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親友ってなんですか?
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仕事から解放されると、いつもと違う喜びが待っていた。玄関のドアを開けて漂う、慣れ親しんだ香り。
「あの…これでいい?」
「ありがとう夢花!」
レンチンされて机上に移された冷凍たこ焼き。先にバイトから上がった夢花が、帰宅ついでに買ってくれたものだ。
俺からの相談で、夜のバイト前に仮眠を取らなくても大丈夫なよう、日中は短時間にしてもらっていた。
RINEのやりとりを思い出すたびに頬が緩む。ちょっとした夫婦みを満喫出来て嬉しかった。
部屋の中にあった引っ越し段ボールも大分片付いた。あとは衣類だけだろう。収納ボックスは後日。
たこ焼きにソースをかけながら話題を探していた俺は、TVの電源をつけた。五稜郭の歴史、なぜ星形なのかについて解説されている。
「北海道行く?」
「…北海道?」
若い頃からの行動・経験の差は将来に大きく響く。教育学部で受けた講義の中で何度か聞いた話だった。
TV画面の中、城壁の前で熱く語っている教授の声を背景に、大学での記憶が蘇る。
夢花には経験が足りないのではないか。誰のせいでもない。ただ、お金と機会が無かっただけである。
仲直りの仕方も経験だ。将来、子ども達の喧嘩を仲裁するのにも必要なわけで。
俺は…閃いた。
「夢花ってまだ持ってる?」
「…?」
「この前言ってたお揃いの服」
段ボールを持ってきた俺の隣に、夢花が座り込む。ガムテープは剥がされ天面が開かれた。
「あっ、ちょっと待った」
「?」
「まさか下着とか入ってないよね?」
「入ってるよ?」
平気で開けないで欲しいと思ったが遅かった。ちょっとだけ見えてしまったじゃないか。
箱の一番深いところ。新品で封のされたままの袋。夢花は両手で丁寧に掬い上げた。大切にしてきたのだろう。
「それ着て希海ちゃんと北海道行ってきなよ」
「!?」
俺には勝算があった。
昨日、コンビニで会ったのは全くの偶然。しかしなぜ、向こうから話しかけて来たのか。
嫌よ嫌よも好きのうちとも言う。二人の旅費を払う事で今月の給料は飛んでいく訳だが、それだけに見合う価値はあると俺は直感していた。
******
その日は、あらかじめ休みを取っていた。
「行ってくるよ」
「うん」
いつもならまだ起きていないはずの時間に、夢花が玄関まで見送りに来た。
希海に会ってくると正直に伝えた。まともに話せていない夢花に代わって、俺が直接約束を取り付けようと思ったのだ。
「どした?」
「…なんでもない」
夢花を呼び寄せてキス…なんてキザなことは出来ないけど、その代わりに朗報を持って帰ると気合が入った。
******
フードコートは相変わらずの人混みである。
「お待たせしましたぁ。で、話ってなんですか?」
「夢花と仲直りして欲しくて」
フルーツパフェを机に置いたばかりの希海に直球を放った。バイト終わりで疲れていたのもあってか、キョトンとしている。
「え、そんなことのためにわざわざ?」
「そうだね」
そう。俺はこのたった一言を伝えるためにバイト終わりまで3時間も待った。まぁいい機会だから、流行りの映画を見ていた訳だが。
「彼氏さん、ちょっと、面白すぎでしょ」
「そうかな?」
希海はフルーツの隙間からアイスを掬いだして口に運んだ。もちろん、このパフェは俺のおごりである。
「これ、おいしい。食べます?」
「え?」
「冗談ですよぉ」
胃袋を掴む作戦…とまでは考えてなかったが、好評である。満を持して、俺は提案を繰り出した。
「俺が旅費も出すから、二人で旅行でもどうかなって」
「旅行?どこですかぁ?」
「北海道とか?」
「あぁ、いいですね!北海道。私、行ったことないんですよぉ」
興味津々のようだ。俺は勝利を確信していた。
「じゃ、まずは夢花に連絡してお…」
「うーんと、ムリです」
「ん?」
パインを突き刺したフォークを片手に、笑顔な希海。言動が一致しないようにみえた俺は言葉に詰まる。
「あのぅ、北海道は嬉しいんですけど、夢花とは無理です」
「……」
「あっ、そうだ。彼氏さんとならいいですよぉ?」
「いや俺は」
「冗談ですけど」
俺は、完全に打ちのめされていた。
******
「私たち、親友だったんですよ?」
フードコートから離れた俺と希海は、屋上庭園に来ていた。街を一望する景色。日陰と空調の工夫で、そこまで暑くない。過去の話を思い起こすのに、ピッタリな空間だった。
「なのに一言も相談せず、勝手に消えます?」
「それは夢花が悪かったよ…」
「ですよね!」
「でも、額が額だったからさ」
その言葉を発した途端、遠くを見ていた希海が向き直った。
「ってことは、私、500万に負けたってことですか?」
「それは…」
「結局、夢花にとって私との関係はその程度だったってことですか?」
俺は、即座に言い返すことが出来なかった。
「そうだ。あの店の服、全部買ってくれたら夢花と行ってあげてもいいですよ?500万はしないでしょ、きっと」
「う…」
「出せないですよね」
「まぁ…」
「彼氏さんにとっての私も、夢花にとっての私も一緒なんですよ」
言いたいことは分かるが、言っていることはメチャクチャだ。恐らく論理的には、どこかに綻びがあるだろう。
だが、悲しみの振り切った表情を見せる希海には何も言えない。
ある日突然、姿を消した親友。返信のない一方通行のメッセージ。
希海には希海の苦悩があったのだ。
「親友ってなんですか?」
「……」
俺には答えられなかった。
「またどこかで会うことあれば教えてくださいね。それじゃ、さよなら」
考えろ、絶対に思考を止めるな!
映画の中で、窮地に陥った主人公が自分に言い聞かせていた台詞がただひたすらに、頭の中で再生されていたのだった。
「あの…これでいい?」
「ありがとう夢花!」
レンチンされて机上に移された冷凍たこ焼き。先にバイトから上がった夢花が、帰宅ついでに買ってくれたものだ。
俺からの相談で、夜のバイト前に仮眠を取らなくても大丈夫なよう、日中は短時間にしてもらっていた。
RINEのやりとりを思い出すたびに頬が緩む。ちょっとした夫婦みを満喫出来て嬉しかった。
部屋の中にあった引っ越し段ボールも大分片付いた。あとは衣類だけだろう。収納ボックスは後日。
たこ焼きにソースをかけながら話題を探していた俺は、TVの電源をつけた。五稜郭の歴史、なぜ星形なのかについて解説されている。
「北海道行く?」
「…北海道?」
若い頃からの行動・経験の差は将来に大きく響く。教育学部で受けた講義の中で何度か聞いた話だった。
TV画面の中、城壁の前で熱く語っている教授の声を背景に、大学での記憶が蘇る。
夢花には経験が足りないのではないか。誰のせいでもない。ただ、お金と機会が無かっただけである。
仲直りの仕方も経験だ。将来、子ども達の喧嘩を仲裁するのにも必要なわけで。
俺は…閃いた。
「夢花ってまだ持ってる?」
「…?」
「この前言ってたお揃いの服」
段ボールを持ってきた俺の隣に、夢花が座り込む。ガムテープは剥がされ天面が開かれた。
「あっ、ちょっと待った」
「?」
「まさか下着とか入ってないよね?」
「入ってるよ?」
平気で開けないで欲しいと思ったが遅かった。ちょっとだけ見えてしまったじゃないか。
箱の一番深いところ。新品で封のされたままの袋。夢花は両手で丁寧に掬い上げた。大切にしてきたのだろう。
「それ着て希海ちゃんと北海道行ってきなよ」
「!?」
俺には勝算があった。
昨日、コンビニで会ったのは全くの偶然。しかしなぜ、向こうから話しかけて来たのか。
嫌よ嫌よも好きのうちとも言う。二人の旅費を払う事で今月の給料は飛んでいく訳だが、それだけに見合う価値はあると俺は直感していた。
******
その日は、あらかじめ休みを取っていた。
「行ってくるよ」
「うん」
いつもならまだ起きていないはずの時間に、夢花が玄関まで見送りに来た。
希海に会ってくると正直に伝えた。まともに話せていない夢花に代わって、俺が直接約束を取り付けようと思ったのだ。
「どした?」
「…なんでもない」
夢花を呼び寄せてキス…なんてキザなことは出来ないけど、その代わりに朗報を持って帰ると気合が入った。
******
フードコートは相変わらずの人混みである。
「お待たせしましたぁ。で、話ってなんですか?」
「夢花と仲直りして欲しくて」
フルーツパフェを机に置いたばかりの希海に直球を放った。バイト終わりで疲れていたのもあってか、キョトンとしている。
「え、そんなことのためにわざわざ?」
「そうだね」
そう。俺はこのたった一言を伝えるためにバイト終わりまで3時間も待った。まぁいい機会だから、流行りの映画を見ていた訳だが。
「彼氏さん、ちょっと、面白すぎでしょ」
「そうかな?」
希海はフルーツの隙間からアイスを掬いだして口に運んだ。もちろん、このパフェは俺のおごりである。
「これ、おいしい。食べます?」
「え?」
「冗談ですよぉ」
胃袋を掴む作戦…とまでは考えてなかったが、好評である。満を持して、俺は提案を繰り出した。
「俺が旅費も出すから、二人で旅行でもどうかなって」
「旅行?どこですかぁ?」
「北海道とか?」
「あぁ、いいですね!北海道。私、行ったことないんですよぉ」
興味津々のようだ。俺は勝利を確信していた。
「じゃ、まずは夢花に連絡してお…」
「うーんと、ムリです」
「ん?」
パインを突き刺したフォークを片手に、笑顔な希海。言動が一致しないようにみえた俺は言葉に詰まる。
「あのぅ、北海道は嬉しいんですけど、夢花とは無理です」
「……」
「あっ、そうだ。彼氏さんとならいいですよぉ?」
「いや俺は」
「冗談ですけど」
俺は、完全に打ちのめされていた。
******
「私たち、親友だったんですよ?」
フードコートから離れた俺と希海は、屋上庭園に来ていた。街を一望する景色。日陰と空調の工夫で、そこまで暑くない。過去の話を思い起こすのに、ピッタリな空間だった。
「なのに一言も相談せず、勝手に消えます?」
「それは夢花が悪かったよ…」
「ですよね!」
「でも、額が額だったからさ」
その言葉を発した途端、遠くを見ていた希海が向き直った。
「ってことは、私、500万に負けたってことですか?」
「それは…」
「結局、夢花にとって私との関係はその程度だったってことですか?」
俺は、即座に言い返すことが出来なかった。
「そうだ。あの店の服、全部買ってくれたら夢花と行ってあげてもいいですよ?500万はしないでしょ、きっと」
「う…」
「出せないですよね」
「まぁ…」
「彼氏さんにとっての私も、夢花にとっての私も一緒なんですよ」
言いたいことは分かるが、言っていることはメチャクチャだ。恐らく論理的には、どこかに綻びがあるだろう。
だが、悲しみの振り切った表情を見せる希海には何も言えない。
ある日突然、姿を消した親友。返信のない一方通行のメッセージ。
希海には希海の苦悩があったのだ。
「親友ってなんですか?」
「……」
俺には答えられなかった。
「またどこかで会うことあれば教えてくださいね。それじゃ、さよなら」
考えろ、絶対に思考を止めるな!
映画の中で、窮地に陥った主人公が自分に言い聞かせていた台詞がただひたすらに、頭の中で再生されていたのだった。
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