そして彼は魔王となった

葉月

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六、龍の祝福

21.

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 後ろから、複数の声と足音が聞こえて来る。
 それらの声を聞いて、私の体はビクリと震えた。
 聞き覚えのある声が混じっていたからだ。

 王太子の護衛をしていた騎士の声に、似ていると思った。
 それと同時に、今の時期に王太子から離れないだろうと『似ているだけ』だと期待する気持ちが湧く。

 後ろを振り向いて確認したい衝動に駆られるが、不審な動きをした方が目立つから出来ない。
 せめて、フードでも被って顔を隠せていれば良かったのに。
 馭者席に座る際にフードを被っていると、不審がられ兵に停められる。
 馬車の操作上、事故に繋がる為の禁止事項とされているからだ。

 騎士と門番の責任者とおぼしき男の会話が耳に入って来た。

「泊まる宿屋もないですし、ここの人達は通してしまっても良いのではないですか?」
「我が国の不手際を他国に押し付けるのか!」

 騎士が、責任者らしい男を怒鳴りつけている。
 騎士が何かを話す度に、私の身は縮まった。

「いえ、オーリア国入ってすぐのバダンリーク領では、話はついているんです。こちらの交換札を見せる事によってお互いが対応出来る様になっているんですよ」

「では、今対応しても変わらんな」
「ですから時間が掛かりすぎるんですよ。それに、そんなに急ぐ事ですか?」

 説明をしている責任者らしい男も騎士も、どちらも苛立ちを隠せない様だ。

「何?俺の指示に従えないのか!」
「いえね、早馬じゃないんですから王都からここ迄来るには、日にちがかかると思うのですがね。そのお嬢様は馬術や馬車操作が優秀だったのですが?」

「そんな事はない」
「では、魔術が得意でフライで飛んで来れるとか?でも、その場合は馬車は捨てる事になりますが」

「魔力などないも等しい娘だ。大体フライなどの高度な魔術は、王宮魔術師長や副師長位の力がないと無理だろう」
「それでは、身体強化が長けているとか交渉術が秀でてよい馭者を雇ったとかですか?」

「ふん!あれは何をやっても無能だと聞いている」
「では、安心ではないですか。無能がこんな短期間でここ迄来ませんよ…………本当にここ迄来ているのなら、それは有能だと思いますがね」

 大きく会話が響くなか、私はとても驚いていた。
 しかし、そんな気持ちなど騎士の一言で消え失せた。

「これは平民が使うには、随分と立派ではないのか?」

 私の後ろから、そんな声が聞こえた。

「そうですかね?何処にでもある、二頭馬車だと思いますがね」
「勿論俺達には貧相な馬車だが……しかし、見かけた事がある様な気がするんだがな」

「汎用性の高い物は、似るものだと思いますがね」
「まぁ、取っ手はどう見ても安物だが。おい、この窓のカーテンを開け顔を見せろ」

 無造作に馬車を叩く騎士に、責任者らしい男が小さく呟いている。

「またですかい?一体何度目になるやら……」

「何かあったのでしょうか?私達は急いでオーリア国に向かわなければならないのですが」

 カーテンを開ける音と同時に、そんなレニーの声が聞こえた。

 私は人が見ても、一目瞭然に震えていたのだろう。
 手網を通して分かったのか、馬達が不安そうにこちらを振り返える。
 そっと落ち着く様に、アビィが手を重ねて震えを止めてくれた。


 騎士達が横を通り過ぎる際は、自然と息を止めてしまった。
 その際、騎士に従っている責任者らしい男の手には、しっかりと水晶が収まった箱を捧げ持っていた。

 この国境門では、丁度門の中程に水晶で確認をする部屋を設けている。
 今から、そこに設置しに行くのだろう。

 そう思っていた時、騎士と責任者らしい男はまた言い合いを始めた。
 その際、騎士が男を押した様に見えた。

「え?」

 ニヤリといやらしく笑った見覚えのある騎士の顔と、驚いた責任者らしい男の顔が、妙に目に焼き付いた。

 こちらに倒れてきた男は、必死に水晶を守ろうとしたのだろう。
 しかし宙に浮いた水晶は、地の力に従い放物線を描き私の膝にポトリと落ちた。





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