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16 幼い頃の二人2
しおりを挟む男爵家の方角へ向かうなら乗せてもらえるかもしれないし、逆方向だとしてもここがどの辺りなのか教えてもらえる。
リリアナは何としても馬車を止めなければと、木の陰から目を凝らして馬車が現れるのを待った。
そうして馬車が現れた方向は、男爵家側。残念ながら乗せてはもらえそうにないが、リリアナは必死で馬車を呼び止めた。
幸いにも馬車はリリアナたちに気が付き止まってくれた。御者台には二人の男性が乗っており、荷馬車には覆いがかぶされている。どうやら荷物を運ぶ途中のようだ。
「こんなところに、子どもがいるぞ」
「どうしたんだ嬢ちゃん」
「吹雪で疲れて、休んでいたんです。モリン男爵邸はその先で合っていますか?」
一本道なので迷ってはいないと思うが、リリアナは確認のために彼らが来た方角を指さした。
「そういや、小さい邸宅があったな。子どもの足でもそんなにかからないと思うぞ」
それを聞いたリリアナは、ぱぁっと顔を明るくさせてレイモンドに抱きついた。
「レイくん、もうすぐでお家に着くよ。もう少しだけがんばろうね!」
「へえ。嬢ちゃんたち、あそこの邸宅の子かい?」
「はい。そうです……けど」
そう答えたリリアナは、彼らが無遠慮にリリアナたちの身なりを見ていることに気がついた。
「確かに、いい身なりをしている。兄貴、どうする? 連れて行くか?」
「しかし、後一人くらいしか乗せられないしな……」
その時になってようやく、リリアナは気がついた。
吹雪の風音に紛れて微かに聞こえてくる、すすり泣く声。それがどこから聞こえてくるのか、確認せずとも理解した。
なぜなら、荷馬車を覆っている幕が、小刻みに揺れていたから。あれは吹雪に煽られて揺れているのとは違う動きだ。
(あの中に人が……。人さらい?)
「けどよう。貴族の子は高く売れるし、一人下ろしてその二人を乗せたらどうだ?」
「それもそうだな」
リリアナの考えを肯定するような会話。リリアナは咄嗟に、レイモンドを背に隠した。
「おじさんたち、見る目がないのね。貴族の子は私だけよ」
「その割には、そっちのチビもいい身なりじゃねーか」
「私の遊び相手に雇われたのだから、当たり前でしょう」
リリアナは足の震えを感じながらも、声だけは震えないようにと、手を握りしめて続ける。
「けれどこの子ってば、身体が弱くていつも足手まといになるのよね。本当は吹雪になる前に帰れるはずだったのに」
困ったとばかりに、リリアナは頬に手を当ててため息をつく。これはリリアナがお転婆すぎた時に、乳母がよくするポーズだ。
「確かに、このチビ。今にも死にそうな顔してるぜ」
「リリちゃん……」
幸いなことに冷え切った身体のおかげで、レイモンドの顔色は良くない。それを男の一人にじっくりと見られたレイモンドは、怯えながらリリアナの背中に抱きついた。
「おまけに、こんな弱虫なのよ。家に戻ったらパパに言って、遊び相手を変えてもらわなきゃ」
リリアナの渾身の演技を、本気と受け取った様子のレイモンドが、リリアナの背中で泣き始めてしまった。
けれどここで慰めては意味がない。リリアナは心を鬼にして男たちに賛同を求める。
「そりゃあ嬢ちゃんも災難だったな」
「だが、残念だったな。パパにはもう会えないぜ」
「えっ……きゃっ!」
あっという間に男に担ぎ上げられたリリアナは、そのまま荷馬車へと放り込まれた。
「リリちゃん!」
「兄貴、こっちのチビはどうする? 置いて行くにしても顔を見られてるぜ」
「殺しは好かねぇ。どうせこんなチビ、この吹雪で野垂れ死ぬさ」
リリアナの演技のおかげで、レイモンドに対して弱い印象を持った男たちは、そのままレイモンドを放置して荷馬車を出発させた。
「リリちゃん待って! 置いていかないで!」
荷馬車を追いかけようとするレイモンドに、リリアナは男達に聞かれないように声をかけた。
「レイくん、車輪の跡をたどって家に戻って!」
これだけ言えば、貴族の子ならば何をすべきか判断できる。レイモンドは涙を袖で拭ってから、こくりと深くうなずいた。
その後。レイモンドが呼んだ護衛によって、リリアナは他の子供たちと一緒に助けられた。
だが男たちは、護衛に捕まる前に素早く荷馬車から馬を外し、吹雪に紛れて逃げ去ったのだった。
吹雪のせいで跡形もなく消えてしまった犯人たちは、未だに見つかっていない。
急ぎ公爵邸へと戻ったレイモンドは、使用人たちに廊下にある窓のカーテンを閉めさせ、自らは外の音が聞こえにくい部屋へとリリアナを連れて行った。
暖炉の前にリリアナを座らせ、震えて冷え切っている彼女の手を包み込むように握る。
「もう大丈夫だよリリ。公爵家の警備力はリリも知っているだろう?」
「うん……。いつも迷惑かけてごめんなさい」
「気にする必要はない。リリは被害者なんだから」
「でもあの時、私の軽率な行動でレイくんを連れ出さなければ。それにレイくんのことも傷つけてしまったし……」
あの時はあれが最善だと思ったが、今ならもっとうまいやり方を考えられたはず。
あの事件を境にして、レイモンドの雰囲気は少しずつ変わった。
「俺はあの頃、リリに可愛がられるのが好きな、甘ったれの子供だった。どうすればリリに好かれるか、喜んでもらえるか。それしか考えていなかった」
あの頃のレイモンドは、リリアナに心地良い言葉をくれる可愛い子だった。そんなレイモンドのことが大好きで、リリアナは目に入れても痛くないほど彼を可愛がっていた。
「けれど、それだけではリリは簡単に奪われてしまうと、あの時に痛感したんだ」
急に大人ぶった態度になったり、リリアナの世話を焼こうとし出したのもそれからだ。
「ふふ。いつも守ってくれてありがとう。レイくんのおかげでいつも助かってるよ」
彼の気持ちを聞いて嬉しくなったリリアナは、レイモンドの頭をなでる。
「……いつになったら、弟から抜け出せるんだ」
レイモンドが不満そうな顔でそう呟いたが、その時ちょうど暖炉の薪がバチッと爆ぜたので、リリアナには届かなかった。
「え? 何か言った?」
「……いや。今日は泊まっていくだろう? いつもの部屋を使って」
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