7 / 9
対ジグニティー編
第7話 どうしてそんなに怖がるんだ?
しおりを挟む高級そうな調度品に囲まれ、柔らかいベッドは天蓋付き、窓から望むのはギルドの周りに形成された小さな街の様子だ。日は落ちて、夜闇のなかで灯りに照らされた屋台やら建物が優しい光に包まれるように浮かび上がっていた。
デルファイが用意してくれた宿屋はどうやら最高級のものらしく、まるで高級ホテルのような待遇を受けていた。
ただ、文句がないかといえばそんなことはなかった。
「なんでお前ら二人がここまでついてきてるんだよ」
リアンはソファの上に寝転がり、串焼きを食みながらくつろいでいた。一方のクレアはただただ、窓から街を静かに眺めている。
リアンは俺の声に相槌を返すがごとく片手に持つ串焼きをくるくると回した。
「なんでって、あんなふうにSSSクラスを安請け合いしたんだから、作戦会議に来たんでしょ」
「とてもそうは見えないがな」
リアンは串だけになったのを適当に放ると、ソファに身を委ねた。スカートが際どいところまでめくれ上がっているのには気づいていないようだ。視線を外して、こんどはクレアの方を見る。
どうもデルファイの話があってから様子がおかしい。ずっと何処か遠くを見つめているような、そんな雰囲気だった。
「クレア、大丈夫か」
「え、ええ……」
遠くを眺めていたクレアの背後からそっと声を掛けると、彼女はびくっと肩を震わせてから振り返って答える。リアンも心配そうにクレアに視線を投げかけていた。
一体で大国を滅ぼしたジグニティーが三体も出現し、その討伐をギルドマスターから命じられたのだ。現実感を持ってここで生きてきたクレアがこうなるのは不思議なことではない。リアンはおおらかに構えているのが疑問だった。彼女はもう吹っ切れているのかもしれない。
「さて、作戦会議と言ったな。リアン、ジグニティーがどんな魔駒なのか教えてくれないか?」
「ええっと、端的に言うならジグニティーはとにかく巨体の手足を持つ怪物ね。それだけでも大分脅威なんだけど、ジグニティーの特徴として不思議な光を出して、当てた対象を焼き尽くすって魔法が使えることがあるわね」
「不思議な光……?」
俺が疑問を呟くと、クレアが頷きつつ先を続けた。
「光の束です。大抵の魔駒は竜騎兵や飛行船による魔導爆撃に弱いので、最終手段として使われることが多いのですが、ジグニティーがその不思議な光で焼き尽くすので近づきようが無いんですよ」
「ふむ……」
脳裏にイメージされたのは某有名フライトシューティングゲームのTLSだった。ジグニティーは巨体で圧倒しつつも、魔駒の弱点である魔導爆撃に対抗するためにレーザー魔法を備えた難攻不落の巨城ということになる。
「だけど、弱点が無いわけじゃないのよ。身体が大きいから動くのに時間は掛かるし、光による攻撃は一回出すと当分出てこなくなるから」
「問題は相手が動き始めると、すぐに被害が拡大することです。今は公領辺境にとどまっていますが、すぐに人の住んでいる地域に到達するでしょう。ジグニティーも魔駒ですから、そうすれば手当たり次第に住民を」
クレアはそこまで言うと口を押さえて、えずき始めた。リアンが起き上がって、彼女の背中を撫でてやる。
「本当に大丈夫か? 体調が悪いなら、別のパーティーから一人助っ人を……」
「いえ、その必要はありません」
「でも、こんな状況じゃ戦えないわよ。ゆっくり休んで――」
「大丈夫ですから! 気にしないで下さい!!」
らしくもなく声を荒げるクレアを前にして俺とリアンは押し黙ってしまう。そんな俺達を見て、彼女はバツが悪そうに俯きながら部屋のドアの方に歩いていった。
「……少し外の空気を吸ってきます」
そういって、クレアは部屋を後にするのだった。
***
宿屋の外。街灯もなくあたりを照らすのは月の光だけだ。リアンにお手洗いに行ってくると嘘をついて、俺はクレアの後を追った。彼女は空を見上げ、何やら呟いていた。
近づく足音に気づかれたのか、彼女は俺の方を向いて寂しげな表情を見せる。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
「ジグニティーのことはまた後でお話しますから、今は一人に――」
「お前、何か隠してるだろ」
クレアは諦めたようにため息をつく。
「分かってしまうものですね」
「これからデカい狩りに出るんだから、隠し事はナシだぜ」
「別に隠しているわけでは無かったんですが、まあ良いでしょう。この際、お話しましょう」
そういって、クレアは着ていたローブを脱ぎ始めた。両腕が月の光の下に顕になる。しかし、その両腕はところどころクレアの肌の色とはまた別のオレンジじみた色に変色していた。火傷の痕らしい。
「私の故郷の村は魔駒の襲撃が始まった当初、ジグニティーに襲われたんです。村の人間を見つけたジグニティーはあの光の束で村を焼き払ったんです」
「そのときの傷ってわけか」
クレアは深く頷く。
「あの襲撃で、私は一瞬にして家族と親しい人々を失いました。最初の攻撃から運良く生き残った私は気が動転して、火に包まれた家に戻ってしまったんです。逃げ切れず家の中で焼死するのを待っていた私を救ってくれたのは冒険者魔術師の方だったんですよ」
昔を思い出すように空を見つめる彼女の姿は寂しそうだが、麗しくも見えた。
「それからしばらくして、孤児としてさまよっていたところをデルファイさん……マスターに拾ってもらったんです。それで決めたんです。私も他人を救えるような魔術師になりたいって」
「ジグニティーのことがトラウマであってもか」
その問いを聞いて、クレアは俺にキッと真剣な視線を向けた。
「悲劇を防げるなら、私は逃げません。逃げずに戦います。だから、タクミさん」
一歩俺の方に踏み出して、彼女は俺の手を取る。
「私とリアンにも戦わせて下さい。あなたの力になってみせますから……!」
「ああ、わかってる」
もとより一人で戦うつもりは無かった。この世界のことはほとんどと言っていい程知らないし、クレアとリアンの存在は心の支えになっているのだ。
クレアの手の上に更に俺の手を載せた。
「一緒に戦って、必ずジグニティーを倒そう」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる