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第1章
契り 11
しおりを挟む祖母に頼んだ期限は有限だった。この時間を、亜矢とずっと一緒に過ごしたいと思った。
「二人で暮らさないか?」
泣き止んで少し落ち着いた亜矢の背中を撫でながら、そう問いかけると、亜矢はまた大粒の涙を零した。この数日で、いったいどれ程泣かせてしまったのだろう。自分の事でこんなにも感情を溢れさせている亜矢のことが、堪らなくいじらしく、その泣き顔までも独占したくなった。
1ヶ月後、俺達は用意したマンションに移り住んだ。
俺が屋敷から離れて暮らすことを祖母は直前まで反対したが、父親や神霜の説得もあって已む無く承諾した。
あの祖母のことだ。幼少期から今まで、いつも誰かに世話をされて生きてきた俺が、直ぐに音を上げて帰ってくると思っているのだろう。もしくは、頃合いを見て連れ戻しに来るだろうか。
それでもいい。たとえ少しの間でも、亜矢と居られたら……。
「うちの親、あっさり承諾しましたね。なんか拍子抜けしちゃいました」
荷解きをしながら、にこりと俺を見上げて亜矢が言った。
引っ越す前に、二人で亜矢の両親に挨拶に行った。
愛情深く亜矢を見つめていた両親を前に、初対面で亜矢の恋人です、とはさすがに言えなかった。
結果、それで良かったのかも知れないが、なんとも歯痒かった。
「亜矢は母親似なんだな。優しくて可愛い母さんじゃないか」
「そうですか?優しいかは措いといて、どっかぬけてますよ?」
「はは。そこも亜矢と一緒だな」
頬を紅くしてそっぽを向いた亜矢を愛おしく思いながら、静かに口を開いた。
「亜矢の家に行って何故か心が和んだよ。家庭とか、親の愛情とか、そんなもの俺には無かったから……」
俺の亡き母親は異国の人間だった。写真を見る限り、とても美しい女性だった。
そして、父親の恋人だった。
元々、二人は互いに愛していたが、父は政略結婚から逃れられず、結ばれることは終になかった。
けれども二人は幸せだった。父が結婚しても、時々夜に内密に会っていたのだ。しかし、そんな幸せは長くは続かなかったという。
母が正妻より先に、父との子供をもうけたことが発覚し、正妻を心労による病死に追い詰めたのだ。
母は独り母国に飛ばされ、そこで死んだ。
俺は世継ぎの為だけに引き取られた。父は自責の念に駆られ、また、祖母の権力に怯え、言うことすべてに従い続けた。
祖母にとっては、俺は所詮人殺しの子供。愛されなくて当然だ。
まるで独り言のように語る俺を、亜矢が優しく抱き寄せた。
「この綺麗な栗色の髪と青い瞳は、お母さんがくれたものだったんですね……」
ふわりと、柔らかな手が両頬を包む。
「僕がずっと傍にいます。だから、そんな寂しい顔、しないでください」
慈愛に満ちた声で紡がれたその言葉に、温かいものが全身に流れ込む。
思わず目頭が熱くなりそうになるのを堪え、「ありがとう」と、添えられた手に触れると、亜矢はホッとしたように微笑んだ。
「よし! 結月さんの為に宮白家特製のビーフシチュー作りますね! お買い物行きましょう!」
「ああ」
満面の笑みで張り切る亜矢の姿に、目を細める。これが、幸せというものなのか、と少し気恥ずかしさを覚えながら。
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