そして彼は魔王となった

葉月

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二、ヘイゼルの乱

7.

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 制圧と同時にアルヴィン=ジオ=ヘイゼルの軍は各トライン外居住区に立ち並ぶ家々を焼き尽くした。

 騎馬隊は油の入った火炎壺かえんつぼを使ったという。
 特に『はぐれ』が集中した3区画の周辺区域はひどかった。
 焼け残った住居から瀕死ひんしい出した者達にも槍を突き立て止めを刺し、かろうじて難を逃れた者はたまたま別の区画にいた者や瓦礫がれきに埋もれて助かった幼子くらいなものだったという。
 残るカタン、エルバの2区画の周辺区域には主に純血エルフを中心とした王こう貴族の親族が多かったこと。
 ひそかにヘイゼル公に加担する者が多かったことからほぼ被害を受けることは無かった。
 
 焼け落ちた家の瓦礫の山に埋もれた状態で、一人の少女が発見された。
 木造家屋が多い地域だったため、他に生き延びた者は無く、凄惨せいさんな光景だったという。
 生き残った少女もまた、何日も眠り続けた。
 年のころは6歳前後。
 母親の遺体のそばに倒れていたその子が絶望に打ちひしがれていたであろうということは容易に想像できた。

 靄がかった視界に、いつもの景色が見えた。
 何も燃えていない。
 漆喰しっくい塗壁ぬりかべに、角材で出来たはり
 縄で縛られた根菜が幾つかるされているのが見える。いつもの景色だ。

「ママ、ママ! レムねっ。綺麗な人に会ったよ!」

「そう、良かったわねぇ。女のひとかしら?」

 茶色の髪を一本の三つ編みでまとめた女性がにこやかに答える。

「えっとね! 男の人だったよ!銀色の凄く長い髪で、目が青くてね! あとねー、ちっちゃな精霊も一緒だったよ!」

「へ~。銀色の長い髪の男の人も珍しいけれど、精霊も珍しいわね。ママも見てみたかったなぁ」

 そう言ってほほ笑んだ三つ編みの女性。
 ぼんやりと輪郭りんかくかすんでいき、次は小さな広場が目の前に広がる。
 カロンだ。タタタッと走って、3歳の男の子は、こちらに向かって干し草を丸めた玉をった。あたしはんできた草玉を受け止めた。

「とった! じゃあ次はあたしが…」

 勢いよく蹴った草玉は、まっすぐ飛ばず、思いがけない方へと飛んで行った。
 あっと思い、ふと見ると草玉は知らないお兄さんの手の中にあった。
 綺麗な人だった。
 銀色の長い髪に、銀色の細い剣を腰に付けた、背の高い人だ。
 お兄さんは草玉をあたしの手の上に置いてくれた。

「ありがとう!」

 何だか嬉しかった。凄く得した気分になった。
 帰ったらママに自慢しようと思った。

 次第に黒いきりが少女の姿を包みこみ、ぼんやりとした景色をも巻き込み、しずんでいく。
 深く深く。


―――
 巨大な轟音とともに巨大な地響きが都を襲った。
 しかしそれは正確な表現ではない。
 おそらくその地にいたすべての者の脳が同時に揺れたという方が正しいかもしれない。
 物理的には何も揺れなかったのだ。
 しかし、とてつもない衝撃波しょうげきはが全土を襲ったのは間違いなかった。

「おぉ……。玉座が降りてきておる」
 誰かがしわがれた声でつぶやいた。



 その日、悪政を布いた逆賊エルスザックⅠ世は神聖なる神のお告げに従うヘイゼル公により打ち取られたという。
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