17 / 19
好きとかこわいとかそういうの全部ーーブルーピリオド
しおりを挟む自分のいた中学では俳句や短歌をよく作らされた。俳句や短歌というものはお金がかからない割に、数打てば何人かは賞がもらえる可能性が高いコンクールだったからではないか、と中学生の頃から邪推している。
やる気ないふりしながらも、わたしはこれに全力で取り組んでいた。しかし1年、2年の頃はやたらじじむさいというか、難しい言葉を使った句を書いていたような気がする。数年前はこの時の創作活動を思い出すたびに顔から火が噴《ふ》いていた。現在手元に作品がないのが不幸中の幸いである。
そんなある日、全校集会の時。俳句コンクールの表彰式が行われた。俳句や短歌というのはセンスがある人が一定数いるので、入賞常連の生徒もいるのだが、そんな生徒たちの中、意外な人物が受賞することもある。それが山田である。
山田はヤンキーだった。顔は大阪のビリケンさんみたいで、ずんぐりむっくりとしていた。クラスの中心的な男子だったが、山田が獲ったことに全校生徒一同驚愕した。
山田が獲ったって…! 山田が俳句を提出したって…!
獲ったこととと並行して、ちゃんと提出物を出したことに皆驚いた。そして、先生が受賞者全員の作品を読み上げる。皆、青春のきらっとしたものを封じ込めた爽やかな作品が多かった。そして山田の作品が読み上げられた。
あああつい あああついあつい あああつい
まじか! 今度は一斉に爆笑が起きた。山田は壇上で照れくさく笑った。わたしは拍子抜けした。…こんなんでいいの?と思った。
しかし、時間が経って、この句は確かに素直に表現してると思った。暑いことはしっかり伝わる。
そうか、素直に表現したらいいんだ。それからわたしは肩の力を抜いて、俳句や短歌をつくるようになった。どう考えればいいか、コツが分かるようになった気がした。
山口つばさ著の『ブルーピリオド』は日本の芸術大学最難関・東京藝術大学を受験する高校生の青春漫画である。
主人公の八虎は金髪ヤンキーな見た目しつつも勉強もでき、その上愛嬌良し。そんな彼が先輩の絵に触発され、青い渋谷の絵を初めて描いた。そこからどんどん絵にのめり込んでいき…
この漫画のとても印象的なのは“創作”のヒリヒリとした感覚が痛いくらい伝わるところだと思う。
※この先ネタバレありです。
例えば八虎が通う美術大学受験の専門予備校で、「わたしの大事なもの」というテーマで作品を作るように言われた時。八虎は人とのつながり=縁=糸という発想で作品を仕上げていくが、先生から「もっとテーマに反応するように」と言われてしまう。確かに縁=糸は安直な発想だと思う。
その後クラスメイトの関わりや大きなキャンパスを描いたりする中で、やがて自分にとって“縁”というモチーフを見つけていく。
――糸みたいに繊細な縁もあれば
刃物みたいに自分が傷つくこともある
自分の形が変わっていく
熱を持っていれば周囲の形も影響される
打たれるたびに強くなる
運命とか 「縁」っていうより
「関わり」って感じだけど…
でもこれが俺のリアルだから
俺
俺にとって 俺にとって縁は…
金属みたいな形かもしれない—―
金属…! なるほど、そういう発想は面白いな…。作中作に思わずうなる。
しかしこの話のヒリヒリする感じはここで終わらないのがすごいところだ。この「縁」の絵で発想のコツをつかんだ八虎は次々と予備校内で高評価を得るようになる。しかし、絶好調の中臨んだ予備校内でコンクールで下から三番目という評価を受ける。先生に理由を尋ねると、
「焼き回しだもん。『縁の絵』のさ」
と酷評を受けてしまう。
うっ…、マジか。どう発想すればいいか、コツをつかんでも、また新しい物をつかみに行かなきゃいけないなんて…。いつも同じ発想していたら面白くなくなる。それはわかるけど、新しいことを創造することがどんなにしんどいことか、この漫画を読むと分かる。
絵を描く人の頭の中にダイブすることができるのだ。こんな漫画体験、初めてだ。眼の前が青く深いところに落ちていくように染まっていく。
八虎は苦しみながらも、それでも絵をやめずに表現し続ける。好きなものがいつも楽しいとは限らない。だから、八虎を見ると好きってなんなんだろうとか思ってしまう。もう好きとか嫌いとかじゃないのかもしれない。けれども、八虎はいつも苦しみながらも絵で答えを出す。その答えと答えを出す過程に眼が離せない。
自分も文章を書く時、新しいことを書けているか意識して考えるようになった。まだ苦しいと思って書いたことはないけど、いつかそんな日が来ても八虎みたいにどろどろになりながらも答えが出せたらいい。そんな時が来たら本当はこわいけど。
表現者にとってこわい漫画かもしれない。それでも、この漫画を読み進めることも、おすすめすることもやめられなかった1冊だ。
今回の物語:山口つばさ著『ブルーピリオド』
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ネオンブルーと珊瑚砂
七草すずめ
エッセイ・ノンフィクション
初めての海外旅行、行き先は常夏の島グアム。旅のおともは家族にカメラ、それから妹の彼氏……!? ぽんこつな長女すずめと彼氏連れの次女つぐみ、マイペースな三女ひばりとちゃっかりものの末弟、羽斗。爽やか彼氏に行動的な父、天然の母が加われば、ただの旅行では終わらない! 筆者が見たグアムの四日間を切り取った、初の長編エッセイ。他人の家族旅行なのに、なぜかおもしろい!?
機織姫
ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
カクヨム、noteではじめる小説家、クリエーター生活
坂崎文明
エッセイ・ノンフィクション
カクヨム、noteを中心に小説新人賞やクリエーター関連のエッセイを書いていきます。
小説家になろう、アルファポリス、E☆エブリスタ、ノベラボなどのWeb小説サイト全般の攻略法も書いていきます。
自動バックアップ機能がある『小説家になろう』→カクヨム→noteの順に投稿しています。note版がリンク機能があるので読みやすいかも。
小説家になろう版
http://ncode.syosetu.com/n0557de/
カクヨム版(567関連で公開停止)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054880246141
【続編】カクヨム、noteではじめる小説家、クリエーター生活2 作者 坂崎文明
https://kakuyomu.jp/works/16816700427247367228
note版
https://note.mu/sakazaki_dc/m/mec15c2a2698d
E☆エブリスタ版
http://estar.jp/_howto_view?w=24043593
小説家になるための戦略ノート 作者:坂崎文明《感想 130件 レビュー 2件 ブックマーク登録 1063 件 総合評価 2,709pt文字数 958441文字》も人気です。
http://ncode.syosetu.com/n4163bx/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる