【R18完結】編集長は強がる男

石塚環

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手をつなぎませんか

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喉の渇きで逢坂は目を覚ました。カーテンの隙間から朝陽が零れている。逢坂の腰辺りに中島の右腕があった。後ろから抱かれていた。
中島の腕を撫でながら、昨夜のことを思い出した。
絶頂の余韻に、ふたりで抱き合っていると、逢坂は中島の昂ぶりに気づいた。
もういっかいしようかと誘ったが、中島は再び逢坂を組み敷くことはなかった。逢坂の手を取り自らの屹立に触らせ、達した。
「俺が初めてだから、加減してくれたんだろうな……」
逢坂の声は擦れていた。力ずくで始まったけれど、中島は逢坂を気遣っていた。
痛みの残る体を動かした。壁時計を見ると午前七時を過ぎていた。逢坂は息を吐いた。体がつらくても仕事に行かなくてはならない。中島の腕をそっと解くと、体を起こした。
サイドテーブルにあったコップを取り、水を飲んだ。生温い水で喉を潤した。コップを戻して、ベッドから降りた。
下着を履くと、膝立ちで、床に散らばる自分と中島の衣服を集め、畳んだ。
顔を上げると、ソファの横にある電話の液晶が点滅していることに気づいた。
逢坂は電話に近づいた。留守電二件と表示されていた。着信音を鳴らないようにしているから、電話に気づかなかった。再生ボタンを押してベッドに腰かけた。
一件目は無言で切れた。二件目はしばらく間があった後、声が聞こえた。
『――もしもし。夜遅くに、すみません。中島信司の母親です。あの子のアドレス帳で逢坂さんの番号を知りました』
くぐもったような、女性の声だった。感情を押し殺したような声だった。
逢坂は、振り向いて中島の顔を見た。
夢を見ているのか、穏やかな顔で眠っていた。
『息子が、息子が帰ってこないんです。昔から遊んでばかりだったけれど、仕事に就いてからこんなことは初めてで――』
電話の声はそこで一度、詰まった。
『すみません、逢坂さんなら知っていると思って電話しました。もう少し、待ってみます』
留守電が切れた。午前零時頃の着信だった。
逢坂は座ったまま、動かなかった。固い表情で電話を見つめていた。
中島が寝返りを打った。逢坂は振り返った。
「ん――。あ……おはようございます」
中島が逢坂に体を向けて、目を開けた。
逢坂は眩しそうに目を細めて、中島の髪に触れた。何も言わず、ゆっくりと髪を梳いてやる。
「くすぐったいですよ」
中島が笑い出した。つられて、逢坂も微笑んだ。中島が逢坂の手を取ると、くちづけをして、自らの頬に当てた。頬は思ったよりも温かった。
指を絡ませてくる中島の無邪気な笑みに、胸が痛んだ。
ふと、中島が真面目な顔で尋ねてくる。
「躯は大丈夫ですか。腰とか痛くないですか」
「大丈夫だよ。俺の心配は、しなくていい」
自分の心を悟られないように、逢坂は静かに言った。中島が体を起こし、自らの唇を逢坂の唇を重ねた。
逢坂は中島を抱き寄せ、きつく抱き締めた。 逢坂の背中を、中島が撫でた。
逢坂は自らの頬を、中島の頬に擦り合せるように強く押しつけた。
(俺は中島を受け入れて、本当によかったんだろうか……?)
昨夜着ていた服に袖を通して、朝食にした。
中島が用意したトーストと目玉焼き、ホットミルクで済ませた。味噌汁だけでも自分が作って、中島に飲ませたかったが、時間がなく、体もいうことが聞かなかった。
朝食を食べ終わると、隣の部屋に行き、ふたりで着替えた。
スーツはサイズが合わないが、下着や靴下、ワイシャツは中島に貸した。シャツは若い頃に着ていたサイズの大きいものを渡した。
中島は遠慮していたが、皺がついてしまった昨日と同じものを着せたくなかった。
シャツのボタンを止める中島を見て、逢坂はクローゼットから二本のネクタイを取り出した。一本はワイン色の無地、もう一本は若草色のストライプだ。
「ネクタイを変えれば、同じスーツでも何とか見られると思う。これを着けて行け」
若草色のネクタイを中島に渡した。中島が礼を言いながら、姿見を見て手早くネクタイを締めた。鏡を見ながら結び目を確かめる中島を、逢坂は眺めた。
「やっぱり、緑が似合うな。それ、やるよ」
「いいんですか。ありがとうございます。嬉しいな」
顔を綻ばせ、中島は鏡を覗き込んでいた。逢坂は中島の横から、姿見の端を見てワイン色のネクタイを締めようとした。
「遠慮しないで。もっと寄ってくださいよ」
中島に肩を抱かれ引っ張られた。よろめいて、体ごと預けるような形になった。
しっかりと、中島が逢坂の腰を支えた。
逢坂は離れようとしたが、抱き寄せる中島の力は強かった。
「編集長って、俺よりも少し背が低いんですね。知らなかった」
手を放さない中島が鏡を見ながら言った。逢坂と背を合わせようと膝を軽く曲げた。逢坂は頷きながら、ネクタイを結んだ。
「今度から、俺が編集長の頭を撫でようかな」
「上司をからかうなよ」
中島の手が自分の頭に伸びた隙に、逢坂は笑いながら、そっと離れた。

いつもと変わらない時刻に部屋を出ることができた。エレベーターでエントランスに出ると、管理人の年配の女性が箒で床を掃いていた。
「おはようございます」
中島が、女性に向かって挨拶した。
早朝から住人以外の人間に話しかけられたから驚いたのだろう。女性は目を見開き、口をもごもごさせて返事している。逢坂は中島の後ろで軽くお辞儀した。
外へ出ると、空がやけに青白く見えた。雪は降らなくても冬の気配は感じる。毎朝同じ道を歩けば、空気が冷えてくるのがわかる。
歩きながら、逢坂は中島に話しかけた。
「親御さんに電話したか」
「忘れていた。今すぐかけます」
立ち止まり、中島はスーツの胸ポケットからスマホを取り出した。逢坂は歩みを止め振り向いた。
「もしもし。……何だよ、悪かったよ。大学の友達に家にいたんだって。本当だって。仕事帰りに会った。え……電話した? 夜通し飲んでいたからわからなかったんだよ」
逢坂は眉を寄せた。
嘘がうまいなと思った。うろたえず、平然と話す中島を、逢坂は見ていた。最後まで聞かずに、逢坂は歩き出した。
スマホを切った中島が笑いながら、逢坂の後を追う。逢坂は中島を待たずに歩いた。
「ものすごく叱られました。もう、子供じゃないのに」
「親にとって、子供はいくつになっても子供なんだよ」
子供か、と逢坂は小さな声で呟いた。
「中島は兄弟がいるのか」
「ひとりっ子です。だから、兄貴のいる友人がうらやましかったですよ」
中島が昨日言った言葉を思い出していた。親が早く結婚しろと煩いのだ、と言っていた。
今朝聞いた中島の母親の声が、頭の中で繰り返し聞こえる。あの電話がかかっている間、中島は自分を抱いていた。男同士で肌を合わせていたのだ。
「……悲しむだろうな。こんなことがあったなんて知ったら……」
「何か言いましたか」
「何でもない。急がないと遅刻する、と言ったんだ」
中島が逢坂に追いつく。中島の視線を感じたが、逢坂は前を向いて歩いた。
「あの、駅まで手を繋ぎませんか」
中島が手を伸ばしてきた。逢坂は自分の手を引いた。
「誰か見ているかもしれない」
「恥ずかしがらないでくださいよ」
中島は明るく笑って、強引に逢坂の手を掴んだ。
自分が久しぶりに誰かと手を繋いだことに逢坂は気づいた。
「おまえは、温かいな」
「編集長の手が冷たいんですよ」
痛いと感じるくらい、中島はきつく手を握ってきた。中島の熱は心地よかった。でも、駅に着けば手を離さなくてはならない。
いっときの温もりだと思うと、握る手の強さも熱さも、忘れたくなかった。
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