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14 クリスの考え
しおりを挟むクローディアを乗せた馬車が見えなくなり、ぽつり、ぽつりと、皆が神殿へと戻っていく中、クリスだけは別れを惜しむようにその場へ残っていた。
「お元気で。私の可愛いディア……」
クリスにとっては、クローディアは太陽のような存在だった。
神殿での暗く空虚な暮らしに射した、ほんわか温かい太陽。
公爵家の次男に生まれたクリスは、長男を差し置いて竜に変化する力を持ってしまった。
どちらを跡取りにするかで家門は大いに揉め。公爵は悩んだ末に家門を安定させるため、クリスを神殿へと送った。
竜神に近しい力を持つ者こそ、竜神に仕えるべきだと言って。
公爵家の華やかな暮らしとはかけ離れた、慎ましい暮らしを強いられ。目的もなく祈りを捧げるだけの毎日に、クリスは虚しさを感じていた。
そんなある日、王太子オリヴァーとモンターユ公爵令嬢ベアトリスの婚約式がおこなわれる。
当時の教皇に気に入られていた彼は、彼の身の回りの世話を担当していたのだが、婚約式を終えた教皇はこんなことを彼に漏らした。
「竜神様も、酷なことをなさる。王太子殿下が不憫でならないよ」
竜神を非難するような言葉に、クリスは驚いて質問した。
「婚約式で、何かあったのですか?」
「いや。婚約式は滞りなく終わったさ」
ならば何が問題なのだろうとクリスが思っていると、教皇はじっとクリスを見つめてからこう述べた。
「クリス。君に引き合わせたい子がいるんだが、良いかね?」
「引き合わせたい子ですか?」
「君も知っているだろう。半年前に神殿へ入った小さな聖女見習いさ」
「あの子ですか」
クリスもその子については、何度も噂を耳にしていた。五歳にして聖女の力が発現した貴重な逸材だと。
何度か目にする機会はあったが、彼女は本当に小さくて。ここの暮らしに虚しさを感じていたクリスとしては、五歳でここに押し込められて「可哀そう」という印象だった。
「あの子は将来、王族の争いに巻き込まれる恐れがある。君なら家門の力であの子を守れるだろう?」
当時のクリスは十五歳だったので、単なる派閥争いかと思っていた。けれどこのような事態が起きてしまった今なら、教皇が何を危惧していたのか、おおよその推測はできる。
――ディア。あなたは、もしかして。
「クリス枢機卿、お待ちください!」
聖竜城へ向かう準備を整えたクリスが回廊を歩いていると、後ろから誰かに呼び止められた。振り返ってみると、そこにいたのはクローディアの世話をしていた見習い神官。彼女はおろおろと不安に満ちた表情を浮かべていた。
「どうかしましたか?」
「あの……。実はディア様のお部屋を掃除していましたら、お忘れ物を見つけたのですが……」
おずおずと差し出された物を見たクリスは、目を見開いた。
それは、黒竜の彫刻が施された懐中時計。
なぜこのようなものが、クローディアの部屋から出てくるのか。
クリスは冷や汗を掻きながら、素早くそれを受け取りポケットへとしまい込んだ。
「私からディアに渡しておきます。こちらは他の者に見せましたか?」
「いいえ。私しか知りません。その彫刻って……」
「ディアは聖女となる前に、あの方とご友人でした。貴重な賜り物として持ち込んだものです。ですが儀式の一件がありましたので、他言無用でお願いします」
クリスは以前、クローディアを守るために彼女の身辺を調査したことがある。それによると、クローディアとオリヴァーは確かに友人関係にあったのだ。その時に、賜ったものだとクリスは推測した。
「はいっ! 竜神様に誓って、秘密にしておきます!」
この見習い神官は、人一倍クローディアを気にかけていた。そんな彼女がクローディアが不利になるようなことを、言いふらしたりはしないだろう。
この懐中時計を見つけたのがこの子で良かったと、クリスは安堵しつつも、先ほど見送り時に感じたことが、確信に変わっていく。
真相を確かめなければ。
そんな思いで、クリスは聖竜城へと向かった。
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