死んでも言わない

瀬楽英津子

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死んでも言わない〜5

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「もッ……やめてッ……そんな……お、おれ……も……でッ、出ちゃうよぉぉッ……」

 ぐずぐずと泣きながら、マヒロが、股間にむしゃぶりつくタケルの頭を引き剥がそうと躍起になる。
 両側からタケルの頭を掴んで持ち上げようとする仕草を何度も繰り返すが、マヒロの力では、わずかに浮き上がらせるのがやっとといった状況で引き剥がすまでには到底至らない。
 いっそのこと髪の毛を毟り取るぐらいの勢いで引っ剥がしてやればいいものを、タケルに対する盲目的な恋心と忠誠心がブレーキとなり、マヒロの抵抗を非力で頼りないものにしていた。
 タケルに対して強気な態度を取れないという時点で、マヒロの勝算は無いに等しい。
 敗北に追い討ちをかけるように、部屋にはタケルがじゅるじゅるとペニスを啜る卑猥な音が充満し、否が応にも興奮を掻き立てる。
 抗う言葉とはうらはらに、マヒロのペニスは、これ以上ないほど硬く膨れてタケルの舌の上でドクドクと脈を打ち、鈴口から出てくる先走りは、舐めても舐めても次から次へと湧き出してはタケルの喉を伝い流れた。

「……あぅぅッ……タケルく……んッ……」

 マヒロの愚図り泣くような喘ぎ声を聞きながら、タケルは、熱く滾ったペニスを上顎と舌の間にみっちりと挟み、頬をすぼめて一心不乱に啜り上げた。
 舌を丸めて裏筋を刺激すると、亀頭がビクンと弾けて上顎を叩く。
 口の中で跳ねるペニスにねっとりと舌を絡ませながら、息も絶え絶えに喘ぐマヒロを股の間から上目使いに見た。
 マヒロは濡れた唇を半開きにしながらハァハァと喘いでいる。
 唐突に、マヒロの熱い迸りを飲んでみたい、と思った。
 トロトロと伝い流れる先走りではなく、鈴口から勢いよく迸る精液を、喉の奥で受け止め、飲み込んでみたいと思った。
 亀頭がピキピキと膨れ上がり、マヒロの中に溜まりに溜まった精液が、広がった鈴口からブワッと噴き出す瞬間を想像しながら、タケルは、これまでよりも濃厚にマヒロのペニスを啜り上げた。
 頬を窄め、頬肉で亀頭を捏ね回し、裏筋を舌の先で執拗に擦り上げる。
 マヒロはいつしか頭を引き剥がすのを止め、タケルの髪をくしゃくしゃと掴みながら、お尻を上下に揺らしている。

「はぅぅぅん……あッ、ぅあっ、あッ、あああッ……」

 抵抗しているようには思えない、もはや自分からしがみついて喘いでいるようにしか見えないマヒロの恍惚とした顔を視線だけで見上げながら、限界まで勃起したペニスを喉奥まで咥え込んでいく。
 先走りがどんどん濃くなっていくのが解る。

「あッああぁ……あぁッ……あッ……あ……」
 
 逃げようとくねらせる腰を太ももを開いて内側から押さえ付け、最後の追い込みとばかり口の中の粘膜全体を使って激しく擦り上げた。

「あぁぁッ、だめッ! ほんとに……出ちゃうからッ!」

 上下に揺れていたマヒロのお尻が股を擦り合わせるようにもじもじと動き出す。
 射精が近い。
 そう思った次の瞬間、マヒロの背中が大きく仰け反り、カチコチに張り詰めた亀頭がタケルの舌の上でビクンと飛び跳ねた。

「あッ、いッ、いくッ! イッちゃうぅぅッ!」

 殆ど同時に、マヒロの甲高い悲鳴が耳をつん裂き、熱い精液がタケルの喉に勢いよく流れ込んだ。
 射精は一度では終わらず、マヒロは、ペニスを大きく痙攣させながら、二度三度とタケルの口の中に精液を迸らせる。
 想像以上の勢いに喉を詰まらせながら、タケルは、マヒロの放った精液を受け止め、胃袋の奥深くに飲み込んだ。
 ペニスから口を離して顔を上げると、マヒロが頬を引き攣らせながらタケルを見る。
 
「まさか……飲んだの?」 

 返事を催促するようなマヒロを見返しながら、タケルは、何も答えず、唇に付いた飲み残しをわざとゆっくり舌で舐め取った。

「そんな……嘘でしょ……?」

「見ての通りだ……」

「……だって……こんなこと今まで一度もなかったのに……」

 おどおどと言うものの、その表情は熱にうかされたようにうっとりと弛み、動揺に震える瞳の奥底に、隠しきれない愉悦の色が薄っすらと浮かんでいる。
 こういう時の気持ちをタケルはよく知っている。
 自分の精液を飲ませるという背徳的な行為がもたらす倒錯的な興奮。
 身体を繋げるだけでなく、自分の中に溜まった、いわば自分自身の欲望の塊を、相手の胃袋に直接流し込んで消化吸収させるという相手への完全な侵略行為に対する罪悪感が、それとは真逆な甘い感覚を揺り起こす。
 今、マヒロが感じているのは、征服感という極上の優越感。
 いつもする側だからこそ、タケルには今のマヒロの気持ちが手に取るように良く解った。

「別に深い意味は無ぇよ……」

 マヒロを調子に乗らせないようわざと冷たく答え、両足を掴んで後ろへひっくり返すように持ち上げた。

「やぁッ! なにッ?」

 細い身体を二つ折りにしてお尻を持ち上げると、マヒロの後孔が真上を向く格好になる。
 露わになった窄まりを、尻肉を両側から親指で横に広げてさらに露出させ、うっすらと覗く赤い粘膜をこじ開けるように舌を突っ込んだ。

「あッ……あぅぅッ! タ……タケルくんッ! そ……なッ……」

 マヒロはシーツを引っ掴んで堪えている。
 快楽を止めてはいけない。
 これ以上マヒロに妙な勘違いを起こさせないよう、征服感に浸る暇もないくらい次から次へと快楽を与え続ける必要がタケルにはあった。

「お前のイヤらしいところが丸見えだぜ」

「ぁはッ……いやッ……こんな……恥ずかしい……」

 両手でがっつり尻たぶを掴み、お尻の割れ目を開きながら、窄まりから蟻の門渡りにねっとりと舌を這わす。
 マヒロの白くぷにぷにした皮膚がゾワゾワと震える。
 二、三度往復させた後、舌の裏側に唾液を溜め、左右に引き伸ばした窄まりの真ん中にツーと垂らした。
 何をされるか察したマヒロが逆さまになった足をピンと突っ張らせる。
 嫌そうな素振りをするものの、窄まりは、やがて来る愛撫への期待にぷっくりと膨れ上がり、ピンク色の肉壁を覗かせながらヒクついている。
 期待通り、タケルは、マヒロの窄まりに人差し指を突き立て、垂らした唾液ごと後孔にズブズブと埋め込んだ。

「はひッ……あッぁぁ、んあァ……」

 後孔は、マヒロが事前に仕込んだローションで充分に潤っている。
 以前、濡れていないところを掻き回されたのがよほどこたえたのか、以来マヒロは下準備をするたびに毎回後孔にローションを忍ばせるようになった。
 愛撫の途中で漏れ出てシーツを汚すこともあったが、窄まりから溢れたローションがお尻の割れ目をトロトロと伝い流れるさまは身震いするほど淫猥で、後孔への挿入の期待と興奮を高めた。
 ローションのヌメリも手伝ってタケルの人差し指は第二関節までスムーズに挿入された。
 すんなりと入ったからと言って決して緩いというわけではない。むしろ、タケルの指にしっかりと吸い付きギチギチと締め付ける。
 食い千切られる、というより、熱い粘膜に骨ごと溶かされてしまいそうな感覚だ。
 その、キツくて熱い感触を楽しみながら、第二関節まで埋めた指をグニグニと曲げ伸ばし、感じる部分を狙って指先を擦り付けた。

「ああッ……そこ……そこッ、だめぇッ!」

 マヒロは、シーツを掴んだまま頭を左右に振って喘いでいる、
 後孔に埋めた指をゆっくりと前後に動かしながら、再びペニスを掴むと、悲鳴に近いマヒロの喘ぎ声が、いっそう悲痛に空気を裂いた。

「あひッ、ぁッ……ま、まって……また、いッちゃうぅッ……」

「イケばいいだろ?」

「ダメダメッ! あッあぁ、ダメッ……ダメッ……」
 
 必死に起きあがろうとするものの、両膝が顔につくほど深く身体を折り曲げられているせいで、マヒロは背中を捩ることさえ出来ない。
 マヒロの身体は、タケルによってお尻を完全に浮かされ、逆さまにでんぐり返しをしたような体勢で固められている。ただでさえ苦しい体勢を強いられているにもかかわらず、後孔に指を突っ込まれ、ペニスをいじられて、息も絶え絶えに喘ぐのがやっとといった状態だ。
 いいように身体をおもちゃにされながら、マヒロは、広げられた股の間から真っ赤な顔でタケルを見上げている。
 その、すがるような目を睨み付けながら、タケルは、後孔に埋めた指を小刻みに動かし、もう片方の手をマヒロのわき腹の隙間から股間に回してペニスを扱き上げた。

「ああぁッ……ほんとにヤメて……ほんと……あッ、やッ、あぁッ……」

「こっちは良くなってきてるみてぇだが?」

「ああああぁッ! ダメッ! ダメッ!」

 小刻みに肉壁を擦っていた指を一旦止め、油断したところを、いきなり根元までずっぽりと埋め込んだ。
 マヒロが、ギャッ、と悲鳴を上げて後孔を締め付ける。

「大袈裟な声出してんじゃねーよ」

 突き入れた指を、今度は素早く抜き差しし、マヒロの睾丸がピクピクと波打ち始めたところでスッと止める。

「あひんッ! いやぁぁッ!」

 絶頂する寸前で指を止められ、マヒロが、耐えられないとばかりに泣きべそ顔でタケルを見上げる。
 哀願しているつもりなのだろう。しかし、瞼に涙を滲ませ、顎を引いて黒目だけを上に向けて見上げるその表情は、かえって興奮を高める引き金にしかならない
 現に、マヒロの弱々しくもどこか妖艶な表情に、タケルの中の嗜虐心がむくむくと起き上がる。
 知ってか知らずか、マヒロは、赤らんだ目を熱っぽく潤ませ、半開きにした口をはくはくと喘がせながら吐息を吐いている。
 その顔が、別荘で高橋に貫かれていた時の顔と重なった。

「とろけた顔しやがって。正真正銘のスキモノだなッ! こうしてケツをほじってくれるなら誰でも良いんだろッ!」
 
「ちがッ……あぁッ……」

 気持ちが昂っているせいか、抜き差しする指のスピードがだんだん早くなる。
 しかしどんなに責めようと、タケルがマヒロを逝かせることはない。
 マヒロをギリギリまで追い詰め、限界に達する直前で後孔からスッと指を引き抜きマヒロを泣き喘がせる。
 寸止めを喰らった身体はどんどん敏感になり、後孔は肉壁をキュウキュウと踊らせながら指を締め付け、ペニスは硬くしなりながら、逆さまになったマヒロのみぞおちに先走りをトロトロと滴らせた。
 
「イッたばっかなのに、もうこんなチンポ、ビンビンに勃てやがって……。貞淑そうな顔して、陰じゃ色んな男を咥え込んでんだろ!」

「ちがうッ!」

「何が違うんだッ!」

「ちがッ……ホントに……タケルくんだけ……タケルくんだけだってばッ!」

 必死の形相で訴えるマヒロを、タケルは、愛撫の手を止めて見下ろした。

「嘘じゃねぇな?」

 マヒロが窮屈そうな首を曲げてコクリと頷く。

「なら、他の誰にも使わせるな! ここは俺様専用だ! わかったか!」

 そう言うと、タケルは、マヒロの足の隙間に身体を捻じ込ませるようにして覆い被さり、両手で頬を包んでマヒロの顔を持ち上げ口付けた。

「んんッ……ん……」

 唇をこじ開けて舌を差し込むと、マヒロが戸惑いながらも探るように舌先を絡めてくる。
 そこから先は、互いに食べ合うように舌を貪り合った。

「俺が欲しいか? マヒロ……」

「ほっ、欲しいィッ! お、おれ……このままじゃもう……っ入れてッ! タケルくん、俺の中に……」

 ゾクゾクとした興奮がタケルの背筋を這い上がる。
 マヒロの、うっとりと潤んだ瞳が欲情を煽り立てる。
 その媚びるような瞳を睨み据えながら、タケルは、自身のペニスにローションを馴染ませ、マヒロの窄まりに先端をあてがった。
 ローションでヌメった入り口に亀頭を擦り付けると、焦らされ続けたマヒロの窄まりが待ち兼ねたとばかりタケルの亀頭にピトリと吸い付く。
 硬く肥大した亀頭をお尻の溝に沿って二、三度スライドさせた後、タケルは、マヒロのお尻を、太ももの下から抱え上げるように持ち上げ、マヒロの顔を観察しながらゆっくりとペニスを押し入れた。

「あああッ! あああああッ!」

 肉壁をミチミチと割り裂きながら根元まで挿入し、そのまましばらく粘膜の熱さや締め付ける感触を楽しんだ後、奥まで入れたペニスを浅いところまで引き戻し、そこから一気に深いところまで突き入れる。
 強烈な一撃にマヒロが白い喉を反らせて身体を硬直させるが、タケルは一切容赦しない。
 突き入れたペニスを再び浅いところまで引き戻し、今度は、体重を乗せて激しく抜き差しし始める。
 
「あッ、はあああああッ、あーッ」

 容赦のない突き入れに、マヒロの華奢な身体が前へ後ろへ大きく揺さぶられる。

「どうだ……てめぇの大好きなチンポだ……この俺様のぶっといチンポが奥まで入ってんの、解るか」

「あぁッ……は、入ってるッ! タケルくんのがッ……すごい……奥までッ、入ってるッ!」

 うわ言のように言いながら見詰めるマヒロの恍惚とした表情が、タケルの官能を揺さぶり、タケルを理性の利かない獰猛な雄に変えた。

「まだまだこんなもんじゃねぇぜ。もっともっと奥の奥まで入れてやるッ!」

 本能の赴くままに、タケルは、前後にスライドさせていた腰をズンっと最奥まで突き入れ、その状態のまま、腰を大きく横に回し、狭い腸壁を硬い亀頭でグリグリと掻き回した。

「す、すごっ……これ……すごい奥まで届いて……あッぁッ……」

 タケルが腰を回すたびに、引き伸ばされた窄まりの隙間からローションがプシュプシュと音を立てて噴き出す。
 マヒロの身体に覆い被さるように上に重なり、再び腰を前後にスライドさせて抜き差しし始めると、その音に、パンパンと肉と肉がぶつかる乾いた音が混じり、挿入の臨場感を高めて行く。
 タケルが腰をスライドさせる度にマヒロの勃起したペニスがお腹に当たり、その硬さとボリュームがタケルをますます興奮させた。

「こんなに感じて……そんなに俺のチンポが好きか」
 
「あぁッ、す、すきッ! タケルくんがッ……すきッ……あはぁ……ッ……」

 そう言いながら必死にしがみついてくるマヒロの背中に両腕を回してしっかりと抱き締めながら、自分の胸板をマヒロの胸に密着させた状態で更に奥までペニスを突き入れた。

「お前の中に、熱いのたっぷり出してやるからなぁッ!」

「あッ、だめッ、あッ、あああッ、ああああー」

 身体中の血が沸き返り、鋭い快感が血液に乗って全身を駆け巡る。
 首に両腕を巻かれて抱き付かれながら耳元で好き好きと切れ切れに訴えられ、タケルの絶頂感が猛スピードで膨れ上がる。
 マヒロも、小刻みに震えていた身体がガクンガクンと跳ねるような動きに変わっている。

「あッ……も、だめッ……いきそッ……いッ、いッくぅぅぅ! いぃッ……」

 絶頂の波はもうすぐ目の前まで来ていた。

「マヒロッ! マヒロッ!」

「いいいッ! いッ、いくッ! も……いっちゃうッ! いくッ! いッくぅぅぅッ!」

「お、俺もッ! 出すぜッ! お前の中にぃぃッ!」

 恥もプライドもかなぐり捨て、自ら腰を振って昇り詰めようとしたその瞬間、マヒロの後孔がビクビクと痙攣し、タケルはマヒロと殆ど同時に絶頂した。
 息も絶え絶えに痙攣し続けるマヒロを抱き締めながら、タケルは、マヒロの中に何度も射精し、やがて力尽きたようにマヒロの身体の上にぐったりと倒れ込んだ。
 タケルの体重を華奢な身体にモロに受け、マヒロが苦しそうにもがく。
 その仕草が妙に微笑ましく、タケルは、マヒロを抱き締めたままゴロンと寝返りを打ち、自分の胸の上にマヒロを乗せた。

「すまん。これでいいか?」

 マヒロは目をまん丸してタケルを見詰めている。

「なんだ、変な顔して」

「え……あッ……いや……」

 マヒロが戸惑うのも無理はない。
 セックスの後、こんなふうに余韻を楽しむのは初めてだった。
 いつもは、済んだらさっさと身体を離してタケルはそのままシャワーへ、マヒロは、ベッドメイキングなどの後片付けに取り掛かる。
 甘い余韻に浸る余裕やムードは一切ない。
 しかし今は、身体の奥に残る甘い痺れやマヒロの体内の熱さの余韻にいつまでも浸っていたかった。

「そんな固まってねぇで、もっともたれろよ……」

 言いながら、マヒロの後頭部を手のひらで包んで胸元に引き寄せた。
 マヒロは、タケルの胸板に、愛おしそうに頬を擦り寄せている。
 なんとも言えない充足感、甘酸っぱい気恥ずかしさにも似た高揚感がタケルの胸をじんわりと温める。
 無性にキスがしたくなり、タケルは、胸の上に貼り付くマヒロの頬を両手で持ち上げた。
 おずおずと見下ろすマヒロに、自分から顔を近付けそのままキス。
 と思いきや、突然、サイドテーブルに置いたスマホが着信音が流れ出し、タケルは、チッ、と舌打ちしながらマヒロの頬から手を離した。

「あのクソ女ッ!」

 いつもなら無言で留守番に切り替えるところだが、キスを邪魔された怒りから、思わず罵声が口を衝いて出た。

「クソ女って……最近……よく掛かかってくる人?」

 聞きづらそうにおどおどと尋ねるマヒロを横目に、タケルは、ベッドから起き上がって苛立たしげに着信音を切った。
 マヒロは、タケルを目で追いながら無言で問い掛けている。
 その怯えた目に、タケルは、一瞬返事をためらい、しかしすぐに開き直って肯定した。
 どうせいつかはバレることだ。
 そもそも、やましいことをしているわけではない。御曹司という立場上、自分がいつか親の決めた相手と家庭を持つことはマヒロも充分承知している。
 それが予定よりも早く現実に近付いただけの話だ。
 どうせ話すつもりだった。むしろ話を切り出す手間が省けてちょうど良かった。自分自身に言い聞かせ、タケルは、不安げに見詰めるマヒロに、なんでもないというふうに「ああ」と答えた。

「親同士が決めた相手だ。年明けには婚約だとさ」

「婚約……?」

「所謂、『政略結婚』だ。周りが勝手に騒いでるだけで俺には関係ねぇ」

「でも……結婚……するんだよね……」

「いつかはな。だが、あくまで表向きの形式的なもんだ。結婚したからって俺は今まで通りなんも変わらねぇ。お前が一緒にいたい、って言うなら、こうしてずっと側に置いてやってもいいし……」

 マヒロの安堵する顔を思い浮かべながら、実際の表情を確認するように傍らにいるマヒロをチラと見る。
 タケルの予想に反し、マヒロは神妙な面持ちで黙り込んでいる。
 何かを思い詰めているように、唇を真一文字に引き結び、気難しげに眉を顰めて一点をじっと睨み付ける。
 思い描いていたのと違う苦しげな顔だ。予想だにしないマヒロの表情に、タケルの胸に得体の知れない違和感が広がっていく。
 まさか、嬉しくないとでも言うのだろうか。
 さすがにそれはない、とタケルの本能が即座に否定する。
 いつもタケルを追いかけタケルの側にかしずき、タケルなしでは生きて行けないとでもいうように、タケルに並々ならぬ忠誠を誓い、自分の全てを捧げる愛の奴隷ともいうべきマヒロが、「ずっと側に置いてやる」とタケルに言われて喜ばない筈はない。
 しかし、マヒロは、タケルの想像とはうはらはに、悲痛な面持ちで佇んでいる。
 まるで、知らない相手と対峙しているような感覚。
 マヒロなのにマヒロじゃない。

 ーーーこいつは誰だ?

 薄気味の悪い違和感が胸の中でぐるぐると渦を巻き始める。
 何が良くないことが起こる前触れのように、得体の知れない漠然とした不安がタケルの脳裏にこびりつく。
 その、嫌な予感が現実化したように、翌日、マヒロはタケルの前から完全に姿を消した。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 最初は苛立ち。次に怒りが込み上げ、やがて、未だかつて経験したことのない激しい焦りに襲われた。
 マヒロから連絡がない。
 もっとも、これまでにもマヒロと連絡を取らない日はあった。
 タケルが、「連絡してくるな」と言えば、マヒロは理由も聞かずにタケルの言いつけに素直に従う。たとえそれがタケルの一方的な言い掛かりや気まぐれな嫌がらせであったとしても、マヒロにとってタケルの命令は絶対であり、タケルが許すまでいつまでも連絡を断つのが常だった。
 しかしそれはあくまでタケルが命じた場合であり、今回の件とは根本的に違う。
 なぜなら、今回、タケルは何も命じていない。
 にもかかわらず折り返しの反応がないのは後にも先にもこれが初めてだった。
 連絡してくるなと命じられた時でさえ、タケルからの電話を今か今かと待ち侘び、ワンコールもしないうちに電話に飛びき応答したマヒロ。そのマヒロが、タケルからの連絡をこれほど無視出来るとはタケル自身も想定していなかった。
 スマホが近くにない。充電が切れている。何処かに置き忘れた。ありったけの理由を並べて不安を払拭しようと試みるものの、一日、二日と時間が経つうちに、その可能性は虚しく消えて無くなった。
 マヒロは、意図的に連絡を絶っている。頭がそう結論付けた時、タケルの感情が爆発した。

「あの野郎……」

 自分に対する忠誠を信じて疑わなかっただけに、裏切られた怒りが何倍にもなって襲い掛かる。
 マヒロを目の前に引き摺り出して詫びを入れさせてやらねば気が済まない。
 思うが早いか、タケルは、恥も外部もかなぐり捨て、自ら車を走らせマヒロのアパートに乗り込んだ。
 アパートの扉は厳重に施錠され、表札も外されている。
 ドアを叩いてマヒロを呼ぶと、隣の部屋のドアが開き、「お隣りさんなら二、三日前に引っ越しましたよ」と迷惑そうに言った。

「引っ越したって何処に!」

「そんなこと知りませんよ」

 捨て台詞を吐いて扉の中に消えて行く隣人を見ながら、タケルは、全身から血の気が引いていくのを感じていた。
 連絡が取れないというレベルの話しではない。マヒロはタケルの前から完全に姿を消そうとしている。
 ここまで来て、タケルは初めてことの重大さに気付いた。

「嘘……だろ?」

 心の声が言葉となって唇から溢れる。
 一体俺が何をしたというのだ。
 ファンだと言われて側に置いた。
 身の回りの世話もさせたのもマヒロの希望。セックスも、もともとマヒロの誘いに応じる形で始まった。決してタケルだけが一方的にマヒロを欲望の捌け口にしていたわけではない。
 数いる女どもを差し置いてマンションに自由に出入りさせ、合鍵まで渡して半同棲状態で生活の全てを任せていた。
 ゆくゆくは親の決めた相手と所帯を持つことを運命付けられながら、それでも、今まで通り側に置いてやってもいいとさえ思っていた。
 それなのに、一体何が不満だと言うのか。
 容姿端麗にして財閥系企業の御曹司、通常であればマヒロなど側に寄ることすら叶わない相手であるはずの自分が、マヒロのためにここまでしていると言うのに。
 にわかには信じ難い事態にタケルは軽いパニックを起こしていた。

 ーーー高橋。

 高橋なら何か知っているかも知れない。
 思うが早いか、アパートを訪れたその足でタケルは大学まで車を飛ばしていた。

 血相を変えて学内を駆けずり回るタケルを、学生たちが奇異な目で眺める。
 洗い晒しのボサボサの髪、無精髭、黒のスウェットの上下にカシミアのコートという着の身着のまま飛び出して来ましたと言わんばかりのチグハグな格好。
 誰かに教えられなければ、これがタケルだとはおそらく誰も思わまい。
 それでも、長身のモデル体型でコートを翻して駆けずり回る姿は嫌でも人目を引き、学内は瞬く間にタケルの噂話で持ちきりになった。
 それは当然高橋の耳にも入り、タケルは、わざわざ自分から探し出すまでもなく、野次馬根性でやって来た高橋と対面することになった。

「ひでぇ有り様だな。百戦錬磨の色男が聞いて呆れるぜ……」

 高橋は、無精髭を生やして目の下にクマを作ったタケルを見るなり、開口一番そう言った。

「俺を探してたんだろ? 俺になんのようだ」

 タケルは、ことの経緯も説明しないまま高橋に詰め寄った。

「マヒロがいなくなった!」

 高橋の両腕を掴み、縋り付くように訴える。
 普段の澄ました顔とは真逆のタケルの必死の形相を目の当たりにして、高橋が侮蔑混じりの薄ら笑いを唇の端に浮かべる。
 いい気味だ、とほくそ笑んでいるような顔だ。  
 普段のタケルなら、相手のこういう表情は決して見逃さない。しかし今のタケルは、目先のことに心を奪われ高橋の表情にまで意識が回らなかった。奇しくもそれが高橋をますます面白がらせていることにも当然気付いていない。

「お前、マヒロと親しいんだよな! マヒロはどうした! 一体どこに行ったんだ!」

「どこに行ったもなにも、マヒロはお前の下僕だろ? 何でオレが知ってるんだ?」

「しらばっくれるな! マヒロを俺に紹介したのはお前だろう! お前は俺よりも前からマヒロを知ってる! マヒロがどこにいるか知ってるんだろうッ!」

「めちゃくちゃだな。確かに俺はお前にマヒロを紹介した。しかしだからって何でお前が知らないことを俺が知ってると思うんだ? 親しさから言ったらお前の方が俺なんかよりずっとマヒロと親密だろう?」

 呆れながらも、高橋は、タケルが柄にもなく感情的に取り乱す姿が滑稽で仕方ないというように、わざとタケルを逆上させるような物言いで言った。

「マヒロのこと絶対服従の奴隷だって豪語してたのはどこのどいつだよ。それともついにマヒロに愛想尽かされたか?」

 高橋の辛辣な言葉にタケルの瞳が鋭く光る。もちろん、高橋がそれを見逃すはずはなかった。

「その反応は図星だな」

 こいつぁいい、と、高橋は、大袈裟に眉を吊り上げて笑った。

「おおかた、マヒロが自分に歯向かうわけねぇってたかを括ってたんだろう? マヒロが何でも言うこと聞くと思って理不尽な真似ばっかしやがって……いくら惚れるからって、あんなことばっかされりゃ、さすがのマヒロもそりゃあ愛想尽かすだろ」

「違うッ!」

 反射的に、タケルは叫んでいた。
 高橋に対してと言うよりも、自分を取り巻く全てに対して激しい怒りが込み上げ、叫ばずにはいられなかった。
 自分の置かれた状況が全く理解出来ない。
 高橋の傲慢な態度も、腹立たしい言葉も、到底納得出来るものではなかった。

 ーーー何も知らないくせに。

 確かに、理不尽なことはした。
 それでも離れなかったのはマヒロの方だ。
 側にいたいと言ったのも、身の回りの世話をさせて欲しいと言ったのも全てマヒロ。ゲイだと打ち明け、『タケルくんのことを特別な目で見てる』と涙ながらに愛を告白したのもマヒロの方だ。
 食事の支度や掃除洗濯などの日常の雑用も、マヒロが率先して楽しみながらやっていた記憶しかタケルの頭の中にはない。
 冷たくしても、いつも必死に纏わり付いてきた。突き放しても怒鳴り散らしても、懲りずに縋り付いてきたのは全てマヒロの意思だ。
 愛想が尽きるなら、これまでいくらもチャンスはあった。
 マヒロが部屋にいるのを知りながら女を連れ込んだ時、女との情事の後片付けをさせた時、高橋と3Pをさせた時、ウリ専ボーイを呼んでマヒロの目の前で行為を見せ付けてやった時。
 それが、どうして今なのか。
 考えても答えが見つからず、タケルはますます混乱した。

「勝手なことばっか言いやがって……。一体、なんだって言うんだよぉッ!」

 感情的な言葉がとめどなく迸る。
 人目も憚らず喚き散らすタケルを、高橋は、蔑むような憐れむような目付きで見ている。

「マヒロがいなくなったぐれぇでこんなボロボロんなっちまうとは、まったくザマァねぇな。なにが、自分に絶対服従の奴隷、だ。お前の方がよっぽど奴隷みてぇじゃねぇか」

「俺……が……?」

 ギクリ、と、タケルの心臓が嫌な音を立てる。
 タケルの心を見透かすように、高橋は、糸くずのついたコートを着たタケルを足元から舐めるように見上げ、無精髭の生えた頬をペチペチと叩いた。

「テメェのツラ、よく見てみろ。まるで飼い主に捨てられた犬っコロだ……」

「俺が……捨てられた……犬っコロ……? この俺が……?」

 高橋の目が、そうだ、と言わんばかりに不敵に笑う。
 瞬間、胸を裂かれるような衝撃が身体を突き抜け、タケルは雄叫びを上げながらその場にうずくまった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 愛液と汗の入り混じった臭いが、部屋中に濃厚に立ち篭めていた。
 テーブルには高級ワインの空ボトルが無造作に転がり、床には食べこぼしのピザやオードブルの残骸が散乱している。
 一人で住むには広すぎる3LDKのマンションは、マヒロが出入りしていた頃のすっきりと片付けられたハイセンスな面影は見る影もなく、不衛生なゴミ溜めのカオスと化していた。
 その部屋中の至るところで、どこの誰とも解らぬ全裸の男女が、今夜もけもののように交わり合っていた。
 キッチンでは、男が女の顔面をシンクに押し付け、後ろから激しく突き上げている。ダイニングテーブルでは、一人の女を三人の男が寄ってたかって押さえ付けておもちゃにし、ソファでは、野郎同士が互い違いに重なってお互いのペニスを貪り合っている。

「あああッ……だめッ……だめッ……」

 女の尻をリズミカルに打つ音が部屋中に響き渡る。

「ほら、もっとケツを突き出せッ! ケツの穴までしっかり見せろッ!」

 クローゼットの前では色白の美少年が男女のグループに羞恥プレイを強いられ、カーテンの奥では、女同士がグラマラスな胸を押し付け合って濃厚なディープキスを繰り広げている。

「あッあッ、いいッ、はぁぁッ、あッ」
 
 男と女、男と男、女と女。それぞれが、男女の区別なく互いに求める相手と二人で、或いは複数で、本能の赴くままに欲望を貪り合う。
 その、淫らな嬌声とむせ返るような発情臭を浴びながら、タケルは、ベッドの上に仰向けに寝転がり、自分の上に乗っかって一人で腰を振る男の上下に揺れるペニスをぼんやりと眺めていた。
 最初は女、次は男。
 次から次へと取っ替え引っ替えやって来てはタケルに跨り、今が何人目なのかも解らない。
 一人の時間に耐え切れず、手当たり次第に仲間を呼んでは淫らなパーティーに興じる生活を続けてかれこれ一ヶ月近く経つ。
 マヒロからの連絡は相変わらず途絶えたまま。大学を辞めてしまったわけでは無いだろうが、冬休みに入ったせいもありマヒロの消息は依然として掴めないままだった。
 マヒロを失ったことで、タケルの生活は、マヒロと知り合う前の不健康で乱れた生活へと逆戻りした。
 正確には、“逆戻り”ではなく“転落”だ。
 マヒロとの生活が満ち足りすぎていたせいで、タケルにとっては、前よりも酷い状態に転がり落ちて行く感覚しかなかった。
 生活の乱れはタケルの心と身体を蝕み、タケルは日増しに荒んでいった。
 パーティー仲間やタケルを狙っていた女たちは、タケルとの交遊が復活したことを喜び、タケルからの誘いに色めき立ったが、タケルの凄まじいまでの荒れっぷりを目の当たりにし、次第に一人二人と離れて行った。
 そうして最終的に残ったのは、他人の金で騒ぐことしか脳の無い寄生虫のような輩たち。
 憂さ晴らしで始めたナイトパーティはいつのまにか誰彼かまわず入り乱れての乱行パーティーとなり、タケルの意思とは関係なく、昼夜を問わず連日のようにどんちゃん騒ぎを繰り広げた。

「気持ち良く……ない……?」

 上に乗った男が、胸板に両手をついて腰を弾ませながらタケルに問い掛ける。
 行為が継続出来ているということは勃ってはいるのだろうが、熱くてキツい肉壁を貫いている実感はまるでない。
 それよりも、胸に置かれた男の手が骨に当たって痛かった。
 マヒロがいなくなってからというもの、タケルはまともに食事を摂ることすら出来ず、自慢の筋肉も落ち、痩せて骨が目立つようになった。
 男が胸に置いた手をぎゅうぎゅうと押すたびに、タケルの肋骨が軋み、背骨がベッドに沈み込む。
 痛みから逃れようと、男の両手を掴むと、手を繋がれたと勘違いした男が、タケルの手を握り返しながら激しく腰をバウンドし始めた。

「あッ、ああッ、タケルくんのが奥まで当たってるぅッ!」

 これみよがしに喘ぐ男の甘え声に、傍らでバイブを片手に自慰行為に耽っていた女がズルイと叫ぶ。

「あたしもタケルくんとエッチしたぁぁいッ! タケルくんの熱いの、あたしの中にもたくさん欲しいよおぉぉぉッ!」

 耳障りな悲鳴に眉を顰めると、また別の女が、火照った唇をタケルの唇に押し付け、腐りかけの果実のような甘ったるい舌を口の中にねじこむ。
 それが突然離れたと思ったら、今度は野太い声が頭上から降り掛かる。

「女なんてやめて俺にしとけよ。俺が天国に連れてってやるからさぁ」

 上に乗っていた男は瞬く間にベッドから引きずり下ろされ、入れ替わりに、別の男が、タケルの顔を跨ぐように膝立ちになり、大きく肥大した亀頭をタケルの鼻の先に突き付ける。
 その凶悪なモノが唇を押しのけて口の中に侵入し、タケルは初めて抵抗らしい抵抗をした。

「あれッ、ひょっとしてチンポ咥えんの始めて?」

 嫌がるタケルを面白がるように、男は、タケルの頭を両手で挟んで逃げれないように固定し、腰をグイグイ押し付ける。
 亀頭が勢いよく喉の奥にぶつかる。
 マヒロのペニスとは明らかに違う質感。もぎたての果実のようにぷにぷにとしたそれとは違う、ゴツゴツと筋張ったエラの張った凶悪なサイズの亀頭。その、愛おしさの欠片も感じられない亀頭が濃厚な淫汁を滴らせながら喉の奥を突く。
 おえっ、と胃袋の中のアルコールが逆流して目に涙が溢れる。
 苦しい。
 このままでは窒息する。
 思っていると、突然、部屋のインターフォンが鳴り、男の動きが止まった。

「なんだぁ? 今ごろ飛び入り参加かぁ?」

 男の声を受け、乱行に興じるメンバーの一人が、部屋の主であるタケルを差し置いて、「はいはい、待ってろよ~」とオートロックを勝手に解除する。
 不逞の輩の溜まり場と化した部屋は、タケルの部屋であって、もはやタケルの部屋ではない。たいして親しくもない輩に我がモノ顔で出入りされるのは良い気分ではなかったが、マヒロのいた痕跡の消えた部屋には何の執着も無かった。

 ーーーどうせゴミ溜めだ。ひとつふたつゴミが増えたところで変わりゃしない。

 それよりも今は、息苦しさから解放された安堵の方が大きかった。
 男が動きを止めている隙にペニスを吐き出し、寝返りを打つ。そのままベッドからすり抜けようと男の身体を押し退けると、ふいに玄関から、「ヒイィィィッ!」と、耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。

「なんなのこれはッ! あなたたちは一体誰ッ!」

 バタバタと何かが一斉に騒ぎ出す。ヒステリックな叫び声が部屋中に轟き、それに重なるように悲鳴と怒号が湧き起こる。
 モノが落ちる音、何かが割れる音。一瞬にして修羅場と化した室内に驚く暇もなく、部屋の向こうから幾つもの足音が床を蹴散らすようにドタドタとタケルのいる部屋に近付き、乗り込んで来る。
 部屋にいた女はバイブを持ったまま一目散に逃げ出し、タケルを組み敷いていた男は、殴り掛かったところを逆に殴り返され、床の上にひっくり返った。
 タケルはと言うと、ベッドの上に横たわりながら、自分を見下ろす見覚えのある顔を茫然と眺めていた。

「……タケル……さん?」

 顔面蒼白な女の顔。
 弥生だ。
 強面のボディーガードを後ろに従えながらタケルを、信じられないモノでも見せられているかのような、驚きと怒りと怯えの入り混じった、なんとも言えない表情で見ている。

「タケルさんが変な連中と関わってるって……早くしないと大変なことになるって……だから急いで来たのに……こッ、こんなことッ!」

 唇をわなわなと震わせ、眉間を苦しげに歪ませながら、弥生が血走った目に大粒の涙を溜めてタケルを見る。
 その涙が一筋頬を流れた次の瞬間、ふいに、顔面に鋭い衝撃が走り、頬がジンジン熱くなった。
 ぶたれたと気付くのにたいして時間は掛からなかった。
 弥生は、タケルをぶつなり、「うわああぁぁぁッ!」という絶叫を上げながら床の上に崩れ落ちた。

「こッ、こんなッ! どうして、こんなッ、汚らわしいッ!」

 両手で顔を覆い、激しくイヤイヤしながら、弥生は、感情を爆発させるように大声を上げて泣きじゃくっている。
 まるで、一生分の悲しみと怒りが一度に訪れてしまったかのような壮絶な泣き方だ。
 しかしタケルは、人目も憚らずに泣き崩れる弥生を目の当たりにしながらも、その絶望的な光景を顔色一つ変えずただ茫然と眺めていた。
 衝撃で思考がフリーズしていたわけではない、自分でも恐ろしいほど、何の苦しみも何の悲しみも湧いてこなかった。
 むしろ、心の片隅で笑っている自分がいた。

 ーーーどうにでもなれ。
 
 薄っぺらい無表情を顔面に貼り付けたまま、タケルは心の中で繰り返した。
 

 
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 差し出された封筒の中身を見ながら、高橋が、えっ? と目を見開く。
 お昼時で賑わうファミリーレストランの一角、向かい合わせに座るタイプの違う男二人を怪しむ者は誰もおらず、話し声も周りの雑踏の一部になっていた。

「こんなに貰って良かったのか?」

「相手に連絡取ってもらったし……あと3Pの分も払ってなかったから……」

「3P? あれも貰っていいのかよ!」

 仰天したように声を上げる高橋を見ながら、向かいに座るマヒロが、鼻先まで伸びた前髪を指先で耳にかけながらニコリと笑う。

「いいんだ。高橋くんにはすごくお世話になってるんだから……」
 
 目尻の上がった目、小さな鼻、ふっくらとした唇。清楚な印象を与える白い肌とストレートの黒髪。見る者すべてを惹きつけるほどの容姿ではないものの、上目使いで見上げる澄んだ瞳と、時折り見せる薄っすらと笑みを浮かべた挑戦的な口元はハッと息を飲むような艶を漂わせている。
 一見大人しそうで、実は意外と芯の強い性格であることも高橋の興味を引いた。そのくせ、タケルの前では妙にオドオドと自信なさげで、そのギャップが、高橋の好奇心をくすぐり、ますますマヒロへと関心を向かわせた。

「確かに、タケルとお前を繋いでやったのは俺だけど、その……3Pは、俺も楽しんだって言うか……興奮して、ついやり過ぎちまったとこあるし……なのに、金なんて……」

「やり過ぎてなんてないよ。もともと俺が言い出したことだし……。それよりタケルくんの様子はどう?」

 どうもなにも、乱行パーティーの真っ最中に婚約者に現場に乗り込まれ、無事でいられる筈がない。
 婚約は言うまでもなく破談。冬休みが明けても学内にタケルの姿はなく、『勘当された』だの、『うつ状態で引きこもっている』だのという噂だけが一人歩きしていた。
 あれほど纏わりついていた取り巻きたちも、乱行パーティーが表沙汰になるのを恐れたのか、皆、一斉に口をつぐんで他人のフリを決め込んでいる。
 かくいう高橋も、マヒロに金で雇われて様子を見に行くよう頼まれていなければ、タケルといまだに関わりを持っていたかどうかは疑問だった。

「相変わらずだよ。まともに食事も摂ってねぇし……。サプリメント飲ませてっから栄養は取れてると思うけど、その割にどんどん痩せていっちまって……」

 まるで“生ける屍”だ。
 喉元まで出掛かった言葉を飲み込み、目の前に座るマヒロの驚くほど落ち着き払った顔を見る。
 マヒロは、高橋を真っ直ぐ見詰め返し、ふいに、フッ、と小さく笑って手元のコーヒーカップに視線を落とした。

「タケルくん、味覚が敏感だから、コンビニ弁当やファーストフードなんかは香辛料がキツすぎてダメなんだよね……。お坊っちゃまだから食材にも煩いし……生臭いのとか、魚の骨なんかもちゃんと取ってあげないといけないし……」

 薄っすらと笑みを浮かべながら、感慨深げに呟く。
 タケルが弱っていくのを愉しんでいるかのような表情に、高橋の胸に、苛立ちとも呆れているともとれない感情が湧き上がる。

「心配じゃねぇのか」

「心配だよ。だから高橋くんに様子を見に行ってもらってるんじゃないか」

 わざわざ答えるまでもない。当然、と言わんばかりのマヒロの反応に、高橋の胸が微かにざわつく。
 確かに、マンションの鍵を渡され、週に三日は様子を見に行っている。
 しかしそれは、マヒロが弥生を乱行パーティーに乗り込むよう仕向けたせいでタケルがいよいよ精神的にヤバい状況に追い込まれたせいであり、もとはと言えばマヒロの仕業とも言えた。
『俺をタケルくんの家政夫に紹介して欲しい』と頼み込まれた時は、タケルに貸しを作る絶好のチャンスだと思い、マヒロを利用する形で要望を聞き入れたが、今にして思えば、利用されていたのは自分の方だったのではないかとも思う。
 事実、マヒロの策略に乗せられるように、高橋は、別荘でタケルと3Pをし、弥生をタケルの乱行パーティーにおびき寄せるための電話まで掛けた。
 その時は気にも止めなかったが、冷静になって考えてみると、ゲイでもバイでもない自分がタケルとの3Pの誘いに乗ったのは、何処からともなく耳にした『タケルが男のマヒロに骨抜きにされている』という噂話や、話を持ち掛けた時の、マヒロの誘うような目付きや艶かしい腰付き、フェラチオを連想させる下唇をペロリと舐める小悪魔的な仕草に当てられたせいもあった。
 弥生に電話を掛けたのも、心の何処かにずっとくすぶっていた、タケルへ妬みや嫉妬を言葉巧みに引き出された結果のようにも思われる。
 タケルの鼻を明かしてやりたいという子供じみた虚栄心を見抜かれ、まんまと利用された。
 弱っていくタケルの様子を鼻歌でも唄い出しそうな顔で聞いているマヒロを目の前にして、高橋はますます思いを強めた。

「お風呂も、四十一度でお湯を張って入浴剤を入れてあげなきゃダメなんだ。肌触りにも煩いから、バスローブとかタオルとかいつもフカフカにしといてあげなきゃならないし……ホント……凄く手の掛かるお坊ちゃまなんだから……」

 だんだん表情が険しくなっていく高橋とはうらはらに、マヒロは、目尻の上がった目をうっとりと細めて夢見るような表情を浮かべている。

「このまま放っておいて平気なのか? お前、タケルのこと好きなんじゃなかったのかよ」

 語気を強める高橋を、マヒロが不思議そうな顔で見る。

「好きだよ? タケルくんが大好き。ずっとずっとタケルくんのそばにいたい……」

「なら、なんでこんな真似……」

 言い終わらないうちに、「こんな真似?」とマヒロに真顔でオウム返しされ、高橋は言葉に詰まった。

「こんな真似って……3Pのこと? 勝手に引っ越したこと? 婚約者だとかいうあのクソ女にチクッたこと? ……それとも、タケルくんを一人にしてること……?」

 全部だ。
 そう言ってやりたい気持ちを抑えながらマヒロを睨み付ける。察したのか、マヒロが、叱られた子供のように小さく肩を竦めた。

「確かにタケルくんには可哀想なことをしちゃったかも知れないけど……でも、そうでもしなきゃタケルくんは俺のモノにはなってくれないから……」

「お前のモノ?」

 白い小さな顔がコクリと頷く。

「俺、タケルくんのことが本当に大好きなんだ。だから、タケルくんにも俺のこと好きになってもらいたい。タケルくんに、俺だけのモノになってもらいたいんだ」

「四六時中一緒にいるくせによく言うぜ。もう充分お前のもんだろ?」

「違うよ」

 思いもよらない強い否定の言葉に、高橋は息を飲んだ。
 いつもの控えめな響きではない。何も言わせない凄みのようなものがマヒロの口調にはあった。
 
「確かに俺はタケルくんの一番近くにいるけど、だからって、タケルくんの一番ってわけじゃない。こんな、見てくれも性格もパッとしない、ごくごく普通のサラリーマン家庭で育った、どこにでもいるその他大勢のこの俺が、タケルくんの一番になるなんて、そもそも夢物語みたいな話なんだ。……でも、タケルくんのこと大好きだから、どうしても諦められなくて……だから、タケルくんのお世話をいっぱいして……タケルくんに、俺がいて良かったって思ってもらえるように……俺がいなきゃ困るって思ってもらえるように、いっぱい、いっぱい頑張って……」

 苛立たしげに、それでいてどこか寂しげに唇を歪めながらマヒロは言う。

「でもそれじゃいつまで経ってもただの家政夫だから、タケルくんのこと全身全霊で誘惑して、俺の身体の虜にした。でも、俺が欲しいのは身体だけじゃない。俺は、タケルくんの全てが欲しいから……タケルくんの一番になりたいから……」

「だからあんな真似したってのか……?」

「3Pに関しては正直不安もあったけどね」

「不安……?」

 マヒロが、頷くように、大きく目を瞬かせる。

「だって、高橋くんが話しに乗ってくれる保証なんてないし、一歩間違えば今までの努力が全て水の泡だもの。でも、あのままじゃ何も変わらないし、一か八かタケルくんに揺さぶりを掛けたかったんだ」

 記憶に思いを馳せるように、一点を見詰めて一言一言噛み締めるように言う。その、どこか恍惚とした、それでいて強い意志のこもったマヒロの目に、高橋はゾクリと背筋を震わせた。
 やはり自分はマヒロに利用されていた。
 不思議と腹立たしさは感じない。それよりも、何か得体の知れない恐ろしさが悪寒のように足元を這い上がった。
 息を呑んだまま押し黙る高橋をよそに、マヒロは、唇の端を微かに釣り上げて高橋を見た。

「婚約者のことは、まさかこんなにも早く現実になるとは思ってなかったからさすがに焦ったけど、でもまぁ上手く追い払えたから結果オーライかな。もっとも、これで終わるなんて思ってないけど……」

 いつもは幼く見える顔が、別人のように大人びた表情を浮かべる。
 マヒロの、毒を含んだような妖艶な表情に、高橋は圧倒されたように動けなくなった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 身体が温かった。
 それと匂い。
 可憐な花を辺り一面に咲き誇らせたような清楚で上品な香りが、温かさとともに、凝り固まった身体の上を柔らかく流れていく。
 夢にしてはやけにリアルな感触だ。
 いよいよ夢と現実の区別もつかなくなったのか。
 思いながらぼんやり目を開けると、ふいに視界に飛び込んだ光景に、タケルは一瞬にして夢から覚めた。

「ごめん。寝てたから勝手にさせてもらっちゃった……。熱かった?」

 マヒロだ。
 タオルを片手に、ベッドに横たわるタケルを見下ろしている。
「マヒロ!」と、咄嗟に叫んだが、タケルの声は唇をわずかに掠めただけで言葉にはならなかった。
 誰かと話すことは愚か、生きている自覚もないまま、ただ息をするだけの生活を続けていた。久しぶりの発声に、喉がびっくりして言葉を押し戻すのも無理はない。

「シーツも替えたし部屋も掃除したよ? 少し留守にしてただけなのにずいぶんな散らかりようでびっくりしたよ。あとは、タケルくんの身体を綺麗にするだけ……」

 ギョロギョロと目を動かすだけのタケルを、マヒロは、白い頬をふんわりと持ち上げ、包み込むような笑顔で見詰めている。
 口角のキュッと上がった唇。密度の濃い睫毛が小さく瞬き、奥二重のつり目の奥の黒い瞳がチラリと揺れる。
 以前は気にも止めなかった、マヒロの、白く透き通った肌、紅をさしているわけでもないのにほんのりと赤く染まった唇、いつもどこかはにかんでいるように見える遠慮がちな目元、それが今は胸が張り裂けそうなほど愛おしい。
 タケルの心を知ってか知らずか、マヒロが、瞳を熱っぽく潤ませる。

「こんなになるまで放っておいてごめんね。もっと早く帰って来たかったんだけど、色々あって、遅くなっちゃって……」

 降り掛かる吐息に戸惑う暇もなく、柔らかい唇に唇を塞がれる。
 触れただけですぐに離れていく唇を追いかけるように見上げながら、タケルは、カラカラになった喉を振り絞った。

「マヒロ……」

 今度はちゃんと声が出た。

「お前……今までどこに……」

 マヒロは、静かに微笑んでいる。

「ちょっとね……」

 上から目線な含みのある目。
 普段のおどおどした様子からは想像もつかない、余裕たっぷりな、どことなく小悪魔的な色香を漂わせた目に、タケルの心臓がドクンと高鳴る。

「そんなことより、俺がいない間どうだった? 少しは俺のこと考えてくれた? 会いたいと思ってくれた?」

 答えなど聞くまでもない。
 最初は、突然姿を消したマヒロに憤り、当て付けのように自暴自棄になった。しかし根底には、マヒロを無くした悲しみとマヒロに会いたい気持ちが絶えず渦巻いていた。
 マヒロと離れてみて、タケルは、自分がマヒロなしでは何も出来ないことに気が付いた。失くして初めてマヒロの存在の大きさを思い知らされた。
 以前のタケルなら、怒りの気持ちの方が勝っていたかも知れない。しかし、心身ともに弱りきった今のタケルには、マヒロが目の前にいるという事実が神の救いのように感じられた。

「会いた……かっ……た……マヒロ……」

 声を搾り出し、真っ直ぐに見下ろす瞳を息を凝らしてじっと見詰める。
 触れようと手を伸ばすと、マヒロが宙に浮いたタケルの手を両手でしっかりと握り締め、赤く潤んだ瞳を妖艶に輝かせた。

「タケルくん……俺のこと、好き?」

 好き以外の選択肢など存在しない。そう言いたげな気迫のこもった視線に押されるように、タケルがコクリと顎を引く。
 途端、マヒロの顔がパッと綻び、薄紅色の唇が花開くように微笑んだ。

「本当? 本当に、俺のこと好き? 俺のこと、一番好き?」

「ああ」と答えた言葉の余韻も消えないうちに、マヒロの身体の重みがタケルの胸元にずしりとのしかかった。

「嬉しい! 嬉しい! タケルくん!」

 抱き締められたと気付くまで時間は掛からない。
 温かい頬、柔らかな髪、華奢な肩。
 マヒロを現実の生身の人間として実感した途端、まぶたが焼けるように熱くなり、ひとりでに涙が溢れて目尻を伝った。
 悔しいわけでも悲しいわけでもない。安堵と切なさの入り混じる、優しく温かい涙だった。
 涙で塞がれた耳の奥で、高橋に言われた言葉がこだまする。

『なにが、自分に絶対服従の奴隷、だ。お前の方がよっぽど奴隷みてぇじゃねぇか』

 言われた時は、身体中が激しい拒否反応に襲われ頭がどうにかなりそうだったが、マヒロに抱き締められて涙を流している今となっては、もはやタケルに反論の余地はなかった。
 どちらが主だろうが、どちらが奴隷だろうが、そんなことはもうどうでも良い。
 たとえ自分の方が奴隷に成り下がっていたとしても、自分自身がマヒロを必要としていることに変わりはなく、マヒロを失いたくないという気持ちに揺るぎはなかった。
 もう二度と離れてはいられない。

 ーーー支配していたつもりが、いつの間にか支配されていた。

 胸元にしがみ付くマヒロの身体の温もりと重みを全身に感じながら、タケルは、内側から突き上げる狂おしい思いを噛み締めた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 一カ月後。
 芳醇なアロマの香りの立ち籠める寝室に、マヒロの、もつれるような声が響いていた。

「まっ、待ってよ……そんな急かしたら……ぁッ……」

「さんざん待たせといて何言ってやがる……」

「だ、だって、まさかこんな早く帰ってくるなんて思ってなかったから……んあぁんッ! ぅぅッ……」

 シャワーから戻ったところを正面から抱き竦められ、立ったまま、後孔に人差し指を突き立てられてローション塗れの肉壁を掻き回される。
 アルコールが入った日はいつも性急に求められる。それはマヒロも当然心得ていて、タケルが飲み会やパーティーに参加した日は、すぐに行為に及べるよう、タケルが帰る頃を見計らって抱かれる準備を万全に整える。
 今夜もいつものように抜かりなく準備するはずが、タケルの帰りが思いのほか早く、マヒロは慌てて浴室に駆け込む羽目になった。
 以前は遅くなることの方が多く、そのたびに、乾き始めた後孔にローションを足して何度もほぐし直したが、今は逆に、間に合わないかもとハラハラすることの方が多くなった。
 例の家出事件以降、タケルが酒の席に顔を出すことはめっきり減り、帰宅する時間もどんどん早くなっている。
 マヒロがいない間の荒れぶりに、仲間の多くが愛想を尽かしてタケルの元を離れて行ったが、以前の生活を取り戻した今、タケルの見た目の華やかさや御曹司というステータスは輝きを取り戻し、インカレサークルのイベントやモデル業界のパーティーへの誘いも再燃した。
 タケルが華やかな世界に舞い戻り、そこに集う人々の羨望の眼差しを受けるのはマヒロにとっては大きな不安材料だったが、当のタケルは、さして興味もなさそうで、パーティーも、付き合い程度に参加しているといった様子でマヒロを安心させた。
 早い帰宅は、タケルの乗り気でない気持ちの表れ。そう思えば、大急ぎで洗浄してローションを仕込むのも、ろくにほぐれていない後孔に指を突っ込まれて掻き回されるのも苦にはならなかった。

「誰のせいでこんなんなってると思ってんだ」

 片手で後孔を弄りながら、もう片方の手でマヒロのお尻を鷲掴みにして自分の身体に引き寄せ、硬く勃起したペニスをマヒロの股間にぐいぐい押し付ける。

「あぅ……ん……擦れる……」

 焼けるような熱さと、硬さ、ドクドクと脈を打つ圧倒的な質量に、マヒロのペニスがたちまち反応する。
 そうでなくとも、お尻の感じる部分をこれでもかと指先で擦られ、腰がガクガク震えて動けなかった。
 追い詰めた獲物をいたぶるように、タケルは、密着させた腰を円を描くように回転させながら、硬く反り勃つ自身のペニスを、マヒロのペニスに執拗に擦り付ける。

「すっげぇガチガチ……。もうヌメってるし……」

「たッ、タケルくんのだよぉぅ……」

「俺のだけでこんなになるかよ……。ほら、こうしてやると先っぽからどんどん出てくる」

「あはぁッ……」

 露出した亀頭が、熱湯を浴びせられたように熱い。
「見ろ」と言われてもじもじと視線を向けると、タケルが、よく見えるよう背中を反らせてお腹に隙間に作り、後孔に入れた指をクイクイと手前に折り曲げた。

「あッ、だめッ!」

 タケルが指を曲げるたび、マヒロの硬く反ったペニスがふらふらと揺れ、赤く腫れた亀頭の先から透明な粘液が溢れ落ちる。

「ほら。これ、お前んだろ?」

 恥ずかしい。
 そう思った瞬間、マヒロの身体の奥からゾクゾクとした快感が這い上がり、ペニスの先から大粒の粘液がとぷんと溢れた。
 
「はははッ、お漏らししてるみてぇ……」

「いッ、いじわる言わないでッ……」

 羞恥に頬を染めるマヒロを、タケルが悪巧みをしているような顔で見る。

「一緒に扱いてみるか?」

 耳元で囁かれ、ただでさえ火照った身体がさらにカッと熱くなる。
 顔を真っ赤にして俯くマヒロを揶揄うように、タケルは、唇をニヤリと歪ませ、熱り勃ったペニスをグイと突き出す。

「手、空いてんだろ? 俺のと一緒に握って扱いてくれよ」

 甘えるような、それでいて、有無を言わせぬ圧に満ちた口調で迫られてはマヒロはもう何も抵抗できない。
 そうでなくとも、タケルの美しく傲慢な瞳に見据えられ、胸の奥底に秘めた被虐心がジンジンと疼き始めていた。
 言われた通り、マヒロは、タケルのペニスと自分のペニスを手のひらに握り込み、二本束ねて扱き上げた。
 サイズも色も形も違うペニスが、手のひらの中でクチュクチュと音を立てて擦れ合う。
 裏筋と裏筋が重なり合い、触れた部分から焼けるような熱さとドクドクと脈打つ感じが伝わるたびに興奮と快感が増していく。
 堪らず喘ぐと、その声に触発されたように、タケルが、後孔に埋めた指をぐるぐると回し始めた。

「あッ、あうッ……! ダメッ……!」

 再び、ゾクゾクとした快感が身体の中心を這い上がる。
 全身の皮膚が細かく震え、掻き回された後孔から溢れたローションがお尻の溝から太ももの内側に垂れていくのが解る。
 感じるところだけを狙った強烈な愛撫。狂おしく切ない快感に、腰と膝がガクガク震えて立っていられない。

「手、止まってるぞ。ちゃんと動かせ」

「あぁッ……も、無理ッ……」

 耐えきれず胸元に倒れ込むと、タケルが、「だらしねぇな」と、マヒロの腰を抱いて受け止めた。
 そのまま身体を持ち上げられてベッドの上に放り投げられる。
 ギシッ、と音を立てながら、マヒロの背中がピンと張ったシーツをたわませながらベッドに沈み込む。
 その衝撃に思わず目を閉じると、いきなり身体をうつ伏せにひっくり返され、マヒロはすぐさま目を開いた。

「まだ全然ほぐれてねぇから、しっかりやっとかなきゃな……」

「待ってッ! それは……あぁッ! 」

 問答無用にお尻を高く持ち上げられ、両手で尻たぶを掴まれて真横に開かれる。
 と同時に、露わになった窄まりにねっとり熱い舌が貼り付き、マヒロは思わず悲鳴を上げた。

「やぁッ! それは嫌だって!」

「ちゃんと準備しねぇテメぇが悪いだろ?」

 タケルは構わず、マヒロのお尻の間に顔を埋め、窄まりを舌先でほじったり、手入れの行き届いた会陰周りや玉の裏側をべちゃべちゃと舐め回す。
 自分の快楽だけを優先させていた以前とは打って変わり、今のタケルは、マヒロの陰部に当たり前のように舌を這わせ、窄まりの内側にまで舌を差し入れる。
 自分の恥ずかしいところを攻められるのは逃げ出したいほどの羞恥だが、一方で、タケルにそうされているのだと思うと、ピリピリとした緊張感とともに甘い痺れが身体の奥底から湧き上がる。
 タケルが、一緒に気持ち良くなるよう働きかけてくれていることが嬉しい。
 口では抗いながらも、マヒロの声は快感に震え、熱い吐息が、半開きになった唇からとめどなく溢れた。
 そんなマヒロの反応を愉しむように、タケルが、お尻の肉を指先で広げ、舌先で窄まりをチロチロと刺激する。

「あッ、あぁッ……そ……な……あッ、あッ……」

 表面のシワをなぞり、舌先を尖らせて真ん中にズブズブとめり込ませ、緩急をつけながら、突っ込んだり、弾いたりしてほぐして行く。
 そのあまりに甘美な快楽に、マヒロのお尻が自然と前後に揺れ始める。

「気分出てきたじゃねーか」

「タケルくんがッ……ぁッ……し、しつこく……する……からッ……」

 愛撫から得らえる快感だけでなく、尻を高く持ち上げられ、剥き出しにされた恥部を視姦されているという状態が興奮に拍車を掛ける。
 タケルが、この恥ずかしい姿を、舌舐めずりしながら眺めている。そう想像するだけで、マヒロの身体は熱く疼き、勃起したペニスの先から先走りがポタボタとシーツに落ちる。

「いい感じにほぐれてきたぜ。これなら一気に根元までぶち込んでも大丈夫そうだな」
 
 来る。
 思っていると、突然身体を仰向けにひっくり返され、脚を大きく左右に開かれた。

「タケル……くん……?」

 タケルは、大股開きになったマヒロの脚の間に膝を滑り込ませ、両足のつま先を立てて正座するような姿勢でマヒロを見下ろしている。
 見る者の目を惹き付けてやまない端正な顔、気安く近付くことを許さない気高く精悍な目が、欲情をギラつかせながらマヒロを見据える。
 瞬きするのも惜しいと思うような官能的な目付きに、マヒロの心臓がトクンと鳴る。

「今日は、最初からお前の顔見てヤリてぇんだ……」

 トクントクンと鼓動が早まっていくところへ低い声で囁かれる。
 これもまた、マヒロにとっては大きな変化だ。
 身体の関係を持っているとは言うものの、もともと異性愛者だったタケルを繋ぎ止めておくのはそれ相応の努力が必要で、マヒロは、タケルの気分が削がれないよう、行為中は極力自分が男であることを意識させないよう注意を払ってきた。
 繋がるのはたいていバックスタイル。
 タケルに、そうしろ、と言われたわけではない。その方がタケルがセックスを楽しめると考えたからだ。
 実際タケルは、バックスタイルでの挿入を好み、マヒロに前を向くよう命令したことはなかった。
 それが今は、たとえバックから始めようと、最後は必ず真正面からお互いの顔を見詰めながら絶頂を迎えて終わる。
 タケルの、普段は絶対に見せない恍惚とした表情を見るだけで、マヒロは何度も何度も絶頂の波に襲われる。
 それだけに、「最初から」というタケルの言葉が媚薬のようにマヒロの身体を火照らせた。

「お、おれも……タケルくんの顔、見たい……」

「お前はあんま見んな……」

 夢見るような気持ちで見上げるマヒロにぶっきら棒に言い返すと、タケルは、腰をズイッと立てて熱く猛った先端を窄まりに押し付けた。
「あ……」と、マヒロの口から鼻にかかった甘えた声が漏れる。
 それが合図のように、タケルがマヒロのお尻を浮かせて自分の腰に引き付け、マヒロの身体を折り曲げるように覆い被さった。

「あー、ああッ、あッ……」

 ゆっくりと押し当てるように挿入し、先の部分を入れたところで一旦動きを止め、両膝を抱えながらズブズブと根元まで埋め込む。

「動くぞ……」

 返事をする暇も与えられないまま、両足をさらに持ち上げられ、そこから激しい抽送が始まった。

「あああああッ、あッ、はぁッ、はッ」

 突き上げては戻し、突き上げては戻し、タケルの太く逞しいペニスが抜き差しされる度に、マヒロの内側の粘膜が捲れ上がって露出する。

「どうだ……気持ち良いか? マヒロ……」

「ひ……ッ、あぁッ……やぁッ……」

 奥をガンガンと突き、ふいに一気に根元スレスレまで引き抜き、腰を回して入り口付近を掻き回す。
 器用に腰を振りながら、感じる部分を亀頭で舐め回し、角度を変えては、マヒロがより感じる場所を探るように肉壁をグイグイ押し潰す。

「ここかッ? ここがイイのかッ?」

「あぁッ……イイッ! そ、そこがッ……イイッ!」

 全身の毛が逆立つような快感に耐えきれず手を伸ばすと、タケルが抱き止めるようにマヒロの上に覆い被さる。
 そのまましっかりと抱き締め合い、互いに唇を突き出して相手の唇を貪る。
 ねっとりと熱い舌の感触。唇の隙間から漏れる吐息を鼻先に感じながら、息を弾ませ、互いの舌を溢れる唾液ごと奥深くで絡ませ合う。

「んっ……ふぅッ……ん……」

 その間も後孔への突き上げは止まず、タケルの硬く膨張した昂ぶりが、挿入してもなお質量を増してマヒロの身体を貫く。

「どうだ、気持ち良いか、マヒロッ!」

「あッ、はッ、激しッ……」

 タケルが奥を突く度に、狭い腸壁がジンジンと熱を上げる。
 身体の一番深いところまで貫かれ、自分では決して触れることの出来ない性感帯をこれでもかと揺さぶられる。
 お尻の奥がギューッと締まっていくような感覚。身体を密着させているせいで、勃起したペニスがタケルのお腹と擦れ合い、切ないような痺れるような快感を走らせる。
 鈴口からは乳白色に濁った先走りがとろとろと流れ、ペニスが擦れることで増大した快感が、快楽の大波となって幾度も襲い掛かる。
 
「あぁッ! もうッ、もうッ、だめッ!」

 背中が浮き上がるほどの衝撃に、思わず両足をタケルの腰に回してしがみ付くと、タケルの動きが一瞬止まり、そこからさらなる猛攻が始まった。

「ひぁ……ッ! んああああッ!」

 身体がさらに揺さぶられ、埋め込まれたペニスが一番奥の狭い腸壁をメリメリと押し破る。
 すべてを奪い尽くすそうとするかのような、欲望剥き出しの情熱的なセックス。
 その狂おしい激しさが、マヒロを絶頂へと追い詰めて行く。

「あああッ! す、好きッ! タケルくんッ!」

 感情が昂ぶり、思いが迸る。

「俺も……好きだ……マヒロ……」

 タケルもまた、堪えきれないとばかり吐息混じりに答える。

「ホント? ホントに俺が好き?」

「ああ……」

「俺が一番?」

「ああ……お前が一番……」

 互いに見詰め合い、どちらかともなく唇を突き出し、噛み付くように奪いあう。

「好きッ! 好きッ!」

「俺も……好きだ……」

 好き。一番。
 言葉が、吐息と絡み、舌先でもつれ合う。
 ようやく手に入れた言葉。
 この言葉がずっと欲しかった。
 この先も誰にも渡すつもりはない。
 そのためなら、マヒロは、どこまでも従順に、どこまでも献身的になれる。
 種は充分に蒔いた。水もたっぷり与えている。土台は着実に整いつつある。誰が目の前に立ちはだかろうと絶対に譲らない。
 
 ーーータケルくんの一番はこの俺だ。

 タケルの硬く滾ったペニスを、両腕を首に回してしがみ付いて深々と受け止めながら、マヒロは、自分を貫くタケルの圧倒的な質量と痺れるような熱さ、涙ぐんでしまうほどの愛おしさと幸福感にうっとりと目を閉じた。



終わり。
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