【R18完結】おとなになれない私-I can't be an adult.-

石塚環

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熱い記憶が欲しかった

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十七歳年上の兄は、父親のような存在だった。
「幼稚園の頃から私は体が大きかったんです。おまえは小学生だからここから出ていけと、よくからかわれました」
幼稚園からの帰り道はよく覚えている。長い登り坂で、私はいつも、涙を手で拭きながら歩いた。
「家に帰ると、頭を撫でてくれた人がいたんです。それが兄でした。『たくさん泣いていい。泣いた分だけ強くなれるよ』と言ってたらしいです」
高田さんと目が合わせられない。自分は今、昼時の食堂に合わない、深刻な顔をしているだろう。
「私はずっと、母親が撫でてくれたと思っていました。幼すぎて覚えていなかったんです。兄が亡くなってから、母が本当のことを教えてくれました」
高田さんは、箸を置いて私の顔を見つめている。戸惑ったような顔をしている。身の上話を聞かされるとは思ってもいなかっただろう。
「兄は警察官だったけど殉職したんです」
強盗を追いかけたときに、兄は胸を刺された。
病院の白い部屋で目を閉じている兄を見ても、子供の私には理解できなかった。どうして兄は家のベッドで寝ないのかと、不思議に思った。
でも日が経つにつれ、大きな存在が欠けていることに気づいた。
「大切にしてくれたのに、ありがとうって言えなかった……」
「もう、言わない方がいい」
「すみません」
高田さんは首を振って、両手を伸ばしてきた。私の眼鏡を外す。
「まだ、泣いてはいないな。んー、ちょい目が潤んでいるかー」
頬に触れ、親指で目元を拭ってくる。大きくて熱い手だった。
「これ以上話したら、涙が零れるぞ。俺には、慰められる自信がない。おまえを抱きしめるのは加賀谷の仕事だ」
唇を噛みしめてから、高田さんは微笑んだ。私は高田さんから受け取った、自分の眼鏡をかけた。
笑おうとしたが、うまくできているかわからなかった。
ときどき、加賀谷さんと兄が同じ人ではないかと思ってしまう。時を越えて、私に会いに来てくれたのではないか。
頼りない私を支えるために、今度は恋人になってくれた。そんな非現実な夢を私は描いている。
『怖いくらいなら大人にならなくてもいいんだよ、晴之』
加賀谷さんの呟きが、繰り返し心の中に響く。加賀谷さんは、私が幼いままでもいいと思っているのかもしれない。
でも、加賀谷さんの思いに応えたい。
つらいなんて、きっといっときなんだから、乱暴に抱かれたっていい。躯が壊れても、放っておけば回復するだろう。
もしかしたら、ずっと抱き合わなければこのままの心地よい状態が保てるのかもしれない。そうわかっていても求めてしまう。
もっと躯の奥で加賀谷さんを感じたい。私の深い底を加賀谷さんに知ってほしい。加賀谷さんの肌をこの躯に焼きつけたい。
一生忘れることのできない熱い記憶が欲しかった。

―――

仕事を終えると、私は車を走らせ加賀谷さんのアパートに向かった。厚い灰色の雲が空一面に広がっている。今夜はきっと星を見ることはできないだろう。
駐車場に車を止めて、アパートの階段を上がった。
玄関のチャイムを押すと、加賀谷さんはすぐにドアを開けてくれた。
「加賀谷さん、話があります」
「うん、ソファに座って話そうか」
加賀谷さんは少しも驚いてはいなかった。ふたりがけのソファに並んで座った。
言わなくてはいけない。私は深呼吸した。
「あなたのものになりたいです。抱いてください」
私が訴えても、加賀谷さんは微笑まない。
どうして、喜んでくれないんだろう。
「抱かれるのは怖くないのか」
私は俯いた。
自分を抱きしめて腕を擦っていたら、加賀谷さんは隣で息を吐いた。
「やっぱりまだ怖いんだろ、俺のことが」
「そんなことないです。今度は気絶しません」
加賀谷さんは真剣な顔だった。
悲しそうにも見えるし怒っているようにも見えた。
「晴之、何されるかわかっているか。説明できるか」
「その、裸になって、たくさんキスして……」
「それだけじゃないだろ」
「いっぱい触って、全身にキスする」
「……そのあとは、言えるか?」
「私のを銜えて、それから……」
「それから? 俺が何をしたか思い出せるか」
私はシャツの胸元を握りしめた。
「加賀谷さんの指が……」
「晴之。どうしてつらそうな顔しているんだ? 何を思い出したんだ?」
思い出したのは、加賀谷さんの笑みだった。
怯える私を見て悦んでいる加賀谷さんの顔。あの顔をもう一度見ることになる。
今夜は逃げられない。最後までされる。
「怖くないです」
「まだ、そんなこと言って……素直じゃないな、おまえは」
「素直になんかなれないです!」
抱きついて加賀谷さんの胸に顔を埋めた。額を押しつけるようにして首を振った。
「怖いって言ったら加賀谷さんはもう触ってくれない、わかるんです! 私のことを思ってくれるから、加賀谷さんは絶対に私を抱こうとしない! そんなのいやです」
泣いているのを気づかれないように、私は俯いたままでいた。
「自分がいつ死ぬかなんて、誰も知らないんですよ……」
どうして、泣いたらいけないときに限って涙が出てしまうんだろう。昔からそうだった。
「……兄さんだって突然いなくなった」
「兄さんって、昨日言っていた人か」
「ええ。兄は警察官だったんです。でも、刺されて……」
悲しんでいる顔を見せたら相手が心配してしまう。甘えたくて泣いているわけではないのに。
「昨日、加賀谷さんも刺されるんじゃないかと思った」
「あのとき飛び出したのは爆弾のせいじゃなかったのか」
私は頷いた。
「加賀谷さんだって、私だって、明日どうなるかわからないんです」
何も言わずに加賀谷さんは、私の髪を撫でている。
私が泣いていると気づいているだろう。
「もし私が今死ぬことになったら、加賀谷さんに抱かれたかったって思いながら死にます」
顔を上げたら、涙が零れてきた。加賀谷さんの顔が見えなかった。
「うまくできなかったら……捨てていいから」
強い力で両肩を掴まれた。
「何言っているんだ!? 俺が晴之を捨てるわけないだろ」
「痛いのも怖いのも我慢するから。だから、抱いてください」
再び俯こうとしたら、顎を押さえられた。加賀谷さんは私の眼鏡を取った。
目元に唇を寄せ、涙を吸ってくれた。
「晴之」
唇をふさがれた。
加賀谷さんがくれたキスは塩辛くて、唾液があふれてきた。
私はふたり分の唾液を飲み込んだ。
喉が熱い。躯が内側から火照ってきた。
「俺も、後悔するとしたらおまえのことだけだ。だけど、抱くのはためらうよ」
数回ついばむようなキスをしたあと、加賀谷さんは眼鏡をかけさせてくれた。
「晴之。俺も怖いんだ」
「加賀谷さんもですか」
「ああ。したくてたまらないのにな」
加賀谷さんは困ったように笑っている。彼は経験したことがあるはずなのに、何を恐れているのだろう。
「相手が晴之、おまえだからだよ」
聞き返す私の唇を、加賀谷さんは再び奪った。
顔を離すと、額を合わせてきた。
「キスしたあと自分がどんな顔しているかわかっているか。目がとろんとしていて、すげえやりたくさせる顔しているんだよ」
「加賀谷さんのキスがうまいからです」
そうなのか、と言って加賀谷さんは笑みを浮かべた。
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