【完結】年下幼馴染くんを上司撃退の盾にしたら、偽装婚約の罠にハマりました

廻り

文字の大きさ
上 下
34 / 35

34 レイモンドの温室2

しおりを挟む

「そんなに俺が、軟弱に見える?」
「ううん、そうじゃなくて。レイくんはあの時、領主権限を使って刑を執行しなかったでしょう。それが、心残りになっていないか心配だったの」

 あの時の彼は、子どもたちを見てから抜きかけていた剣を収めた。
 これまで実際にこの事件を捜査してきたレイモンドなら、自分のトラウマ以外にも、子どもたちの被害に関するさまざまないきどおりを感じてきたはず。
 その気持ちに決着をつけるためにも、彼自らあの親子に裁きを下すのが最良の方法だっただろうに。

「リリのためにも、あの場で刑を執行すべきだと考えていたけれど、俺たちのトラウマを消すために、子どもたちにトラウマを植えつけるわけにはいかないから。これまで苦しんできたリリなら、きっと理解してくれると思ったよ」

 もしあの場で刑を執行していたら、子どもたちは誘拐から助けられた安堵感よりも、目の前で人が死んだことのほうが恐怖となり、トラウマを抱えた可能性が高い。
 レイモンドは今日まで、子どもたちがトラウマに苦しむことのないよう、最善を尽くしてきてくれた。

「あの時、レイくんのことが心配だったけれど、同時に感謝もしたわ。私もレイくんと同じ気持ちだったから」

 リリアナ自身も、子どもたちが事件のことでトラウマを抱えないよう、馬車での移動中からずっと気にかけてきた。レイモンドとは相談したわけでもないのに、同じ事を考えていたのがとても嬉しい。

「そういう優しいレイくんが、大好き。これまでもずっと大好きだったし、この気持ちはいつまでも、変わらないと思うわ」

 レイモンドのことが好きすぎる気持ちが溢れてそう告げると、レイモンドはリリアナから目を逸らしてうつむいた。
 そして困ったように、額に手をあてる。

「レイくん……?」
「リリはいつも、俺より先に行動する……」
「どういう意味?」

 確かにリリアナのほうが年上なので、レイモンドよりしっかりしなければという気持ちはあるが、なぜそれを今、言われるのか。さっぱり理解できない。
 レイモンドの顔を覗き込むようにして首をかしげると、彼は横を向いてリリアナを恨めしそうに見つめる。心なしか彼の頬が赤い。

「そして、その大好き・・・には特に意味はないんだろう?」
「大好きは大好きよ。それ以外に、意味がある?」

 ますます彼が何を言いたいのかわからずにいると、レイモンドの表情は冷ややかな笑みに変化する。

「リリちゃんはもう少し、大人になろうか」

 またやってしまった。
 素直な気持ちを伝えたはずなのに、彼を怒らせてしまった。本当に年下の気持ちはよくわからない。
 これ以上話すと、ますます機嫌を損ねそう。リリアナは逃げる体制に移ろうとした。

 けれど、レイモンドに腕を掴まれ、反対の手で耳の辺りを押さえられ、そしてなぜか、唇が重なる。

(いっ……いきなり何で?)

 ぽかんと彼を見つめるリリアナの目の前に、レイモンドは眩しいくらいの素敵な笑顔が広がる。

「リリ。俺も大好きだよ」
「…………っ!」

 こんなふうに言われたら、さすがにリリアナも理解する。彼が向ける「大好き」と、リリアナが向ける「大好き」が、かみ合っていないと。

「この事件が解決したら、ずっと言いたいことがあった。――リリアナ、俺と結婚してください」
「こ……公爵家からの求婚を、男爵家が断るはずないでしょう。なぜ、わざわざこんな大変なことまでして……」

 これが立場が逆ならば、リリアナは必死に出世して王妃の補佐官にでもならなければ、大手を振ってレイモンドに求婚などできる立場ではない。それでも足りないくらい。

 しかしレイモンドは違う。次期公爵や現侯爵という地位だけで、王女に求婚しても不釣り合いではないほどの立場だ。
 男爵令嬢に求婚するために、これほどの成果を残す必要などどこにもない。

「俺がトラウマを抱えたままだと知れば、リリは罪悪感から俺と結婚しただろう? それが嫌だったんだ。リリを本当に幸せにするには、俺たちのトラウマは必ず克服しなければならなかった。お互いに負い目を感じることなく、愛し合いたかったから」
「レイくん……」

 彼の言うとおりだ。レイモンドにトラウマが残っていると知る前から、リリアナはあの事件のことで、レイモンドに対して負い目を感じていた。
 その状態で求婚されたなら、レイモンドへの罪悪感や、彼を守って支えなければという義務感で、「好き」以外の感情の方が大きくなっていただろう。
 それとは別に、今は公爵家からの求婚など断れるはずがないと、貴族社会の常識に囚われている。

 けれど、そういった義務が生じる結婚を、彼は望んでいないようだ。

「求婚を受けるかどうかは、リリ自身の気持ちを一番大切にして。リリの気持ちを確かめてから、正式な求婚書を出すから。リリは俺のこと、どう思っているの?」

 リリアナの気持ちを大切にとは言うが、あまり待ってはくれなさそうな雰囲気だ。

「急に言われても……。レイくんのことはとして大好きだったから……」
「へえ……。リリちゃんは、そのに何度も唇を奪われても、としか感じなかったのかな? あんなに顔を真っ赤にさせておきながら、一ミリもドキドキしなかったわけ?」

 本当にこの幼馴染は、ピンポイントで痛いところを突いてくる。
 リリアナは彼からのキスに対して、毎回のように心を乱されて来たし、先ほどのキスは今でもドキドキが止まらない。

「ドキドキした……けど。レイくんとは結婚できないと思っていたから、すぐには気持ちを切り替えられないよ」

 気持ちの問題だけではない。公爵家に嫁ぐとなると、勉強しなければならないことも山ほどある。
 今、思い返せば、スカーレットはこれを見越してリリアナの派遣を求めたようだが、それでもぜんぜん足りないくらいだ。

 レイモンドに見合う女性になるためには、もっともっと努力しなければ、リリアナ自身が満足できない。

「わかった。俺もリリを追い詰めたいわけではないから、リリが決心してくれるまで、いくらでも待つよ」
「……本当?」
「うん。俺の望みは、リリに愛されることだから。――けれど、困ったなぁ。俺たちの偽装婚約期間は、もうすぐ終了してしまうよ。一度婚約を解消してしまったら、また婚約を結ぶのは家門のイメージが悪くなるし、陛下も許してくださるかどうか……。どうしようか、リリ?」

 レイモンドは困ったように、こてりと首を傾げながらリリアナを見つめる。

「どうしよう。そんなに早くは決められないわ!」
「こんな時、人事調整課ならどうするの?」
「えっ? 期間内に任務の収拾目途が立たない場合は、期間延長申請書を提出してもらって……」

 そこまで言いかけたリリアナは、レイモンドが何を言わんとしているのか理解した。いくらでも待つと言われたのに、どんどんと追い込まれている気分だ。

 けれどリリアナとしても、レイモンドとの縁は途切れさせたくない。
 今はまだ、急なことで気持ちが追いつかないが、これからじっくりと実感して、レイモンドと結婚できる喜びに浸りたい。
 そしてしっかりと自分の気持ちがレイモンドに追いついてから、正式な関係へと進みたい。

 レイモンドは、そんなリリアナの気持ちなど手に取るようにわかっていて、このような質問をしてきたのだろう。

 年下に主導権を握られて悔しい気持ちもあるが、彼なりに猶予を与えてくれたとリリアナは思うことにした。

「偽装婚約延長・・でお願いします」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...