上 下
2 / 43
1

真面目で金は返せない

しおりを挟む
駅中にある珈琲のチェーン店の隅。俺は、単刀直入に切り出した。

「いくらいるの?今日のバイト代」
「あ、それは…やっぱり大丈夫です」

彼女は、遠くにいる客を少し気にしながら畏まった。

「大丈夫って、家賃は?」
「明日以降でなんとかします…」
「なんとかって、また無茶する気?」
「その、やっぱりこれ以上お金を借りる訳には…」

それ以降、彼女の口は塞がってしまった。注文した飲み物に、一切手を付けないまま時間は過ぎていく。俺は、彼女の言葉を頭の中で復唱していた。

これ以上、借りる訳には…?

「もしかして、借金結構ある感じ?」
「え!?あ、いえ…」
「どこからどれだけの額を金利いくらで借りてるか把握してる?」

俺は葛藤した。

彼女のこれまでの言動をみる限り、今ここで踏み込めば、きっと内側に入れるだろう()。

でも、入った先に引き返せない地獄が待っていたら……

すると彼女は、あやふやな説明を始めた。はっきり言って、俺は彼女よりも金利の仕組みを知っていた。どこで間違えを起こしているかも、納得した。

彼女は、額こそ致命的でないものの、多重債務者であり、利子の支払いだけで、一杯いっぱいだということが分かった。

それを安っいバイト代で、倒れるまで掛け持ちして、真面目に返そうとしているのだ。

「契約書みたいなのは取ってある?」
「はい…一応取ってあります」

気が付けば、彼女への一歩を踏み出していた。灰色の醜炎が心の内に噴き上がる。不思議なことに、チャンスとしか思えなかった。

「明後日の土曜日だけど、それ見せてもらえない?」
「これは…!?」

俺は机の上に諭吉を出して、彼女のほうへ滑らせる。

「とりあえず家賃、払うんでしょ?」
「いえこんなに頂くわけには…」

彼女の体は正直だ。前のめりになりながら、必死に腕を抑えている。

「代わりにといったら何だけど、書類とか、部屋とか見たくてさ」
「……」
「ほら、家賃とかぼったくられてないか、気になったから」

下心の隠れた純粋な興味。警戒されているかと思うと、ついつい早口で捲し立ててしまう。

「嫌なら嫌でいいんだ。それなら俺はもう関わらない様に…」
「いいですか?」
「え?」
「私なんかの相談に乗ってもらってもいいんでしょうか?」

******

アパートの二階にある一室。

板張りのドアを開けると、もわっとした熱風が頬を掠める。想像していた女子の部屋とは違い、こじんまりとしていた。

聞いていた家賃との相違は特になかった。にしても、浪費している人間の部屋でもなさそうだが。まさか、ネトゲ廃人という訳ではないよな?

彼女は律儀な事に、あらかじめ机の上に書類を置いていた。数万から数十万の金額が記載された借用書。

ん?これは奨学金?

俺は驚いた。てっきりフリーターだと思っていた彼女は現役大学生だったのだ。どうやら借金の返済に、奨学金を充てているらしい。

そもそも大学生が、奨学金返済にバイトを詰めて勉強しないのは本末転倒である。ウチのような中小企業ではなく、優良企業に入ってから返すために、勉強すべきなのでは?

「あの…こんなのしかなくて、ごめんなさい」

彼女は気を使ってかペットボトルのお茶を持ってきてくれた。ただし、常温でぬるい。

「それよりエアコンってつけないの?寒がりだったりする?」
「あ、あの、故障してて…」

えぇ…

セミの合唱が、次第に五月蠅くなってきた。午前中から室温は軽く30℃を超えているだろう。俺は人生で初めて入った女子の部屋から、逃げ出したくなっていた。

「水風呂に入ったりして、なんとか過ごしてます」

ひょっとしてこの子、暑さに頭をやられてないか。それならそれでも捗るだろう…といった悪魔の囁きは、滴り始めた汗に流されていく。

「大家さんの連絡先は?修理してもらったほうが良いよ」

******

それから大家に電話を掛けたのだが、反応はよろしくなかった。むしろ、滞納している家賃を催促されてしまった。なぜか代わりに怒られる羽目になった俺は、通話を切った。

「よし分かった、引っ越ししよう!」
「……」
「あの大家はダメだ。話が全く通じない!」
「でも、どこに?」
「どこって」

俺は言葉に詰まる。確かにこの状況でどこにあてがあるというのか。それでも沸騰していた脳は、理性を投げ捨てたまま、新たなる秘策を口に出していた。

「お、俺が住んでるアパート…とか?」
「…あの」
「ダメ?」
「ちょっと考えさせて頂けませんか?」

彼女のほうが冷静に言葉を紡ぐ。

「その、私、あなたの名前も知りませんし…」
「……」
「確かによく帰りに見かける方だというのは分かるのですが…」

それ以上、聞こえなかった。全身から噴き出す汗に、思考を奪われた気がした。完全敗北。俺は当たり前の事実と暑さに打ちのめされた。

「そ、そうだね。じゃ、俺帰るよ」

そういって、財布を取り出し中身を見つめる。千円札しか入っていなかった。

「あの、大丈夫です!一昨日あれだけ頂いたのに」
「今日もバイト休んだんでしょ?」
「本当に助かったので…」

手切れ金さえ満足に払えない。格好悪い別れ方であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不出来な妹など必要ないと私を切り捨てたあなたが、今更助けを求めるなんて都合が良い話だとは思いませんか?

木山楽斗
恋愛
妾の子であるエリーゼは、伯爵家に置いて苦しい生活を送っていた。 伯爵夫人や腹違いの兄からのひどい扱いに、彼女の精神は摩耗していたのである。 支えである母を早くに亡くしたエリーゼにとって、伯爵家での暮らしは苦痛であった。 しかし出て行くこともできなかった。彼女の母に固執していた父である伯爵が、エリーゼを縛り付けていたのだ。 そんな父も亡くなって、兄が伯爵家の実権を握った時、彼はエリーゼを追い出した。 腹違いの妹を忌み嫌う彼は、エリーゼを家から排除したのだ。 だが、彼の憎しみというものはそれで収まらなかった。 家から離れたエリーゼは、伯爵家の手の者に追われることになったのである。 しかし彼女は、色々な人の助けを借りながらそれを跳ね除けた。 そうしている間に、伯爵家には暗雲が立ち込めていた。エリーゼを狙ったことも含めて悪事が露呈して伯爵家は非難を受けることになったのである。 そんな時に、兄はエリーゼに助けを求めてきた。 だが当然、彼女はそんな兄を突き放した。元々伯爵家の地位などにも興味がなく、ひどい目に合わされてきた彼女にとって、兄からの懇願など聞くに値しないものであったのだ。

愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう
恋愛
フルリス王国の公爵令嬢ロメリアは、幼馴染であり婚約者でもある騎士ガブリエルのことを深く愛していた。けれど、生来の我儘な性分もあって、真面目な彼とは喧嘩して、嫌われてしまうばかり。 「……今日から、王女殿下の騎士となる。しばらくは顔をあわせることもない」 彼から、そう告げられた途端、ロメリアは自らの前世を思い出す。 (なんてことなの……この世界は、前世で読んでいたお姫様と騎士の恋物語) そして自分は、そんな2人の恋路を邪魔する悪役令嬢、ロメリア。 (……彼を愛しては駄目だったのに……もう、どうしようもないじゃないの) 悲嘆にくれ、屋敷に閉じこもるようになってしまったロメリア。そんなロメリアの元に、いつもは冷ややかな視線を向けるガブリエルが珍しく訪ねてきて──……!?

騎士の浮気は当たり前〜10年間浮気してた相手と別れた翌日妻に捨てられた俺の話〜

おてんば松尾
恋愛
騎士であるグレンは妻を愛している。子供達も立派に育ち家族円満だと思っていた。 俺の浮気を妻は10年前から知っていた。 バレても本気じゃない遊びだ。 謝れば許してもらえると単純に思っていた。 まさか、全てを失うことになるとは……

偽りの婚約のつもりが愛されていました

ユユ
恋愛
可憐な妹に何度も婚約者を奪われて生きてきた。 だけど私は子爵家の跡継ぎ。 騒ぎ立てることはしなかった。 子爵家の仕事を手伝い、婚約者を持つ令嬢として 慎ましく振る舞ってきた。 五人目の婚約者と妹は体を重ねた。 妹は身籠った。 父は跡継ぎと婚約相手を妹に変えて 私を今更嫁に出すと言った。 全てを奪われた私はもう我慢を止めた。 * 作り話です。 * 短めの話にするつもりです * 暇つぶしにどうぞ

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

スイーツを作りたい悪役令嬢は天才魔道騎士から逃げ出したい〜巻戻りは婚約破棄で始まった!!

来海ありさ
恋愛
「どうして別れてくれないのよっ!」 代々令嬢へのマナー教育をする”春の家系”の公爵令嬢リーチェリア。王子に婚約破棄されたことをキッカケに、自分が乙女ゲーム『花魔法と騎士の国』の悪役令嬢だったと気づいた。 しかも転生は2回目!!! 1度目はゲームと気づかず、シナリオ通りに背中から刺され殺された。死ぬ間際に見た顔は、”冬の家系”の天才魔道騎士 シエル。 《私を殺した犯人はシエルなの? 》 幼馴染で同い年のシエルとは、犬猿の仲。 よりにもよって、気を失っている間に、またもやシエルと結婚させられていた••••!! 未だに誰が犯人か分からないっ•••!!! もうシエルとは関わりたくないのに、どうしても別れてくれない••••!! 前々世、日本でパティシエ見習いだった私は、平穏にスイーツを作りたいだけなのに••••。 しかも、ゲームにはなかった大型スクリーンが街に現れ、なぜか異世界と呼ばれる私の前々世、日本のニュース流し始めた•••。 『誰が、日本の映像を、この異世界に流してるの?』 さらにそこに絡んできた、自分を『悪魔』と名乗る謎のイケメン。この『悪魔』は何か事情をしっているようで。 私の悩みを知るのは、スイーツに釣られて寄ってきたルアナだけ•••。 別れたいのに、別れられないッ!! (※すでに完結済み。更新は順次) ツンデレ天才魔道騎士 × 残念令嬢の契約結婚ドタバタラブコメ⭐︎ 溺愛痛快ざまあ×ファンタジー

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

処理中です...