そして彼は魔王となった

葉月

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五、パルマの孫

19.

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 季節はそろそろ秋。
 暑い日と涼しい日とを繰り返し、今日は少し冷たい風が吹いていた。

「あ! レム! ちょうど良かったー」
「うん? リトどうしたの?」

 家から少し離れた畑の方に歩いていると、走ってきたリトが頬を紅潮させながら話しかけてきた。

「いやー、さっき採れたルードを少しかじってみたらさー。『うわぁ! うんめっ!』って思わず声が出るくらいでさ! オイラ今すぐレムにも食べさせたくって!」
「ぷっ! ふふふ!」

 そんなことで……と言いかけて、プリプリ怒りそうだったからやめた。

「ん? 何で笑ってるの?」

 キョトンとした顔であたしをみるリト。

「それよりレレにも食べさせたの?」
「うん! 今年は暑かったから甘味が詰まってるなって言ってた」

 ルードは甘味料の原料になる。
 採れたてなら洗えば生でも食べられる。
 甘くて瑞々しい果物のような根菜だ。

 他にもトラ麦やミリ菜、コケイモなどを育てている。
 少しずつ収穫の時期も違って、今はちょうどルードとトラ麦の収穫時期だ。

「おーい、リトくーん!」

 青っぽい髪の女の子が柵越しに話しかけてきた。

「んー、あれは確かポルカちゃん。ザドさんのお孫さんだっけ」
「そそ。ほいほーい。どしたの?」

 リトは軽く返事して、ぴょんぴょんと柵の方に行った。

「あ、レムさんこんにちはー」

 ポルカちゃんは向かいの家に住んでいる、青っぽい短めの髪をよく2つ結びにしている6歳くらいの女の子だ。
 弟のカロンくんは4歳。大体いつも二人で遊んでるけれど、今日は一人でこのあたりに来たみたい。

 カロンって名前を聞くと、あたしが小さい頃、向かいに住んでいたミンディとその弟のカロンを思い出す。
 元気に大きくなってほしいと思う。

「こんにちは、ポルカちゃん。今日はカロンくんは一緒じゃないのね」
「うん。カロン熱出しちゃって、一緒にいると感染るから外で遊んでなさいって、ママに追い出されたの」
「そう。それは可哀想に」
「じゃあ、これを持っていきなよ!」

 リトがルードを何個かポルカちゃんに渡した。
 ポルカちゃんは目をぱちくりさせながら、

「有難う!」

 と言うと、嬉しそうに手を振って帰っていった。

「カロンくん良くなるといいね」
「小さい子が熱出すと怖いよねー」

 あたしとリトが、柵に寄りかかりながらそんなことを話していると、収穫したルードが山のように入った底にそりが付いた籠を引いたレレが、柵の向こうからやってきた。
 
「ダンさん、凄い量だね! オイラも負けてらんないや!」
「ああ、今年はかなり豊作だ。パルマの家にも分けて来るといい」
「そうだね! もうすぐ孫ちゃんが生まれるかもだし、エルちゃんにも栄養つけてもらわないとね!」

 リトはぴょんぴょん跳ねながら柵を飛び越え、レレが来たルード畑に入っていった。
 エルちゃんはパルマの娘で、結婚から4年後に生まれたから今年で16歳になる。

 旦那さんのカリスくんは隣村から引っ越してきた猟師一家の1人息子で、エルちゃんが猛アタックして結婚した感じだったみたい。
 コルトのこと考えたら、血は争えないなぁって思う。

 そんなことを考えながら1人で歩いていると、パルマの家の前に着いていた。
 手が疲れたからルードが入った手提げ籠を置いて、木の扉をノックした。

「パルマー。来たよー」
「んー!」

 返事の代わりに悲鳴に近いような声が聞こえた。

「エルちゃんの声? 入るよ!」

 あたしは籠を置いたまま扉を開けると中に入った。
 慌ただしくお婆ちゃんやおばさんたちが動き回っている。

「お湯はまだかい!」
「ほれ、それ取っておくれ! ああもう、あんたはこっちの手を押さえておいてあげな!」

 今まさに生まれようとしている!

「エルちゃん! 頑張って!」

 来たばかりのあたしは何をやればいいか一瞬考え、ベテランの産婆さんたちに下手に手出しをするより、エルちゃんの手を握ってあげることにした。

「レム! 来てくれたんだね!」
「パルマ! ごめん。大変なタイミングに来ちゃった」
「いや、いいタイミングなんじゃない? それよりカリスくん間に合うのかなー」

 カリスくん、出産に立ち会うつもりだったらしい。

「よく耐えたわね。エルちゃんそろそろいきみ始めて大丈夫よ」

 産婆さんがエルちゃんに声をかけてきた。
 初産だと、産まれそうでまだ産まれないこの時間がとてつもなく長く大変なのだ。
 と、パルマが前に言っていた。

 エルちゃんが産れる時もあたしはこの目で見た。
 その子が今度は産む側になっている。
 不思議な感じがした。
 呻き声と、必死に息を整えようとする吐息。サポートするお婆ちゃんたちの声が聞こえる。

 いきみ始めてから産まれるまでは、案外早かった。

「おぎゃあ! おぎゃあ!」

 産まれた!

「男の子だね!」
「頑張ったね! エル! 元気な男の子だよ!」

 あたしとパルマが口ぐちにねぎらいの言葉をかけていると、扉を開く音と共にカリスくんが駆けこんできた。

「エル! あぁ、産まれたか!」
「はぁ、はぁ、カリス早いなぁ……」

 カリスくんに続いてコルトも入ってきた。
 男連中は少しだけ間に合わなかったけれど、エルちゃんはやつれた顔ながら凄く嬉しそうに笑っていた。

「エル! 頑張ったな!」

 カリスくんは泣きそうな顔でエルちゃんの頭に手を置いた。

「名前は…もう決めてあるんだ」

 エルちゃんが口を開いた。
 疲れたみたいで、か細い声だった。

「なんて名前?」
「ジット。この子の名前はジットがいい」

 あたしの言葉に小さい声で答えるエルちゃん。

「古いエルフの言葉で、龍という意味じゃな」

 玄関の方から声が聞こえ、パルマが振り返る。更に遅れて来たタルカ爺が呟いた声だった。

「お祖父ちゃん」
「昔語った寝物語にでも紛れておったんじゃろうかのぅ」

 名前を言ったエル本人が、一番驚いた顔をしていた。

 
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