とろけてなくなる

瀬楽英津子

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1、少年はいきなり囚われる

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「俺の借金、減ってるの?」

「余計なこと言ってねぇでちゃんと咥えやがれ」

「んぐぅッ!」

 猛りきった男根を喉の奥に突っ込まれ、櫻井雅さくらいみやびが青あざの残る顔を苦痛に歪ませる。
 逃げられないよう頭を両側からがっしりと掴まれ、顔を股の間に押さえ付けられて口の中に無理やりねじ込まれた。
 むせ返らずに済んだのは不幸中の幸いだ。
 弾みで歯でも立てようなら、たちまち拳が飛んでくる。
 絶世の美男子というわけでは無かったが、そこそこ美形で通った顔をこれ以上青あざで汚したくは無かった。もちろん痛いのも御免だ。

「聞いてんのか、こら」

「ひぃ、へる……んふっ、ふっ……」

 答えたところを、「咥えたまんま喋んな!」とどやし付けられ、更に奥へ突っ込まれた。
 答えなければ答えないで、「シカトすんな」とどやし付けられ、頷いて歯でも立てようなら、それこそ、どやし付けられるだけでは済まない。
 どっちにしても叱られる。自分で聞いたくせに、勝手な奴。
 特に今夜は、週に一度の“当番”が終わった開放感からか気が急いているようだ。
 証拠に、舌に染みる塩っぱい味がいつもより早いペースで濃くなっている。
 偉そうなことを言ったところで、所詮、男。舌の先を丸めて感じる裏筋をたっぷり舐めてやれば、もう充分に硬く勃起した男根が口の中で更にググッと反り返る。
 舌の上でビクビク跳ねる男根を、唇をすぼめて強く吸い上げた。
 そろそろか。
 思っていると、頭を押さえていた男の手に力がこもり、自分の腹にみやびの顔面をぶつけるように腰を振りはじめた。

「そうだ……もっと舌を絡めてしっかり奥まで飲み込め……」

「んごっ……んフッ……」

「唇を締めて……頬の肉をもっとこう……」

「んふン……んんッ……」

 先っぽから溢れる先走りをむせないように奥へと流し込み、グッ、グッ、グッ、と上顎を叩きながら突き入る男根を同じリズムで飲み込んで行く。
 突いては戻し、突いては戻す。執拗に繰り返される口淫に、開きっぱなしになった口から飲み込みきれなかった唾液と先走りが伝い流れ、四つん這いになった手元に小さな液溜まりを作る。

「まーた、お前はダラダラ垂らしてだらしない。ちゃんと口を閉めて吸い付けよ! ーーーったく、お前は上の口もまともに使えねぇのか……」 

 悪態を吐かれるのはいつものことだ。セックスには性格が出ると言うが、この男、逢坂英二おうさかえいじの場合、性格よりも見た目に現れている。
 ガサツで野蛮でダサイ。
 髪は、ポマードでがっちり固めたオールバック。いつも何かを睨み付けている目、普通にしていてもくっきり縦ジワの寄った眉間、への字に曲がった薄い唇、剃りの甘い顎ひげ。ファッションセンスも恐ろしくダサく、今時誰も履かないカツカツと煩い先の尖った靴と、同じく誰も着ないその道候の極道ファッション。
 普通にしていればなかなかの色男なのに、見た目のインパクトが本来の顔立ちを台無しにしてしまっている。
 その、見た目通りの、乱暴でズボラなセックス。こんな調子でモテるわけが無い。いや。モテないからセックスが下手なのか。
 思っていると、
 
「よそごと考えてんじゃねぇよ!」
 
 両側から髪を掴まれ危うく歯を立てそうになった。

「自分の立場が解って無ぇみてーだな」

 不機嫌に拍車が掛かるのは絶頂が近い兆しだ。
 気持ち良いなら気持ち良いと素直に言えばいいものを、普段、自分が、『ションベン臭いガキ』と毛嫌いしている雅にイカされるのが悔しくて仕方ないらしく、逢坂おうさかはひたすら罵声を浴びせ続ける。
 最初は萎縮したがもう慣れた。
 痛いのに比べたら罵声なんてどおってことない。

「この出来損ないのアバズレ野郎がッ!」

「ンぐっ、ンンッ」

 アバズレ。スベタ。便所野郎。
 便所野郎は解るが、アバズレ? スベタ、って何だっけ。
 十八歳の雅には理解不能な単語のオンパレードを聞きながら頬を窪ませて男根を挟むと、口一杯にねじ込まれた男根が、一瞬突くのを躊躇うようにぎこちなくリズムを崩す。
 射精が近い。
 
「くっ……出るッ。出るから、飲めよッ! 全部飲めよッ!」

「んんんんッ!」

「あああっ、イクッ、出る!」
 
 雄叫びとともに、鼻の先がお腹につくほど顔を引き寄せられ、身動出来なくなったところへ深々と押し込まれた男根の先端から精液が噴き出した。

「ゴフッ、んッ、んんッ」

 腰をブルッと振って最後の一滴まで精液を搾り出すと、雅がそれを飲み干すのを確認し、逢坂は、ようやく雅の口から男根をズルリと引き出した。
 口を拭う仕草は許されない。
 仕方なく、周りに付いたものは諦め、口の中にへばりついた精液だけを舌を回して舐め取った。

「なんだその不服そうな顔は」

 臭いんだもん、とは絶対に言えない。前に一度ポロッと漏らしたら、顔射した精液を、「パックだ」と顔一面に塗りつけられて放置された。
 幼稚な仕返し。やることが小学生並み。しかし、結果的に雅を黙らせているわけだから、逢坂の作戦は大成功と言える。
 シンプルだけにダメージもストレート。逢坂は雅が嫌がることを本当によく知っている。雅が何を考えているのかも。
 
「上手に飲まないテメェが悪いんだろう」

「あんたがいっぱい出すから……」

 これは言っても良い台詞だ。「大きい」だの「いっぱい」だの、「凄い」だのいう言葉に弱い。力のある言葉が好きらしい。単純すぎて笑える。
 逢坂は、雅の答えを聞いてまんざらでもなさそうにフフンと笑うと、自分はベッドに座ったまま、床の上に四つん這いになった雅の男にしては滑らかな白い頬を包み込むように撫でた。

「次はお前の番だ」

 言うなり、雅の脇の下に腕を差し入れ、鷲掴みにしてベッドの上へ引きずり上げる。
 175センチと平均的な身長ながら、骨格が小さく肉付きの薄い華奢な雅が、自分より頭ひとつ大きい筋肉隆々の逢坂に力で敵う筈もない。
 そもそも、帰宅するなり開口一番、『全部脱げ』と言われた時から、雅は、男がいつもより興奮していることに気付いていた。
 変えられないことに抗うほど無駄なことはない。
 雅は、無抵抗なままあっという間にベッドの上に仰向けに押さえ付けられた。

「舐めてやるから脚を開け」

「え……」

「勘違いするな。どこをどうすれば相手を気持ち良くさせられるか、実践して教えてやるんだよ」

「ちょっと……あっ!」

 逢坂の手が膝を開きペニスを掴む。
 まだ芯を持たない雅のペニスは男の手の中に頼りなく収まっている。
 こういう時に勃起していないと、『シラける』としこたま殴られそうなイメージだが、逢坂は、雅の、勃起していないフニャフニャのペニスが自分の口の中で硬く大きくなって行くのが好きらしく、勃起していなくても怒りはしなかった。
 逢坂は、雅の、綺麗に皮の剥けたピンクがかった肉色のペニスをすっぽりと口に含むと、飴玉を舐めるように舐め転がし、舌を絡ませて吸い上げた。

「あぁっ、ちょ、やぁッ……」
 
 ズズッと卑猥な音を立てて吸い上げ、唇の内側で締め付けながら上下に動かす。
 快感に背筋がぶるっと震える。
 無意識に脚を閉じると、太ももの内側から強引に開かれ、先っぽから根元にかけて一気に奥までしゃぶられた。

「んあぁっ!」

 裏筋とカリ首が弱いことは既にバレている。逢坂が狙わない筈は無い。
 逢坂は、舌を器用にうねらせながらペニスを飲み込み、時々口から出して弱い部分を舌の先でチロチロと舐めた。

「やだやだ! も……やめ……しつこいッ!」

「お前が下手クソだから教えてやってんだよ。音も出せねぇ、喉締めもできねぇ、そんなんで金が稼げるか」

 稼ぐも何も、ここへ連れて来られてからというもの、雅は、仕事どころか外へも連れ出しては貰えない。
 『身体で返せ』と言われた時は、どこかの助平ジジイに売り飛ばされるかゲイ風俗で働かされるものだとばかり思っていたが、実際は、逢坂のマンションで逢坂に弄ばれるだけ。助平ジジイの相手も客も取らされたりはしない。
 ならば逢坂が“助平ジジイ”なのかと思ったりもしたが、今の暮らしぶりから想像するに、男妾を囲うような余裕があるとはとても思えず、その可能性は即座に却下された。
 借金の総額はニ百万。
 逢坂は、雅が一人前になったら客を取らせて返済に当てると言っていたが、その間も当然利子はつく。
 確か十日で一割。ニ百万の一割でニ十万。
 契約書に無理やりサインさせられてから何日経ったか正確な日数は解らないが、毎週楽しみにしている深夜アニメを三回は見たので、三週間以上は確実に経過している。
 仮に一か月経っているとして、六十万。
 身体を売って済むならさっさと売って返済してしまいたいところだが、雅の気持ちとはうらはらに、逢坂はなかなかGOサインを出さない。
 “仕込み”と呼ばれる性技講習中も給金は支払われているらしいが、明細を見せられたわけではないので、雅には、借金が幾らになっているのか、はっきりとした金額も解らなかった。
 相場は幾らなのだろう。
 二万か、三万か。逢坂みたいに一日に何回もヤる場合は幾ら貰えるのだろう。
 頭の中で電卓を弾くものの、逢坂にペニスをしゃぶられているせいで頭が働かない。

「いいか、しゃくる時はな、音も大事なんだ。唾液を舌の裏側にいっぱい溜めて、チンコにまんべんなく擦り付けて、表面についた唾液を啜るみたいに吸うんだ……」

 こんなことをしてる場合ではないのに、逢坂の舌使いに、頭の中で組み立てた数式がバラバラにほどけていく。

「ヤラシイ気分になってきただろう? ずっとやってると飽きられっから、たまにこうしてズルズル吸ってやれ」

 終わりかと思いきや、今度は、ペニスを唇が根元に付いてしまいそうなほど深く飲み込み、亀頭を喉の筋肉でグッと締めた。

「んはぁァァッ!」

 締めては戻す、を繰り返され、そのまま頬を限界まで窄めて激しく口内で扱き上げられると、たちまち射精感が込み上げ、雅は、逢坂の喉の奥に射精した。
 殴られる。
 無理やり飲ませたのだから殴られて当然だ。
 覚悟して身構えると、逢坂は雅の放った精液を飲み干し、雅の脚の間からひょっこり顔を上げた。

「てめぇ! イクときゃ、『イクッ』って言えっていつも言ってんだろ! こっちは、お前がどうやってイクか想像しながらしゃぶってんだッ! 自分勝手にイッてんじゃねぇッ!」

 怒りの矛先はそっちか。
 精液を飲まされたことには何も触れない。雅には逢坂の怒りの基準が解らない。
 逢坂は、雅を、「バカ」だの「クソ」だの一通りの暴言を吐いて罵り、気が済むと、今度は一転、「まぁ、いい」と何故か得意気にフフンと笑った。

「喉締めだ」

「は?」

「今の。喉の奥まで加えこんで締めるやつ。気持ちよかったろ? まぁ、お前にゃ無理だろうから覚えんでいいけど」

「え……」

「だから、お前にゃ無理だから覚えんでいい、と言ったんだ」

 なら、どうしてわざわざやってみせたのか。
 呆然としていると、逢坂は、「なんだ、覚えたかったのか」と再び表情を一変させ、「下手クソが生意気言ってんじゃねぇ!」と、雅を蔑むように睨み付けた。

「とにかく、勝手にイクことは今後一切許さねぇ! 解ったな!」

 今度は、脚をM字に開いて膝を抱えるよう命令する。雅がしぶしぶ従うと、逢坂は、雅の、ムダ毛のない綺麗なお尻の割れ目にローションを垂らし、指先ですくって後孔に擦り付けた。

「ンフッ……」

 逢坂の指が肉壁を割り裂くように回転しながら奥へと進んで行く。太い指だ。関節が太くてゴツゴツしている。教えられた通り力を抜いて身を任せると、ゆっくりと押し入った指が突然グィッと曲がってお腹側の壁を引っ掻いた。

「ひッ!」

 突然の衝撃に、雅の口から声にならない悲鳴が漏れる。
 腰をくねらせても逃げることは敵わない。逢坂は雅の反撃などものともせず、ねじ込んだ指を二本に増やし、人差し指と中指で感じる膨らみを爪弾くように交互に刺激する。全身が総毛立つような快感に、雅は枕に頭を擦り付けながら背中を仰け反らせてシーツを掴んだ。

「声、我慢すんな……」

「やっ……だぁッ……」

「喘ぎ声も重要だっつっただろ? ここはお前を女にするスイッチだ。女になったと思えば喘ぎ声のひとつやふたつ恥ずかしくはないだろう?」

 どういう理論だ。
 思ったが、言い返す余裕は無い。感じる部分を執拗に擦り上げられ、雅は、背中を何度も跳ね上げながら突き上げるような声を上げた。

「ああああっ……はあぁ……はああぁっ……」

「いい子だ。女より女っぽいぜ……まだ若いから、女の子だな……」

「やあっ……そんなしたら……ビクビクなる……」

「ビクビクなっちまうのか。ホント、女の子みてぇだなぁ」

「いやだぁッ……ァッ……」

「俺もそろそろ限界だ。突っ込んでやるから、イクときはちゃんと『イクッ!』って言えよ」

 後孔から指が抜き取られ、代わりに硬く大きなモノが入り口に突き付けられる。
 いつの間にこんなに大きくしていたのだろう。困惑する雅を愉しむように、逢坂は、限界まで反り勃った男根を小さな穴にグリグリと擦り付けると、まず先っぽだけを挿入し、それから雅の両脚を担ぎ上げながらゆっくりと奥まで突き入れた。

「いったあぁぁっ、あっ……」

 押し込まれた部分が焼けるように熱い。

「まだ痛いのか?」

 コクコクと頷く雅を見下ろし、逢坂が、根元まで入れかけた男根を寸前のところで止める。 
 無理やり入れられる痛みと圧迫感。
 これが、ある瞬間を境に、むず痒いゾクゾク感に変わり、やがて身悶えるような快感に変わる。
 逢坂のモノを受け入れてまだ日が浅いとはいうものの、こうして一日に何度も貫かれているせいで、雅の快楽の蕾は否が応でも開かされてしまった。
 とはいえ、男に犯されるという潜在的な恐怖は簡単には拭えず、挿入時に無意識に身体が強張るのは克服出来なかった。
 逢坂は、『後ろの良さを知れば嫌でも自分からケツを擦り寄せてくる』と豪語していたが、雅は、気持ち良さこそ感じられるようになったもののまだそこまでの境地には至っていない。
 後は、ごくごく単純なサイズ感の問題で、自分の後孔の奥行きがどうなっているのか雅には確かめようもなかったが、自分より二回りほども大きく見える逢坂のモノがあんな小さな穴からすんなり入るとは到底思えず、その様子を想像するだけで痛みが走った。

「奥までは嫌だ……お腹……破れる……」

「破れるか、ボケ」

「嫌だよ……おねがいだから……頼むから……そっとして……」

 逢坂は、「わがままな野郎だな」と吐き捨てると、

「だいたいお前はケツがちっせぇんだよ! もっと飯食ってデカくしろ!」

 雅の足を担ぎ上げた腕を片方外して雅のお尻を横からパンッと叩き、もうあと少しで根元まで入る男根をゆっくりと引き戻し、そこから、さっきよりも浅い位置まで突き入れた。

「あっ、ああ……もっ……と、ゆっくり……」

「つべこべうるせぇ奴だなぁ」

「ああっ、いやあぁぁッ、やッ、あッ……」

「力を抜け……」

「んあぁっっ!」

 挿入を控えたところで、逢坂の標準よりも大きなモノは感じる部分への当たり方も強く、雅は、どんなに腰をくねらせても男根の攻めから逃れることは出来ない。
 むしろ、浅い位置を突くことでどんどんスピードが上がって行く。
 硬くて太い男根に弱い部分を小突き回され、雅は、お腹の奥に広がる痛みと甘い疼きの入り混じった熱い痺れに肩を竦めながら逢坂の腕にしがみついた。

「いやッ……やだってぇッ……やッ……」

「じきに良くなる。ベソをかくな……」

「いッ……やぁッ……だぁあっ……もっ……と優しくしてよぉッ……」
 
 擦られた部分がジンジンと熱く、頭の奥がビリビリ痺れる。 
 泣いているのは痛みのせいばかりではない。
 逢坂の強引さがムカつく。
 ダサくてセックスが下手なくせに、我が物顔でのしかかってくる図々しさがムカつく。
 こうしている間にも借金はどんどん膨れ上がっていくというのに、いつまでも呑気にセックスしているこの男がムカつく。
 けれど、一番ムカつくのは、逢坂にいいように弄ばれて感じている自分自身だ。

「ほら、ここ、いいだろ? よかったら、ちゃんと声に出して言ってみな……」

「あぁッ、いいッ……あッ……」
 
「ここか? ここがいいのか? ちゃんと答えろよ」

「あ……やぁ……あぁんッ!」

 突かれる時のギュンとくる快感と、抜かれる時の背筋がゾゾっとするような快感。抜き差しされるたび、二つの快感が交互に押し寄せ、雅の身体を内側から燃え上がらせる。
 ムカつくのに、女のような声を上げてしまう自分が情けない。
 見られたくない。
 逢坂の視線から逃げたい一心で慌てて腕で顔を隠す。
 しかし雅の細やかな抵抗は、逢坂に腕を取られ、頭の上に強引に押さえ付けられてすぐに破られた。

「隠すなっつっんでだろ!」

 ならば、喘ぎ声だけでも防ごうと下唇を噛み締めると、今度は、強引に唇を吸われ口を開かされる。

「んんんっ、嫌だぁ……ん……んふぅ……」

 腰の振り方も乱暴なら、キスも乱暴そのもの。舌の先を尖らせて雅の唇を無理やり開き、何の躊躇もなく前歯をこじあけて押し入ってくる。
 逢坂の舌で口の中をめちゃくちゃに掻き回され、雅の舌は洗濯物のように揉みくちゃに潰され、回された。

「ちゃんとこっち見て、俺に感じてる顔を見せろ……」

「やッ……あんんッ……ぅあッ……」

「ここがいいんだろ? 黙ってないでちゃんと言え」

「あああ! んあああッ!」

 弱い部分を手加減なしで突かれ、堪えていた筈の喘ぎ声が絶叫となって迸る。
 同時に、逢坂が更に突き上げるスピードを上げ、気を失いそうな快楽に雅は激しく背中をうねらせた。

「ほら、当たってるだろ? どうだ、イキそうか!」

「あああっ! あはぁッ!」

「イクときゃイクッてちゃんと言えよ! 聞いてんのか、おいッ! 目を開けてこっちを見ろ!」

 頭の中で何かが弾け、「あああああッ!」と、これが自分の声なのかと疑いたくなるような声が腹の底から迸った矢先だった。
 突然、熱い波がペニスを駆け上がり、雅は絶叫とともに精液をぶちまけた。

「ああっ! てめぇ! あれほど、言えっつったのにッ!」

 視界が真っ白に染まり、一瞬、全ての感覚が無くなる。
 朦朧とした頭の中を、いつもの男の罵声が繰り返し流れた。
 
 
 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
 

 人生が変わる境い目があるとしたら、櫻井雅さくらいみやびの場合は、不良仲間と夜通し遊んだ帰り道、灰水色の朝もやの中での出来事だった。
 偶然目にした黒の高級ワゴン車。
 酒さえ飲まなければ、或いはそのつい一週間前、奇しくも同じ車をショーウィンドウ越しに眺めていた雅が、カーショップの販売員に不審者扱いされて追い払われていなければ、ひょっとしたら雅の日常は以前と変わらず続いていたのかも知れない。
 しかし、雅は、偶然目にした車にカーショップでの記憶を揺り起こされ、思わずズボンのポケットに入っていた部屋の鍵の先端をボディに突き付けていた。
 そのまま力を込めて真横に歩く。ギギギィィッと音を立てながらピカピカのボディーに横一文字の傷が付いていく様子を見ていると、自分のことを汚いモノでも見るような目で見た販売員の横っ面を切り裂いてやったような、恨みを晴らしてやったような気がして胸がスッとした。
 しかし、気分が良かったのもそこまでだった。

『てめぇ何してやがる』

 突然背後から呼び止められ、雅はその場に凍りついた。
 ドスの効いた声。厳つい顔。どう見ても堅気ではない。
 突然現れた男に、雅は、車を傷付けた現行犯で捕まり車のすぐ後ろの灰色のビルの中へと連れられた。
 一見、なんの変哲もない古ぼけたビルのようだったが、入り口に何台も取付けられた防犯カメラとやたら重厚なドアがそれらしい雰囲気を醸し出している。
 雅はそこで男たちにしこたま殴られ、レイプされた後、ボロボロになったところを、遅れてやって来た『カシラ』と呼ばれるナイスミドルに尋問され、その足で母親と暮らすアパートへ連れられた。
 ナイスミドルは、寝込みを踏み込まれてネグリジェ姿で半狂乱になる母親を畳の上に引き摺り出すと、『丸山だ』と意味深な笑み浮かべて名を名乗り、母親の鼻先に二枚の紙を突き付けた。
 一枚は、雅が傷付けた車の修理代金二百万の貸付書。もう一枚は、N企画、と書かれた薄っぺらい契約書だった。

『今すぐ払うか。ここにサインするかどちらか選べ』

 万年飲んだくれてただでさえ頭の働きの悪い母親は、寝込みを襲われたショックと丸山への恐怖心で、ろくに内容も読まないままあっさりとサインした。

『今からお前の息子はうちの管理下に置かれる』

 男をとっかえひっかえ家に連れ込み、家事は愚か母親らしいことなど何一つしてくれたことのないだらしない女に今更何かを期待していたわけでは無かったが、丸山の言葉に、『煮るなり焼くなり好きにして下さい』と答えたことはさすがの雅も深く傷付いた。
 どうせ俺はゴミ以下だ。
 幼い頃から、『あんたさえいなければ』と言われ続けた呪いの言葉が、邪険にされた場面と一緒に雅の記憶の奥底から駆け上がる。ドス黒い思いが視界を曇らせ、焼けつくような胸の痛みと叫び出したいほどの絶望に、雅は、周りの目も憚らず大声を上げて泣いた。

 その後、雅は再び車に乗せられ、丸山に同行していた男たちの中でも一際目立つ、逢坂おうさかという男のマンションへ連れられた。
 目立っていた理由は、他でもない、男の身体のデカさとセンスの悪さだ。
 殴られた挙句レイプされ、周りを見る余裕など無かったが、入り口で腕組みしながら、雅がレイプされる様子をじっと見ていた逢坂の、任侠映画を地で行くような出立ちと厳つい顔だけは何故か雅の記憶にハッキリと残っていた。つまりそれほどインパクトが強かった。
 
 逢坂は、雅をマンションへ連れ帰ると、まずは雅をゆっくりと風呂に浸からせた。
 腫れ上がった顔と痣だらけの身体を風呂場の鏡に写して見ると、恐怖と緊張で麻痺していた痛みが呼び覚まされ、雅の眉間に険しいシワを作った。
 痛みも酷ければ、見た目も酷い。
 この顔を見ても、母さんは何とも思わなかったのだろうか。
 おさまった筈の喉の震えがぶり返し、雅は慌てて顔を洗った。

 風呂から上がると、脱衣場に逢坂が用意した派手なプリントTシャツとハーフパンツが置かれていて、雅は、それに着替えて言われるままにソファーに腰掛けた。
 しゃっくりがなかなか止まらない。
 視線を感じて顔を上げると、逢坂の、苦虫を噛み潰したような顔と目が合った。

『親になりきれない大人もいる。あんま落ち込むな』

 慰めているつもりなのだろう。唐突に呟くと、逢坂は、ピンセットで挟んだ脱脂綿に消毒液を浸し、大きな背中を丸めながら、雅の唇の横の傷に押し当てた。
 見かけによらず優しい男なのかも知れない。思ったのも束の間、傷口に当てた脱脂綿にグッと力を込め、抉るようにゴシゴシと擦りはじめる。
 あまりの痛さに、雅が『痛てッ!』と、叫んで顔を背けると、『じっとしていろ』と、手のひらで頭を真上から掴んで戻された。

『バイ菌が入ったらどうすんだッ!』

 手当てどころか、かえって傷口を広げている。正直、殴られた時より何倍も痛い。
 しかし、逢坂の手は止まることなく、手当てが終わる頃には、雅は汗だくになっていた。
 一方逢坂は、ひと仕事やり終えたような満足げな顔で雅に向き直り、自分は逢坂英二おうさかえいじという名で、歳は二十八、指定暴力団石破組の構成員であること、雅が、逢坂の所属する石破組が経営するモデルクラブに所属し、借金全額返済まで、ヌードモデルにAV出演、コールポーイと、フルコースで働く契約を交わしたことを説明した。

『今日から俺がここでお前に男を受け入れる性技を手取り足取り教えてやるから安心しろ』

 乱暴な手当ての後だけに、雅は、一抹の不安を拭いきれなかった。
 不安は的中。その日以来、雅は逢坂の乱暴なセックスの餌食になった。
 百九十センチ近くありそうな長身に、厚い胸板、割れた腹筋。手の平も大きく指も太い。アソコも、前に見た洋物のAV男優並みにデカい。
 標準身長ながら、骨格が細く肉付きの薄い雅が受け止めるには大きすぎる肉体に加え、やることなすことガサツで乱暴。口も悪く、会話の中に『バカ』『クソ』『カス』が入らない時が殆ど無い。口ごたえすれば罵声と拳が同時に飛んでくる。
 唯一の救いは、顔に似合わず、という以前に、逢坂が、ヤクザには似つかわしくないほど涙に弱く、雅の泣き顔にさえ怯む、ということぐらいだろうか。
 情に脆い、というより、赤ん坊に手を焼く新米パパの心境だろう。反抗や泣き言には一切聞く耳持たないくせに、雅が涙目になると、逢坂は、ぶつくさと文句を言いながらも結局は手を緩める。
 ひと睨みで相手を縮み上がらせてしまうような強面の大男が、たかが素人のガキの涙ひとつに別人のように狼狽え、おずおずと手を引っ込める姿は何とも滑稽だ。
 とはいえ、元の力が力だけに、少しくらい手を緩めたところで雅の身体に負担がかかることには変わりない。
 一回り以上も体格差のある逢坂にこれでもかと組み敷かれ、雅は細い身体を軋ませながら何度も泣き喚く羽目になった。
 逢坂は、その度に、『大袈裟』だの、『堪え性が無い』だの、『軟弱』だのと雅を罵ったが、結局は、雅の涙に負けて行為を中断させた。
 逢坂の部屋へ連れて来られてからこのかた、雅は、逢坂とのセックスを中断せずに終えたことはただの一度も無かった。
 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
 だいたい三回か。
 行為の後、冷めやらない火照りと重い痺れのような痛みの中で、雅は、胸の辺りにまで飛び散った自分のだか逢坂のだか解らない精液をウエットテッシュで拭いながら、逢坂との行為をぼんやりと思い出していた。
 今日も、覚えているだけで三回は中断させてしまった。
 自分が、肩を拳骨で叩いて止めたのが三回。逢坂が自分で判断して手を緩めたのも含めるともっとあるかも知れない。
 逢坂の、怒ったような困ったような顔を思い出す。
 嘘泣きもあったが、逢坂は気付いていない。正直、かなり抜けている。
 極道なのに、極悪非道な部分をあまり感じさせない。逢坂には、むしろ、人に対して非情になりきれない、人の良さのようなものを感じる。
 だからだろう。雅は、いつ間にか逢坂をあまり怖いとは思わなくなり、必要以上に萎縮することも無くなった。
 しかし、だからといって、逢坂との生活が苦じゃないかと言われれば決してそうではなく、雅は、一晩明けて目を覚ましたら全てが夢だったら良いのに、と、いつも思っていた。
 逢坂とのセックスが苦痛ばかりでは無いことは雅も知っている。
 乱暴なのは嫌いだが、逢坂は無理やり犯すようなことはしない。正直、最初に想像していたよりずっと楽だ。
 逢坂のことも、好きというわけではないが、心底毛嫌いしているわけではない。見かけによらず優しいところもある。セックスも、教育係という役割りなのだと考えれば、横柄な態度も致し方ないと思えなくもない。
 しかし、客観的な部分とは別のところで、セックスに対する恐れのようなものが雅の中にいつも燻っていた。
 それが、雅の感覚を研ぎ澄まし、逢坂の行為を敏感に受け止め、過剰に反応させていた。
 逢坂にとってもストレスなのだろう。
 ベランダから漏れ聞こえる逢坂の声は、いつになく険を帯びていた。

「まだまだ時間が掛かりそうです。……ええ。身体は硬いわ反応は悪いわで……あれじゃとても使いモンになりません……」

 一緒にいる時以外は、足首に長いチェーンを繋がれて行動範囲を制限されているので、ベランダへ出ることは叶わない。
 仕方なく、雅は、温くなったコーラをペットボトルに直接口をつけて飲みながら、普段より半音低い、ため息混じりに愚痴るような逢坂の話し声を聞いていた。

「アソコも狭くてダメですわ。もうちょっと慣らしてからでないと、それこそこっちが食い千切られます。……顔ですか? まぁ、普通ですかねぇ。どっちにしても、まだボコられた時の痣が残ってるんで、まずはそれが消えてからでないと……」
 
 電話の相手は、雅を母親の元へ連れて行った丸山という男で、逢坂にとっては直属の上司にあたる。
 逢坂は、二日に一度、夜の八時きっかりに決まって丸山に連絡を入れ、雅の様子を報告していた。
 丸山への報告ですら、逢坂は、一度足りとも雅を褒めたことは無かった。
 別にそれは構わない。
 実際、逢坂とはまともにセックス出来た試しは無い。
 逢坂曰く、通常は、一ヶ月もあれば充分仕上がるものを、雅は、仕上がるどころか泣き喚いて何度も中断させてしまう。責められこそすれ、褒められる理由が無いことは雅自身が一番良く解っていた。
 もちろん、このままでいいとは思っていない。
 すでに一ヶ月半。
 こうしている間にも利子はどんどん膨らんでいく。逃れられない運命ならば、さっさと受け入れて、一日も早く借金を返済したいと雅は思っていた。
 
「丸山さん、何だって?」

 話を終えて部屋に戻る逢坂を待ち構え、ベランダのサッシを開けたタイミングで問い掛けた。
 まとわりつくような夏の夜風が空調の効いた室内に流れ込む。
 風、というより熱気に近い。連れて来られた時よりもずいぶん夏の匂いが濃くなった。
 逢坂がベッドに近付くのを待ってもう一度問い掛けると、逢坂は、「ああッ?」と、ぶっきら棒に返し、床の上に置いた紙袋から新しい下着とTシャツを取り出し、裸のままベッドの上に座る雅の膝の上に投げてよこした。

「飯の時間だ。さっさと着替えろ」

「そんなことより俺の話は? 丸山さん、なんて言ってたの?」

 聞いたところを、「気安く呼ぶな」とどやし付けられる。

「お前が気軽に名前を呼べる人じゃねぇんだよ!」

 だったらどう呼べば良いんだ。咄嗟に、『ナイスミドル』と言うと、今度は、頭にポカンと拳骨げんこつを喰らった。

「何が、ナイスミドルだ! テメェは老け専か!」

「だって……」

「だってじゃねぇ! さっさと着替えやがれ!」

 これ以上口応えすると夕飯を抜きにされる。雅は、白い無地のTシャツを頭から被り、逢坂に足枷を外してもらった後、逢坂が用意したビキニタイプのショーツに脚を通した。
 趣味の悪い柄モノを買うくらいならいっそ無地にしてくれ、と頼んだら、ちゃんと無地を選んで買ってくるようになった。
 下着は完全に逢坂の好みだ。
 根っからのスケベ野郎なのだろう。Tシャツはすんなり意見を聞いたのに、下着に関しては、雅が普通のボクサーパンツが良いと言っても断固としてビキニタイプを買ってくる。
 どうせ脱いでしまうのだからどうでも良いじゃないか、と言ってやりたいが、下手なことを言って怒鳴られるのも面倒臭いので素直に言うことを聞いている。

 夕飯は、逢坂が買ってきた弁当を温めて食べる。
 逢坂が家事をしないことは、キッチンを見れば解る。鍋もフライパンも俎板も、包丁すらもない。
 逢坂は、『食えるだけありがたく思え』と牽制したが、食事の殆どをコンビニ弁当やインスタント食品で済ませていた雅にとって、逢坂が用意する弁当屋の弁当は充分豪華はだった。
 問題なのは逢坂の性格だ。
 ズボラなのか嫌がらせなのか、雅が、『美味しい』と言うと、三食同じ弁当が出る
 今晩の弁当も、昼と同じ唐揚げ弁当だった。嫌いではないが、あまりのやっつけ仕事に腹が立つ。もちろん、逢坂本人には言わないけれど。

「食わねぇのか」

 食べるよ、と、箸で摘んで持ち上げたままの唐揚げを口に運んだ。
 無言で咀嚼していると、向かい合わせに座る逢坂が、ふいに口を開いた。

「顔……ずいぶん治ったな」

 一ヶ月半も経っているのだからそりゃ治るだろう。
 心の中で吐き捨て、逢坂を見ずに「お陰様で」と答えて二つめ唐揚げを箸で摘んだ。

「もっとも、あんたの目にはまだボコられた時の痕が残ってるように見えてるみたいだけど……」

「なんだ、聞いてやがったのか」

「聞こえたんだよ。ちなみに、身体の痣も殆ど残ってない。一体どこに目ェ付けてんだか……」

 いつもなら、『なんだその言い方は!』と返ってくるはずの声が無い。
 不審に思って顔を上げると、逢坂の手がスッと伸び、一番治りの悪かった目尻の傷あとを指でなぞった。

「まだ、ここ、痕になってんだろ」

「え?」

 予想外の行動に一瞬思考が止まる。
 逢坂は、息が詰まったように黙る雅を神妙な顔付きで眺めた。

「まだ完全には治ってない」

「べ、べつに、こんなんよく見なきゃ解んないし……。だいたい、言うことが大袈裟すぎるんだよ」

「大袈裟……?」

「『身体が硬い』とか、『あそこが狭い』とか。あと、『食い千切られる』とか絶対無いから」

 やはりおかしい。
 いつもの罵声が飛んでこない。
 おかしいのは雅も同じだった。
 怒鳴られることに壁々していたにもかかわらず、今は、怒鳴られないことが返って居心地が悪い。
 逢坂の口数の少なさも気になる。
 会話がしたいわけでも沈黙が苦手なわけでもない。話さなければ話さないでやり過ごす雅が、今は、逢坂の無言に耐えられず、補うように口を開いていた。

「俺のことボロカス言ってくれちゃってたけど、俺、あんたに教わってるんだよね? 講師のあんたが俺のことボロカス言うのは、イコール、自分の指導力の無さをバラしてるようなもんじゃないの?」

「なに言ってんだお前」

「あんたが丸山さんに叱られるんじゃないの? って話だよ」

 逢坂は、「気安く呼ぶな!」と声を荒げ、ようやくいつもの逢坂らしく息巻いた。

「カシラは関係無ェ! なに勘ぐってんのか知らねぇが、上の話に首突っ込んでんじゃねぇよ!」

「俺の話だろ? てか、あんたが叱られるんじないか、って心配してんじゃん。確かに俺はポンコツかも知れないけど、一応教え子なんだから、『頑張ってます』とか、『あと少しです』とか言ってくれてもいいじゃん。そしたらあんたも俺も丸山さんに叱られなくて済むだろ?」

「カシラに嫌われるのがそんなに嫌か」

 当たり前だろう、極道なんだから。
 雅は、話の呑み込みの悪い逢坂に心底イラついた。

「毎回ボロカス言われて、良い気はしないよ。てか、俺、そんなにポンコツじゃないし」

「ポンコツだろうが!」

「確かに入れるのはヘタだけど、それ以外は上手くなってるよ」

「どこがだ。フェラも満足に出来ねぇくせに」

「気持ち良さそうにしてんじゃん!」

「ありゃ演技だ。お前のフェラなんかちっとも気持ち良く無ェよ! フェラ顔も不細工で見れたもんじゃ無ェ!」

「なんだって!」

「いい機会だから教えといてやる。お前は自分のこと美形だと思ってるみてぇだが、世の中にはお前よりも顔の良いヤツなんてごまんといるんだよ! どこのどいつに言われたか知らねぇが、真に受けて調子に乗ってんじゃねぇ!」

 プツン、と、雅の頭の中で何かが音を立てて切れた。

「人のこと言えんのかよ! お前なんか、ダサくて、セックスもヘタなくせに!」

「なにぃッ!」

 言ってしまった、と思ったが、一度出た言葉は止められない。

「俺のこと下手下手言うけど、あんただって相当じゃないか。だいたい、最初に輪姦マワされた時はちゃんと出来たんだ。あんたが乱暴だから出来ないんだろ!」

「あん時ゃ、クスリで痛みがぶっ飛んでたんだよ!」

「なら、またそれを使えばいいじゃんか!」

「バカヤロウ!」

 殴られる。
 思ったが、拳も平手打ちも飛んでこない。
 代わりに、怒りに血走った目が、噛み付くように雅を睨んでいた。

「あんなモン使ったらいつかブッ壊れるぞ!」

 見たこともない表情に雅の背筋が縮み上がる。
 同時に、鼻の奥にツンとした痛みが走り、雅は慌てて俯いた。

「だから、なんだってお前はすぐそうやって泣くんだ!」

「あんたが悪いんだろ……」

「はぁ?」

「あんたが下手クソだから……。俺、金、返さなきゃいけないのに……。こうしてる間だって、どんどん借金増えてんのに……」

「お前……」

「早く借金返したいのに、あんたのせいで全然返せない……。こんなふうにジリジリ先延ばしされるのは嫌なんだ! さっさと終わらせて早く元の生活に戻りたい」
 
  逢坂の喉が、息を呑んだようにゴクリと鳴る。
  動く気配を感じて身構えると、いきなりTシャツの胸ぐらを掴まれ、鼻先に手繰り寄せられた。

「そんなに男とセックスしたいのか」

 鋭い、獲物を仕留めるような視線に、一瞬思考が止まる。
 どうしてそういう発想になるのか。
 逢坂の考えていることが理解出来ない。
 引っ張られた拍子にテーブルに肋骨をぶつけたが、雅には痛みを感じる余裕も無かった。

「答えろよ」

 逢坂は、突然の事態に面食らう雅にさらに詰め寄った。

「そんな、どこのどいつとも解らねぇ男とセックスしたいのか」

「別に俺は……」

「お前みたいな、先っぽ入れられただけでピーピー泣いてるようなヤツが、男を取っ替え引っ替え咥え込もうってか!」

「誰もそんなことは……」
 
 チックショウ! と逢坂が叫ぶ声が頭上で轟いた。
 獣のような咆哮に、雅の喉が引き攣り、呼吸を塞ぐ。
 言い返す言葉は胸の奥へと引き返し、熱い震えが雅の視界を曇らせた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 逢坂の大きな手のひらがTシャツの裾から胸元へと這い上がる。
『優しくすりゃいいんだろ?』という言葉は口先だけでは無かったらしい。Tシャツを押し上げながら進む逢坂の手は腫れ物に触るように柔らかく、逆に雅を困惑させた。
 逢坂の、触れるか触れないかの愛撫に背筋がゾワゾワと波を立てる。
 変な気分だ。
 逢坂の指が、柔らかい乳輪の膨らみをくるくるとなぞり、乳首の表面を指の先でチョンチョンとつつくように撫でる。
 乳首に血液が集中し、硬く尖っていくのが解る。
 嫌だ。恥ずかしい。
 雅の動揺を知ってか知らずか、逢坂は、Tシャツを鎖骨の辺りまでめくって完全に胸を露出させると、いつもの性急な愛撫が嘘のように、雅のピンク色の乳首を唇に含み、ごくごく弱い力で挟んで吸い上げた。
 途端、

「んアッ!」

 ブルッ、と震えるような快感が走り、雅の口から鼻にかかったような甘えた声が出た。

「そっとしてやってるんだ。痛くねぇだろ?」

「ちがッ……あっ、やぁッ……」
 
 充血して膨らんだ乳輪を舌の先で円を描くように舐めまわし、外側からだんだん小さくしていって乳首を転がすように舐める。
 舌の先で小刻みに弾かれると、お腹の底に熱い痺れが走り、まだ何も触れられていないペニスが、下着の中でズキズキと脈を打った。

「良くなってきたみてぇだな……」

「違うッ……」

 身体の上に覆い被さっている逢坂が雅の下着の中に気付かないわけは無い。恥ずかしさのあまり顔を背けると、逢坂に顎を掴まれて正面に戻された。

「泣くのはルール違反だからな」

「泣いてなんか……」

 売り言葉に買い言葉。
 ポンコツ呼ばわりされて言い返したら逆上され、『目にモノ見せてやる』と、いきなり肩に担ぎ上げられてベッドに運ばれた。
 いつもは自分で服を脱いで裸になった状態から始めるのが、下着もTシャツも身に付けたまま覆い被さられ、逢坂の手でいやらしく剥ぎ取られて行く。
 優しい手も柔らかい唇も、雅の知っている逢坂ではない。
 乱暴だと言われたことをよほど根に持っているらしい。逢坂の愛撫は過剰なほど繊細に雅の肌を這い、雅の性感帯をじれったく責め立てる。ゆっくりと揺さぶり起こされているような快感に、雅は、今まで感じたことのない甘い痺れと怖さを同時に感じた。

「強がってねぇで、気持ちイイならイイって言えよ……」

「や……だぁ……」

「乳首、こんなに勃たせといてよく言うぜ」

「あひッ!」

 優しく触れていたかと思ったら、いきなり、乳輪ごと強く吸い付いて乳首をひっぱり上げる。

「もう、真っ赤……」

「やだ……そんな、吸っちゃ……」

「嘘つけ。吸って欲しくてビンビンに腫らしてるくせに」

「んあぁっっ!」

 まるで、性感帯が一本の線で繋がってしまったかのような感覚だ。乳首を繰り返し吸われ、舌の先で小刻みに舐め転がされ、乳首の奥に沸き上がったツンとした痺れが、お腹を下り、ペニスの先を熱く滾らせる。
 膝で股を割られて押さえ付けられているせいで、膨らんだ股間を隠すことが出来ないのが恨めしい。
 乳首を咥える合間に、逢坂が、はち切れそうに盛り上がったビキニパンツをしたり顔でチラチラと見るのも雅の羞恥心を煽った。

「ここもこんなに漏らして、いやらしい……。先っぽがパンツからはみ出しそうになってんぞ」

「ッ……見んなぁッ……」

「お前は案外こっちを開発したほうが早いかも知れねぇな。乳首しゃぶられただけでこんなふうになっちまうなんざ、スケベ親父が泣いて喜びそうだぜ」

「あッ、はッ……あっ……んぅっ……」

 乱暴な言葉は相変わらず。しかし、肌に触れる手や唇はしっとりと柔らかい。
 普段とのギャップに胸が騒ぐ。らしくない逢坂に緊張が走る。

「乳首を吸うと、アソコがピクピク動くの解るか?」

「わ……かんないッ……」

「なら触ってみろ」

 手を掴まれ、誘われるままに自分の股間を握らされる。
 先端から溢れた蜜でビキニパンツがぐっしょりと濡れている。
「な?」と、耳たぶに唇が触れるほどの近さで囁かれたと思ったら、乳首をキツく吸われ、ビクンと腰が跳ねた。

「あふッ!」

「ワリぃ。強すぎたか。……ここ、ますますカチカチになっちまったな」

 喘ぎ声を噛み殺す雅を揶揄うように、逢坂が、股間を掴む雅の手に自分の手を重ね、上から一緒に扱き上げる。

「やっ……あ……」

「自分でシコってるみてぇだな。いつもどんなふうにやってんだ? 手伝ってやっから、ここでやってみろよ」

「や……だぁ……ぁはんッ!」

 扱かれるたび、ビキニパンツの濡れた生地にペニスの先端が擦れる。
 亀頭を責められる刺激に首を振って抵抗すると、逢坂が、「仕方ないな」と雅の手に重ねて置いた手を離した。

「ベッドの上でお漏らしされちゃあ困るからこれぐらいにしといてやるか……」

 ビキニパンツを下ろして足首から抜き取ると、まだ硬いままのペニスがお腹の上にポロンと弾み出る。
 腰をくねらせて逃げようとしたが、逢坂のほうが一足早かった。

「いつもより元気じゃねぇか」

 直に握られ、雅のペニスがはらはらと蜜を垂らす。

「あんたが……変なことするからだろッ……」

「お前が煽ったんじゃねえか。下手クソなんて言われて黙ってる奴がどこにいる」

「やぁッ……っ……んッ……」

 裏筋を弄っていた指が先端に伸び、鈴口を弄びながら、カリ首の辺りまで垂れた蜜をすくい取る。
 濡れた指が後孔に添えられると、雅の背筋がゾワゾワと波を立て、お腹の奥がキュッと疼いた。

「俺だって、優しくすることぐらい出来んだよ。だが、テメェの客が優しいとは限らねぇ。N企画うちはそこいらのデートクラブとはわけが違うんだ」

「やっ、だぁぁッ……」

 孔の入り口を回し撫でていた指が、プツン、と窄まりをこじ開ける。

「力を抜け」

「はひっ……やぁッ……」

「お前のここはもう充分入るんだよ。あとは精神的な問題だ」 

「ンッ! ……んっ……ッ」

 逢坂の太い指がゆっくりと肉壁を押し広げる。いつもより優しく侵入し、雅の感じるポイントで関節を曲げてそっと撫でる。
 逆らうことは出来なかった。
 触れられている部分が熱く、切ないような快感が頭の先へ抜けて行く。
 おかしい。
 思った時には、身悶えるような快感が身体の中心をザッと駆け上がり、腰がガクンと揺れて脚が痙攣し始めた。

「はああぁぁッ……」

 何かにしがみついていないと崩れてしまいそうで、雅は、目の前の逢坂の腕に縋り付いた。
 ドクドクと脈を打つ心臓の音に重なるように、逢坂の吐息のような声が響く。

「女みたいにイキやがったな。……いい機会だから、今日は全部お前の中に入れてやる……」

 ズクン、と、戦慄にも似た震えが背筋を這い上がる。
 震えているのは身体だけではなかった。
 いつもと違う逢坂に、全身が心臓にでもなったかのように、雅の身体が落ち着きなく鼓動を打ち鳴らした。
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