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愛と欲の主従〜3
しおりを挟む想像を超える質量が、重い振動とともにズズッと後孔にえぐり込んでいた。
「ほうら、こんなに長くてデカいのがお前の中に入っていってるぞ?」
一番太い亀頭の張り出し部分が、真琴の黒ずみのない窄まりを限界まで広げながらようやく入り口を通過する。
通常の行為なら、最初の難関を越えてホッと一息というところだが、予測不能なバイブの動きが真琴の緊張を極限まで高めつつあった。
お尻を上に向けられているせいで、バイブが自分の身体の中に沈み込んでいく様子が嫌でも目に入る。
持ち手を握る克己の拳が少しづつお尻に近付いてくるさまはもはや恐怖に近かった。
「も……無理ッ……ほんとに、キツ……あッ、ああぁッ……あッ……」
生身の人間にはどう足掻いても真似出来ない亀頭の首振り。それだけでも相当な破壊力にもかかわらず、大小無数のイボを纏った竿がクネクネとうねりながら肉壁を抉る。
その凶悪と呼ぶに相応しい代物を、克己が、真琴の後孔に、グッと押し込んでは小さく戻し、またグッと押し込んでは小さく戻す。
これを繰り返し、少しづつバイブを奥へ進ませ、真ん中まで埋めたところで一旦止めて窄まりの縁を指でなぞる。
「凄い。シワがピンピンに伸びてる。これを抜き差ししたら一体どうなっちゃうんだろうね……」
「いやッ! やめてッ! お願いッ、抜いてッ! 抜いてッ!」
「根元まで入れる、って言ったよね? まだ半分しか入ってないのに抜けるわけないだろ?」
「うあああああぁぁッ!」
止まっていたバイブが再びググッと押し込まれる。
押し込んでは戻し、押し込んでは戻し、先程同様、小さな抜き差しを繰り返しながら、克己が少しづつバイブを奥へと進ませる。
埋め込まれた亀頭が後孔の奥をぐるんぐるんと舐め回し、びっしりと付いたイボイボが肉壁を抉る。
猛烈な圧迫感。
持ち手を握る克己の拳とお尻の距離がどんどん短くなり、それに比例して、お尻の中が焼けるように熱くなり、玉のような汗が額と言わず全身から噴き出す。
「ほうら、どんどん入る。抜いてなんて言っといて、ここはこんなに美味しそうに咥え込んでるじゃないか」
「あうぅッ……いやッ……抜いてぇッ……うぐぐぅッ……」
バイブの振動が内蔵を揺さぶり、後孔はもちろん、みぞおちの辺りまでもがジンジン痺れ出す。
すると、奥深くまで入り込んだ亀頭がまだ開かれていなかったさらに奥へ入り込み、その衝撃で、開かれたばかりの腸壁がビリッと感電したように蠕動した。
「ようやく根元まで入ったぞ。あんなに長いのが全部入ってる。凄いな真琴は……」
「ひッ……う、動かさないでッ! ダメっ! だあぁぁッ!」
叫びも虚しく、克己は、握りしめたバイブで狭い腸壁を容赦なくこじ開け、小さく戻してさらに奥を突き破った。
「あひいぃぃッ! ふッ、深いぃッ……」
想像を超えた痛みが真琴の脳天を突き抜ける。
ハァハァと短く息を吐いて痛みに堪える真琴の視界の先で、克己が、ニヤニヤしながら持ち手だけになったバイブをスッと手から離す。
支えを失った持ち手がお尻の穴を支点にうねうねと動き回り、克己がはしゃいだ声を上げる。
「はははっ。尻から別の生き物が生えてるみてぇ……」
振動で後孔に埋まったバイブが少しづつひり出され、お尻の穴から突き出た持ち手の動きが大きくなっていく。
尻肉を大きく割り開かれているせいで、バイブが尻穴からひり出される様子が克己に丸見えになり、その羞恥が、焼けるように熱い身体をよりいっそう熱く火照らせる。
ジンジンと脈を打つ熱のせいだろう。痛いだけの行為に甘美な疼きが混ざりだす。
無意識に腰を浮かすと、まるでそうなるのを見計らったかのように、克己が再びバイブの持ち手を握ってズイッと奥を突いた。
「あっはぁッ……」
巨大な亀頭が狭い腸壁をこじ開け、張り出したカリ首が肉ヒダを擦り上げる。
「ずいぶん戻っちゃったからちゃんと奥まで入れとないとな……」
「あうッ……そ……な……無理ィッ……」
内蔵を突き破られるかのような衝撃に、真琴の呼吸が一瞬止まる。
圧迫感はもちろん、痛みと恐怖で喉が塞がり上手く息が出来ない。
暴力的なセックスをされることはこれまで何度もあったが、バイブを使われるのは初めてだった。
それも、ただのバイブではない、一目見ただけで尋常ではないと解るおぞましい形状のバイブを、だ。
エスカレートしているんじゃないかと立花に言われた時は、立花の分かったような口ぶりにカッとなって反発してしまったが、本音を言えば、真琴は図星を突かれて何も言い返せなかった。
実際、克己が暴力的になる頻度は日を追うごとに増している。
最初は軽くお尻を叩かれる程度だったのが、いつしか平手打ちに変わり、やがて拳を振るわれるようになった。
それに、とうとう道具が加わった。
平手打ちが拳に変わって行ったように、このバイブがより凶悪な道具へと変わって行ったら自分は一体どうなってしまうのだろう。
思った矢先、押し込まれる一方だったバイブが突然ズルリと引き戻された。
「あっひいぃぃッ! ひいッ! あぁッ!」
そこから壮絶な抽送が始まる。
「いあぁぁッ! あッ! んあッ……はぁ……」
ズリュッ、ズリュッ、とローションと体液の混じった粘着液を引き摺らせながら、極太バイブが真琴の後孔を長いストロークで出入りする。
張り出したカリ首が腸壁を押し広げ、極太の竿が前立腺をゴリゴリと抉り潰す。
まるで身体の内側から圧死させられるかのような圧迫感。
その間もバイブはクネクネと動き回り、ただでさえミチミチに拡げられた後孔を、無数のイボが右へ左へと小突き回す。
後孔一杯に押し入られているせいで、どう体勢を変えても前立腺を刺激され、肉の疼きが真琴の意思に反してどんどん高まっていく。
絶叫同然の喘ぎ声を上げながら、真琴は襲いかかる衝撃に背中を仰け反らせた。
「ずいぶんなよがり具合だな。こんなことされて喜ぶなんて、本当にスケベな奴だ」
「いあああぁぁぁッ! そん……なッ……ぁッ、激しッ……ッうぐッ……」
バイブを押し込まれるたびに、胃の中のものをぶちまけてしまうかのような圧迫感に襲われ、引き戻されるたびに、内蔵を引きずり出されるような錯覚に襲われる。
繰り返される抽送に、窄まりは張り裂けんばかりに拡がり、赤く充血した粘膜を露出させて捲れ上がった。
「いッ……い、痛いッ……裂ける……も……無理ッ……」
「無理? こっちの方は良さそうだけど?」
「んあぁぁッ!」
いきなりペニスを握られ、真琴の身体がビクッと跳ね上がる。
痺れるような熱さに気を取られて気付かなかった。
前立腺、精嚢、膀胱、と、後孔の性感帯という性感帯を一度に攻められたせいで、真琴のペニスは真琴自身の意思とは関係なく、はち切れんばかりに反り勃っていた。
「この先っぽのヌルヌルしてるのはなんだ?」
とろとろに濡れた鈴口を人差し指でちょんちょんと突き、克己が、粘ついた先走りをわざと長く糸を引かせる。
克己に触れられたことで、後孔に向けられいた意識がペニスに集中し、それと同時に、忘れていた快感がどっと押し寄せる。
後孔にバイブを突き立てられながら敏感な亀頭を撫で回されると、真琴の口から堪えきれない喘ぎがとめどなく溢れた。
「あッああ……ダメ、ダメッ……そこ、いじらないでぇッ……」
「こんなにネチャネチャにしてそんなこと言っても説得力ないぜ。こうしてやると……ほうら、どんどん出てくる」
「あはぁ……ッ……」
カリ首の溝を、指をリング状にして挟んで上へ上へと小刻みに絞り上げる。
弱い裏筋を何度も擦られ、ペニスの内側を焼けるような熱さと切ない疼きがビンビン走る。
その状態でバイブを動かされると、突き上げるような絶頂感とともに、熱い精液が尿度を駆け抜けペニスの先から噴き出した。
「あッ、あぁッ……あッ……」
極太バイブで精嚢を刺激されているせいか、真琴の射精は直ぐには終わらず、何度も溢れては亀頭を握る克己の手を汚す。
まるで中から押し出されているかのように、バイブに突き上げられるたびに、生温かい精液が鈴口からドクッと溢れて真琴の胸の上にポタリと落ちる。
ポタ、ポタ、ポタ、と伝い落ちた精液が、真琴の胸の上で白い液溜まりを作る。
点々と広がっていく精液の水溜まりを見ながら、克己が冷ややかな表情を浮かべる。
「これ〝トコロテン〟だよな? まさかバイブに先越されるとは思ってなかったよ」
「やぁッ! う、動かさないでッ! あッ、ひいぃッ」
射精している間もバイブの突き上げは止まらない。
亀頭も握られたまま、カリ首に巻かれた指が執拗に裏筋を擦り上げている。
激しさを増して行く痛みと強制的な快楽に、真琴は、全身をビクビクと痙攣させながら吐精を繰り返すことしか出来ない。
「ほらほら。まだまだ出てくる。いつまで続くんだこれ……」
「ダメぇ、ダメぇッ、うぅぅ、も、無理ッ、無理ッ……お願いッ……」
「バイブでトコロテンするような淫乱がなに泣き言ってんだ……」
「あぅッ……ほんとにッ、お願いッ…もッ……許してぇッ!」
泣いたところで克己を喜ばせるだけだということは嫌というほど解っていたが、溢れ出した涙を止めることは出来なかった。
「克己ッ! お願いッ! もうやめてぇッ!」
「やめてくれ、って?」
ガクガクと顎を振ってうなずく真琴を見下ろしながら、克己が侮蔑まじりの微笑を浮かべる。
「そうだな。あんまりやってガバガバになっても困るからこれぐらいにしといてやろうか……」
克己の言葉にホッとしたのも束の間、ギチギチに埋め込まれたバイブを一気に引き抜かれ、その強烈な排泄感に、真琴の口から、鼻から抜けるような喘ぎ声が漏れる。
「あッ……はあぁんッ……」
一瞬とはいえ、はしたない声を上げてしまった自分を恥じ入る真琴を、克己の残忍な視線がじっと見据える。
「やめてって言うわりにはずいぶん切ない声を上げるじゃないか……。ここもこんなにヒクヒクさせて……」
「いやぁぁ……見ないで……」
極太バイブを何度も出し入れされた後孔は、バイブを抜かれてもなお赤く腫れた肉壁が覗き見えるほどパックリと口を開けている。
至近距離で見られるだけでも耐え難いものを、克己に尻肉を開かれて覗き込まれ、真琴は羞恥のあまり右腕で顔を覆った。
「こんなに広がっちゃって、これじゃ今入れてもあんまり気持ち良くなさそうだな」
喘ぐように蠢めく肉壁を眺めながら言うと、克己は、仕方ないとばかり、逆さまにしていたお尻をドンッと乱暴に床の上に落とし、仰向けになった真琴の喉元に馬乗りに跨がった。
「何をすればいいかは解るよな?」
ズボンのファスナーを下ろし、顔を覆う真琴の腕を剥ぎ取り、鼻先にペニスを突きつける。
真琴をいたぶりながら興奮していたのだろう。克己のペニスは既に充分勃ち上がり、パンパンに肥大した亀頭を先走りでヌラヌラと濡れ光らせている。
その赤黒くヌメった亀頭を真琴の唇にくっ付けると、克己は、真琴の前髪を掴んで頭を起こし、硬くなった竿に手を添えて唇の隙間にググッと押し入れた。
「んぐぅッ」
口一杯にペニスを押し込まれ、真琴の顔が嘔吐感に歪む。
これまで何度もこうして咥えさせられてきたというのに、いつになく身が竦むような恐怖を感じるのは、いきなり喉奥を突かれたせいばかりではない。
それよりも、克己のペニスが今までにないほど硬くイキリ勃っていることに真琴は動揺を隠せなかった。
極太バイブを使ったプレイが克己を異様に興奮させているのは間違いない。
克己のペニスは、まだ舌先も使わないうちから、真琴の口の中で、ドクドクと脈打ちながらはち切れんばかりに膨張を続けている。
バイブプレイを引き金に、暴力的な行為がエスカレートしていくのではないかという懸念がにわかに現実味を帯びてきた。
それを裏付けるように、克己は、これ以上ないほど硬く勃起したペニスを躊躇なく真琴の喉奥に突き立てると、腰をゆっくりと回しながら真琴の喉を蹂躙し始めた。
「んんんッ! んぐッ! ぶふッ……」
いつもの突き込みとは違う、血管が浮き出るほどピキピキと張り詰めた竿が真琴の口内を縦横無尽に掻き回す。
硬い亀頭が喉の粘膜をグリグリと舐め回し、そのたびに、胃袋がひっくり返るような吐き気が込み上げる。
寝そべった状態で無理やり頭を起こされて咥えさせられているせいで、亀頭が上顎を直撃し、鈴口から溢れる粘液が胃袋を迫り上がった内容物と混ざって鼻から噴き出しそうになる。
必死に堪えていたものの、何度目かの突き込みの後ついに吐き戻し、殆ど同時に、こめかみに衝撃が走り目の奥に火花が飛び散った。
「ぐふッ!」
目蓋の残像も消えないうちに、ガツン、ガツンと、立て続けに顔面に衝撃が走る。
痛みを感じる余裕もない。ただ顔中が焼けるように熱く、吐瀉物にまみれた口の中に血の味が広がる。
わけも分からず朦朧としていると、ふいに髪を掴まれて身体を引き起こされ、克己の股間の前に引き摺り出された。
「ひとのチンポ咥えてゲロ吐くなんてずいぶん失礼だな」
涙で霞んだ視界の先で、克己が冷ややかに目を細める。
顎をしゃくり、細まった目蓋の奥から覗く鈍く光る目を、伏せられた睫毛の隙間から鼻先を見るように斜めに下ろして真琴を見る。その瞬きひとつしない据わった目に、真琴の背筋がゾッと震える。
怖気付いて肩を竦めると、
「舐めろ」
吐瀉物にまみれたペニスを鼻先に突き付けられ、真琴は肩をビクつかせた。
「お前が汚したんだ。ちゃんと綺麗にしろ」
アクシデントに見舞われながらも、克己のペニスは少しも衰えることなく真琴に向かって鎌首をもたげている。
真琴に拒否権はない。
鼻血を啜り、睨むように見下ろす鈴口を見上げながら、真琴は、吐瀉物の付着した亀頭に舌を伸ばした。
「隅々まで舐めろよ」
カリ首の溝に舌を当て、りんと張った傘を下から上へ繰り返し舐め上げ、亀頭を口に含んで付着物を綺麗に絡め取る。
それを喉の奥に溜まった鼻血と一緒に飲み込むと、一旦ペニスから口を離し、自分の口の中を自分の舌で舐めて綺麗にしてから、今度は、克己の股の下に這いつくばって筋張った竿を舐め上げた。
「もっと……丁寧に……」
舌の先に溜まった唾液を塗り付けながら、筋張った竿に舌を這わせていく。
舌の平らな部分で全体を押し舐め、浮き出た血管を尖らせた舌先でチロチロ舐める。
敏感な裏筋はくすぐるように柔らかく。乾かないよう唾液をまんべんなく塗りつけて滑りを良くし、唇で挟みながら右へ左へ滑らせながら小刻みに揺らす。
カリ首の溝をぐるりとなぞり、先走りで濡れた鈴口をチュパチュパと音を立て吸うと、克己の亀頭が張りを増し、粘りの強い先走りがとぷんと溢れた。
「そのまま口を開けろ」
言われた通りにすると、克己に両手で頭を挟まれ、口の中にペニスをねじ込まれた。
「今度は吐くなよ」
「んぐッ……うごッ……」
ガチガチに膨れた亀頭が前歯を割り開いて喉の奥をたたく。
嘔吐反射に襲われるが、吐くことは許されない。迫り上がる吐き気を喉を締めて堪えるものの、その締め付けがかえって克己の快感となり、さらに喉を突かれることになった。
「なかなか分かってるじゃないか……あぁ、たまんない……」
「うぇッ……うぐッ……ごぉッ……」
突き入れられるたびに、血と唾液と克己の体液がごちゃ混ぜになって鼻の奥に溜まり、それを飲み込むとまた次の突き込みがくる。
大きく息を吸いたいが、頭を掴まれ、淫毛に鼻が埋もれるほど突き込まれているせいで思うように息が出来ない。
うげ、うげ、とえずきながらペニスを飲み込む真琴に一切躊躇することなく、克己は、突き出した腰を大きく波を打たせるように使いながら真琴の喉を蹂躙する。
息苦しさが限界に近づき意識が朦朧とする。
そうしていよいよ視界が霞み始めた頃、突然口の中のペニスが舌の上でビクンと跳ね、生温かい精液がどぴゅっと喉の奥を打った。
「んぐぅッ!」
すぐに我に返ったものの、しまったと思った時には既に遅かった。
「飲んだのか?」
言われ、精液の混じった唾液を飲み込む。
「きゅ、急だったから……」
瞬間、ゴキッ、と耳の横が鳴り、ジンジンとした痛みと凄みの効いた声が襲い掛かった。
「俺が飲んでいいって言う前に勝手に飲んだのかッ! 俺との約束を破って!」
「あうッ! いッ、いたいッ!」
前髪を掴まれ、頭をグラグラと揺さぶられる。
フェラチオの時は、必ず口内射精で克己の精液を受け止め、それを一旦舌の上に溜めて克己に見せた後、『よし』と、飲み込む許可をもらってから初めて飲み込める決まりになっている。
いつからか始まったこの暗黙のルールを破った罰が、鋭い鉄拳となって真琴に襲い掛かっていた。
「男は連れ込む! 言うことは聞かない! なんだってお前はそう俺を怒らせるようなことばかりするんだッ!」
「あうぅ……痛いッ……やめてッ……」
「うるさいッ! 謝れッ! 俺に謝れッ!」
「うううッ……ごめんなさいッ! ごめんなさいッ! ごめんなさいッ……」
ガッ、ガッ、ガッ、と、左頬を何度も殴られ、後頭部を掴まれ、ボールでも放り投げるかのように頭を思い切り床に叩き付けられる。
再び目の奥に強烈な火花が飛び散り、耳がじんじん痺れる。
助けを求めたところで聞き入れられる筈もない。
息つく間もなく襲い掛かる痛みに耐えながら、真琴はただ克己の怒りが治まるのをじっと待つほかなかった。
それが最善策なのかどうかは真琴にも解らない。抵抗すれば克己をますます怒らせることになるのは目に見えている。かと言って、無抵抗でいることが克己の怒りにブレーキをかけているというわけでもなかった。
現に、克己の拳の勢いは一向に止まる気配を見せない。
「このッ! このッ! このッ!」
克己が拳を振るうたび、真琴の頭が右へ左へ投げ出され、天と地の区別がつかないほど視界がぐるぐる回る。
真琴が抵抗しないのをいいことに、克己は、己の怒りを容赦無く真琴にぶつける。
顔を殴られ、頭を揺さぶられ、真琴は、自分がどうなっているのかもわからないまま、必死で奥歯を噛み締める。
そうしているうちに、足首を掴まれ股関節が外れるかと思うほど大きく股を開かされ、剥き出しになった恥部に克己の昂ぶりが迫る気配を感じた。
と同時に、後孔をメリメリと割り裂かれ、真琴はたまらず悲鳴を上げた。
「あああああああッ!」
極太バイブで広げられているとは言え、不意打ちの衝撃に身体がすぐに順応できる筈はない。
射精してもなお勢い良く勃起し続ける克己のペニスにももちろん原因はあった。作り物とは違う血の通った生身の肉棒が、焼けつくような熱を巻き上げながら傷付いた肉壁を擦り上げる。
強烈な痛みと痺れるような熱さ、後孔を埋め尽くす圧迫感と奥を突かれる衝撃に、こらえ切れない悲鳴が真琴の喉を突き抜けた。
「いあぁぁッ! やめてッ! やめてッ!」
「嫌がってるわりにはキュウキュウ締め付けてくるじゃないか」
「あぁああん…んはぁぁッ……ぅあぁぁッ……」
抗う心とはうらはらに、克己の猛り勃ったペニスに後孔を突き回されると、真琴の身体は本能的に快楽を求めてしまう。
知ってか知らずか、克己は、真琴の官能を引き出すように、ねっとりと絡みつく肉壁を腰の向きを変えて色んな角度から突き回す。
グリグリと奥の感じる部分を乱暴に擦り上げられるたびに、真琴のペニスは徐々に頭をもたげ、やがて凛と張って先走りの滴を滴らせた。
「叱られている身でよくもこんなに感じられるよな。自分がどういう立場か解ってるのか?」
「あぅぅッ! いやぁ……」
突き入れるたびに、先走りを飛ばしながら白いお腹の上をぴょこぴょこ跳ねる真琴のペニスが面白くて仕方ないというように、克己が、わざとオーバーに腰を突き上げる。
下から上へ押し上げるように突き込みながら、ふいに、真琴の手首を掴んでビショビショに濡れたペニスに誘導した。
「自分で扱いてみろ」
戸惑う真琴に構いもせず、真琴の手に自分の手を重ねて一緒に握る。
「聞こえなかったのか? 手伝ってやるから扱いてみろよ。気持ち良くなりたいんだろ? 自分で扱いて気持ち良くなってるとこ俺に見せてみろ」
鋭く睨み据える克己の目が、冗談ではないと告げている。
観念して手を動かすが、異様なまでの緊張感が真琴の手付きをぎこちなくさせる。
じれったく感じたのか、真琴の手を握る克己の手にふいに力がこもった。
「もっとこうするんだよッ!」
途端に、上下に激しくペニスを扱かれ真琴の腰が跳ね上がる。
「あひぃッ! そ……な、強くしたらダメぇッ……」
身体を硬くして抵抗する真琴を真琴のペニスを真琴の手ごとガッチリと掴み、尿道をぐいぐい圧迫しながら扱き上げる。
後孔には克己のペニスが深々と突き込まれ、カリ首の張った亀頭が肉壁をゴリゴリと抉り上げる。
「ほらほらほらほらッ!」
「いあぁッ! やめてッ! ちぎれるッ! チンコ……ちぎれちゃうぅッ!」
ペニスと後孔を同時に攻められ、あまりの刺激に真琴の悲鳴が悲痛な叫喚に変わる。
両足は大きく開かれたまま閉じることも許されず、後孔は入り口の粘膜が裏返るほど激しく抜き差しされる。ペニスは引っこ抜かれそうなほど乱暴に扱き上げられ、竿自体が発火しているかのように熱く痺れる。
痛みと熱さ、その奥底から、通常の性感とは違うジクジクとした感覚がポッと湧き上がる。
それが切ない快感に変わるのにたいして時間は掛からなかった。
「あっぁぁ……い、いやっ、いやっ……」
「先っぽこんなに濡らしといてなにが嫌なんだ。そうか。こんなんじゃ物足りないんだな? そりゃそうだ。たかが一週間留守にしたぐらいで他の男を自分の部屋に引っ張り込むような奴だもんなぁ?」
「ちが……」
反論しようとしたところを、いきなり乳首を摘まれ真琴はあられもない声を上げた。
「ひあぁぁぁッ!」
これまで肌を重ねた男たちに散々いじられ開発され尽くした乳首を摘まれたのだ。頭よりも先に身体が反応するのも無理はない。なにより、その感度の良さは真琴の魅力の一つであり、抑える必要などなかった。
しかし今は様子が違った。
赤く尖った真琴の乳首を、克己が忌々しげに睨み付ける。
「ちょっと触っただけでもうこんなに乳首を硬くして本当に淫乱な奴だ……。そう言えば初めて寝た時もめちゃめちゃ感じてたもんな。触ってもらえれば誰でもいいんだろ?」
「そんなぁッ……あぁッ!」
親指と人差し指で乳首をグリグリと揉み潰され、鋭利な痛みが乳首の奥から身体の真ん中へ走り抜ける。
身体が受け取る感覚は、つまるところ全て性感に繋がっているのだと、真琴は、克己の愛撫を受けるようになって初めて気が付いた。たとえそれが耐え難い痛みであったとしても、その感覚は例外なく真琴に作用する。
現に、乳首を引っ張られて指先で捏ね回されると、痛みと痺れが腰の辺りで熱く渦巻き、切ない快感が、ジクン、ジクンと脈を打つ。
それを自覚させた張本人である克己が、真琴の変化に気付いていない筈はなかった。
「豆粒みたいにカチカチにして……チンポよりこっちの方が先に千切れそうだが?」
「あッ……やめてぇッ……」
ビンビンに尖った乳首を指の腹で揉み潰し、かと思えば指先に摘んで限界まで引っ張り上げる。
ズキン、と、乳首の内側に鋭い痛みが走る。
お腹の奥がビリっと痺れ、ゾワゾワした震えが背筋を駈け上がる。
後孔ではいきり勃ったペニスがズンズン奥を突き、そのリズムに合わせて克己が乳首をギュッギュッと揉み潰す。
乳首、ペニス、後孔、と、主要な性感帯を三カ所同時に攻められ、真琴の悲鳴が啜り泣くような嬌声に変わる。
「乳首、好きだよな。もっと弄って欲しいか?」
「ああああッ……ダメッ……」
答える前に、克己の手がペニスから離れてもう片方の乳首を摘み、と同時に、両方の乳首を思い切り捻り上げた。
「いぎぃッ!」
「どうした。こうされたかったんだろ?」
「んあああぁぁ……ダメ……それぇ……」
克己の指が、捻り上げた乳首を上下左右に引っ張り、指の腹でコリコリと擦り潰す。
「ほらほら、一杯いじってやるから、お前は自分のチンコ頑張って扱けよ」
「あうぅッ……」
乳首からくる痛みと後孔を突かれる痛み、その奥からじわじわと迫り上がる快感が、普段は冷静な真琴の思考を狂わせ理性を麻痺させる。
快楽への本能的な欲求が、真琴の身体を乗っ取り好き勝手に暴れ出す。
克己に言われるまでもなく、真琴は自分のペニスをしっかりと握り激しく扱き始めていた。
「ははは。いいぞ、いいぞ、もっと扱け!」
「うッ……ふぅッ……うぅッ……んッ……」
バチュン、バチュン、と、真琴のお尻に股間をぶつけながら、克己が煽るように腰を突き入れる。
反動で真琴の上半身が揺さぶられ、摘まれた乳首が自然と前後に引っ張られる。
無惨に潰され充血する乳首。乱暴なセックスと痛みスレスレの快楽。
克己がズンっと奥を突いたのを引き金だった。途端、ビリリと腸が破れるような痛みが脳天を突き抜け、同時に、凄まじい射精感が込み上げる。
ぶるっと身震いした時には既に遅く、次の瞬間には、熱い塊が尿道を駆け上がり、真琴は、身体を仰け反らせながら全身で絶頂を迎えた。
「あっ……あああ……あ……」
ペニスを握ったままビクビクと射精する真琴を、克己は、獲物をいたぶる獣のような目付きで眺めている。
真琴にとっては放心状態寸前の絶頂も、克己にとっては本番前のただの余興。
カッとなりやすい性格も影響してか、克己は、真琴がこれまで付き合ってきたどの男よりも性欲が強く、二年以上付き合った今でも週二ペースで夜通し求められることが多かった。
ましてや今夜は一週間の出張明け。久しぶりの再会に、ただでさえ強い克己の性欲が最高潮に盛り上がっているのは想像に難くない。
真琴の不安を煽るように、恐る恐る見上げる先で、克己が何かを企むように口角を上げてニヤリと笑う。
「あーあー、派手にイッちゃって……まだ始まったばっかだぜ?」
好色そうな目にゾッする暇もなく、腰を掴まれ身体をグイと引き寄せられ、ギチギチに詰め込まれたペニスを更に奥へと突き込まれた。
「ひぐぅ!」
目一杯に伸び切った肉壁が太いペニスに巻き込まれながら一緒に迫り上がる。
ズンッ、と最奥の狭い部分に亀頭を捩じ込まれたかと思ったら、今度は一気に引き戻され、腸が裏返るような、背筋がゾワゾワ波立つような排泄感が襲い掛かる。
たまらず克己の腕を掴むと、逆に掴み返され、そのままグッと引かれて股間に引き寄せられた。
「あー、中、ビクビクしてる。ヤバイ」
「んああぁッ! まだイッてるからッ、待って……待って、ってぇぇぇッ……」
腕を引っ張られてお尻を引き付けられているせいで、克己の猛り勃ったペニスが根元まで入り込み、カリ高の亀頭が狭い腸管を突き上げる。
深いところを突かれると、お腹の底が押されて尿意がじわじわ込み上げる。ずっと我慢してきたが、一度失禁して以来、日増しに我慢が効かなくなっている。もっとも、克己がそれを狙ってわざと執拗に突いている可能性もあった。
バスルームならまだしも、床の上で失禁させられるのだけは勘弁してもらいたい。しかし、今の克己には、そんな最低限なモラルさえ通じなくなっているようだった。
「すっげぇ締まる……。熱いのが吸い付いて……めっちゃイイ……」
「ああッ! ダメぇぇぇッ!」
必死で尿意をこらえる真琴をよそに、克己は、真琴の腕を掴みながら、背中が床から浮き上がるほどの勢いで腰を振り上げる。
パンパンと、肉と肉がぶつかる音が部屋中に響く。
克己が股間をぶつけるたびに膀胱が押されて尿意が高まるが、両手を掴まれているせいで抵抗することも出来ない。
奥歯を噛み締めて我慢するものの、それも長くは続かなかった。
限界を見計らったかのように、克己が、奥まで嵌めたペニスをそれまでより長く引き戻し、再び最奥を狙ってズンッと突き入れる。
弾みで真琴の腰がビクンと跳ね、直後、勃起したペニスの先端から透明な体液が噴き上がった。
「うははははッ! すげぇ、すげぇ、噴水だぁ~」
「あッ……い、いやッ、見ないでッ! いやあぁぁぁぁッ!」
泣き叫ぶ真琴をいたぶるように、克己が、真琴の顔に飛沫がかかるよう、わざと大きく腰を振り上げる。
イッたばかりで敏感になっている尿道を熱い激流が何度も駆け上がる。
まるでずっと絶頂し続けているかのような感覚。射精しているのかお漏らししているのか解らないような凄まじい放出感が下半身を熱く痺れさせ、精液なのかオシッコなのか解らない飛沫が鈴口から次から次へと噴き出す。
限界まで溜まったモノを根こそぎ排出させられるかのような放出に、真琴の官能が刺激され、再び絶頂へと誘われる。
もはや自分の意思ではどうにもならないところまで来ていた。
惨めに喘ぐ真琴とはうらはらに、克己は上機嫌に腰を振る。
「ほら、ビッチョビチョだぞ、真琴! どうするんだコレ!」
「あああんッ……いやッ……」
「くそッ。エロすぎ。腰、止まんねぇ……」
奥を突くスピードが徐々に速まり、饒舌だった口が湿った吐息を吐き始める。
「クッ」と克己の呻き声が聞こえた時だった。同時に、後孔にねじ込まれたペニスがドクンと跳ね、お腹の奥に熱い塊が迫り上がった。
「あああああッ!」
鋭い射精感とは違う、身体の芯がゾクゾクするような、後孔と言わず、身体の内側に微弱な電流をじわじわと浴びせられているような快感が湧き起こる。
もう何度も経験して知っている、終わりのない快楽地獄の始まりだ。
事実、克己が射精を終えてもそれは一向に治まらない。むしろ甘い痺れとなって燻り続ける。
それを承知の上で、克己が、敏感になった後孔からわざとゆっくりペニスを抜き取る。
「あ、ふぅん……やぁ……ッ……」
曝け出された後孔は、赤く充血した肉壁を覗かせながらパックリと口を開き、最奥に流し込まれた精液が体液に混じって垂れ落ちている。
肉壁が空洞を埋めようと蠢くたびに、奥に溜まった精液が押し出されてトプンと溢れる。
「こっちもお漏らしか? 前も後ろも大忙しだな」
辱めの言葉さえ今の真琴には甘い媚薬。あられもなく喘ぐ真琴を蔑むように、克己が、開いたままの後孔から垂れる精液を人差し指ですくい真琴の口に強引にねじ込む。
「うぐっ! おえッ! ぐぅッ……」
「どうした? 俺の精液、大好きだろ?」
「んぐッ……」
えずきながらも、真琴は、克己の言葉に反射的に頷き、口の中を掻き回す克己の指を必死で舐めしゃぶる。
習慣から来る無意識の行動だったが、傍目には恋人への従順な奉仕にしか映らない。それが克己の暴力行為をエスカレートさせている可能性も無きにしも非ずだが、とうの真琴にそこまで考えている余裕は無かった。
「俺の精液美味いか? 美味いならそう言えよ」
「ん……おいひぃッ……」
無造作に突っ込まれた指をしゃぶりながら、真琴は、克己の問い掛けに涙目で答える。
満足したのか、克己が口の中に入れた指を引き抜く。
ようやく口内攻めが終わった。思ったのも束の間、再び腰を掴まれて身体を後ろ向きにひっくり返され、真琴は瞬く間にうつ伏せに組み敷かれてしまった。
問答無用にお尻を開かれ、まだ完全に閉じきれていない後孔に熱い昂ぶりが押し付けられる。
挿入の予感に窄まりがヒクヒクと喘ぎ出す。
「もの欲しそうに吸い付いて……本当にいやらしい奴だな。このヤリマンの淫乱野郎がッ!」
「あッ……待っ……」
「うるさいッ! お前なんかこうしてやるッ!」
辱めの言葉を浴びせられた次の瞬間、硬く張った亀頭がメリメリと窄まりを推し破った。
「あああぁぁぁッ!」
床の上に這いつくばるようにうつ伏せになった真琴の上にのしかかり、真琴の尻をゴム鞠のように弾ませながら克己が腰を突き入れる。
「もっと! もっとだッ! このッ! このッ!」
痙攣の続く肉壁を抉られる身悶えるような感覚。押し潰されたペニスがジンジンと熱く痺れ、感度の増した乳首が床と擦れて切なく疼く。
「あッ……あああぁッ……あひッ……」
苦痛と快楽の狭間で喘ぐ真琴の手が助けを求めるように宙を彷徨うが、克己はチラリとも気にせず真琴の後孔を力任せに抉り、お尻を弾ませる。
優しさの欠片もない、犯す、という言葉以外に表現のしようもない無体な行為に息も絶え絶えな真琴に追い討ちをかけるように、克己の動きがどんどん速く、激しくなる。
「ああ……出すぞ! 真琴! お前の中にたっぷり出してやるッ! ああッ、出るッ! 出るッ!」
やがて、克己が最奥まで腰を突き入れてビクビクと射精する。
直後、真琴の身体を熱波が走り抜け、真琴を終わりのない絶頂へと誘った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ほらほら、ボケっとしてないで、さっさと仕事するッ!」
目の前で両手をパンと打たれ、立花寿一(たちばなじゅいち)は、自分が居る場所にようやく意識を戻した。
顰めっ面をしたママの顔がすぐそこにある。
「さっきからこれで何回目? 次注意されたらクビにすんよ!」
返す言葉もなく、立花は、踵を返すママの背中に「うす」と小さく会釈し、洗いかけのグラスに視線を戻した。
気を取り直し、泡立てたスポンジで中を洗う。
気付くと真琴のことばかり考えている。
『帰れ』と言われ、すごすごと引き返してきてからまだ一週間と経っていない。
にもかかわらず、ずいぶん時間が経っているように感じるのは、立花が一日中真琴のことを考えているからに他ならない。
真琴とは結局あれきり会っていない。
二度と来るなと言われながらも、真琴の様子が気になり、翌日の仕事帰りにアパートを訪ねてみたが、前言通り、ドアも開けてもらえないまま門前払いを喰らわされ、顔も見ないまま今に至っている。
週一ペースで通って来ているという話しから、心配せずとも近々顔を出すであろうとは思われたが、門前払いを喰らわされた時の真琴の声があまりにも切実で、良くない想像ばかりが脳裏を巡った。
そうでなくとも、真琴はひどい傷を負わされている。
最初にアパートを訪ねた時、全裸のまま床の上に這いつくばる真琴を見てすぐにピンと来た。
ーーーあの男はアイツと同類だ。
傷付いた真琴の姿を思い出すと、立花の額の傷が共鳴するかのようにチクチク疼き出す。
『優しい時だってあるから……』
『そうやって何回こんな目に遭った? このままじゃいつか殺されちゃう……』
堂々巡りの会話。
罵声と暴力に怯えるだけの日々。
いつも身体のどこかが傷付き、痛みを上げ、母親の泣き叫ぶ声が聞こえない日はないほど張り詰めていた。
逆らうことなど許されない、ただなぶり殺されるのを待っているだけの、命と隣り合わせの地獄のような暮らし。
しかし、立花が中学に上がったばかりの、とある夜、浅い眠りの中にいた立花を突然鋭利な衝撃が襲い、恐れていたことが一気に現実味を帯びた。
最初は肩に。逃げようと寝返りを打つと、殆ど同時に顔面に飛び上がるような痛みが走り、額がカッと熱くなった。
ギャー、という母親の狂気じみた悲鳴と、ドスドスと畳を踏み締める鈍い音。ぼんやりとした視界の先で、父親と母親が、刃物を取り合い、あっちこっちへ身体を振り合いながらもつれ合っていた。
やがて、「ウッ」と短い呻めき声が響き、父親の身体がドスンと床に倒れた。
立花が憶えているのはそこまで。いくら父親譲りの大きな体格をしてるとはいえ、中身は十二歳の心優しき少年、目の前の出来事に動転したもちろん、刺された肩と傷付けられた額の痛み、ドクドクと流れる瞼を塞ぐほどの大量の出血に、立花はいつの間にか気を失っていた。
次に目覚めたのは病院のベッドの上で、そこで立花は、刑事と思われる男に、傷を負った経緯について質問を受けた。
『この傷は誰にやられたの?』
父親に。
そう答えたのは、その方が良いのではないかという立花なりの機転だった。
ナイフを振り下ろしたのが父親だったのか母親だったのか、寝込みを襲われたせいで、立花は、正直はっきりとは覚えていなかった。
ただ、もしも母親と答えたら、母親が警察に捕まってしまうことは子供心にも理解出来た。
捕まるべきは父親の方だ。
立花の父親は、所謂半グレ集団の一員で、これまでも数々の悪事に手を染め何度も警察のお世話になっていた。
世の中的には父親が捕まった方が全てが丸く収まる。
なにより、刑事や医者の表情、立花を取り巻く部屋中の空気がそう言っている。
立花は、いわば、周りの空気を読んでそう答えたのだった。
もちろん、まるきり嘘というわけではない。
真実であるという確信はなかったが、嘘であるという確信もなかった。
状況的には不確定に違いないが、周りの空気に責任転嫁することで、立花の気持ちは自分の願望寄りに傾いた。
自分だけの考えではないという心強さからか、いい加減なことを言っているという後ろめたさは感じなかった。
それよりも、母親を守りたいという気持ちが先に来た。
結果、立花の気持ちは報われ、母親は逮捕されず、父親は二人の前から姿を消した。
父親が逮捕されたわけではない。立花が病院で目を覚ました時、父親はすでに死んでいた。
死因は、母親とナイフを取り合い揉み合った末に腹部を刺されたことによる失血死。
立花はそれを、退院する日に刑事の口から聞かされた。
母親は重要参考人として警察に連行されたが、現場の状況と立花の証言から正当防衛が認められ、ほどなくして立花の元へ戻った。
こうして立花と母親は、長きに渡る父親の暴力による支配からようやく解放された。
しかし、一度植え付けられた恐怖は簡単には消え去らない。
それは知らない間に母親の心の内側に浸透し、母親の精神を蝕んだ。
平穏な生活を手に入れたにもかかわらず、母親は、居るはずのない父親の影に怯え、父親に支配されていた頃より更に激しい不安を訴えるようになった。
一方立花は、不安定な母親の神経を逆撫でるように、日増しに父親に似た風貌に変容していく。
父親の面影を色濃く受け継ぎながら成長する立花を、母親は、父親を見るような怯えた目付きで見、次第に避けるようになっていった。
大好きな母親に拒絶されながらも、立花は、これ以上母親を苦しませないよう、父親そっくりな大きな身体を丸め、目立たないよう息を潜めて生活した。
少年らしい輝きもない、いつも人目を避けるようにひっそりと日々を過ごす立花の唯一の楽しみは、転校先で出会った眩いばかりに美しく輝く少年を見ることだった。
その少年こそが蜂谷真琴。
真琴の、明るくハツラツとした笑顔、凛とした横顔、繊細な身体から溢れ出る煌びやかなオーラや圧倒的な存在感。
真琴を見るたびに、立花は、自分が別の世界にいるような、フワフワとした気持ちになった。真琴を見ると、頭の中にかかった陰鬱なモヤが吹き飛び、塞ぎがちだった気持ちが晴れやかになっていく。
暗闇に降り注ぐ光のような、自分には到底持ち得ない眩い輝きに満ちた真琴の姿に、立花は、自分自身の憧れを重ねた。
憧れは、淡い初恋となり、やがて切ない恋慕へと変わった。
それは、ずっと地面ばかり見ながら生きてきた立花が初めて出会った希望の光りだった。
母親の精神状態は悪化の一途を辿っていたが、真琴の姿を見ている時だけは、立花は、憂鬱な現実から抜け出すことが出来た。
真琴への恋心が、辛い日々を送る立花の生きる原動力になっていた。
それだけに、中学を卒業をして会えなくなった時は、身を裂かれるような悲しみに襲われた。
立花のマイナスの感情が伝染したのだろう。ほどなくして、以前から情緒不安定な状態が続いていた母親が、突然自ら命を絶った。
遺書とおぼしきメモ書きには、立花を一人残していくことへの詫び言と父親への贖罪の言葉が綴られていた。
筆圧の弱い、か細い文字を目で追いながら、立花は、死の間際まで父親の影に怯え続けた母親を思って泣いた。
父親から解放されてもなお父親に支配されていた母親。
もう少し早く逃げ出せていれば、或いは自ら命を絶つような真似はせずに済んだのかも知れない。
恋人に傷付けられた真琴を見た瞬間、その時の張り裂けるような記憶がフラッシュバックした。
そうでなくとも、この広い東京の空の下、自分の青春時代の全てと言っても過言ではない存在である蜂谷真琴と再び巡り会えた奇跡に、立花は運命を感じずにはいられなかった。
その運命が、再び同じ現実を立花に突き付ける。
もうあの時と同じ過ちは繰り返してはならない。
真琴を母親のようには絶対にしない。強い思いが、激しい使命感となって立花を突き動かしていた。
ーーー俺が蜂谷を助け出す。
ズキズキと鳴る胸の鼓動を自分の耳で聞きながら、立花は、グラスの上を崩れながら流れていく泡を睨み付けた。
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