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四、クーファ=ジーン
12.
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暗雲立ち込める東の空を、1人の少年が眺めていた。
一見岩壁に囲われた堅牢な牢獄のようにも見えるが、高い魔力を秘めた岩を削って石板に加工してあり、接合にも錬金術の粋を駆使したいくつもの技法を用いられている。見事に接合された石板は、一枚一枚が正八角形のタイル状になっていた。
少年が空を眺めている場所は、そんな一室の窓のようになっている部分で、八角形と正三角形を組み合わせた縁取りで硝子のような半透明のものを嵌めこまれていた。
かつて天空の楼閣と言われた中央楼閣の一室である。
少年の中では東の方角は不吉の方角。
今の平和を脅かす恐れのある者たちの住処となっていた。
既にヘイゼルの乱から30年の歳月が過ぎようとしていた。
「じい」
「はっ、ここにおります」
「馬を用意せよ」
「どちらへ?」
「東の蛮族を狩りに行く」
「時期尚早かと」
「ちっ」
少年は舌打ちをした。
じいと呼ばれた男は、この国の実質のトップとも言える男だった。
アルヴィン=ジオ=ヘイゼル。通称ヘイゼル公。
30年前に先王エルスザック=ドルフ=ジーンを弑逆した張本人だ。
世界樹を擁するヘイゼル地方ヘイゼル領領主で、筆頭国務大臣であり、ジーン皇国国王クーファ=ジーンの教育係でもあった。
徹底した混血排除の強硬派で、その男に育てられた少年クーファ=ジーンもまた、同じく純血エルフ至高主義の思想の持ち主となっていた。
この中央楼閣と、世界樹の樹上に作られた城塞の天守閣にあたる建物は水鏡のような不思議な六角形の構造物で繋がっていた。
ヘイゼル公は既に2000歳を超えていた。
金色だった髪は、ある程度念願叶ったこともあって気が抜けたのか、白髪が目立つようになっていた。
銀色とは違う、明らかに色が抜け落ちている。
腰が曲がったりしているわけでもなく、一見若そうにも見える顔にも皺が目立ち始め、本人もそろそろ天命が尽きようとしていることを感じ始めていた。
「じい」
「何でございましょう」
「各トラインの様子を報告せよ」
「……はっ。ではまず北のヴェネスから。御存じの通り、ヴェネスは港のある区画でございます。先日西の大陸よりホビットが密航していたところを拘束し、聖域を穢した罪にて投獄いたしました。北東のトーラスにおきましては、その事件の為既存のホビットは全員退去処分とし、現在ドワーフの刀匠のみ商業権を貸与しております」
「ドワーフも強制退去すればいいではないか」
「ドワーフは鍛冶技能に優れております。外見と素行のむさ苦しさには赦し難いものがございますが、完全に失うには惜しいものがあります」
「ふん」
クーファは鼻の辺りに皺を寄せ、心底嫌気がさしているような吐き捨てるような口調でヘイゼル公に答えた。
「それで、他は?」
「北西のカタン、南東のヴィラは特に変わりなく、南西のエルバは王侯貴族専用の港がございますが、ここ数年で交流が増えてきた妖精の町、西のメルポールへの観光船が頻繁に出ている以外、目立った動きはないようです」
「メルポールか。妖精はどんなものがいるのだ?」
「メルポールの近隣に住む妖精は、我々エルフと容姿は似ておりますが、極めて小さく、虫のような羽を持っておりますな。我が領地ヘイゼル地方にも、少々大型ではありますが、世界樹を中心に類似した種類の妖精が住んでおります」
興味なさげで、機嫌の悪そうな顔で、クーファは目を細めていた。
「ふむ。余も一度メルポールを訪ねてみるか」
「左様でございますな。見聞を広めるのもまた、王の勤めかと」
不機嫌そうな少年王は、羽織っていた煌びやかな赤いマントをはためかせながら、部屋の奥の方の扉を乱暴に開けて出て行った。
一見岩壁に囲われた堅牢な牢獄のようにも見えるが、高い魔力を秘めた岩を削って石板に加工してあり、接合にも錬金術の粋を駆使したいくつもの技法を用いられている。見事に接合された石板は、一枚一枚が正八角形のタイル状になっていた。
少年が空を眺めている場所は、そんな一室の窓のようになっている部分で、八角形と正三角形を組み合わせた縁取りで硝子のような半透明のものを嵌めこまれていた。
かつて天空の楼閣と言われた中央楼閣の一室である。
少年の中では東の方角は不吉の方角。
今の平和を脅かす恐れのある者たちの住処となっていた。
既にヘイゼルの乱から30年の歳月が過ぎようとしていた。
「じい」
「はっ、ここにおります」
「馬を用意せよ」
「どちらへ?」
「東の蛮族を狩りに行く」
「時期尚早かと」
「ちっ」
少年は舌打ちをした。
じいと呼ばれた男は、この国の実質のトップとも言える男だった。
アルヴィン=ジオ=ヘイゼル。通称ヘイゼル公。
30年前に先王エルスザック=ドルフ=ジーンを弑逆した張本人だ。
世界樹を擁するヘイゼル地方ヘイゼル領領主で、筆頭国務大臣であり、ジーン皇国国王クーファ=ジーンの教育係でもあった。
徹底した混血排除の強硬派で、その男に育てられた少年クーファ=ジーンもまた、同じく純血エルフ至高主義の思想の持ち主となっていた。
この中央楼閣と、世界樹の樹上に作られた城塞の天守閣にあたる建物は水鏡のような不思議な六角形の構造物で繋がっていた。
ヘイゼル公は既に2000歳を超えていた。
金色だった髪は、ある程度念願叶ったこともあって気が抜けたのか、白髪が目立つようになっていた。
銀色とは違う、明らかに色が抜け落ちている。
腰が曲がったりしているわけでもなく、一見若そうにも見える顔にも皺が目立ち始め、本人もそろそろ天命が尽きようとしていることを感じ始めていた。
「じい」
「何でございましょう」
「各トラインの様子を報告せよ」
「……はっ。ではまず北のヴェネスから。御存じの通り、ヴェネスは港のある区画でございます。先日西の大陸よりホビットが密航していたところを拘束し、聖域を穢した罪にて投獄いたしました。北東のトーラスにおきましては、その事件の為既存のホビットは全員退去処分とし、現在ドワーフの刀匠のみ商業権を貸与しております」
「ドワーフも強制退去すればいいではないか」
「ドワーフは鍛冶技能に優れております。外見と素行のむさ苦しさには赦し難いものがございますが、完全に失うには惜しいものがあります」
「ふん」
クーファは鼻の辺りに皺を寄せ、心底嫌気がさしているような吐き捨てるような口調でヘイゼル公に答えた。
「それで、他は?」
「北西のカタン、南東のヴィラは特に変わりなく、南西のエルバは王侯貴族専用の港がございますが、ここ数年で交流が増えてきた妖精の町、西のメルポールへの観光船が頻繁に出ている以外、目立った動きはないようです」
「メルポールか。妖精はどんなものがいるのだ?」
「メルポールの近隣に住む妖精は、我々エルフと容姿は似ておりますが、極めて小さく、虫のような羽を持っておりますな。我が領地ヘイゼル地方にも、少々大型ではありますが、世界樹を中心に類似した種類の妖精が住んでおります」
興味なさげで、機嫌の悪そうな顔で、クーファは目を細めていた。
「ふむ。余も一度メルポールを訪ねてみるか」
「左様でございますな。見聞を広めるのもまた、王の勤めかと」
不機嫌そうな少年王は、羽織っていた煌びやかな赤いマントをはためかせながら、部屋の奥の方の扉を乱暴に開けて出て行った。
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