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一番欲しいものを手に入れる
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ライターと煙草を取り出して、中島が火を点けた。煙草を口に含み息を吐き出すと、焦げたような煙の匂いが立ち込めた。枯草が燻されたような香りだった。芳しいとさえ感じた。
隣に座る逢坂の顔の近くに漂う煙を、中島が払った。逢坂の顔を見たあと、煙草を消した。
「すみません、自分勝手に吸っちゃって。編集長は煙草が苦手なんですよね」
「おまえのはいやじゃない。好きな人の煙草はいやじゃない」
父の煙草はよくて、他人の煙草がだめな理由がわかった。煙草が嫌いなのではなかった。
その人が好きかどうかで、煙が違う。
「でも、煙草を吸わない俺のほうがもっと好きでしょ?」
逢坂が頷く前に中島は煙草をしまった。
「こんなものでごまかすのはやめます。一番欲しいものを手に入れる。そのために来たんです」
強く、抱き締められた。顔が近づいてくる。逢坂は目を閉じた。しかし、待っていたくちづけが来ない。逢坂は目を開けた。
逢坂を見たまま、中島は考え込んでいる。
「今、キスしたら煙草くさいよな」
キスをせずに、中島が額を押しつけてきた。
中島の両頬に触れた。
「言っただろ。好きな人の煙草は嫌いじゃないって」
「それじゃあ、遠慮なく」
中島は笑うと、音を立ててキスしてきた。口内に入ってきた中島の舌に、逢坂は自分の舌を絡ませた。
煙草の苦味に酔わされる。中島の服を掴んで息を整えようとした。
頬にキスをしてから、中島が口を開いた。
「編集部をやめたのは、俺のことが原因ですよね」
逢坂は何も言わなかった。理由はそれだけではなかった。
「俺、何があってもあなたを離しません」
逢坂は頷いた。振り払うことはできないと気づいた。
今、抱き締められるだけで全てを委ねようと思ってしまう。
「素直になってくださいよ。俺はずっと愛していますから」
中島の名前を呼んだ。腕を掴んだ。
笠井にも言っていないことがある。
「おまえは、ひどいことしないよな」
「編集長?」
「俺のいやなことはしないよな」
編集部で自分の机に向かう度に、犯されたことを思い出していた。部下に呼びかけられても、梶に話しかけらたように聞こえたことがあった。椅子に座っているときに後ろから肩を叩かれたら、しばらく動くことができなかった。
限界だった。平静ではいられなかった。もうここで仕事はできないと感じた。
「梶にも同じことを言った。昔、されそうなったとき」
抱き締める腕の力が強くなった。
誰も頼ってはいけない、もう裏切られたくない。
頼りたい、縋りがたい。
ひとりではいられない、助けてほしい。
心の奥に巣食う、自分が言う。深い底に潜む自分自身は、かけらのように小さくても無数にいる。
「梶は、しないって言った。約束したのに、梶は……あんなことを……」
逢坂は俯いた。中島に背中を撫でられた。気分が安らいでくる。突然、抱き上げられた。中島は逢坂をベッドに運んだ。
「少し眠りましょう。休日なんだから思いきり休んじゃいましょう」
ふたりでベッドに潜り込んだ。腕の中にいるだけで眠くなってきた。抱かれたときのよう背中を優しく叩かれた。
「いやがることなんかしませんよ」
逢坂が顔を上げると中島は、さっきの返事、と言った。
「好きな人には、いつも笑顔でいてほしいです」
頬にキスされた。もっと温もりが欲しくて、逢坂は自分からキスをした。
「これじゃあ、どっちが年上かわからないよな」
弱音を吐いたのが今更になって恥ずかしくなった。
「俺だって頼りたいときはありますよ。だから今日、ここに来たんです」
中島が笑い出した。
「親と喧嘩するなんて子供ですよね」
「何かあったんだろ。反抗期みたいに、ただ逆らったわけではいないだろ」
中島は頷くと逢坂の手を取って、自分の胸に当てた。
「向こうの気持ちもわかるんですよ。でも譲れない気持ちが俺の中にあるんです。編集長も同じですよね」
「同じって?」
逢坂は聞き返した。
「許したい気持ちと許せない気持ちのふたつがある」
「ああ。まだ、自分でもわからなくなるときがある」
中島の服を掴んだ。
「梶と別れたあと、別の男に言われたんだ。寂しいなら付き合わないかって言われた。気持ちが紛れるかなって思った」
自分と梶が一緒にいたところを目撃した男だった。同性と付き合うのが物珍しくて近寄ってきたとわかっていた。男同士のやり方を教えろと言われた。
「そいつとは、どれくらい付き合ったんですか」
「一度会っただけ。キスしようとしたから蹴飛ばして逃げた」
「そんなにいやだったんだ」
中島が笑ったので逢坂は微笑んだ。
「編集長にも、いやだと思う人はちゃんといるんですよ」
「でも、梶のことはよくわからない。……されているうちに、もういいやって思ってしまったんだよ」
どんな気持ちも中島なら受け止めてくれる。自分の中にある、暗く、隠したい思いを話した。
「俺は誰でもいいのかなって思った。あのとき、おまえと距離を置きたくて言ったことが本当になった。嘘なんか、つかなければよかったな」
「これだけは言えますよ」
中島は真顔で逢坂を見つめてくる。
「もう、あいつに抱かれたくないでしょう?」
「ああ、抱かれたくない」
隣に座る逢坂の顔の近くに漂う煙を、中島が払った。逢坂の顔を見たあと、煙草を消した。
「すみません、自分勝手に吸っちゃって。編集長は煙草が苦手なんですよね」
「おまえのはいやじゃない。好きな人の煙草はいやじゃない」
父の煙草はよくて、他人の煙草がだめな理由がわかった。煙草が嫌いなのではなかった。
その人が好きかどうかで、煙が違う。
「でも、煙草を吸わない俺のほうがもっと好きでしょ?」
逢坂が頷く前に中島は煙草をしまった。
「こんなものでごまかすのはやめます。一番欲しいものを手に入れる。そのために来たんです」
強く、抱き締められた。顔が近づいてくる。逢坂は目を閉じた。しかし、待っていたくちづけが来ない。逢坂は目を開けた。
逢坂を見たまま、中島は考え込んでいる。
「今、キスしたら煙草くさいよな」
キスをせずに、中島が額を押しつけてきた。
中島の両頬に触れた。
「言っただろ。好きな人の煙草は嫌いじゃないって」
「それじゃあ、遠慮なく」
中島は笑うと、音を立ててキスしてきた。口内に入ってきた中島の舌に、逢坂は自分の舌を絡ませた。
煙草の苦味に酔わされる。中島の服を掴んで息を整えようとした。
頬にキスをしてから、中島が口を開いた。
「編集部をやめたのは、俺のことが原因ですよね」
逢坂は何も言わなかった。理由はそれだけではなかった。
「俺、何があってもあなたを離しません」
逢坂は頷いた。振り払うことはできないと気づいた。
今、抱き締められるだけで全てを委ねようと思ってしまう。
「素直になってくださいよ。俺はずっと愛していますから」
中島の名前を呼んだ。腕を掴んだ。
笠井にも言っていないことがある。
「おまえは、ひどいことしないよな」
「編集長?」
「俺のいやなことはしないよな」
編集部で自分の机に向かう度に、犯されたことを思い出していた。部下に呼びかけられても、梶に話しかけらたように聞こえたことがあった。椅子に座っているときに後ろから肩を叩かれたら、しばらく動くことができなかった。
限界だった。平静ではいられなかった。もうここで仕事はできないと感じた。
「梶にも同じことを言った。昔、されそうなったとき」
抱き締める腕の力が強くなった。
誰も頼ってはいけない、もう裏切られたくない。
頼りたい、縋りがたい。
ひとりではいられない、助けてほしい。
心の奥に巣食う、自分が言う。深い底に潜む自分自身は、かけらのように小さくても無数にいる。
「梶は、しないって言った。約束したのに、梶は……あんなことを……」
逢坂は俯いた。中島に背中を撫でられた。気分が安らいでくる。突然、抱き上げられた。中島は逢坂をベッドに運んだ。
「少し眠りましょう。休日なんだから思いきり休んじゃいましょう」
ふたりでベッドに潜り込んだ。腕の中にいるだけで眠くなってきた。抱かれたときのよう背中を優しく叩かれた。
「いやがることなんかしませんよ」
逢坂が顔を上げると中島は、さっきの返事、と言った。
「好きな人には、いつも笑顔でいてほしいです」
頬にキスされた。もっと温もりが欲しくて、逢坂は自分からキスをした。
「これじゃあ、どっちが年上かわからないよな」
弱音を吐いたのが今更になって恥ずかしくなった。
「俺だって頼りたいときはありますよ。だから今日、ここに来たんです」
中島が笑い出した。
「親と喧嘩するなんて子供ですよね」
「何かあったんだろ。反抗期みたいに、ただ逆らったわけではいないだろ」
中島は頷くと逢坂の手を取って、自分の胸に当てた。
「向こうの気持ちもわかるんですよ。でも譲れない気持ちが俺の中にあるんです。編集長も同じですよね」
「同じって?」
逢坂は聞き返した。
「許したい気持ちと許せない気持ちのふたつがある」
「ああ。まだ、自分でもわからなくなるときがある」
中島の服を掴んだ。
「梶と別れたあと、別の男に言われたんだ。寂しいなら付き合わないかって言われた。気持ちが紛れるかなって思った」
自分と梶が一緒にいたところを目撃した男だった。同性と付き合うのが物珍しくて近寄ってきたとわかっていた。男同士のやり方を教えろと言われた。
「そいつとは、どれくらい付き合ったんですか」
「一度会っただけ。キスしようとしたから蹴飛ばして逃げた」
「そんなにいやだったんだ」
中島が笑ったので逢坂は微笑んだ。
「編集長にも、いやだと思う人はちゃんといるんですよ」
「でも、梶のことはよくわからない。……されているうちに、もういいやって思ってしまったんだよ」
どんな気持ちも中島なら受け止めてくれる。自分の中にある、暗く、隠したい思いを話した。
「俺は誰でもいいのかなって思った。あのとき、おまえと距離を置きたくて言ったことが本当になった。嘘なんか、つかなければよかったな」
「これだけは言えますよ」
中島は真顔で逢坂を見つめてくる。
「もう、あいつに抱かれたくないでしょう?」
「ああ、抱かれたくない」
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