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 食堂での仕事が終わり外へ出て歩いていると、道の角でばったりとオリヴァーと出くわした。

「こんにちは。今日はウェイトレスさんによく会いますね」
「ふふ。そうですね。お仕事お疲れさまです」

 彼は今日も食堂で昼食を食べたので、会うのは本日三度目だ。
 クローディアとしては毎日のように、町を調査をしている彼を見ている。今日だけ特別な感じはしないが、彼にとってはそうなのだろう。

「ちょうど住宅街のほうへ用事があるので、よろしければお送りしましょうか?」
「嬉しいです。……けれど、その前に金物屋さんに用事がありまして……」

 今日は、金物屋に注文していたものが到着する日。金物屋には、今日中に取りに行くと伝えてある。
 せっかくオリヴァーと一緒にいられるチャンスなのにと、クローディアはがっかりする。

「ご迷惑でなければ、金物屋へも同行して良いですか? ちょうど、確認したいこともあったので」
「わぁ。本当ですか? それでしたら、一緒に行きましょう」

 本当に今日は、偶然が重なる日だ。



 金物屋へ到着すると、オリヴァーはすぐに店内を見学し始める。クローディアは彼を待たせないようにと、すぐにカウンターへと向かった。

「こんにちは。この前注文した金型は届いていますか?」
「ちょうどさっき届いたところだよ。これで良いか確認しておくれ」

 店主がカウンターに置いたのは、大小さまざまな大きさの星の形をしたクッキー用の金型だ。
 別荘には、クッキーを作るのに必要な調理器具はひと通りそろっていたが、金型はさすがに用意されていなかった。この前は金型を見に金物屋へ来たのだが、星のサイズが一種類しかなかったので注文したというわけだ。

「思った通りの物です。ありがとうございます」

 お金を支払って金型を受け取ったクローディアは、すぐにオリヴァーの元へと向かった。

「お待たせしました。私の用事は終わりましたわ」
「俺のほうも終わりましたので、出ましょうか」

 やっとクッキー作りの材料がそろったので、今日にでも試作品を作ってみよう。クローディアはそんな計画を立てながらうきうきと歩いていた。
 するとなぜかオリヴァーまで楽しそうな雰囲気で、クローディアの顔を覗き込んできた。

「良い買い物ができたようですね。差支えなければ、何をご購入したのか聞いてもよろしいですか?」
「大したものではないのですが」

 クローディアはそう前置きしながら、星の金型をオリヴァーに見せる。

「星型のクッキーには、幼い頃の思い出があるんです」
「思い出ですか?」
「はい。幼い頃の友人が、星が好きだったのです。いつも私と一緒に見たいと言ってくれたのですが、幼かったので夜はお会いできなくて。代わりにと、いつも星型のクッキーを用意してくれたんです」

 それが懐かしくて。と、クローディアは内心ドキドキしながら微笑んだ。
 幼い頃に二人で遊んだ記憶が、オリヴァーには残っているのだろうか。それが知りたくてクローディアは、探るような話をしてしまった。

 クローディアにとっては今でも大切な思い出だが、彼にとっては?

 祈るような気持ちで彼を見つめると、オリヴァーはクローディアの手のひらから金型をひとつ手に取り、それを空へとかざした。

「きっとそのご友人は今でも、あなたと一緒に夜空に輝く星を見たいと思っていると思いますよ」
「本当ですか……?」
「ウェイトレスさんは素敵な女性ですから」

 今のは、記憶があると判断して良いのだろうか。曖昧すぎてクローディアには判断しかねる。
 けれど「素敵な女性」と褒められて、暖炉の前にでもいるかのように顔が熱い。

「とりあえず、大通りを抜けましょうか」

 オリヴァーは急にクローディアを隠すようにして肩を抱くと、足早に大通りを抜けて路地へと入った。
 彼の体温が伝わってきて、クローディアはますます動揺する。

「あの……。どうかしましたか?」
「ウェイトレスさんのそのような顔を他人に見られたら、また付きまといが増えそうで心配です」

(わっ私、どのような顔をしているのかしら……)

 そもそも、こんな顔にさせている張本人は、自覚があるのだろうか。
 いや。自覚があるならとっくにクローディアの肩から、手を離しているはずだ。

「ウェイトレスさんが落ち着くまで、しばらくここにいましょう」

 彼はにこりと微笑みながら、クローディアの顔を覗き込む。それからぽんぽんと肩をなではじめた。

(本当にそう思っているなら、まずは離れてください……)

 クローディアは切実にそう願ったが、無自覚とは恐ろしいものだ。彼が手を離したのは、それからだいぶ後のこと。
 
 結局。彼に幼い頃の記憶があるかは、わからず仕舞いだった。
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