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うまくいかない時にこそ本て魅力増量するよね―—八月の銀の雪
しおりを挟むさて、思い返すとこのところ、借金の話ぐらいしかまともに楽しめなくなっている。
最近心から笑ったのはお笑い芸人の岡野陽一が借金の担保代わりに自分の木曜日を売ったという話だ。そして岡野はまた競馬場へ繰り出す姿を見ていると自分が悩んでいることがどうでもよくなる。ほかにも夫婦漫才のかつみ♡さゆりの借金話に胸を打ったり、毎度気が付いたら闇金ウシジマくんをリモコンで選んでいる。
周りのみんなも、家族でさえまぶしく見える無職のわたしは普通に社会人生活を送る者の物語が苦しい。例えば今季始まったドラマ「ハコヅメ」はリアルな警察官を描いている。組織の理不尽さ、頑張って仕事しても人から税金泥棒と呼ばれ、それでも職務に徹する姿を見ると、わたしは溶けたくなった。後ろめたさ、をどうしても感じてしまう。また一方で彼らは公務員なので、安定していて、老後は心配いらなくて、何より「きちんとした人」の印象がある。必要ないのに今の自分と対比しては落ち込んでしまう。面白い作品なのに、物語に集中できないのだ。このところずっと。
そんな中、半年前に買い、積読していた本を遂に読み終えた。半年前の直木賞候補にもなった「八月の銀の雪」だ。この本には中々仕事が決まらない就活生、上手く日本語が話せないベトナム人、子育て真っ最中のシングルマザー、持病を抱えながら在宅ワークする青年など、世間的にあまり自由ではない人々が登場する。そして彼らが科学の真実に触れ、少しずつ癒されていく話である。
この短編集は全部で5篇。そのうちの一篇、「アルノーと檸檬」は夢をあきらめた契約社員が出てくるのだが、すごくえぐられるような気分になって積読してしまっていた。こんな状況になって改めて読みたくなって夢中で読んだ。わたしは彼らが頑張る姿にまたもヒリヒリしながらも、この物語の持つ暖かさに震えた。
自分としては表題作の「八月の銀の雪」はとても良かった作品だった。就活の上手くいかない主人公と日本語が通じないベトナム人の交流のお話。
言葉がまともに通じない人って馬鹿なのだろうか。答えはノーである。考えてみれば、どんなお偉い先生だって、いきなり勉強したこともない言語の国に行けば、話なんて通じないのだ。しかし、その表面だけの部分に囚われず、どのくらいの人が外国人の“中身”を見てあげられるだろうか。これは案外、難しいのだ。
わたしが中国の大学院で勉強していた時、周りの同級生に一人日本人がいた。ただし彼は日本人といえど、両親は中国人なので、スピーキングはネイティブ並みだった。彼は事あるごとに発音の悪いわたしや他の同級生を見下していた。彼には彼なりに勉強して中国語を身に着けた部分もあるだろうが、圧倒的にベースが違うのだから、そもそも比べたり、ましてや見下すなんて可笑しい話だ。だけど、周りの同級生や先生はわたしと彼は同じ「にほんじん」なのだから、流暢に話せるほうが優秀な印象を持つ。少々残酷だが、できる理由は聞かれても、できない理由なんて聞かれることなんてないのだ。わたしは悔しかったが、何も言わずに勉強を続けるしかなかった。結果的に彼は卒論を提出できなかったので、わたしと一緒に卒業することはなかった。
外見と中身の違い。作者はそこに惑わされずに登場人物たちの中身を描いていた。昔、言いたかったけど言えなかったことを代弁してくれたみたいで、わたしはさっぱりとした気分になった。
楽しい事ばっかりじゃないけど、そういう時にこそ寄り添ってくれる本もある。苦しいことを経験したからこそ色づく物語もある。
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