そして彼は魔王となった

葉月

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四、クーファ=ジーン

14.

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 船は二本の帆柱を持つ木造の帆船で、前帆は三角帆、本帆は大きな角帆で中も外も見事な彫刻や絢爛豪華な装飾に彩られていた。
 メッキで縁取られた舷側からは20本ずつ長い櫂が出ていて、岩礁の多い海域では人力に切り替える方式の船だった。

 クーファとヘイゼル公が乗り込んで間もなく船は出発した。
 王候貴族専用というだけあって、贅の限りを尽くした船だったが、干渉されることを嫌うクーファは、個室に入ったまま降船まで出てくることはなかった。

 エルフの中には階級があって、ヘイゼル公をはじめとするエンデリア大陸の各領地を治める領主一族を高級貴族、ヘイゼル領の騎士たち、つまりヘイゼル公の直接の配下と、エルザの各トラインを統治する者とその一族を中級貴族、その更に配下の者たちは下級貴族と呼ばれた。

 更に騎士ではない者たちの血族は平民や下民と呼ばれ、基本的にエルザの都の区画の外に住んでいた。

 レム=シーを保護したコレット神父は下級貴族だが、階級制度を嫌い、敢えて郊外に住んでいた。

 現在、世界中にジーン皇国の息のかかっていない国はほぼ無く、国家としての文化水準の劣る近隣諸国はみな属国となっていた。

 西の大陸であるジィン大陸の南部に位置するメルポールもまた、属国であるミトン国の町の一つだった。

 航行距離としてはエルバから程近く、半日かからず辿り着く。

 凪いだ海だった。
 程よい追い風で帆を膨らませた豪華船は、魔法の力も借りること無く順調に目的地へと到着した。

「こういうことか。じい、余のローブを」
「これに」

 桟橋を渡る前にフードの付いたローブをすっぽり被ったクーファは、顔もほぼ覆っていて一見王族には見えない。

 身元がわからないようにというよりも、虫除けだった。

 クーファたちの後に、他の乗船客たちも続々と降りてきた。

 メルポールの町というので石畳や舗装された町をイメージしていたクーファは、ヘイゼル公が用意していた防護衣としてのローブの意味を理解した。

 整備された町並みというより、密林の中に住み着いた妖精のコロニーに文化人がお邪魔する感じだ。
 樹木の合間を縫うように蔦や草がところ狭しと生い茂っている。
 桟橋が渡っている場所は、一応その先に獣道のような道が延びているのがわかった。

「ここは本当に町なのか?」

 眉をひそめて訝しむクーファ。

「ふふ。入ってみればお分かりになるはずでございます」

 言われるがまま足を進めるクーファ。
 獣道のような茂みに足を踏み入れた途端、それまでただの茂みに見えていたものが、色づき始めた。

 蔓が絡んだだけだった草木が茅葺きの家であったり、密集した立木の列は生きた木々を意図して植林されたと思しき天然の外壁であった。

 人よりも羽を持つ生き物、特にフェアリーが多く行き交い、飛び交う密林地帯の楽園といったところか。

「おぉ……」

 思わずため息を洩らすクーファ。

「念のため、虫除けのまじないをかけておきましょう」

 そう言ってヘイゼル公は細いタクトのような杖を懐から取り出すと、何やらブツブツと唱え始めた。

「森羅万象にし坐して天と地に御働きを現し給ふ白銀の王龍神に願い申し上げる。あまねく命を司る大地の大精霊と共に顕現給いて邪なる意思と刃を退けたまえ。ーーピア・フォート」

 タクトの先から迸る光が、クーファの纏うローブを包み込み、吸い込まれるように消えた。

「ふむ。これは何だ?」
「陛下を害なす者を寄せ付けない魔法ですな。暴漢、盗人、果ては吸血虫の類いも寄せぬまじないでございます」
「そうか」

 興味なさ気に答えると、クーファは歩きだした。
 木の周囲を葉が螺旋階段のように続いている。登っていくとその先で、木と木を繋ぐ桟橋のような蔦がかかっている。
 フェアリーたちに階段や足場があまり必要でないため、来客用に設置したのかもしれない。

 上の方で他のエルフの貴族たちが、おっかなびっくりつり橋を渡る姿が遠目にも見えた。

 クーファはフェアリーたちが蝶のように飛び交う中、螺旋階段を登っていった。

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