追放された脇役聖女は、推し王子にストーカーされています

廻り

文字の大きさ
上 下
18 / 54

18 聖竜城での動き4

しおりを挟む

 なぜだろう。彼女が卵を抱えている姿を見ると、無性にイライラする。
 オリヴァーはそのいら立ちの原因がわからないまま、ベアトリスの近くへと寄った。
 彼女は、オリヴァーの質問に一瞬だけ顔を曇らせる。

「……卵は二人で温めなければいけないそうですわ。ですから早く、オリヴァー殿下もこちらへ」

 ベッドに入るよう誘われ、オリヴァーはさらに気分が悪化した。二人で卵を温めるところを想像しただけで、怒りが満ちあふれてくる。

「令嬢もお疲れでしょう。今日は俺が温めますので、どうぞご休憩ください」
「まぁ! お優しいですわね。それではよろしくお願いいたしますわ」

 ベアトリスから卵を受ける取ると、先ほどまでのいら立ちや怒りが一瞬で消え去るほど、安心した気持ちで満たされる。
 自分はこの卵の親なのだ。
 卵を抱いただけでそのことを確信できるほどに、オリヴァーは卵を愛おしく思う。

「卵を温めるのも疲れますのよ。気晴らしにショッピングへ行ってまいりますわ!」

 呼び鈴を鳴らしたベアトリスは、侍女達に出かける準備を始めさせる。オリヴァーに卵を渡したので、もう関係ないような雰囲気だ。

 オリヴァーとしても、もう彼女に用はない。ベアトリスに見送られることもなく、静かに部屋から退室した。

 

 自室へと戻り、ベッドの上で卵を温め始めたオリヴァーは、すぐに卵がほんわか温かみを増したことに気がついた。
 まるでこの世の幸福を、全てかき集めて抱きかかえているような気分。

 まどろむように卵の温かさを感じていたオリヴァーだが、次第に物足りなさを感じてくる。
 ベアトリスが言ったように、卵は二人で温めるもの。けれどあの時、彼女と一緒に卵を温める気にはなれなかった。

 オリヴァーの心には、常に一人の女性しかいない。
 彼女を思い出しながら、懐に入れていた懐中時計を取り出した。
 
「ディア……。なぜこれを置いて行ったのですか……」

 クローディアが、この懐中時計を所持しているということだけが、オリヴァーにとって唯一心の支えだった。
 いつかこの懐中時計を懐かしんで、自分の元を訪れてくれると願っていた。
 毎日のように、クローディアと約束をしていた時間に飛行するのも、彼女が乗った馬車を見つけたかったからだ。

 今日はついに、馬車に乗り込むクローディアを目にすることができたが、彼女は聖竜城へは来てくれなかった。しかも、この懐中時計は置き去りにされ、彼女は首都から離れてしまった。

 彼女にとってはオリヴァーもこの懐中時計も、とっくの昔に忘れた存在だったのかもしれない。
 自分だけがいつまでも、過去の関係に執着している。

 クリスはあのような疑念をぶつけてきたが、それが事実だとはどうしても思えなかった。

 確かに儀式の際は、久しぶりにクローディアの顔を見られたので嬉しく思っていた。
 それどころかオリヴァーは、儀式の相手がクローディアなら良かったと悔やんでいたほど。

 卵がクローディアのもとに降ってきた際は少し期待してしまったが、結局クローディアは卵を手放した。

 あの時オリヴァーは、卵の親がクローディアかもしれないと主張したかったが、筆頭聖女である彼女に傷をつけるような真似はできなかった。

 自分の一方的な感情で、彼女の輝かしい人生を台無しにしてはいけない。オリヴァーはこれまでずっと自分にそう言い聞かせて、我慢をしてきた。

「ディアに会いたい……」

 オリヴァーは卵を抱きしめながら、もう何万回は口にしたであろう言葉を吐き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

処理中です...