に薬の価格を下げられたり、生活必需品を売ってくれないという嫌がらせなどもあった。
そんな魔女であるヒロインが、騎士団長によって虐げられた環境から助け出されるようにして、ベルーリルム公国を治めている公家へと迎えられる。
そして隣国であるドルレーツ王国の、王太子の婚約者として相応しい地位を得るため、公家の養女となるのだ。
しかし、それを良く思わない者は、いくらでもいるはずで――
そんなことを思い出していたリズの耳に、「うわっ!」と驚く御者の声が聞こえてきた。
「罠が残っていたのかな?」
メルヒオールにそう声をかけると、彼も考えるようにほうきの柄を傾けさせたが、それと同時にリズの視界は大きく揺れる。
「きゃっ!」
馬のいななきの直後に馬車が大きく揺れて、リズは体勢が崩れて床に転げ落ちてしまった。どうやらリズが仕掛けた罠に、馬が驚いたようだ。
リズは起き上がって座り直そうとしたが、手足を縛られている上に打ち身が痛くて身体が思うように動かない。先ほどまではローラントに優しく扱われていたので、リズは痛みなど感じていなかったが、これが魔女の本来の扱われ方だ。
小説ではカルステンが一目惚れしたおかげで、ヒロインはお姫様のように公家宮殿へと運ばれたが、リズがカルステンを怒らせたので、ヒロインはヒロインになり損ねたようだ。
しかしリズとは違い、手厚い待遇をけた小説のヒロインも、公家宮殿――略して公宮では、侍女達からいじめを受けるストーリーが待っている。今ですら小説よりも悪い展開なのに、これからどうなってしまうのか。
リズは、泣きたい気持ちで相棒を見上げた。
「メルヒオール、助けてよぉ~」
いろんな意味を込めて助けを求めたが、ほうきである彼は右往左往するばかり。リズはいろんな意味で、自分でなんとかしなければならないらしい。
公宮へと到着したのは、それから二時間ほど経った頃。その間リズは、馬車が揺れるたびに床の硬さに呻いていたが、途中からはメルヒオールが穂先を枕代わりにしてくれるという優しさを見せてくれた。
やっと馬車が停止したことに安堵したリズは、次のシーンを思い出してみた。
(確か、使用人達の冷ややかな視線を浴びながら、カルステンにエスコートされて、客人用の宮殿に入るのよね)
しかしカルステンが来るとは思えないし、ローラントとは別行動。護衛してくれた副団長も怒っている様子だった。
このまま馬車の扉が開いた時に、床に転げ落ちているリズを使用人が見たら、そういう扱いをして良い人物だと勘違いをするだろう。ヒロインよりもひどい扱いを受けるかもしれない。
恐怖を感じ、リズが冷や汗をかいていると、外が騒がしくなってくる。
「その中にいるのは魔女だろう? なぜ、幽閉塔へ連れて行こうとしているの?」
「実は魔女が暴れたもので……。逃げ出さないよう幽閉しておく必要があると思いまして……」
若い男性の声が質問をすると、リズを護衛してきたと思われる騎士が慌てたような雰囲気で返事をしているのが聞こえてくる。
(幽閉塔って、罪を犯した貴族を幽閉しておく塔のことだよね……)
小説では、ヒロインを執拗にいじめた貴族達が、王太子の命令でその塔に幽閉されていた。まさかそこに幽閉されるのだろうかと、リズは息を呑む。
(カルステンは、そんな命令はしていなかったはず……)
リズを捕まえた際のカルステンは確かに「宮殿へ連れて行け」と指示していた。公宮の敷地内に幽閉塔はあるが、『宮殿』イコール『幽閉しろ』とは解釈しないはずだ。
リズが知らぬ間に決められたのかもしれないが、どちらにせよストーリーがさらに、悪いほうへと向かっている気がしてならない。リズは身を固くして、外の声に聴き耳を立てた。
「これは誰の命令?」
「副団長様です」
「副団長はどこだ」
若い男性の声がそう尋ねると、「これはこれは、公子殿下!」と機嫌を取るような明るい声が辺りに響き渡る。
(えっ。公子だったの? なんで? っというか、どっち?)
「それなら優しさついでに、手足の縄も解いてくれませんか?」
「申し訳ございませんが、それはできかねます」
「どうして……」
期待を裏切られてムッとするリズに対して、ローラントは爽やかな視線を返す。
「上官の命令は絶対ですので。リズ様には、俺が職務に忠実であることもお見せしておきたいと思います。では」
ローラントは、これ以上は話をするつもりがないとばかりに、すぐに馬車の扉を閉めてしまった。
新たな逃亡計画を進めるなら信頼できる相手を選びたいが、今のリズは信頼の証明よりも優しさが欲しい。
結局はローラントに、上手く言いくるめられただけのような気がして、リズは大きくため息をついた。
リズは公家の立派な馬車に揺られながら、これからの展開を思い出して、さらにげんなりしていた。
この大陸では、魔女は悪魔の末裔として忌嫌われている。
昔は幾度となく魔女狩りが行われ、何人もの魔女が罪なく火あぶりされてきたが、昨今では『根拠なく魔女を罰してはならない』という法律ができたことで、少しは住みやすい環境となった。
それでも、魔女は忌むべき存在として捉えている者も未だに多く、リズ自身も迫害を受けながら育った。
街へ薬を売りにいけば、石を投げられることもしばしば。不当に薬の価格を下げられたり、生活必需品を売ってくれないという嫌がらせなどもあった。
そんな魔女であるヒロインが、騎士団長によって虐げられた環境から助け出されるようにして、ベルーリルム公国を治めている公家へと迎えられる。
そして隣国であるドルレーツ王国の、王太子の婚約者として相応しい地位を得るため、公家の養女となるのだ。
しかし、それを良く思わない者は、いくらでもいるはずで――
そんなことを思い出していたリズの耳に、「うわっ!」と驚く御者の声が聞こえてきた。
「罠が残っていたのかな?」
メルヒオールにそう声をかけると、彼も考えるようにほうきの柄を傾けさせたが、それと同時にリズの視界は大きく揺れる。
「きゃっ!」
馬のいななきの直後に馬車が大きく揺れて、リズは体勢が崩れて床に転げ落ちてしまった。どうやらリズが仕掛けた罠に、馬が驚いたようだ。
リズは起き上がって座り直そうとしたが、手足を縛られている上に打ち身が痛くて身体が思うように動かない。先ほどまではローラントに優しく扱われていたので、リズは痛みなど感じていなかったが、これが魔女の本来の扱われ方だ。
小説ではカルステンが一目惚れしたおかげで、ヒロインはお姫様のように公家宮殿へと運ばれたが、リズがカルステンを怒らせたので、ヒロインはヒロインになり損ねたようだ。
しかしリズとは違い、手厚い待遇をけた小説のヒロインも、公家宮殿――略して公宮では、侍女達からいじめを受けるストーリーが待っている。今ですら小説よりも悪い展開なのに、これからどうなってしまうのか。
リズは、泣きたい気持ちで相棒を見上げた。
「メルヒオール、助けてよぉ~」
いろんな意味を込めて助けを求めたが、ほうきである彼は右往左往するばかり。リズはいろんな意味で、自分でなんとかしなければならないらしい。
公宮へと到着したのは、それから二時間ほど経った頃。その間リズは、馬車が揺れるたびに床の硬さに呻いていたが、途中からはメルヒオールが穂先を枕代わりにしてくれるという優しさを見せてくれた。
やっと馬車が停止したことに安堵したリズは、次のシーンを思い出してみた。
(確か、使用人達の冷ややかな視線を浴びながら、カルステンにエスコートされて、客人用の宮殿に入るのよね)
しかしカルステンが来るとは思えないし、ローラントとは別行動。護衛してくれた副団長も怒っている様子だった。
このまま馬車の扉が開いた時に、床に転げ落ちているリズを使用人が見たら、そういう扱いをして良い人物だと勘違いをするだろう。ヒロインよりもひどい扱いを受けるかもしれない。
恐怖を感じ、リズが冷や汗をかいていると、外が騒がしくなってくる。
「その中にいるのは魔女だろう? なぜ、幽閉塔へ連れて行こうとしているの?」
「実は魔女が暴れたもので……。逃げ出さないよう幽閉しておく必要があると思いまして……」
若い男性の声が質問をすると、リズを護衛してきたと思われる騎士が慌てたような雰囲気で返事をしているのが聞こえてくる。
(幽閉塔って、罪を犯した貴族を幽閉しておく塔のことだよね……)
小説では、ヒロインを執拗にいじめた貴族達が、王太子の命令でその塔に幽閉されていた。まさかそこに幽閉されるのだろうかと、リズは息を呑む。
(カルステンは、そんな命令はしていなかったはず……)
リズを捕まえた際のカルステンは確かに「宮殿へ連れて行け」と指示していた。公宮の敷地内に幽閉塔はあるが、『宮殿』イコール『幽閉しろ』とは解釈しないはずだ。
リズが知らぬ間に決められたのかもしれないが、どちらにせよストーリーがさらに、悪いほうへと向かっている気がしてならない。リズは身を固くして、外の声に聴き耳を立てた。
「これは誰の命令?」
「副団長様です」
「副団長はどこだ」
若い男性の声がそう尋ねると、「これはこれは、公子殿下!」と機嫌を取るような明るい声が辺りに響き渡る。
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