上 下
31 / 54

31 町のお祭り1

しおりを挟む

 その日がきっかけだったのかは、クローディアにはよくわからない。けれどその日を境に、町で頻繁にオリヴァーと会うようになった。
 優しい彼はそのたびに、クローディアを別荘や食堂まで送ってくれる。おかげで変な人に絡まれる心配もなくなった。

 毎日のように送ってもらえば、必然的に会話も増える。未だにオリヴァーは素性を明かしてはくれなかったが、二人の距離は着実に縮まっていった。
 そうなると、クローディアの心にはどうしても欲が出てくる。

 彼ともっと親しくなりたい。
 ずっと一緒にいたい。

 けれどオリヴァーには婚約者がおり、彼女との間に卵を授かっている。そんな彼の幸せを壊してはいけないことも、十分に承知していた。
 叶うはずがないこの気持ちに、どう整理をつけたら良いのか。

 彼と会える幸せな日々の裏で、そんな悩みを抱えていたクローディアは、ある日。街角のポスターを目にした。



「それは『白竜祭』のことだな」

 最近。町のあちらこちらに、白い花が描かれているポスターが張り出されている。気になってイアンに聞いてみたところ、彼はそう教えてくれた。

 クローディアがオリヴァーからもらった懐中時計が貴重だったように、竜の姿が描かれているものは貴重品として扱われる。ポスターのような安価なものに竜を描くなどもってのほかなので、代わりとなるものが描かれていたようだ。

 竜に変化できる能力がある家門の領地では、このようなお祭りがおこなわれているのだとか。つまり白竜祭は、白竜であるクリスを称えるお祭りだ。

「お祭りは、どのようなことをするのかしら?」

 記憶の限りではお祭りに参加したことがないクローディアは、首をかしげた。
 首都の竜神祭では、神殿で大規模な礼拝がおこなわれるが、この町には神殿がない。

「庶民の祭りといえば、どこも同じさ。食べ物を売る屋台なんかが出て、朝から夜まで騒ぎまくるんだ。俺も当日は、店の前で簡単な食べ物を売る予定さ」
「そうなのね。私もお手伝いするわ」

 クローディアの想像する限りでは、いつもより忙しくなりそう。いつもはお昼だけだが、一日中手伝ったほうがよさそうだ。

「ディアは初めての祭りなんだから、手伝いなんてしないで思い切り楽しみな」
「でも……」
「ほら。この前言ったろう? 受け身のままでは駄目だって。あのお客は顔が良いから、うかうかしていたらすぐに取られてしまうよ」

 イアンはそう言うが、彼には婚約者と卵がいる。いくらクローディアの気持ちを伝えたところで、彼を困らせるだけだ。

(けれど、お祭りくらいなら……)

 幼い頃に突然に途絶えてしまった友情。ちゃんとお別れができなかったせいで、クローディアはずっと後悔のような気持ちを抱えていた。

 せめて最後に、楽しい思い出がほしい。
 思う存分彼と楽しむことができたら、このモヤモヤした気持ちを整理できるかもしれない。



 その日も仕事帰りに市場で買い物をしていると、ばったりとオリヴァーと出会った。
 彼はいつものように、クローディアを別荘まで送ってくれるという。

「あの……。いつも送ってくださり、ありがとうございます」
「たまたまですから。仕事のついでだと思ってください」

 彼はいつも大きな荷物を肩にかけている。あの中に調査道具でも入っているのだろうか。
 もう一ヶ月以上は調査で滞在しているので、いつ調査を終えて帰ってもおかしくはない。
 また突然、会えなくなる日がやってくるのではないかと、クローディアは心配になる。

「お客さまは、まだこの町にいらっしゃる予定ですか?」
「当分はいると思いますよ」

 調査の手がかりが中々掴めない。と、オリヴァーは困り顔で微笑む。
 彼の仕事が進んでいないのは心配だ。けれどそんな気持ちとは裏腹に、まだ一緒にいられそうだとクローディアは安心する。

「実はもうすぐ、白竜祭があるそうなんです。もし良ければ気晴らしに、一緒に行きませんか?」

 クローディアが彼を誘うのは、これが初めてだ。いつもは彼から、送り迎えを提案されるだけ。確かにイアンの言うとおり、今までのクローディアはひたすら受け身だった。

 ついに一歩踏み出せたが、これはあくまで友人としての一歩。どうか重荷に思わないでほしい。

 これまでの関係が崩れてしまわないか心配な気持ちで、クローディアは彼を見つめる。
 すると彼は、少し残念そうな顔を向けてきた。

「……先を越されてしまいましたね」
「え?」
「実は、俺も誘いたいと思っていたんです」
「本当ですか……?」
「なかなか言い出せなくて。格好悪いですね……」
「そんなことありません。嬉しいですわ」

 断られなかったどころか、彼は同じ気持ちでいてくれた。それだけで竜神の元へ召されそうなほど、幸せでいっぱいになる。

「では当日、十時に広場の噴水前で待ち合わせしましょう」
「はい。必ず遅れないように行きますわ」

 クローディアは気合を込めてそう返事する。当日は早起きして、念入りに準備を整えなければ。

 しかしなぜか、オリヴァーは首を横に振った。

「十時になったら、家を出てください」
「え……」

 待ち合わせ時刻に家を出発。
 噴水の前で待ち合わせ。
 それはかつて、幼い頃の二人がしていた待ち合わせ方法。

(オリヴァー様はあの頃を、覚えているのね)

 そう確信したクローディアは、唇を固く噛みしめた。そうでもしなければ、涙が溢れそうなほど嬉しかったから。
 
 オリヴァーのほうも、昔を懐かしむような笑みでクローディアを見つめている。
 そんな彼に笑顔の一つでも贈って、伝わっていることを示したい。けれど今は、あふれ出そうな感情を押さるだけで精一杯だ。

 そんな彼女の気持ちに追い打ちをかけるように、オリヴァーは続ける。

「こちらの懐中時計が十時を指したら、家を出てください。ディア・・・

 そう言いながらクローディアの手に握らせたのは、神殿に置いてきたはずの黒竜の彫刻が施された懐中時計。
 なぜこの懐中時計が、オリヴァーの元へ戻っているのか。今はその理由を考える余裕など、彼女にあるはずがない。

「はい……。オリヴァー様」

 ついに彼は、素性を明かしてくれた。
 仮面を付けていない彼にとっては、それは大きな決断であったはず。
 そこまでして友情を示してくれたことに胸がいっぱいになったクローディアは、とうとう瞳から涙が溢れ出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

処理中です...