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18 聖竜城での動き4
しおりを挟むなぜだろう。彼女が卵を抱えている姿を見ると、無性にイライラする。
オリヴァーはそのいら立ちの原因がわからないまま、ベアトリスの近くへと寄った。
彼女は、オリヴァーの質問に一瞬だけ顔を曇らせる。
「……卵は二人で温めなければいけないそうですわ。ですから早く、オリヴァー殿下もこちらへ」
ベッドに入るよう誘われ、オリヴァーはさらに気分が悪化した。二人で卵を温めるところを想像しただけで、怒りが満ちあふれてくる。
「令嬢もお疲れでしょう。今日は俺が温めますので、どうぞご休憩ください」
「まぁ! お優しいですわね。それではよろしくお願いいたしますわ」
ベアトリスから卵を受ける取ると、先ほどまでのいら立ちや怒りが一瞬で消え去るほど、安心した気持ちで満たされる。
自分はこの卵の親なのだ。
卵を抱いただけでそのことを確信できるほどに、オリヴァーは卵を愛おしく思う。
「卵を温めるのも疲れますのよ。気晴らしにショッピングへ行ってまいりますわ!」
呼び鈴を鳴らしたベアトリスは、侍女達に出かける準備を始めさせる。オリヴァーに卵を渡したので、もう関係ないような雰囲気だ。
オリヴァーとしても、もう彼女に用はない。ベアトリスに見送られることもなく、静かに部屋から退室した。
自室へと戻り、ベッドの上で卵を温め始めたオリヴァーは、すぐに卵がほんわか温かみを増したことに気がついた。
まるでこの世の幸福を、全てかき集めて抱きかかえているような気分。
まどろむように卵の温かさを感じていたオリヴァーだが、次第に物足りなさを感じてくる。
ベアトリスが言ったように、卵は二人で温めるもの。けれどあの時、彼女と一緒に卵を温める気にはなれなかった。
オリヴァーの心には、常に一人の女性しかいない。
彼女を思い出しながら、懐に入れていた懐中時計を取り出した。
「ディア……。なぜこれを置いて行ったのですか……」
クローディアが、この懐中時計を所持しているということだけが、オリヴァーにとって唯一心の支えだった。
いつかこの懐中時計を懐かしんで、自分の元を訪れてくれると願っていた。
毎日のように、クローディアと約束をしていた時間に飛行するのも、彼女が乗った馬車を見つけたかったからだ。
今日はついに、馬車に乗り込むクローディアを目にすることができたが、彼女は聖竜城へは来てくれなかった。しかも、この懐中時計は置き去りにされ、彼女は首都から離れてしまった。
彼女にとってはオリヴァーもこの懐中時計も、とっくの昔に忘れた存在だったのかもしれない。
自分だけがいつまでも、過去の関係に執着している。
クリスはあのような疑念をぶつけてきたが、それが事実だとはどうしても思えなかった。
確かに儀式の際は、久しぶりにクローディアの顔を見られたので嬉しく思っていた。
それどころかオリヴァーは、儀式の相手がクローディアなら良かったと悔やんでいたほど。
卵がクローディアのもとに降ってきた際は少し期待してしまったが、結局クローディアは卵を手放した。
あの時オリヴァーは、卵の親がクローディアかもしれないと主張したかったが、筆頭聖女である彼女に傷をつけるような真似はできなかった。
自分の一方的な感情で、彼女の輝かしい人生を台無しにしてはいけない。オリヴァーはこれまでずっと自分にそう言い聞かせて、我慢をしてきた。
「ディアに会いたい……」
オリヴァーは卵を抱きしめながら、もう何万回は口にしたであろう言葉を吐き出した。
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