【R18完結】おとなになれない私-I can't be an adult.-

石塚環

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素直になれ

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やわらかいベッドの上ではない。今夜は曇りで星は出ていない。
理想とは全く違う。それでもよかった。
加賀谷さんとひとつになれるなら、どんな抱かれ方でもいい。
加賀谷さんは私の服に手をかけた。何も言わずに手を動かし私のネクタイを外した。
私は、床に落ちた自分のネクタイを見つめていた。誰かに解いてもらうのは初めてだから、足元で螺旋を描いているそれは自分のものではないような気がした。
加賀谷さんは眉を寄せ、シャツのボタンの辺りを睨みつけている。かなりてこずっているようだ。
「ああ、もう……引きちぎりたくなる」
「私がやります」
「やらせろ。俺の楽しみを奪うな」
私は目を閉じた。思わず、手を握りしめた。
「……あ」
三つ目のボタンを外したら、加賀谷さんは私の肌に触れた。全部のボタンを外してから、触られると思った。
「今の声、すげえかわいい。もう一回言って」
「いやです……ん、ん」
目をつぶったまま私は首を振った。
硬い手が私の肌をまさぐる。乾いてざらついた手のひらで撫でられるとくすぐったい。
「晴之、緊張している?」
「ええ。どうしてわかったんですか」
目を開けると、加賀谷さんは気遣うような瞳で私を見下ろしていた。
「震えているだろ」
加賀谷さんは私の左手を取った。確かに震えている。言われてから気づいた。
怖がるな。落ち着け。
心の内に言い聞かせても、身体は震えたままだった。
「どうしよう。こんなんじゃできない」
「俺が何とかする」
加賀谷さんが私の手を擦っても、指先、頬、唇にくちづけをしても、私の震えは収まらなかった。
「晴之。怖いって言ってみろ」
「どうして……そんなこと言いたくないです」
「素直になれ。俺に抱かれるのは怖いって」
私は首を振った。言ったら恐れが大きくなる。
もっと怯えてしまう。
「そうやって強がるから不安になるんだよ。本当は全然平気じゃないんだろ」
「大丈夫です」
「はっきり言っていいんだ。怒らないから」
でも、と私が言うと、加賀谷さんは私の手を強く握った。
「……抱かれるのはすごく怖いです」
私は小さな声で呟いた。
心の奥で固まっていたものが溶けていくような気がした。
「ちゃんと言えたな。いい子だ」
額に軽くくちづけが降ってきた。
「どうして怖いのか言ってみろ。心配なこととか、わからないこととか、何でも言ってしまえ」
加賀谷さんは私の手を握りしめて微笑んでいる。欲望のままに私を抱かない。こんなに私を思ってくれるなら、何もかも任せてしまっていいのではないか。
彼になら自分の全てを捧げてもいい。そう思っているのに、たやすく身を委ねることができない。
さっきは勢いよく抱いてくれと言ったのに、いざとなると怖気づいている。
新しいところへ踏み出したいのにためらってしまう。
どうして、私はちっぽけなプライドにしがみついているのだろう。何も言わずに、私は考えた。
得体の知れない不安と向き合うために無言になった。
「きっと、予想できないから怖いんだと思います」
私は自分の言葉を確かめるように、ゆっくりと話した。
加賀谷さんは頷きながら、私の話を聞いてくれた。
「私は、子供の頃から宿題やテスト勉強は早めにしないと不安でした。準備を念入りにしないとだめなんです」
笑わずに見守ってくれるから、普段は隠したい自分のことが話せた。
「だから、本番になると勇気が出ないんです」
「そうだな、昨夜は俺がしようって言って、ああいうことになったんだ。晴之は、心の準備なんてしていなかったよな」
「あのときは、すごくうれしかった。いっしょになりたいって、どう言えばいいかわからなかったから」
加賀谷さんが何か呟いた。
かわいいって言ったような気がするけど、聞こえない振りをした。意識したら、もっと照れてしまう。
全てを受け止めてくれるような、やわらかくも熱い加賀谷さんのまなざし。この瞳に見つめられたら、いつも私がまとっている固い鎧なんか砕けてしまう。
ふと、思いついた。ためらいながら口を開く。
「あの……加賀谷さん、もうひとつ気になることがあるんです」
「うん、言ってごらん」
「もし、いっしょになったら、私たちは今みたいな穏やかな感じにはならないんですか」
「それはないと思うよ。晴之はどんな風になると思っているんだ?」
「言えないです。変態って思われるから」
「思わないから、言ってみろ」
ん、と言って加賀谷さんは私を促した。
合図のように、私の額にキスをしてきた。
「あ、愛憎劇というか……肉欲にまみれたふたりになりそうです」
「肉欲! あはは……すごいな。なってみたいよ」
加賀谷さんはお腹を抱えて笑っている。だから言いたくなかった。でも、冷めた目で引かれるよりはましだ。
「笑わないでください。変わるのがいやなんです。加賀谷さんにも変わってほしくない」
俯いて私は話した。
「大人の世界には憧れています。でも、今みたいなやさしい加賀谷さんでいてほしいです」
「安心しろ、晴之」
息を整えてから、加賀谷さんは思い切り私を抱きしめた。
「ひとつになったら、俺たちはもっとあったかくなれるんだ」
「本当に?」
「ああ、すごく相手が愛しくなるよ」
「……どんな風になっちゃうんだろう」
今だって、あふれそうなほどの思いを持て余している。更に深い愛情が持てるなんて知らなかった。
「すごく気になるだろ、晴之」
「うん」
私は力強く頷いた。
「いっしょになったら、もっと加賀谷さんのことが好きになれるんですよね。考えただけでどきどきしてきます」
湧き上がってくる昂ぶりを抑えたくて、私は何度も胸をさすった。その手を、加賀谷さんがしっかりと握る。
加賀谷さんの手は、私の手よりも、ずっとずっと熱かった。
「抱かれているときに不安になったら、こうやって抱っこしてやる。だから……」
「……ん、ん……」
突然の熱いくちづけに私は息を乱した。加賀谷さんの指先が私の背中を滑る。辿った跡が痺れるように疼くので、私は身悶えした。
強く、腰を引き寄せられる。漆黒の潤んだ瞳に見つめられた。
「俺のものになれ、晴之」
「はい、あなたのものになります」
加賀谷さんの背に腕を回して、私は息を吐いた。もう、身体は震えていなかった。
ほのかに燈るろうそくの灯りのような温かい心があふれてくる。こんな気持ち、さっきまでなかった。
これが、加賀谷さんが私にくれた愛情なんだ。
こんなに心地よい思いを与えくれるんだから、思うがままに私を抱くことはないだろう。包み込んでくれるような愛を私に送ってくれるはずだ。
「あのさ、先に言っておくけど、俺だって十回に一回は、獣のようになるからな」
「え!」
「そのときは、いつもより愛情たっぷりのアフターケアをするよ」
「うん、ありがとう」
いつか泣きながら抱かれる日がくるかもしれない。それでもいい。
淫らで荒々しくなっても、加賀谷さんには変わらない。
今ここにいる頼もしい男といっしょなんだ。
甘えるように、私は加賀谷さんの頬に自分の頬を擦りつけた。加賀谷さんは私の背中をゆっくりと叩いていた。
ふと、その手が止まった。
「晴之。ふたりでお風呂に入らないか」
「いいんですか」
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