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四、クーファ=ジーン
13.
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少年王が向かった先には石レンガを緻密に組まれた螺旋階段があり、地下へと続いていた。
扉を乱暴に開けるのはいつものことのようで、扉の先には人が二人分くらい扉から空けて、使用人らしき数名の男女が並んでいた。
彼らに一瞥もくれることなく少年王は足早に歩いていく。
螺旋階段を降りていくと、今度は赤い絨毯が敷き詰められた廊下だった。
左右には角が生えた鹿のような馬のような動物の剥製が飾られ、蝋燭ではなく乳白色に光る石がランタンのようにぶら下がって全体を照らしている。
廊下を抜けた先にはエントランスのような広い空間があって、そこからはいくつかの部屋に分かれていた。
干渉されるのを嫌う彼は、敢えて歩いて、従者とは別行動をとることを好んだ。
エントランスに設けられた扉のひとつを開けると、不思議な空間が広がっていた。
空色の光の波が部屋全体に揺らめくような空間。床面には透き通った虹色の円陣が描かれていた。
「エルバへ行く」
「はっ」
部屋の入り口で急に独り言を言ったように見えたが、返事が返ってきた。
部屋に入ってすぐの扉側の壁あたりに木製の事務机が置かれ、そこの椅子に腰かけて何やら事務作業のようなことをしている女性がいた。
部屋の中央には転送魔法を込められた魔方陣が描かれている。
微調整で行き先を決められる仕組みで、各トラインに瞬時に移動出来る優れものだ。
世界中に時空を越えて繋がっているとされる、世界樹の根や枝の時空間変容の理論を応用し、人為的に造った代物だが、移動先の指定まで出来るようになったのはごく最近のことで、その理屈について正しく理解している者はごくわずかだという。
少年王クーファは、ゆらゆらとぶれていく周囲の景色に身を任せた。
一瞬目を閉じ次に開けたときには景色は一変していた。
埃臭い部屋から視界は広がり、クーファはギリシャ神話の神殿を思わせる4つの柱に囲まれた、屋外の台座の上に立っていた。
先ほどの部屋の魔方陣より随分小規模だ。
台座からは石段が続いていて、石段を降りると石畳の広場までは石レンガの道が続いていた。
台座を囲4本の柱は結界のようになっていて、専用の魔法具を持つもの以外は内側に入れないようになっていた。
「お待ちしておりました」
「ふん」
声をかけてきたのは先ほどまで城にいたはずのヘイゼル公だった。
クーファの反応からして、いることは予想済みだったようだ。いつものことなのだろう。
この頃の大人のエルフにとっての30年は人にとっての2、3年と大差なかったであろうと、人の世には伝えられている。
しかし、人も子ども時代は一年が長く感じ、年を重ねると感覚が変わっていくのと同様に、ヘイゼルの乱の頃物心付くかどうかだったクーファにとっての30年は、3、4歳から15歳くらいまでのような感覚だったはずだった。
純血のエルフは大体100歳で成人となるため、成長が非常に緩やかなのだ。
「では早速船に案内致しましょう」
石畳の広場に着くと、そこには馬車のような乗り物が用意されていた。
2人乗りの人力車を馬のような動物が引いているような形だ。馭者が手綱を振るうとゆっくりと進み始めた。
現在ヘイゼル公は、政務の殆どを後任の者に任せ、半ば引退しているような状態だった。
あと数年でクーファが洗礼の儀を受ける年になるので、そこで政治の表舞台に立つ。
それまでにヘイゼル公自ら育て上げているのだった。
「この馬は正確にはなんという生き物なのだ?」
ふと疑問に思ったのか、クーファが口を開いた。
「これはカルバという動物でございますな。馬と呼んでいる家畜は他に2種類ございます。1つは翼を持ち空を駆るジルバ、1つは海を走るヴィヌマでございます」
「ふむ。船など使わずその、ヴィヌマとやらに乗れば良いのではないか?」
空を駆る馬や海を走る馬がいるならば、それに乗った方が早いと考えるのもわからなくはない。
ヘイゼル公は「ふむ」と頷いて続けた。
「正確にはヴィヌマは海面を駆る馬ではなく、海中を潜る馬でございます。故に船の代わりにはなり得ません。更に、ジルバは滅多に生まれないカルバの突然変異であり、現在我が国にはおりません」
「ちっ」
不満そうな顔のクーファ。
「さて、到着したようですな」
馬車はエルフの観光客の列を横目に王族専用の優先乗船口前に停車した。
周囲を取り囲む魔法による厳重警備の元、桟橋を渡って船に乗り込んだ。
扉を乱暴に開けるのはいつものことのようで、扉の先には人が二人分くらい扉から空けて、使用人らしき数名の男女が並んでいた。
彼らに一瞥もくれることなく少年王は足早に歩いていく。
螺旋階段を降りていくと、今度は赤い絨毯が敷き詰められた廊下だった。
左右には角が生えた鹿のような馬のような動物の剥製が飾られ、蝋燭ではなく乳白色に光る石がランタンのようにぶら下がって全体を照らしている。
廊下を抜けた先にはエントランスのような広い空間があって、そこからはいくつかの部屋に分かれていた。
干渉されるのを嫌う彼は、敢えて歩いて、従者とは別行動をとることを好んだ。
エントランスに設けられた扉のひとつを開けると、不思議な空間が広がっていた。
空色の光の波が部屋全体に揺らめくような空間。床面には透き通った虹色の円陣が描かれていた。
「エルバへ行く」
「はっ」
部屋の入り口で急に独り言を言ったように見えたが、返事が返ってきた。
部屋に入ってすぐの扉側の壁あたりに木製の事務机が置かれ、そこの椅子に腰かけて何やら事務作業のようなことをしている女性がいた。
部屋の中央には転送魔法を込められた魔方陣が描かれている。
微調整で行き先を決められる仕組みで、各トラインに瞬時に移動出来る優れものだ。
世界中に時空を越えて繋がっているとされる、世界樹の根や枝の時空間変容の理論を応用し、人為的に造った代物だが、移動先の指定まで出来るようになったのはごく最近のことで、その理屈について正しく理解している者はごくわずかだという。
少年王クーファは、ゆらゆらとぶれていく周囲の景色に身を任せた。
一瞬目を閉じ次に開けたときには景色は一変していた。
埃臭い部屋から視界は広がり、クーファはギリシャ神話の神殿を思わせる4つの柱に囲まれた、屋外の台座の上に立っていた。
先ほどの部屋の魔方陣より随分小規模だ。
台座からは石段が続いていて、石段を降りると石畳の広場までは石レンガの道が続いていた。
台座を囲4本の柱は結界のようになっていて、専用の魔法具を持つもの以外は内側に入れないようになっていた。
「お待ちしておりました」
「ふん」
声をかけてきたのは先ほどまで城にいたはずのヘイゼル公だった。
クーファの反応からして、いることは予想済みだったようだ。いつものことなのだろう。
この頃の大人のエルフにとっての30年は人にとっての2、3年と大差なかったであろうと、人の世には伝えられている。
しかし、人も子ども時代は一年が長く感じ、年を重ねると感覚が変わっていくのと同様に、ヘイゼルの乱の頃物心付くかどうかだったクーファにとっての30年は、3、4歳から15歳くらいまでのような感覚だったはずだった。
純血のエルフは大体100歳で成人となるため、成長が非常に緩やかなのだ。
「では早速船に案内致しましょう」
石畳の広場に着くと、そこには馬車のような乗り物が用意されていた。
2人乗りの人力車を馬のような動物が引いているような形だ。馭者が手綱を振るうとゆっくりと進み始めた。
現在ヘイゼル公は、政務の殆どを後任の者に任せ、半ば引退しているような状態だった。
あと数年でクーファが洗礼の儀を受ける年になるので、そこで政治の表舞台に立つ。
それまでにヘイゼル公自ら育て上げているのだった。
「この馬は正確にはなんという生き物なのだ?」
ふと疑問に思ったのか、クーファが口を開いた。
「これはカルバという動物でございますな。馬と呼んでいる家畜は他に2種類ございます。1つは翼を持ち空を駆るジルバ、1つは海を走るヴィヌマでございます」
「ふむ。船など使わずその、ヴィヌマとやらに乗れば良いのではないか?」
空を駆る馬や海を走る馬がいるならば、それに乗った方が早いと考えるのもわからなくはない。
ヘイゼル公は「ふむ」と頷いて続けた。
「正確にはヴィヌマは海面を駆る馬ではなく、海中を潜る馬でございます。故に船の代わりにはなり得ません。更に、ジルバは滅多に生まれないカルバの突然変異であり、現在我が国にはおりません」
「ちっ」
不満そうな顔のクーファ。
「さて、到着したようですな」
馬車はエルフの観光客の列を横目に王族専用の優先乗船口前に停車した。
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