【R18完結】編集長は強がる男

石塚環

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強がる男

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「着きましたよ」
梶の声が聞こえたので目を開けた。車は逢坂のマンションの前で止まっていた。
自分がどこにいるかわかっているのに、逢坂は動けなかった。運転席から降りた梶が助手席のドアを開けた。
車内に入り込んだ冷気で、逢坂の意識ははっきりしてきた。体が熱くなってくる。
「触るな、ひとりで行く」
太腿に差し込まれた手を払おうと、逢坂は体を捻った。力が入らずシートの上に崩れた。その瞬間、梶に中出しされた精が蕾からあふれた。下着越しに不快感を覚えたが、梶に悟られたくない。逢坂はなるべく表情を消そうとした。
抱き起こされ、腰を撫でられる。背骨を梶の指が辿る。
梶の顔も胸も叩いたが、息が上がり腕は思う通りに動かない。
「強がるのはやめたらどうですか。あなたはもろい人間ですよ」
離れたくて、逢坂は梶の腕の中で暴れた。動くたびに注がれた梶のものがこぼれてきた。
「次はカーセックスにしますか」
悲鳴が上がった。逢坂は自分の声だとわからなかった。
梶の顔が変わった。
「逢坂さん、逢坂さん!」
名前を呼ばれ、頬を叩かれた。首を振ることしかできなかった。梶の腕を強く握った。
言葉が出ない。唇が震える。
目の前の人に頼ればいいのか、逢坂はわからなくなった。
「逢坂さん、息をして。そう……ゆっくり、ゆっくり」
背中を擦られ、声に導かれた。
体に埋められていた固い芯が溶けていく気がした。
内側から温もりが溢れ、熱が零れるのを感じた。音を確かめるように、逢坂は徐々に声を出した。
「同じだ。父さんが亡くなったときとおんなじなんだ。あのときもおまえが抱き締めてくれて、息だけはしろと言ってくれて――」
「違いますよ」
逢坂の言葉に頷いていた梶が、口を開いた。
「あなたを壊したのは、僕です」
「俺は壊れてなんかいない」
強く抱き締められた。梶の息遣いが肌に伝わってくる。
「どうして、いつも自分の気持ちに気づかないんですか。わからないから傷ついてしまうのに」
「どういう意味だ?」
逢坂が聞き返しても梶は何も言わなかった。
「……逢坂さん」
しばらくしてから梶が放った声は震えていた。
「梶。泣いているのか」
梶は答えずに、逢坂の髪を梳いた。
ふたりの白い吐息が冷えた夜に溶けていく。顔を上げると群青色の空が見えた。濃紺の雲に覆われ、月も星も姿を消していた。

翌朝、目が覚めても逢坂はベッドから起き上がらなかった。深く寝たというのに体が動かせなかった。
壁時計を見ると十時を過ぎている。
皆が編集部で働く様子が、頭に浮かんできた。逢坂は目を瞑った。瞳を閉じれば、想像はよりはっきりしてくる。
湧き上がってくる熱を抑えたくて、シーツを掴んだ。
昨夜あの部屋で響いていた自分の嬌声が、今も聞こえてくる。
梶に抱かれたから自分は悦んだのか。男に抱かれたから、悦んだのか。
布団を肩まで被り、寝返りを打った。
ここで眠る度に中島との夜を思い出す。
甘い余韻は今も残っている。
ベッドに潜り込むだけで、柔らかく中島が包んでくれる気がした。
中島だからこそ、躯を開いた。
抱かれたいと思った。でも、あのとき自分は、心から中島を求めていたのだろうか。男なら誰でもいいのではないのか。
抱かれる度に躯の底から震えが来る。犯されることに悦びを感じているのではないのか。
求めているのは中島ではなく、貫いてくれる男なのかもしれない。
誰に抱かれても自分は溺れてしまうだろう。
淫らに喘ぎ、男の腕の中で悦がる男だ。
逢坂は息を吐いた。布団に潜り、時計の秒針を聞いていた。
今日のうちに編集部へ行かないと、昨夜の出来事を引きずり行きづらくなる。
何も言わずに机に向かい、積み上げられた仕事をこなすだけでいい。一日でも過ごせば楽になる。
体に負担をかけないように、ゆっくりと起きた。ソファに座り電話を取ると、短縮ボタンを押して編集部へかけた。
中島が出た。逢坂は、寝坊したので午後から出勤すると言った。中島が答えなかったので、何かあったのかと尋ねた。
「いえ、ありません。今日編集長に会えるとわかって、嬉しくて言葉が出ませんでした」
笑い声が聞こえた。仕事中に冗談はやめろと、逢坂は返した。思わず微笑んでしまう。
電話を切るとき中島は、お待ちしていますと言っていた。逢坂は受話器を置くと立ち上がった。中島の顔が浮かんだ。電話に出たのが中島でよかったと感じた。
電話台の横に、鞄と紙袋を見つけた。
きっと、梶が置いていったのだろう。
昨日の晩、逢坂は梶に連れられて部屋まで来た。シャワーを浴びたあとに部屋に戻ると、梶は帰っていた。
床に座り紙袋を開けた。中島に貸した服がビニール袋に包まれ入っている。ワイシャツを広げていると、胸ポケットに小さな封筒があった。
淡いグリーンのカードが入っている。
『ネクタイありがとうございます。編集長の仕事に対する思いを引き継いだなと感じます。受け止めて大切にします。中島信司』
少し右上がりの字だった。崩さずに書かれてある。
中島が初めて作家を担当したとき、逢坂は手紙を書けるようになってほしいと話した。
送る側も受け取る側も、落ち着いて言葉と向き合えるからだと言った。中島は頷いたが、書道を習っておけばよかったと言っていた。
自分の字が嫌いだと言う中島に、丁寧に書くだけでいいと教えた。
数ヵ月後に、中島が担当している作家、宇津木に会った。若いのにまめに手紙を寄こしてくるから面白い奴だと言われた。
伸び伸びとした字に素直さが表れると誉めていた。中島に伝えると、喜んで再び手紙を書いていた。
カードを持ったまま、逢坂はシャツを握りしめた。
シャワーを浴びて、軽い食事を取った。
ときどき手を止めてぼんやりと考え込んでしまう。気づいた途端、何を考えていたのか思い出せなかった。
どうにか支度を終えて、十一時に家を出ることができた。昼休みには着くだろう。
出版社に入り、編集部へ向う廊下を歩いていると、鼓動が速くなってくる。手のひらに汗をかいてしまう。
歩きながら胸を押さえ深呼吸をした。
ドアを開けると、中島が本を読みながらメモを取っていた。若草色のネクタイをしている。
「ちょうどよかった。一緒にお昼を食べましょうよ。いつもの編集長のご飯よりはさびしいけれど」
机に置いたコンビニの袋を、目の高さまで上げた。逢坂はパンを食べたてきたと答えた。
「そんなに軽いものだったら、夜まで持ちませんよ」
中島に言った言葉を思い出した。
ふたりで笑った。逢坂はソファに座った。いつも昼食を食べていたときのように、中島は斜め向かいに座った。
中島がビニール袋を広げた。おにぎりが四つ、小さなサイズの緑茶のペットボトルが二本入っていた。
「週末には選考会や俊英賞の受賞パーティがあるから、しっかり食べて体力をつけてください」
ペットボトルを受け取った。温かった。飲むと、張り詰めていた気持ちが解れる。
「ありがとう、さっき買ってきてくれたのか」
「これのお礼ですよ」
中島が自分のネクタイを指差した。おにぎりを掴むと手早くフィルムを開けた。
「はい、どうぞ。中身は梅干しです」
「何だよ。至れり尽くせりだな」
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