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38 日常の中で1

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 その日。聖竜城でも、動きがあった。
 国王はベアトリスを呼び出し、ある質問をしたのだ。

「オリヴァーの不在が長く続いておるが、そなたは卵のことが不安ではないのかい」
「オリヴァー殿下はこの国で一番お強い方ですもの。なにも心配しておりませんわ」

 やはり彼女は、卵の親特有の『卵がいないと不安』という感情がないようだ。
 オリヴァーからの報告では、彼女が温めた後は卵の温度が低いとのこと。
 この二つの条件を照らし合わせれば、彼女が卵の母親ではなことは明白。
 国王は深いため息をついた。

 オリヴァーはかつての幼馴染に対して、ずっと心残りがある様子だった。
 それゆえ息子の今の行動は、気の迷いであることも考えていた。
 今後の人生のためにも、気が済むまで過去に整理を付ければ良いと考え、あの日は送り出したが……。

 こうもベアトリスが不安の一つも見せないと、息子の主張を認めざるを得ない。
 城内でも、ベアトリスの行動については噂が出始めているという。問題がこじれる前に、対処せねばならない。



 ベアトリスを下がらせた国王は、頭痛がする頭を抱えながら側近に声をかけた。

「息子の婚約破棄の手続きを進めてくれ。それから筆頭聖女……いや、クローディア・エメリ伯爵令嬢との婚約の準備を頼む」
「しかしモンターユ家は、納得するでしょうか」
「王命で押し通せ。……これまで息子には辛い思いばかりさせてきた。こればかりは私が後始末をせねばならない」

 嫌がるオリヴァーを無理やり婚約させたのは、他でもない国王だ。国の安定のためには、そうするしか方法はなかった。
『幼い子供ならばまだ、相手を番だとは認識していないはずです』モンターユ公爵の意見に、もっと疑問を持つべきだった。

 息子は表向き、人当たりの良い性格に育った。
 けれど本当のところは、希望がないだけだ。希望がないから反論しないし、怒りも沸かない。まるで人形のように、与えられた役目をこなすだけ。

 そんな息子に育ててしまった国王は、ずっと悔やんでいた。
 だからこそ、必ずモンターユ家との婚約を破棄し、クローディアと婚約させなければならない。
 かつてクローディアがオリヴァーを救ったように、今のオリヴァーを救えるのも彼女だけだ。




 翌朝。クローディアは、腫れぼったいまぶたをなんとか上げて目を覚ました。
 寝室を見回すと、昨日のドレスは脱ぎっぱなしで床に落ちている。
 せっかく用意したドレスだったが、丁寧に扱う気力さえ昨日のクローディアには残っていなかった。

(クリス様からお借りしている別荘を、汚してはいけないわね……)

 重い腰を上げて立ち上がり、ドレスを拾い上げる。するとその下から、しなしなになったスイートピーが出てきた。

(これは、髪飾り代たわりに挿していた……)

 クローディアは知らなかったが、スイートピーは水がないとすぐにしおれてしまう。髪飾りにはあまり向かない花だ。

(まるで私みたいね……)

 クローディアの心はまさに、このしなしなのスイートピーだ。

 それでも今日も、仕事へはいかなければならない。
 イアンならきっと休んでも良いと言ってくれるだろうが、聖女は休みなどなかった。
 どのような気持ちであろうとお努めを果たしてきたクローディアは、のろのろと身支度を整え始めた。

(まさかこんなことで、神聖力を使うとは思わなかったわ……)

 酷い有様の顔に、両手を当てて神聖力を使う。すると、すっきりとむくみのない肌に戻る。蒸しタオル美容よりもよほど効果は高い。

 顔がすっきりしたおかげで、気分も少しだけ回復する。よしっ! と気合を入れたクローディアは、まずは別荘の掃除に取りかかった。

 掃除を終えて、身支度をませれば、次はイアンの食堂での仕事。
 変わらない毎日が今日も始まる。

 けれど、本当に変わらない毎日に戻るのだろうか。
 昨日は彼を傷つけてしまった。きっと、食堂へはもう来ないだろう。
 彼のいない日々は、クローディアにとって日常とは言いがたい。それほどオリヴァーは、クローディアの生活に入り込んでいた。



 そう思いながら食堂で開店準備を済ませていると、からんとドアベルがなり店の扉が開いた。
 お昼には少し早いこの時間。この頃に店を訪れるのは、クローディアが知る限りでは一人しかいない。

 急に心臓が激しく動き出す。
 再び彼と会った時に、どのような顔をすればよいのか。それについては全く考えていなかった。

「こんにちは、ディア。今日も良い天気ですね」
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