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45 聖竜城へ2
しおりを挟む広場へ到着したオリヴァーは、黒竜の姿へと変化した。
黒竜は他の竜よりも身体が大きい。クリスの白竜を見慣れているクローディアでも、圧倒される迫力がある。
幼い頃に見た幼体の黒竜とは異なり、成体は全身が鱗に覆われている。
触れてみたい。
他の者なら恐怖するのだろうが、クローディアは幼い頃と同じく好奇心が勝っていた。
「あの……、なでても良いですか?」
『どうぞ。もうぷにぷにではありませんが』
幼体の黒竜によろこんで触れていた頃を、彼も覚えているようだ。
「ふふ。鱗も素敵です」
彼の鱗は黒曜石のように艶やがあり、すべすべの手触り。
日の光を浴びて飛行していた彼は、言葉どおり光を反射して輝いていた。今は夜なので、その輝きを見られないのが少し残念だ。
『首の部分に乗ってください』
オリヴァーは首の横に前足を置いて、登りやすくしてくれた。黒竜の首回りには、柔らかい毛がたっぷりと生えている。
首によじ登るとそこは、雲にでも寝ころんでいるような極上の気持ちよさが広がっていた。
「オリヴァー様の毛は、ふかふかで気持ちいいです」
『落ちる心配はありませんから、寝ていても結構ですよ』
竜の毛に包まれながら卵を温めることこそ、至上の幸せ。
昔の竜人族はそんな言葉を残している。
今ならクローディアにも、その気持ちがよくわかる。ここは、オリヴァーの優しさが凝縮されたような空間だ。
オリヴァーは大きく翼を羽ばたかせながら、クローディアを落とさぬよう慎重に夜空へと舞い上がった。
「わぁぁ……!」
みるみるうちに上昇する黒竜の上で、クローディアはその光景に瞳を輝かせる。
地上の風景が見えなくなると、そこにはもう星空しかない。
今まで見上げなければ見られなかった星が、横を向くだけで無数に広がっている。
まるで自分達が、星の群れの中に紛れ込んでいるような気分だ。
オリヴァーが星座の話をしなかった理由が、今ならわかりそう。
彼が見ていた世界は、星と星を結んで楽しむ平面的なものではなく、星に囲まれる立体的な空間だったのだ。
「オリヴァー様が約束してくださった、夜空のお散歩って……」
『これです。幼い頃からずっと、この光景をディアに見せたかったんです。やっと夢が叶いました』
「言葉では表現できないほど素敵です。私……、お祭りではひどい断り方をしてしまいましたわ……」
あの時は、卵のためには彼と距離を置くべきだとの思いに駆られていた。
純粋に星空を見せてあげたい思ってくれた彼を、傷つけるような言い方になってしまった。
『あの時は、俺の伝え方に問題がありました。ディアを前にすると、気持ちばかりが焦ってしまって……。卵のことを考えれば、もっと慎重になるべきでした』
(そういえば。あの時オリヴァー様は、私にずっと傍にいてほしいと言ってくださったのよね)
あの時はまるで、愛の告白のようで。卵の件さえなければ、クローディアは彼の気持ちを受け入れたかった。
叶わなかった夢が叶うかもしれないと、想像せずにはいられなかった。
(あの時の彼の言葉はもう、無効なのよね……)
彼が傷ついている姿を無視し続けてきたのは、他でもないクローディア自身だ。
彼にはすでに、卵を孵化させる以上の気持ちはないように思える。
それから何時間ほど経ったのだろうか。黒竜の毛に包まれてうとうとしていたクローディアは、オリヴァーの声で目を覚ました。
『ディア、起きてください。そろそろ聖竜城に到着します』
すでに飛行する高度はかなり下がっており、クローディアの目線でも聖竜城の塔を確認することができる。
その塔の先端が、チカチカと光っていた。
「あの光はなんですか?」
『着地場所の合図を送って来ました。中庭に着地するようにだそうです』
「着地場ではないのですか?」
中庭は正式な着地場ではない。聖竜城には城の横に立派な着地場が設けられている。なぜだろうと、クローディアは首を傾げる。
『事情があるようですね。とりあえず指示に従いましょう』
オリヴァーは城の周りを旋回しながら中庭の上空まで寄せると、羽を上下に動かしながら静かに下降していく。
地上が近づくにつれて、クローディアは気がついた。夜中にも関わらず、中庭は随分と明るい。それに大勢の人の気配も感じられる。
黒竜が着地し、クローディアは彼の首から地上へと滑り降りた。
そして辺りを見回した彼女は、思わず身構える。
(これはどういうこと……?)
すぐに竜人の姿へと戻ったオリヴァーの顔を見てみると、彼もこの事態は想定外だったように目を見開いている。
二人の目に映ったのは、城内に向かって敷かれている赤い絨毯と、その両脇を固める騎士団の列。
彼の表情からも、いつもこのように出迎えられているようではなさそうだ。
騎士達は皆、一様に下を向いている。おそらくオリヴァーの顔を見ないようにしているのだろう。
一番手前にいた騎士が、下を向きながらこちらへと歩み寄ってきた。
「王太子殿下、仮面をどうぞ」
「ありがとうございます」
オリヴァーは渡された黒竜の仮面を、慣れた手つきで装着する。その姿を見て、クローディアは現実に戻って来たような気分になる。
クローディアの中ではすでに見慣れてしまった彼の顔。それは本来、気軽に見てはいけない。
彼と素顔で接していられた期間は、本当に特別なものだったのだ。
もう一生、彼の素顔を見ることはできないないのだらうか。こんなことなら、最後にしっかりと目に焼き付けておくべきだった。
クローディアが後悔している間にも、騎士はなぜだか期待に満ちた表情で二人に敬礼をした。
「おかえりなさいませ、王太子殿下。そしてエメリ伯爵令嬢のご登城を、心から歓迎申し上げます」
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