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観察
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空港にいれば、いろんな男が見られる。
カジュアルシャツにジーンズの観光客、グレイのジャケットにシンプルなネクタイのビジネスマン。
そして、ダブルボタンの黒いスーツを着た警備員。
肩に紐飾りがあり襟や袖口に金色の刺繍が施されている派手な服装だから、彼らは目立つ。
見かける度に、待ち合わせの相手ではないかと私は注意深く見た。
人と会うならは雑踏の中がいい。
目当ての人物を探す振りをして、多くの男を観察できる。
男が好きな私、三浦晴之にとって目の保養だ。
私は仕事帰りに、一階の入り口近くで愛しい相手を待つのが日課だ。
空港は他の施設よりも照明が多いので、磨き上げられた床に光が反射される。歩く人々は全方向からライトアップされているようになる。
多少ファッションに首をかしげたくなるような男でも、ランウェイを歩くモデルのように見えてしまう。
私は眼鏡を押し上げて、行き交う男たちを眺めた。
シルバーフレームのこの眼鏡は仕事用だ。黒縁やイエローのレンズのものも持っている。ネクタイや帽子を変えるように、眼鏡だってコーディネートさせたいものだ。
誰も見ていないようでその場にいる全員に視線を送る。
店員という仕事柄身につけた特技は、私生活でも役立っている。
茶髪の若い男ふたりが、私の横を通り過ぎた。
私は見向きもしなかった。
浮ついた感じの男は好きではない。
「あいつ、すごくでかいな」
「ああ。なんかえらそうだな」
後方で彼らの話し声が聞こえた。
身長百七十七センチ、人呼んで『歩く飛行機』の私にとっては聞きあきた台詞だ。
全く、自分より大きいからといって騒ぐことはないだろ。そんなにうらやましいなら、おまえらに成長ホルモンを分けてやりたいよ。
背が高いと、何かと注目されたり期待されたりするから困る。
見た目は立派でも経験値の低い私は、土壇場になると過剰なプレッシャーにいつも負けていた。
特に高校の体育祭はひどかった。
リレーの選手には選ばれては、一年時には転び、二年時にはバトンミスをした。三年生になった頃には、クラスメイトは私のことをよく理解していて、選手には推薦しなかった。
人の期待がしぼんでいく様を、高校三年間で身を持って知った。
どうしてみんな、長身の人間をスターにしたがるのか。私は水泳部だから、得意なのは水の中だけなのに。
今でも私は、休日は時間があればプールで泳いでいる。
ただでさえ存在感があるのに、『歩くジャンボジェット機』になってしまっては、暑苦しいと言われそうだからだ。
おかげで、体脂肪率10パーセント以下をキープしている。
周囲からは、痩せているから顔がきついと言われる。
素っ気ない顔なのは、親からの遺伝であって変えようがない。
スリムな私は、どんなスーツもそれなりに着こなせる。
だから、今の自分の体型に満足している。男だって女のようにもっと外見に気を使ってもいいのではないか。
男たちを見渡して、私は確信した。
やはり彼が一番だ。
いろいろ想像しても、私が心をかき乱される男はひとりしかいない。
私の彼氏だ。二ヶ月前に彼から告白されて、私たちは結ばれた。
もちろん彼は私より背が低い。黒目がちの大きな瞳でいつも私を見上げるから、愛くるしくて仕方がない。
腕時計を見ると、待ち合わせ時間を三十分過ぎている。
彼は今日も残業か。
仕事が長引くときは連絡すると彼は言っていたが、私はしなくていいと断っている。彼の仕事を煩わせたくない。
でも、少しでいいから傍にいたい。私は、エスカレーターに乗った。
向かうのは、二階南側にある第三保安ゲート、彼の勤務場所だ。
乗客たちは飛行機に乗る直前、危険物を持ち込んでいないかX線検査を受ける。
その際、彼らの手荷物をモニターで確認するのが、私の彼、加賀谷寿の仕事だ。
五日前、自宅の風呂が壊れたと加賀谷さんが言った。それ以来、私の部屋でふたりで寝るようになった。
恋人同士だから、当然、同じベッドで眠る。
しかし文字通り、ただ寝るだけであって淫らなことは決してしない。
私たちはまだ、清らかで物足りない関係だ。
―――
白い壁に覆われた保安ゲートの前は、人はまばらだった。数人が入り口で話し込み、旅立つ前の別れを惜しんでいた。
私は検査を受ける乗客の邪魔にならないよう、ゲートから離れ、近くの壁際に立った。
扉のない入り口の向こうに保安ゲートはある。
首を伸ばし、中を覗こうとした。時折、荷物を受け取る警備員の袖口が見えた。
私はもっとゲートの奥が見たくて斜めに移動した。
唇をきつく結ぶ加賀谷さんの横顔が見える。
荷物を載せたベルトコンベヤーの向こうにいた。
カウンターの横でパイプ椅子に座り画面を睨みつけている。見つめながら、警備員専用の黒い制帽を被り直した。
帽子の中央に飾られた鷹の瞳が、鋭く光ったような気がした。
「加賀谷隊長、次はハンドバッグと携帯電話です」
「了解。……ふたつとも異常なし。次」
部下に答えながらも視線は画面から離さない。
敵の隙を窺う武将のようなまなざしだ。
知らず知らずのうちに、私は息を吐いていた。
漲る彼の緊張が伝わったのかもしれない。
壁を隔てて、今、加賀谷さんは私の近くにいる。
私の勤務場所は四階にある文房具店だ。
同じ空港にいるというのに、私たちが顔を合わせることは全くといっていいほどない。客がいなくなったとき私が店で考えるのは、加賀谷さんのことだけだった。
今日一日の中で、私たちは最も接近している。
そう実感するだけで働いている間にできた心の隙間は、いくらか埋めることができた。
一瞬、加賀谷さんが目を見開いた。
「ストップ。トランクケース要確認!」
彼の声に、荷物の流れが止まった。加賀谷さんは立ち上がり持ち主の男に近づいた。スーツを着ていても胸板が厚いのがわかる、頑丈という言葉が似合いそうな男だった。
自分よりも大柄な男と、加賀谷さんは胸を張って対峙した。カウンター越しに男に話しかける。
「すみません。お手数ですが安全のため、ご協力お願いします」
穏やかな口調だが、加賀谷さんの目は全く笑っていなかった。ひとりの警備員がトランクケースを開けて中身を取り出す。
中から、銅線が幾重にも巻かれた四角い銀色の箱が出てきた。箱の表面に丸い時計がついている。
胸が痛いほど、鼓動が早くなる。
私たち空港スタッフが警戒しなくてはならないものだ。
「爆弾……!」
私はゲートに近づいた。
秒針の音がここまで聞こえてきたような気がした。女性警備員が箱に近づき、細長い棒を箱に当てる。
けたたましいアラームが響く。何事かと、検査を終えた乗客たちがゲートに集まった。
「金属反応あります」
「危険物発見! 各員、A態勢!」
加賀谷さんの鋭い声が飛ぶ。ふたりの警備員がカウンターから躍り出た。ゲートの入り口と出口に立ち男の退路を断つ。
「あなたには警察の取調べを受けてもらいます。よろしいですか」
男は無言のままだった。
スーツの内ポケットに男が手を入れる。加賀谷さんは身構えた。
「加賀谷さん!」
刺されるか、撃たれるか。ナイフ、拳銃と男が取り出す可能性のあるものが頭をよぎった。
私はゲートに飛び込んだ。警備員が私を制止した。
カジュアルシャツにジーンズの観光客、グレイのジャケットにシンプルなネクタイのビジネスマン。
そして、ダブルボタンの黒いスーツを着た警備員。
肩に紐飾りがあり襟や袖口に金色の刺繍が施されている派手な服装だから、彼らは目立つ。
見かける度に、待ち合わせの相手ではないかと私は注意深く見た。
人と会うならは雑踏の中がいい。
目当ての人物を探す振りをして、多くの男を観察できる。
男が好きな私、三浦晴之にとって目の保養だ。
私は仕事帰りに、一階の入り口近くで愛しい相手を待つのが日課だ。
空港は他の施設よりも照明が多いので、磨き上げられた床に光が反射される。歩く人々は全方向からライトアップされているようになる。
多少ファッションに首をかしげたくなるような男でも、ランウェイを歩くモデルのように見えてしまう。
私は眼鏡を押し上げて、行き交う男たちを眺めた。
シルバーフレームのこの眼鏡は仕事用だ。黒縁やイエローのレンズのものも持っている。ネクタイや帽子を変えるように、眼鏡だってコーディネートさせたいものだ。
誰も見ていないようでその場にいる全員に視線を送る。
店員という仕事柄身につけた特技は、私生活でも役立っている。
茶髪の若い男ふたりが、私の横を通り過ぎた。
私は見向きもしなかった。
浮ついた感じの男は好きではない。
「あいつ、すごくでかいな」
「ああ。なんかえらそうだな」
後方で彼らの話し声が聞こえた。
身長百七十七センチ、人呼んで『歩く飛行機』の私にとっては聞きあきた台詞だ。
全く、自分より大きいからといって騒ぐことはないだろ。そんなにうらやましいなら、おまえらに成長ホルモンを分けてやりたいよ。
背が高いと、何かと注目されたり期待されたりするから困る。
見た目は立派でも経験値の低い私は、土壇場になると過剰なプレッシャーにいつも負けていた。
特に高校の体育祭はひどかった。
リレーの選手には選ばれては、一年時には転び、二年時にはバトンミスをした。三年生になった頃には、クラスメイトは私のことをよく理解していて、選手には推薦しなかった。
人の期待がしぼんでいく様を、高校三年間で身を持って知った。
どうしてみんな、長身の人間をスターにしたがるのか。私は水泳部だから、得意なのは水の中だけなのに。
今でも私は、休日は時間があればプールで泳いでいる。
ただでさえ存在感があるのに、『歩くジャンボジェット機』になってしまっては、暑苦しいと言われそうだからだ。
おかげで、体脂肪率10パーセント以下をキープしている。
周囲からは、痩せているから顔がきついと言われる。
素っ気ない顔なのは、親からの遺伝であって変えようがない。
スリムな私は、どんなスーツもそれなりに着こなせる。
だから、今の自分の体型に満足している。男だって女のようにもっと外見に気を使ってもいいのではないか。
男たちを見渡して、私は確信した。
やはり彼が一番だ。
いろいろ想像しても、私が心をかき乱される男はひとりしかいない。
私の彼氏だ。二ヶ月前に彼から告白されて、私たちは結ばれた。
もちろん彼は私より背が低い。黒目がちの大きな瞳でいつも私を見上げるから、愛くるしくて仕方がない。
腕時計を見ると、待ち合わせ時間を三十分過ぎている。
彼は今日も残業か。
仕事が長引くときは連絡すると彼は言っていたが、私はしなくていいと断っている。彼の仕事を煩わせたくない。
でも、少しでいいから傍にいたい。私は、エスカレーターに乗った。
向かうのは、二階南側にある第三保安ゲート、彼の勤務場所だ。
乗客たちは飛行機に乗る直前、危険物を持ち込んでいないかX線検査を受ける。
その際、彼らの手荷物をモニターで確認するのが、私の彼、加賀谷寿の仕事だ。
五日前、自宅の風呂が壊れたと加賀谷さんが言った。それ以来、私の部屋でふたりで寝るようになった。
恋人同士だから、当然、同じベッドで眠る。
しかし文字通り、ただ寝るだけであって淫らなことは決してしない。
私たちはまだ、清らかで物足りない関係だ。
―――
白い壁に覆われた保安ゲートの前は、人はまばらだった。数人が入り口で話し込み、旅立つ前の別れを惜しんでいた。
私は検査を受ける乗客の邪魔にならないよう、ゲートから離れ、近くの壁際に立った。
扉のない入り口の向こうに保安ゲートはある。
首を伸ばし、中を覗こうとした。時折、荷物を受け取る警備員の袖口が見えた。
私はもっとゲートの奥が見たくて斜めに移動した。
唇をきつく結ぶ加賀谷さんの横顔が見える。
荷物を載せたベルトコンベヤーの向こうにいた。
カウンターの横でパイプ椅子に座り画面を睨みつけている。見つめながら、警備員専用の黒い制帽を被り直した。
帽子の中央に飾られた鷹の瞳が、鋭く光ったような気がした。
「加賀谷隊長、次はハンドバッグと携帯電話です」
「了解。……ふたつとも異常なし。次」
部下に答えながらも視線は画面から離さない。
敵の隙を窺う武将のようなまなざしだ。
知らず知らずのうちに、私は息を吐いていた。
漲る彼の緊張が伝わったのかもしれない。
壁を隔てて、今、加賀谷さんは私の近くにいる。
私の勤務場所は四階にある文房具店だ。
同じ空港にいるというのに、私たちが顔を合わせることは全くといっていいほどない。客がいなくなったとき私が店で考えるのは、加賀谷さんのことだけだった。
今日一日の中で、私たちは最も接近している。
そう実感するだけで働いている間にできた心の隙間は、いくらか埋めることができた。
一瞬、加賀谷さんが目を見開いた。
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彼の声に、荷物の流れが止まった。加賀谷さんは立ち上がり持ち主の男に近づいた。スーツを着ていても胸板が厚いのがわかる、頑丈という言葉が似合いそうな男だった。
自分よりも大柄な男と、加賀谷さんは胸を張って対峙した。カウンター越しに男に話しかける。
「すみません。お手数ですが安全のため、ご協力お願いします」
穏やかな口調だが、加賀谷さんの目は全く笑っていなかった。ひとりの警備員がトランクケースを開けて中身を取り出す。
中から、銅線が幾重にも巻かれた四角い銀色の箱が出てきた。箱の表面に丸い時計がついている。
胸が痛いほど、鼓動が早くなる。
私たち空港スタッフが警戒しなくてはならないものだ。
「爆弾……!」
私はゲートに近づいた。
秒針の音がここまで聞こえてきたような気がした。女性警備員が箱に近づき、細長い棒を箱に当てる。
けたたましいアラームが響く。何事かと、検査を終えた乗客たちがゲートに集まった。
「金属反応あります」
「危険物発見! 各員、A態勢!」
加賀谷さんの鋭い声が飛ぶ。ふたりの警備員がカウンターから躍り出た。ゲートの入り口と出口に立ち男の退路を断つ。
「あなたには警察の取調べを受けてもらいます。よろしいですか」
男は無言のままだった。
スーツの内ポケットに男が手を入れる。加賀谷さんは身構えた。
「加賀谷さん!」
刺されるか、撃たれるか。ナイフ、拳銃と男が取り出す可能性のあるものが頭をよぎった。
私はゲートに飛び込んだ。警備員が私を制止した。
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