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05 再び盾のお願い1

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 先日のお詫びとして、プレゼントの箱いっぱいに手作りクッキーを渡すと、レイモンドは「ずっとリリのお菓子が食べたかった」と嬉しそうにそれを食べ始めた。こんな時のレイモンドは、昔と変わらず可愛い。
 けれどリリアナの相談事を聞いて、一気に不機嫌な顔へと変わってしまう。ため息をつきながら、箱をテーブルに置いた。

「久しぶりに会えたかと思えば、恋人のフリをしてくれる人を紹介してほしい?」

 先日の埋め合わせは結局、お菓子をいつもより多く作るという残念な結果になった。なにせ高価な贈り物は、レイモンドが喜ばないのでしかたないのだ。
 長年の付き合いで、手作りお菓子が一番喜ぶと熟知している。

 ただ、前回の埋め合わせ分はこの量で足りたようだが、今回の相談分としては不足だったようだ。

「お願いします、レイモンド様。あんな人と結婚したくありません!」
「……まずは、敬語をやめてくれないかな。二人きりなのに気持ち悪い」
「きっ……」

 リリアナを鬱陶しく思っている、という調査報告書を思い出して、リリアナは顔を引きつらせながら硬直した。

 昔はただ可愛がればよい存在だったが、年々レイモンドとの距離感には悩まされる。
 あまり馴れ馴れしく接するのは公爵令息に対して失礼だが、本来あるべき距離感で接すると彼は不機嫌になる。
 その匙加減を間違えては、鬱陶しく思われている自覚はあった。

 社会人になったリリアナとしてはその辺りをきっちりしたかったが、彼はまだそれを望まないようだ。
 
「ろくに手紙の返事も寄こさなかった理由が、そんなくだらないことだったとはね」

 これまでの経緯を説明すると、レイモンドはくだらないとため息をついた。

「上司は子爵だから、断りにくくて……」

 それよりも、誘拐事件の犯人に似ていて怖いという気持ちのほうが強かったが、これはレイモンドには話せない。
 あの時の誘拐事件はレイモンドも関係している。余計な心配はかけたくない。

「前から言っているだろ? 困ったことがあれば俺を頼れと。もっと早く言ってくれないかな」
「私も就職したし、学生のレイくんには迷惑をかけられないと思って」
「結局は俺を頼ることになるんだから、おとなしく俺に守られなよ」

 久しぶりに会った幼馴染は、このような大人びた発言までするようになったようだ。
 去年よりも確実に成長して男性的な魅力が増した彼に言われると、リリアナでも思わずドキドキしてしまう。

「レイくん……。今のカッコイイけど、どうせなら好きな子に言おうね?」

 幼馴染に言ったところで、魅力の無駄遣いだ。
 にこりとそう諭すが、また距離感を間違えてしまったようだ。レイモンドには、非常に鬱陶しそうな表情を浮かべられてしまう。

「……それで。相手の要求はどの程度?」
「本当の恋人だと証明しろって。例えばキスするとか……。でもでも! 他にも方法はあると思うの。手を繫ぐとか、お揃いのコーデにするとか」
「そんな子供みたいな方法で、相手が納得するはずがない」
「こどっ……」

 年下に駄目出しされると、少し傷つく。

(レイくんだって、女性とお付き合いしたことないじゃない。はっ……。もしかして、留学先で大人に……?)

「リリ……。何か変なこと考えてない?」
「ううん。何も……。それじゃ、本当にキスしなきゃいけないかしら……」
「キスしたところで、相手の気持ちを逆なでするだけだろうね」
「どうしよう……」
「一番簡単なのは、リリが本当に誰かと婚約することだな」
「急に婚約と言われても、相手もいないし……」

 だからこそこうして、紹介してほしいと頼んでいるのだ。

「相手なら、ここにいるだろう?」
「えっ。どこに?」

 メイドは下がらせたので、この部屋にはレイモンドと二人だけ。
 リリアナが首をかしげると、向かいに座っているレイモンドは優雅にお茶を口にしてから、リリアナと同じように小首をかしげる。

「リリちゃんには、目の前にいる俺が見えないのかな?」

(あっ。また怒ってる……)

 彼の名誉のために言い訳しておくと、リリアナは決してレイモンドのことなど眼中にないという訳ではない。
 レイモンドのことは家族の次に大好きな人であり、貴族の事情など知らない幼い頃は「おおきくなったら、レイくんとけっこんする」と公言していたほど。
 それが叶わぬ夢だと知ってからは、良い姉貴分になろうと彼に寄り添ってきたつもりだ。
 大切に見守ってきたからこそ、レイモンドには良い子と結婚して幸せになってほしい。

「さすがに、次期公爵様をそこまで巻き込めないよ」
「うちの両親もリリが不幸になるのを放っておくはずないし、モリン男爵が知れば大変な事態になる」

 そう。忙しいリリアナの父にはまだ知られていないが、この事実が知られてしまうとカヴル子爵を暗殺しに行くかもしれない。
 もしそうなればリリアナは上司から完全に開放されるが、その代償が父の逮捕では割に合わなすぎる。

「これはあくまで応急処置。偽装婚約みたいなものだ。俺としても女性除けになるし、お互いにとってメリットのあることだ」

 レイモンドの話によれば、帰国した途端に令嬢たちからラブレターが届きまくって大変なのだとか。
 特に一つ上の先輩に苦手な女性がいるらしく、その女性が卒業するまでは穏便に済ませたいと。
 去年まではさりげなくリリアナを盾にしてやり過ごしていたと聞いて、リリアナの肩の荷は下りた。

(盾にしていたのは、レイくんも同じだったのね)

「ふふ。そういうことなら、よろしくお願いします」
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