追放された脇役聖女は、推し王子にストーカーされています

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06 竜の卵を授かる儀式5

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 信じられない気持ちでクローディアは彼に視線を向けるも、仮面で覆われた表情などわかるはずもない。
 彼はクローディアの視線を、お伺いと受け取ったのか「彼女の希望どおりに進めてください」と、淡々と述べる。
 オリヴァー自身も、正式な手順を踏むつもりはないようだ。

 しかし卵が授からなかった時に、こちらのせいにされてはたまらない。
 日頃から、卵の性別は男が良いだとか、いちいち儀式が面倒なので卵を複数欲しいだとか、温めるのが面倒なので生まれた状態の子が欲しいなどと、無理難題を突き付けられているクローディアは、予防線を張ることにした。 

「手順を省略したり、竜神様のご意思にそぐわない要求をされますと、卵が授からない可能性がございますわ」

 心配しているような表情でそう伝えれば、大抵のカップルは考え直してくれる。なにせここへ来る若者は卵を授かりたくて仕方ないのだから。

 しかしこの二人は違った。
 ベアトリスは面倒そうな顔で「いいから早くして」と、手をひらひらさせ、オリヴァーは無言で立ち尽くしているだけ。

(このお二人は、本当に卵を授かりたいのかしら……)

 儀式をこなすことだけが目的に見える。
 なにか事情でもあるのだろうかと思いながら、クローディアは仕方なく竜神への祈りを捧げ始めた。

 十二歳で筆頭聖女となった彼女は、これまで何千組もの儀式をおこなってきたので、祈りの言葉は集中せずとも無意識で紡ぐことができる。
 ついついオリヴァーのことが気になり、そればかり考えてしまった。

 クローディアの前で控えめながらもいつも明るかったオリヴァーが、なぜこのような儀式を挙げるような人になってしまったのだろうか。
 クローディアと接していなかった期間のオリヴァーに、一体何があったのか。

 大好きだった彼には、素敵な女性と卵を授かって幸せな結婚をしてほしかった。
 クローディアの夢は叶わなかったが、せめてその儀式をするのは自分だと思っていたのに……。

 この二人には、卵が授かることはない。
 筆頭聖女を六年務めてきたクローディアにはわかる。このような儀式を挙げた者達を何度も見てきたから。

 けれど、クローディアも諦めかけたその時。
 儀式場の天井に描かれている魔法陣に反応があった。


 「おお!」と周りから声があがる。これにはクローディアも驚いた。このような儀式で卵を授かった例など、これまで一度もない。

 光を放った魔法陣は、煙の渦を陣の内側に巻き始める。それから数呼吸ほど置くと、煙の中から卵が出現した。

 淡いピンクの卵は、ゆっくりと母親の元に向かって降下してくる。

「卵よ! オリヴァー殿下見てくださいませ、私達の卵ですわ!」

 歓声を上げたベアトリスが背伸びしながら、両手を天へと突き出した。

 しかし、それを見ていたクローディアは「あら……?」と首を傾げる。
 卵が降下している角度が、微妙にベアトリスとズレている気がする。卵は一直線に母親の元へと降ってくるはずだが、何かがおかしい。

 そのズレた角度は、地上に近づいてくるにつれて鮮明になり。クローディアは冷や汗をかき始める。

(えっ、あの……! なぜ私に向かって、卵が降ってくるの!?)

 このような事態は、筆頭聖女を務めてから初めてのこと。いや、神殿の歴史書を漁っても、このような事例などないはずだ。
 クローディアは落ち着こうとして懸命に理由を探したが、気持ちが焦って上手く考えられない。その間にも、卵はもう頭上に迫っている。

 受け取るしかない。

 そう判断せざるを得なくなったクローディアは、両手を広げて卵を受け止めた。

(あ……。温かい)

 竜人の卵は、両腕で包み込んでちょうど納まる程度の大きさ。
 なんとも言えない温もりを感じ、クローディアは今まで感じたことのない幸せに満ちる。この卵は自分のものだと錯覚してしまうほど、愛おしい気持ちでいっぱい。
 このまま卵を温めながら眠れたら、どんなに幸せだろう。そんな想像をしながら、クローディアは瞳を閉じて卵を抱きしめた。
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