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21 領地での出会い3
しおりを挟む一度も治療を受けていないなら、神経が過敏になったままのはず。その状態で彼は、どれほどの期間を耐えてきたのだろう。
なんとかしてあげたいと思ったクローディアは、彼の角へと手を伸ばした。
しかし、小柄なクローディアには手が届かない。
「あの……。角をこちらへ寄せていただけませんか?」
「……何をなさるおつもりで?」
「神聖力で痛みをやわらげますわ」
「いけません! 寄付金もなくそのようなことをしたら、竜神様がお怒りに……くっ……!」
大声が頭に響いたのか、イアンはますます顔を歪める。
「角の治療には私の神聖力を使うので、竜神様にご迷惑はおかけしませんわ。ですから早く」
クローディアに優しく微笑まれたイアンは、思わず彼女に縋りたい気持ちになる。
迷った挙げ句、素直に頭を差し出した。
彼女の小さくて柔らかな手が折れた角へと添えられ、じんわりと温かな感覚が角を満たす。
角が折れて以来、イアンがこのような安心した気持ちになるのは初めてだ。
今だけは、モンターユ公爵への怒りも忘れてしまえるほど、安らかに痛みが引いていく。
「少しは、痛みが取れましたか?」
この人が、治まることのなかった苦痛を取り去ってくれた。
まるで女神のように微笑むクローディアを、イアンは思い切り抱きしめたい気持ちになる。
しかし今はカウンター越し。この状況に感謝したイアンは、少し冷静さを取り戻した。
竜人族は、一度想い人を番と認識するともう、他の人を愛せなくなってしまう。それほどに竜人族の愛は一途だ。
それゆえに、恋愛には慎重にならねばならない。うっかり相手がいる者を好きになってしまえば、悲惨な結末を迎えることになってしまうから。
「ディア……。なんとお礼を言ったら良いか……。本当に感謝申し上げます」
「少しは楽になったようで良かったです。これからも治療を施せば、また竜に変化できるようになりますわ」
「また竜に……。しかし俺には、対価となるようなものをディアにお渡しできません……」
竜に変化できることは、イアンにとって何よりも自分の価値を示すものだった。
それを取り戻せるなら努力は惜しまないが、多額の寄付金に見合うような対価など持ち合わせていない。
「それでしたら、私からもお願いがあります」
「お願いですか?」
「この町には知り合いがいないので、イアンがお友達になってくれると嬉しいです」
何かと思えば、クローディアの願いは些細なもの。このように出会えたのだからお願いなどせずとも、イアンはクローディアを気に掛けるつもりでいた。
クローディアは純粋に、イアンを助けたいと思ってくれているようだ。それが嬉しくてイアンは、拳を胸に当てて微笑んだ。
「わかりました、ディア。俺のことは、誰よりも信頼できる親友だと思ってください」
「ありがとうございますイアン。これからよろしくお願いしますね」
「お任せください。それとこれからは、俺以外をすぐに信用してはいけませんよ」
「なぜですか?」
変わった条件を出されたので、クローディアは首を傾げる。するとイアンは、娘が心配でならないような父親の顔になる。
「初対面の俺の店へ、警戒もせずについてくるディアなので心配なんです。美味しい物を与えられたからといって、すぐに信用してはいけませんよ」
「ふふ。今のイアンのようにですか?」
「そうです。その上このように優しくしたら、俺でなければすぐに惚れられてしまいますよ」
彼はそのように心配するが、クローディアも誰でも良かったわけではない。乙女ゲームの設定で彼が信用できる人物だと知ったからこそ、こうしてついてきたのだ。
設定どおり、彼は誠実で優しい人だ。知り合いのいない土地で彼と出会えて良かったと、クローディアは竜神に感謝した。
早速、イアンに町長の家まで案内してもらえることになり、二人そろって外へと出た。すると町の人々が皆、空を見上げているではないか。
「ディア、見てください。黒竜が飛行していますよ」
一足先に空を見上げたイアンに続き、クローディアも見上げる。
それと同時に、黒竜がクローディア達の真上を通過した。
(オリヴァー様だわ)
「黒竜は、よくこちらへも?」
「いいえ。俺が知る限りでは初めてです」
皆は、黒竜が飛行する姿が珍しくて見上げていたようだ。けれどクローディアは、ここへ来るまでの五日間で毎日、黒竜が飛行する姿を目にしていた。
「殿下は本当に、飛行がお好きなんですね」
クリスの言葉を思い出しながら、クローディアは目を細めて気持ちよさそうに飛行している黒竜を見上げる。
そんなクローディアと黒竜を交互に見たイアンは、何とも言えない苦い顔で笑った。
クローディアは儀式のトラブルについて詳しくは教えてくれなかったが、モンターユ公爵の行動と今の黒竜を見れば、何となく察しは付く。イアンはこういった勘が良く働く男だった。
「ほんと、気を付けてくださいよディア。竜人族の男から一方的に好かれると、厄介ですから」
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