愛と欲の主従

瀬楽英津子

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愛と欲の主従〜1

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 こんな偶然もあるのだ、と、蜂谷真琴(はちやまこと)は、バーカウンターの端でせっせと氷を削る大柄な男の横顔を見ながら感嘆の息を漏らした。
 背中を丸めて身を屈めていても目に付く大きな身体。薄暗い照明の下でもはっきりと解る額の傷。
 立花(たちばな)だ。
 中三の時同じクラスだった立花寿一(たちばなじゅいち)。
 一緒に遊ぶグループが違ったせいで殆ど絡むことはなかったが、この何処にいても周りから頭一つ飛び出たゴツくて大きな身体と額の真ん中から右側の眉にかけてザックリと入った傷痕は強烈に印象に残っていた。
 その頃はもっと赤く盛り上がり、まるで額の上に赤茶けた太ミミズが貼り付いているように見えた。今は、間接照明の店内の仄暗さを考慮してもずいぶんと薄く目立たなくなっている。
 もっとも、あれから十年近く経っているのだから当然だ。
 立花とは、中学を卒業後別々の高校に進学し、以来一度も会っていない。
 もともと二人で会うような間柄ではなかったし、ましてや高校を卒業すると同時に単身上京し、以来、地元の仲間は愚か家族ともまともに連絡を取っていなかった、そんな真琴が、中学で別れたきりの大して仲が良かったわけでもない立花と連絡を取り合うわけはなかった。
 立花がどういう経緯でここに居るのかは不明だが、思わぬ再会に、真琴は驚きを隠せない。
 こんなところで昔の知り合いに再会するとは夢にも思っていなかった。
 立花の顔を見た途端、まさか、自分の意識が一瞬にして中学時代に引き戻されてしまうということも。

「マコちゃん?」

 感慨に耽っていると、ふいに、たった今出勤してきたばかりのママに声を掛けられ、真琴は後ろを振り返った。

「どうしたの? こんな入り口につっ立って。ほらほら早く入った、入った!」

 返事をする暇もなく、そのまま両肩を掴まれ、押し出されるように店内へと連れ込まれる。

「はぁ~い! ご新規一名様入りまぁ~すッ!」

 入り口の騒々しさに、店内の客が一斉に振り返る。
 バーカウンターの男も、氷を削る手を止めて真琴のいる方へひょいと顔を向けた。
 やはり立花だ。
 立花もすぐに気付いたらしく、真琴を見るなり、額から伸びた傷で真っ二つに割れた眉毛を引き上げながら、驚いたように目を見開いた。
 あの頃と同じ、どこか怯えたような憂鬱そうな目が、狼狽の色を浮かべながら真琴を見詰めている。
 目が合ったのはほんの数秒。しかしそれは、真琴の視線を引き付けるには充分だった。

「あぁ、マコちゃんは初めてだったねぇ。先週から面倒見てる新入。ーーーって、なに? なに? ひょっとして、二人、知り合いィ?」

 新宿二丁目の老舗バーのママとして長年色んな人間模様を見てきた経験からか、真琴と立花の些細な視線のやり取りを見ただけで、ママが、すぐさま二人の関係を察して囃し立てる。
 思わぬ事態にあたふたと視線を泳がせる立花を横目に、真琴は、好奇に目をらんらんと輝かせるママを見上げ、苦笑混じりに、「同級生です」と答えた。

「えッ? えッ? マコちゃん、この木偶の坊と同い年なの? 見えなぁ~いッ! てか、立花っていくつよ? 三十五? 四十?」

「さすがにそれは酷いでしょ。同い年だから今年で二十五ですよ」

「二十五? どっからどう見てもオッサンじゃないッ! 絶対サバ読んでるッ! それに比べて、マコちゃんのこの可愛らしいことッ! こ~んなピッチピチのお肌、十代どころか赤ちゃんじゃなぁいッ!」

 ママのはしゃいだ声とオーバーアクションに店内がどっと沸き返る。
 出会いの場というよりも、仲間同士が気軽に立ち寄り和気あいあいと酒を酌み交わすゲイたちの憩いの場として親しまれている老舗バー、『ツキアカリ』
 本名かどうかも解らない呼び名と顔以外何も知らない匿名性の気楽さと、同じ性的指向を持つ者同士で集う安心感、おそらくここに来る誰もが抱える後ろめたさや孤独感といった薄暗い感情をあっけらかんと吹き飛ばすママの底抜けに明るいキャラクターが、訪れた人々の心をほどよく解放させる。
 その、居心地の良い虚構めいた空間で、明るく人懐こい真琴がマスコット的な存在として受け入れられるのに時間は掛からなかった。
 今夜も真琴の来店を心待ちにしていた常連客が、目をキラキラ輝かせながら満面の笑みで真琴を待ち受ける。
 人気者なだけに、あちこちから『こっち、こっち』と誘いの声が上がるが、野次馬気質なママの独断で、カウンター席の一番端の立花の真正面の席に案内されてしまった。

「昔馴染み同士積もる話もあるでしょー?」

「ただの同級生ですってば」

「まぁ、いいから座んなさいってッ!」

 強引にカウンター席に座らされる真琴を、立花が、黙々と氷を削りながら、たまに上目遣いでチラチラと盗み見る。
 確かめなくとも空気で解る。
 あの頃もこれと同じ視線を感じていた。
 校舎の陰、下駄箱の端、校庭の片隅で、いつも真琴の姿を物陰からコソコソと見るくせに、いざ目が合うと、あからさまに狼狽えながら逃げるように去って行く。
『あいつ、いっつも真琴のこと見とるよな?』
 ことあるごとに真琴を盗み見る立花を、遊び仲間は、『薄味が悪い』だの『ストーカー』だのと警戒したが、当の立花本人は、デカい図体に額の傷といういかにもな外見とはうらはらに、尖った部分など欠片もない、いつも背中を丸めてうつむき加減に道の端を歩くような、警戒とはおよそ無縁な無口で大人しい男だった。
 そんな立花を、周りは、見てくればかりで中身の伴わない見掛け倒しと嘲笑ったが、それに対しても、言い返すどころか怒る素振りさえ見せず、ただ、傷跡の目立つ顔を憂鬱そうに歪め、逃るようにそそくさとその場を離れるだけだった。
 孤独というより、自ら周りを遠ざけているような感じ。一人でいることを好むといった雰囲気てはなく、他人と関わることを恐れているような印象を受けた。
 久しぶりに会った今も、その印象は殆ど変わらない。
 とは言え、内面の変化はあったのだろう。そうでなければ、いつも人目を避けるようにうつむいていた立花が、客商売になど就くわけがない。
 しかも、どんな職業よりもコミュニケーション能力を求められる水商売、よりもよってゲイバーで。

「卒業以来だから、十年ぶり……かな? まさか、こんなとこで会うなんてビックリだ……」

 含みを持たせたつもりはなかったが、立花は、しどろもどろになりながら真琴を見た。

「こっ、これはッ、たまたま紹介されただけでッ……お、俺は、別にぃッ……」

 激しい拒絶に、真琴の胸が軽く騒つく。

「誰もお仲間だなんて言ってないだろ? んな、ムキんなんなよ……」

「でででッ……でもッ……」

 ゲイバーだからといって働く人間全てがゲイとは限らない。
 身バレを嫌うダブルワーカーや、手っ取り早く水商売で金を稼ごうという大学生、単に面白そうだからという理由で、人間ウォッチング目当てにわざわざ選んで働くノンケも最近は増えていると聞く。
 立花がゲイではないという証拠はどこにもなかったが、咄嗟の嘘がつけるような器用なタイプでないことも解っていた。
 何を喋っているのか解らないほどに慌てふためく立花を目の前にしながら、真琴は、昔、目が合うたびにあたふたと視線を泳がせていた立花の顔を思い出していた。

「お前がゲイじゃないってことは解ったし……。てか、ここでそういう反応すんのマジで失礼だから……」

「えッ!」

「えッ! じゃねーよ。 周り見てみろ。ここがどういう店かわかってんだろ?」

「あ……ッ……と……」

 心の底から怒っているわけではない。だからといって気分が良いわけでもなかった。
 ただ、自分より一回り以上も大きい見るからにイカつい大男が情けない顔で顔色を伺うのはなんとも小気味良く、ついつい意地悪な口調になった。

「お前はそうじゃなくてもここにいる奴らはみんなそうなんだ。ここで働くならそれくらい気ィ使え」

 カウンターに頬杖をつきながら、目の前で肩を窄める立花を、わざと斜め下から睨み付けるように見上げる。
 昔の立花なら一秒ともたない。しかし、十年という月日が立花を成長させたのだろう。恐る恐るではあるものの、立花は、真琴から目を逸らすことなく視線を受け止めた。

「ごっ……ごめッ……俺ッ、そそ、そんなつもりじゃ……」

 昔と同じ反応を期待していたわけでは無かったが、肩透かしを喰らった感は否めなかった。
 もっとも、十年も経っているのだから変わらない方がおかしいのだろう。
 真琴がそう感じているように、立花もまた真琴の変化を感じているのかも知れない。
 立花が目を合わせられなかった真琴がいなくなったのか、真琴と目を合わせられなかった立花がいなくなったのか。いずれにしても、カウンター席の端で、真琴は立花と目と目を合わせて向き合っていた。

「解ったから、いちいち謝んな」

 自分でも説明のつかない苛立ちを悟られないようわざと何でもないふうに言い、いつものラム&コークを注文する。
 分量をグラスに注いでライムを添えるだけのシンプルなカクテルだが、立花は、古株バーテンダーの慎さんに何度もレシピを確認し、おぼつかない手付きで、いつもの倍以上の時間を掛けて作り終えた。

「ど、どうかな……」

「どうもなにも、レシピ通りなんだからいつもと同じだろ……」

 真琴の素っ気ない返答に、立花が、引き攣った頬をホッと緩める。
 立花のこんな顔を見るのは初めてだった。真琴の知っている立花は、いつも困ったように眉を顰め、伏せ目がちに地面を睨み付けていた。
 その立花が、頬を緩ませ、唇の端を薄っすらと上げている。
 笑顔と言うにはぎこちない立花の表情を眺めながら、真琴は、立花でも笑うことがあるのかと、当たり前のことを今更ながら思った。
 その笑顔も、真琴が瞬きしている一瞬の間に消えて無くなる。
 残ったのは、立花の元の引き攣った顔と気まずい沈黙。
 真琴が口を開かなければずっと無言のままかと思われたが、意外にも、先に口を開いたのは立花の方だった。

「は……蜂谷も、やっぱり、そうなのか? ……その……さっき言ってた、ここにいる奴はみんなそうだって……」

 たどたどしい口調のせいではっきりとは聞き取れなかったが、立花が何を言おうとしているのかは察しがついた。

「そりゃまぁ、そういう店だからな」

 忙しなく瞬きする立花の目をチラと見上げ、真琴は素っ気なく答えた。

「でも安心しろ。俺、ノンケには一切興味ないから。それにちゃんと付き合ってる彼氏もいるし……」

「彼……氏……?」

「ああそうだ」

 言いながら、ラム&コークを喉に流し込み、そのままそっぽを向くように立花から目を逸らす。
 まるで不貞腐れているかのような反応だ。
 自分でそうしておきながら、子供じみた反応をする自分自身に呆れる。
 しかし、真琴にも言い分はあった。
 十年前、いつも誰かに見られていると感じていた視線の正体が立花のものだと解った時から、真琴は、てっきり立花は自分に気があるものだとばかり思っていた。
 立花の視線は、それほどの熱を帯びていた。
 それが真琴の勘違いなのだとしたら、あの頃の思わせぶりな態度は一体何だったのだという思いもある。
 立花のことなど正直全く眼中になかったが、好意も無くただ見詰められていたのかと思うと、真琴は、自分が立花に揶揄われたような、気持ちを弄ばれたような腹立たしさを覚えた。
 とはいえ、それを悟られるのも癪に障る。
 立花ごときにムキになっている自分自身にも苛ついた。
 真琴は立花からそっぽを向いたままカクテルを飲んで気持ちを落ち着けた。
 立花の視線が横顔に注がれているのを感じる。
 真琴の気持ちを知ってか知らずか、立花は黙ったままピクリとも動かない。
 再び、気まずい沈黙。
 立花の視線が注がれているせいだろう。張り詰めた緊張感のようなものが真琴の頬をピリピリと波立たせる。
 重苦しい沈黙に息が詰まる。
 それを救ったのは、立花でも真琴でもない、ママの賑やかな声だった。

「あっらァ~、克己くん、遅かったじゃなぁ~いッ!」

 響き渡るような声で迎え入れられたのは、常連客の君島克己(きみじまかつみ)。真琴より七つ歳上の三十二歳。ママを始め常連客にも周知されている店公認の真琴の恋心だ。
 克己の登場に、店内がにわかに色めき立つ。
 真琴が店のマスコットなら、克己は不動の人気スターといったところだろう。
 短髪に褐色の肌、目鼻立ちの整った彫りの深い顔、身長はモデル並に高く、ワイシャツの胸元は大胸筋できれいに盛り上がっている。
 そんなワイルド系美男子の克己と、茶色い猫っ毛と大きな瞳が印象的な、年齢のわりには幼さの残る中性的な色白美人の真琴が付き合うことに異議を唱える者は誰もいなかった。
 誰もが口を揃えて『お似合いのカップルだ』と言い、二人が並んでいるさまは、常連客たちの目の保養にもなっていた。

「お待たせ」

 店中の視線を集めながらカウンターに近付くと、克己は、真琴を見ながら白い歯を見せてニコリと笑い、向かい側に立つ立花に視線を移した。

「君が新しく入ったっていう子?」

 答えたのはママだった。

「そうなのよぉ~。昔馴染みに頼まれて仕方なく。ーーー客商売向きじゃないけど、この見てくれなら用心棒代わりにはなるだろう、って。こちとら歌って踊れるキュートボーイを入れようと思ってたのに、全くとんだ災難よ! そしたら、マコちゃんの知り合いだって言うじゃない? なんかもうびっくり通り越してすっごい縁を感じるわ~」

 はしゃぐママとは対照的に、克己は、微笑みを浮かべていた唇をスッと元に戻した。

「真琴の知り合い?」

「同級生なんですって~」

 へぇぇ、と、克己がゆっくり真琴を振り返る。

「高校の時の?」

 克己の、目と眉の間隔の狭い凛とした目に見据えられ、真琴は、反射的に瞬きをして目を逸らした。

「あ、ううん。中学の時の……」

「中学かぁ……中学生の真琴もさぞかし可愛いかったんだろうね」

「そんなことないよ」

「またまた謙遜して……。中学だったら学ラン? きっと凄く似合ってたんだろうなぁ。ねぇ?」

 真琴に注がれていた視線が、今度はカウンターの奥の立花に向けられる。
 立花がギクリと肩を竦める様子が真琴の視界の端に映る。
 ゴツい身体に額の傷、初見ならなおさら誰もが怖気付く立花の容姿を目の前にしながらも、克己は少しも怯むことなく、むしろ挑発するかのように顎を突き出す。

「君に聞いてるんだよ? 黙ってないで教えてよ。……同級生なんだろ? 真琴の学ラン姿、どうだった?」

 コミュニケーション能力皆無と言っても過言ではない立花に、まともな返答など出来るわけがない。
 しかし、真琴の予想に反し、立花は、さほど間も開けず落ち着いた様子で答えた。

「綺麗でしたよ……。他の人間なんて目に入らないぐらい……」

 ピン、と空気が張り詰めたように感じたのは気のせいではない。
 和やかに笑ってはいるものの、克己の目元に不穏な気配が漂い始めていることに真琴が気付かないわけはなかった。
 いつも傍にいるからこそ解る。ゆっくりと瞬きしてスッと目を細める。こういう時の克己は見た目の印象よりもずっと機嫌が悪い。
 思った矢先、細まった目が鈍く光り、唇が皮肉めいた笑みを浮かべた。

「へぇぇ。君もなかなか言うじゃないか」

「それは……どういう意味でしょうか……」

「意味? 言葉の通りだよ。人の恋心を捕まえて『他の人間が目に入らない』だなんて、ずいぶんと挑発的に聞こえるけど?」

 張り詰めた空気が、今度は、シン、と静まり返る。

「もう行こうよ、克己!」

 唐突に切り出したのは、この一触即発の危険を孕んだ状況を一掃するための、真琴なりの気遣いだった。

「まだ話してる最中だろ?」

「早く二人きりになりたいんだ」

 椅子から立ち上がり、克己の腕を掴んで催促する。
 克己は訝しげな顔をしていたが、真琴が手を取り、指の間に指を絡めながら見上げると、まんざらでもなさそうに、「しょうがないな」と席を立った。

「そういうわけだから、話はまた今度ね」

 立花は何も答えない。代わりに、ママが、「もう帰っちゃうのぉ~?」と場を和ませるような頓狂な声を出した。

「ほんっと、仲良しなんだからぁ~。妬けちゃうわッ!」

 また、昔と同じ視線が背中にじわじわ迫る。
 しかし真琴は、立花を振り返ることなく、絡め取った克己の腕に抱き付いた。

 
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 男同士腕を組んで歩く姿などさして珍しくもない、ここ新宿二丁目のゲイストリート。にもかかわらず、行き交う人々の視線をやたらと集めてしまうのは、克己の、ゲイ仲間はもちろん、老若男女問わず全方位を惑わす外見のせいだった。
 彫りの深いエキゾチックな顔立ちは言うまでもなく、仕事帰りのワイシャツとスラックス姿からも容易に見て取れる厚い胸板とパンと張った太もも。克己に声を掛けられて喜ばない者はこの界隈にはまずいない。
 高校を卒業後、親の反対を押し切り家出同然に上京した真琴がようやく見付けた癒しの場、『月あかり』
 上京してニ年目の二十歳のクリスマスイブ。都会暮らしに疲れ果てた真琴が最後の思い出にと訪れた二丁目で、たまたま店の前にいたママと目が合い強引に連れ込まれたのが縁で通うようになったゲイバーで、すでに常連客だった克己と出会えたことは、真琴の人生の大きな転機だった。
 色白童顔の、爽やか系アイドルさながらの容姿を持つ真琴は出会い系サイトでも受けがよく彼氏はすぐに見つかったが、誰も彼も真琴の若くて綺麗な身体が目当てで、真琴が思い描いていたような恋愛相手には恵まれなかった。
 誘ってくるのは、真琴の若さと都会慣れしていない純朴さにつけ込むヤリ目的な輩ばかり。
 見抜けなかった真琴にも非はあると言われればそれまでだが、そういう輩に真琴は何度も傷付けられ、挙げ句の果てには、自分を弄んだ、いわば加害者であるはずの妻子持ちのバイセクシャルの男の妻に職場に乗り込まれ、ゲイであることをバラされただけでなく、『旦那を誘惑した』『訴えてやる』と脅された。
 そのせいで、真琴は、親の反対を押し切ってまで入ったアパレル関係の会社を辞めざるを得なくなり、仕事はもちろん、上京して初めて出来た同期の友人たちをもいっぺんに失った。
 そこからは絵に描いたような転落人生。大見得を切って出てきた手前地元へも帰れず、真琴は、アパートの家賃と生活費を稼ぐためにバイトをいくつも掛け持ちしながら働き詰めの生活を強いられた。
 その間も出会い系サイトへのアクセスはやめられず、愛を求める、というよりも、孤独な心の隙間を埋めるため、半ば現実逃避のように人肌を求めて誰かと身体を重ねた。
 中には本気で好きになった相手もいたが、寂しがりの真琴の愛情表現は『重い』とウザがられ、結局誰とも上手くは行かなかった。
 恋愛方面だけでなく、バイトの合間に面接を受けていた正社員の仕事もことごとく断られ、自信喪失していたせいもある。
 克己と親しくなってからも、ルックスはもちろん、三十そこそこの若さでベンチャー企業の管理職に就き、コミュニケーション能力も高く誰からも慕われる克己がまさか自分のことを好きになってくれるとは到底思えず、淡い期待を抱かないよう、自分の気持ちにブレーキを掛けていた。
 希望的な未来が何一つ見えない状況の中で、もしもまた報われない恋愛に陥ってしまったら今度こそ二度と立ち直れない。克己とは、他の常連客とは一線を画すほど打ち解けていたが、傷付きたくない気持ちが先に立ち、友達以上の関係にはなかなか踏み出せないでいた。
 それだけに、克己に好きだと告白された時は、にわかには信じられず、驚きと嬉しさのあまり泣き出してしまうほどだった。
 克己と出会って丸ニ年、真琴が二十ニ歳のクリスマスのことだった。
 それから約ニ年半、真琴は、店公認の克己の恋人としてママや常連客たちに温かく見守られながら、克己との愛を育んでいる。
 真琴のことを一夜のアバンチュールの相手としか思っていなかったそれまでの男たちと違い、克己は、真琴を自分の恋人であると周りに公表し、愛情深く誠実に接してくれる。
 まさに、真琴がずっと憧れ思い描いていた恋愛関係。真琴にとって克己は理想の恋人だ。
 ただ一つを除いては。

「いッ……いたいよ……克己……そ……な……」
 
 バスルームの壁に身体を押し付けられながら、泡塗れの指を後孔に深々と突っ込まれ、真琴が苦しげに眉を顰める。
 シャワーを浴びているところを、いきなり背後から押さえられ、立ったまま両足を開かされて尻肉の割れ目に無理やり指を捩じ込まれた。
 窄まりに溜まった泡が多少の潤滑剤になってはいるものの、満足にほぐれていない肉壁は突然の異物の侵入に硬く緊張し、いたずらに痛覚を増幅させる。
 ぴっちりと閉じた窄まりに指先を突き立てられるだけでも相当な痛みを伴うものを、克己は、めり込ませた指を一気に根元まで埋め込み、狭い後孔を力任せに掻き回す。
 痛みに身を捩じれば、暴れ回る指先が不用意に腸壁を突き、ビリリと電気が流れるような衝撃が突き抜ける。
 逃れようにも逃れられず、真琴は、壁に両手をついて腰をくの字に折り曲げなから両足を踏ん張って痛みに耐える他なかった。

「本当に……ただの同級生だからッ! それ以上何も無いからッ!」

「あったら困るよ……」

 肉壁を割り拡げるようにグニグニと回転していた指が、今度は、上下の抜き差し運動に変わる。
ぬちゅ、ぬちゅ、と音を立てながら、克己の長い指が真琴の赤らんだ窄まりを忙しなく出入りする。
 激しい、などという生易しいものではない。それは徹底して情け容赦なく、真琴が泣こうが叫ぼうが一向に手を弛める気配はない。
 整った顔立ちに男らしい身体、愛情深く誠実な人柄、大人の包容力、真琴が憧れ求めていたものを全て兼ね備えた理想の恋人、君島克己。
 そんな、誰もが羨む自慢の恋人、克己の唯一の欠点。
 嫉妬深く、キレやすい。しかも、一度スイッチが入ると手が付けられない。
 こうなった克己は誰にも止められない。
 目が座り、言葉使いが乱暴になり、手当たり次第に当たり散らす。
 克己がこの状態に陥ると、真琴は、容赦なく襲いかかる罵声と暴力に耐えながら、ただ克己の怒りが治まるのをじっと待つしかなかった。

「んぁぁッ……うぐッ……嫌ぁぁ……」

 ギリギリまで引き戻った指が、ぐぶっとイヤらしい音を立てて再び奥を突く。
 どれくらいこうされているだろう。ボディーソープが腸壁に沁みてヒリヒリ痛む。
 一本だった指は二本、三本と増えていき、その指が開いたりうねったりしながら後孔をまさぐる。
 乱暴な刺激に顔が顰む。
 それでも、力任せに引っ掻き回していた指が何かを探るように折れ曲がってある一点を捉えると、痛みに掻き消されていた快楽の回路がパッと開き、思わずよがり声が出た。

「あひッ! そこッ! だめッ!」

「こうされるの好きだろ? ええ?」

 バスルームの壁にしなだれかかってガクガクと膝を震わせる、もはや立っているのもやっとな状態の真琴の腰を片手で軽々と支えながら、克己は、後孔に埋めた指で真琴の感じる部分を突いたり擦ったりしながら責め立てる。  
 緩急のついた刺激に自然と背中がよじれる。
 耐えきれずに膝を折ると、腰に回った克己の手が絶妙なタイミングでペニスに触れ、真琴は、ビクリと身体を震わせた。

「嫌ッ! ホント……ダメだって……」

「ダメじゃないさ。自分のココ、よく見てみろよ」
 
 克己に言われて股間に視線を落とすと、お腹につきそうなほど起立した自身のペニスが物欲しそうにヒクついているのが真琴の視界に飛び込んだ。

「ほら。自分のチンポがどうなってるか解ったろ? 真琴はこうやって俺にいじられるのが大好きなんだよッ!」

 自分の状態を認識する暇もなく、握り締めたペニスを力任せに激しく扱かれる。

「あぁっっ! はああぁぁぁぁッ!」

 指の腹が弱い裏筋をグリグリと擦り上げる。ピリッと電気を流されたような衝撃が走り、ペニスの内側に直接火を点けられたような熱さが湧き上がる。
 敏感な先端を親指で撫で回されると、亀頭がみるみる赤く膨らみ、鈴口から透明な先走りがねっとりと糸を引いた。

「この、よだれ垂らしてピクピクしてるとこ弄られるのも好きだよなぁ?」

 鈴口を指先でチョンチョンと突き、先走りで濡れた爪先をめり込ませる。

「あうぅぅッ!」

 叫ばずにはいられないほどの痛み。しかし、克己の爪先はこれだけにとどまらず、さらに鈴口をほじくるように刺激する。

「あっっ! あああああっっ!!」

「いい声出てきたじゃないか。真琴はこれぐらい乱暴にされた方が感じるんだもんな。俺にはなんでもお見通しだ」

「んあぁぁぁッ! はぁッ……くうぅッ……」

 乱暴にされるのが好きなわけではない。しかし、鈴口に爪先を立てられながらも萎えるどころかさらに充血して硬く反り上がったペニスを晒した状態では何の説得力もなかった。

「スケベだなぁ? こんなんされてもイヤらしい汁トロトロ垂らして……本当にエロい……」

 克己が小刻みに爪先を動かすたびに、赤く腫れた鈴口からとろりと先走りが溢れる。
 後孔には相変わらず長い指が根元までズッポリと嵌り、爪先の動きに合わせてグニグニと関節を曲げ伸ばしして肉壁を擦り上げる。
 後ろと前を同時に弄られ、真琴は悶えることしか出来ない。
 そんな真琴に追い討ちをかけるように、後孔に埋められた指が突然ぬるりと抜け、代わりに、はち切れんばかりに硬くなった肉棒がお尻の割れ目に沿うようにピトリと当てがわれた。

「ま、待って! まだッ!」

「ローションなら俺の先走りで充分だろ」

「そ……なッ! 無理ッ!」

 訴えも虚しく、尻肉を開かれ、熱く滾った先端を窄まりにブスリと押し込まれる。

「あぁッ! ああああぁぁぁっっッ!」

 焼け付くような痛みに身体が硬直する。克己もさすがにキツいのだろう。いつもなら一気に突き入れるものを、カリ首の張った亀頭を少しずつメリメリと埋めながら、狭い後孔をゆっくりと割り開いていく。
「チッ」と舌打ちする音が聞こえたような気がして身構えると、次の瞬間、太ももの外側に鋭利な痛みが走り、真琴は、ヒイッ、と喉を引き攣らせた。

「チカラ抜けよ」

 苛ついた時のいつもの暴力。
 平手打ちなどまだ可愛いほう。酷い時は握り拳が飛んでくる。
 とは言え、入り口の敏感な部分に亀頭を嵌められた状態で平手打ちをされるのは後孔にもろに響き、ズキンと突き刺すような痛みに襲われた。

「入らないからチカラ抜けって言ってるだろ? 何度も言わせんな」

 力を弛める暇もなく、バチン、バチン、と立て続けに二、三発飛んでくる。

「ひいぃぃッ!」

 手加減なしに叩いてはメリメリと腰を突き入れ、また叩いてはメリメリと腰を突き入れる。
 克己の亀頭が後孔をこじ開けるたび、ただでさえボディーソープが沁みてヒリつく後孔が焼け付くような痛みを上げる。

「痛いッ……嫌いよッ……克己ィッ……」

 泣いたところで聞き入れられる筈もなく、結局真琴は、克己が挿入している間ずっと太ももを叩かれ続け、克己の猛りきったペニスが根元まで捩じ込まれる頃には、涙で瞼を赤く腫らし、額にぐっしょりと汗を掻いていた。

「手間かけさせやがって……」

 短く息をして痛みに耐える真琴など気にも留めず、克己は、突き当たりまで挿れたペニスを僅かに引き戻すと、再び体重を乗せてグンと突き入れた。

「んあぁっっ!」

 容易に抜き差し出来る状態でないことは、克己の苦しげな息づかいからも推測できる。それでも突き上げようとするのは、欲望というより雄の本能的な衝動によるものだろう。
 うっ、うっ、うっ、と、呻くような鼻息を上げながら、克己は、最奥に嵌めたペニスをさらに奥へとズンズン腰を突き出す。
 振動で内蔵が揺さぶられ、ムズムズするような感覚がお腹の内側に広がっていく。
 痛みの中に甘美な痺れが湧き上がる。
 気持ち良い。
 思った瞬間、突然、両方の乳首を同時に摘まれ、真琴は飛び上がった。

「はっ! はああぁぁぁッ!」

「やっぱ、ここいじると良い声で泣くよなぁ……」
 
 そう言いながら、克己が、真琴の小さな乳首を乳輪ごとねじり上げる。
 快感が再び痛みに変わる。
 しかし、克己は全く気付いていない。克己にとって真琴が上げる声は全て歓喜の喘ぎ声であり、拒絶は催促の裏返し。
 事実、痛みに仰け反る真琴の背中を満足そうに眺めながら、克己は、なおも乳首をねじり上げる。

「黙ってないで声出せよ。乳首責められて気持ち良いだろ?」

 ねじり上げた乳首をグニグニと揉まれ、左右同時に引っ張られると、真琴はもう観念するしかなかった。

「はぁはぁ……き、気持ち良い……気持ち良いよ……克己……」

「どれくらい?」

「んあッ! うッ……す、凄くッ……凄く、気持ちいッ……」

 喘ぎ喘ぎ答えると、

「良い子だ」

 いきなり顎を掴まれ、強引に振り向かされて唇を塞がれた。

「んんんッ、ふぅんッ、んッ……」

 噛み付くように奪われ、荒々しく舌を突っ込まれる。
 嵐のような激しいキス。
 唇と言わず顔中をがむしゃらに舐めまわされ、息が出来ないほど強く舌を吸われる。
 顔を真っ赤にしながら喘ぐ真琴をいたぶるように、克己は、分厚い舌で真琴の口腔をこれでもかと蹂躙し、真琴の舌が鬱血するほど吸い付くしてからようやく唇を離した。

「やらしい顔しやがって……」

 舌先に溜まった唾液が、克己の下唇との間で透明な糸を引く。
 口を半開きにしたまま喘ぐ真琴を見ながら言うと、克己は、掴んだ顎を乱暴に突き放し、再び真琴を背後から犯し始めた。

「はッはあああぁッ……いっ、痛いッ……はぁッ……」

 真琴を羽交締めにし、根元まで嵌った昂ぶりを、浅く引き戻しては突き、浅く引き戻しては突く、を繰り返す。

「痛がってないでもっといい声だせよ、真琴」

「はぁはぁ……はッ……もッ……む、無理ッ……」

 無理やり拡げられた窄まりは赤く捲れ上がり、崩れないように踏ん張った足の内側を、克己の鈴口から漏れた先走りとボディーソープの混じった白濁した液体が伝い流れる。
 まるで、快楽に愛液を滴らせる女のような反応に官能を刺激されたのか、ふいに克己が、真琴の片足を持ち上げ、腰を低く落として真下から突き上げた。

「んあああぁぁぁッ!!」

 ミシッ、と、内蔵が軋むような痛みが脳天を突く。
 衝撃で、今まで開けられていなかった直腸の奥に筋張った亀頭が入り込み、後孔といわず内蔵全体がびくりと蠕動する。
 悲鳴を上げたまま固まる真琴を気にもせず、克己は、こじ開けた腸壁を容赦なく突き揺さぶり、獣のような雄叫びを上げる。

「うおおっ、締まるッ、締まるぅッ、凄ぉぉッ!」

 膀胱を内側から揺さぶられているせいだろう。痛みの中にじわじわと尿意が湧き上がる。
 漏れる。
 思った時には、生温かいものが鈴口から溢れ出し、勃起した陰茎を伝い流れていた。

「真琴、ションベン漏らしてんのか?」

「あぁッ……い、いやッ……」 

 止めようと必死に力を込めるものの、克己の猛烈な突き上げに押し出された勢いは簡単には止まらない。
 もじもじと股を閉じて堪える真琴を嘲笑うように、鈴口は壊れた蛇口のように小水をチョロチョロと垂れ流し、独特の臭気を上げながら足元に黄金色の水溜りを作った。

「これ、ションベンだろ? 大の大人がションベンちびって恥ずかしいなぁ。なぁ? 真琴?」

「嫌……見ないで……」

 真琴が嫌がることを知っていて、克己が、真琴のペニスを両手で掴んでぶらぶら揺する。克己に弄ばれながら無様に放尿する自身のペニスを目にした途端、ふいに真琴の両眼から涙が溢れ出た。
 痛みによるものか恥ずかしさによるものなのか真琴自身にも解らない。ただ込み上げる感情の波を抑えられずとめどなく涙が溢れる。
 しかし、感傷に浸っている暇はなかった。

「あーあ、泣いちゃった……」

 しゃくり上げる真琴を見下ろしながら克己が薄ら笑う。
 嫌な予感。
 察知したのも束の間、真琴の予感を的中させるかのように、突然、奥を突いていた克己の昂ぶりがズルリと引き戻り、再び最奥へと突き入った。

「うああああぁぁぁッ!」

 足が床から浮き上がるほどの勢いで突き上げられ、真琴が切り裂くような悲鳴を上げる。
 警察に通報されてもおかしくないほどの悲鳴だが、そうされないのは、ここが防音設備の整ったラブホテルだからだ。
 それは克己も当然把握しており、真琴がどんなに叫ぼうが、躊躇するどころか一向に手を緩める気配はない。
 いわば逃げ場のない状況の中で、克己の逞しい腕が片足をガッシリと抱え上げ、真琴の後孔を容赦なく突き上げる。
 まるで身体の中に大きな杭を打ち込まれているかのような衝撃。このまま壊されてしまうのではないかという恐怖と痛みが真琴をいっそう悲痛に叫ばせる。
 その叫びが克己をますます興奮させていることに気付きながらも、真琴は迸る声を抑えることは出来なかった。

「ひぐッ……ぁうッ……ふっ、深いッ……」

「俺も……奥……すっげぇ良い……めちゃ締まるッ……」

 グチュグチュグチュと、結合部がいやらしい音を立てる。

「かつ……み……はっ、激し……あぅぅッ……うっ……」

 抱え上げた膝をさらに高々と担ぎ上げ、空いている手で真琴の腰を自分の方へ引き付けながら、克己が更に腰をねじ込む。
 足を上げたことで挿入する角度が変わり、新たな衝撃に腸壁がビクンと蠕動させる。

「はぁはぁ……真琴の中、すげぇ熱い……」

「こんな……奥まで……無理ッ……も……壊れちゃうぅッ……」

 強制的に身体を開かれされ、こじ開けられた最奥がカッと熱を上げる。
 揺さぶられた振動で、これまで痛みに優勢だった神経回路が快楽に切り替わる。

「はぁぁ……やっぱり真琴の中は最高だ……。真琴も気持ち良いだろ? 気持ち……良いよな? なぁ、真琴……」

 ズンッ、ズンッ、グチュ、グチュ、ガッ、ガッ。
 痛みと快感の狭間で苦悶する真琴を追い詰めるように、克己が突き入れるスピードを速める。

「はっはああぁぁっ……あぁぁっ……ああああん……はあぁぁぁ……」

「好きだよ、真琴……俺の……」

「やめ……たすけ……て……」

 ようやく巡り会えた理想の恋人。しかし、遠退いていく意識の中で、真琴は、見えない何かに助けを求めていた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 
 上京して七年目。
 十八歳の春から六回目の春を過ごし、今年の暮れには二十五歳の誕生日を迎える。
 人生を語るにはまだ経験不足ではあるものの、これまでの人生の中で、自分が一番輝いていた時はいつかと聞かれたら、真琴は迷わず『中学生時代』と答える。
 自分がまだゲイだと完全に自覚する前、異性や同性からの好意を素直に受け止め、無邪気に喜んでいた頃。
 『女の子みたい』と言われ、ずっとコンプレックスに感じていた睫毛の長いぱっちりとした目やそばかすの浮いた小さな鼻、肌が白いせいでやけに赤く見える唇、輪郭のぼやけたぷにぷにとした丸い顔、それが第二次性徴を迎えて徐々に男らしく変容し、それとともに、『お姫様』と揶揄われた色素の薄い茶色い瞳と陽に透けると金髪に見えるサラサラとした髪は、『王子様』ともて囃されるようになった。
 自分が実は凄く恵まれた容姿をしていることに気付いたのもこの頃だ。
 物心ついた頃から女のようだのモヤシ野郎だのと揶揄われ、てっきり自分は周りと比べて外見的にも体力的にも劣る魅力の無い人間なのだと思い込んでいた。
 しかし、中学に上がり、周りの反応を観察するうちに、それが自分への興味からくる彼らなりの愛情表現であったことに気が付いた。
 それを機に、それまで狭く閉ざされていた真琴の世界は大きく広がり、引っ込み思案だった性格も明るく社交的な性格へと変化した。
 真琴はたちまち人気者になり、真琴の周りは自然と人で溢れた。
 甘える喜びを知り、甘やかされる心地良さに酔いしれた。
 世界は自分を中心に回っている。
 そんな錯覚を覚えてしまうほど、全てが真琴に対して優しく好意的だった。
 自分は特別だと思っていた。特別だから、男も女も自分に憧れ羨望の眼差しを向ける。
 立花の視線を笑って見過ごせたのも、そうした驕りがあったからに他ならなかった。
 しかし、高校に上がると少しづつ様子が変わっていった。
 周りは前と変わらず真琴に優しく接してくれる。変わったのは真琴の方だった。
 きっかけは、中三の終わりから付き合っていた彼女とのファーストキス。自分の唇に彼女の唇が触れた瞬間、真琴は興奮に胸を高鳴らせるどころか、自分が何かとんでもない間違いを犯しているような違和感に襲われた。
 本当を言うと、それまでにも精神面での予兆はいくつもあった。
 女子といるより同性の友人といるほうが何倍も楽しい。女子からの視線より、同級生の男子や先輩からの視線が妙に心地良い。
 周りに流されて彼女を作ってはみたものの、甘酸っぱい感情やときめきを感じることもなく、むしろベタベタと身体に触れられることに不快感すら覚えていた。
 自分は女性を性的な対象として見れないのかも知れない。疑問が確信に変わるのにたいして時間は掛からなかった。
 それは真琴にとって喜ばしい気付きではなかった。
 性的マイノリティに対する理解が深まりつつある世の中になってきたとはいえ、地方都市の外れの田舎町に暮らす真琴にとって、自分が同性愛者であるということは恐怖以外の何ものでもなかった。
 隠さなければ、という内なる声が、呪文のように真琴を急き立てた。
 その日を境に、真琴の世界は再び狭く閉ざされた。
 仲間たちは以前と変わらず真琴を取り囲んだが、当の真琴は、自分が同性愛者だと知られるのを恐れるあまり、以前のように自然な振る舞いが出来なくなっていた。
 やがて仲間の一人に恋愛感情を抱くようになると、知られたくない気持ちと恋心の間で葛藤し、張り裂けんばかりの切なさに襲われた。
 ネットの向こうには男同士の出会いの場が当たり前のように溢れていたが、真琴の住む田舎町ではまだまだ非日常の夢物語。他に目を向けようにも現実的な出会いなどある筈もなく、自分はもう一生恋愛出来ないのだと絶望的な気持ちにもなった。
 どこか遠くへ行ってしまいたい。誰も自分のことを知らない場所、過去も、周りが作った勝手な未来像も先入観もない、今のありのままの自分を曝け出せる場所で自分らしく自由に生きてみたい。真琴がそう思うのも無理はなかった。
 そうして高校を卒業後、真琴は親の反対を押し切り単身上京した。
 都会での生活は、真琴が思い描いていたような華やかなものではなかったが、紆余曲折しながらも、今は、克己という恋人と出会い、人も羨む幸せな日々を送っている。
 にもかかわらず、ふとした拍子に中学時代を思い出してしまうのは、人生の中で一番輝いていた頃に戻りたいという真琴の内なる声の現れなのかもしれない。昨日の今日でツキアカリに足が向いてしまったのも、中学時代のキラキラとした思い出の中の登場人物の一人である立花に、望郷的な愛着を感じていたからかも知れなかった。

「ジントニック」

 立花の顔を見ずに声だけでオーダーし、ステップに片足を掛けてカウンターチェアに座った。
 昨夜の克己とのセックスでダメージを受けた後孔がズキンと痛む。
 悲鳴こそ上げなかったものの、身体がビクッと震えて眉間が苦痛に歪んだ。

「どこか具合、悪いのか……?」

「別に……」

「でも辛そうだ……」

 心配そうに覗き込む立花を無言でやり過ごすと、カウンターの中央に座っていた常連仲間の修が代わりとばかりと口を挟んだ。

「立花ちゃんが心配する気持ちも解るけど、これはまぁ、幸せな痛みっつーか、仲が良い証拠みたいなもんだからなぁ。どうせ昨夜も一晩中イチャコラしてたんだろ?」

 克己とは、その後もベッドに場所を移しで一晩中身体を重ね合った。そういう意味では、修の言う〝イチャコラしていた〟というのも間違いではない。
 ただ、昨夜はいつにも増して激しかった。
 真琴の後ろを容姿なく貫きながら、克己は、真琴の平坦な胸を撫で回し、硬くなった乳首をひねり潰した。
 悲鳴は乱暴なキスによってことごとく封じられ、代わりに、分厚い舌が前歯をこじ開けて侵入し、歯茎や上顎を舐めまくる。
 窒息しそうなほど喉の奥まで舌を突っこまれ、真琴は何度気を失いかけたか解らない。
 しかし克己は一切手を緩めず、息も絶え絶えに喘ぐ真琴をベッドに押さえ付け、バチュン、バチュンと荒々しく後孔を突いては夜通し真琴を責め立てた。
 その苛烈なセックスが、真琴の身体にダメージを与えたのは言うまでもない。
 悟られないよう気を張ってはいるものの、ひと足踏み出すごとに後孔に走る鋭利な痛みを紛らすことは出来はしない。
 腰を庇いながらひょこひょこと歩く真琴を、ネコ仲間の修が黙って見過ごす筈もなかった。

「やりたい盛りのガキじゃあるまいし、克己くんも、いい歳してよくやるよ」

 悪口を言われているのは百も承知だが、真琴は、修のこの嫉妬と羨望の入り混じった不貞腐れた顔を見るのが嫌いではなかった。
 他人に嫉妬されるということは、自分がそれだけ羨ましがられているということだ。
 克己の恋人というだけで、自分が周りから特別な目で見られていることは真琴も承知している。
 店のマスコット的存在になれたのも、克己が真琴を気に入り、常連仲間に可愛い可愛いと触れ回っていたことも関係していたのだろうと思う。
 つまりそれだけ影響力がある。その克己に選ばれた恋人なのだから、皆が自分に羨望の眼差しを向けるのは当然だ。一方で、店公認のカップルとは言え、老若男女を問わず全方位に人気の高い克己だけに、皆が手放しで祝福してくれているわけではないことも察していた。
 表に出さないだけで、ひょっとしたら修も克己を狙っていたのかも知れない。
 そう考えると、修のあからさまなイジリも憎まれ口も、むしろ真琴を優越感に浸らせる甘いスパイスとなった。

「ホントだよ。俺ももう若くないんだから、少しは手加減してくれなきゃ身がもたない……」

「なにそれ、ノロケ?」

「違うよ」

「いいやノロケだ! 克己くんに愛されてるからって調子に乗りやがって、このぉ!」

 口を尖らせて息巻く修を、周りの常連客が、「まぁ、まぁ」と宥める。

「そうカッカしなさんな。心配しなくても修にもそのうち素敵な出会いがあるってばぁ~」

「誰が心配するかッ!」

 修が声を荒げ、周りの客がガハハと笑う。掛け合い漫才のようなやり取りを見ながら、真琴は、これで良い、と心の中で呟いた。
 皆の憧れである克己と、その克己に愛されている自分。
 自分がいかに恵まれた立場にいるか、それは真琴自身が一番良く理解している。
 克己に愛されることよって得られる喜びや安心感、その恩恵に比べたら、セックスの時の痛みなど悩みのうちにも入らない。
 そもそも克己が乱暴になるのにはちゃんとした理由がある。嫉妬だ。愛しているが故の激しい感情。つまり愛情の裏返し。
 現に、修はそれを〝ノロケ〟と呼び、店の皆も微笑ましく見守ってくれている。
 この幸せな空間を壊してはいけない。 
 自分はこんなにも愛されているのだから。
 思いを噛み締めながら、目の前に置かれたジントニックを手に取った。
 すると、

「本当にそうなんでしょうか……」

 グラスに口をつけたところでふいに言われ、真琴はむせそうになりながら声の主を見た。
 視界の先では、立花が瞳を鈍く光らせながら真琴を見据えている。
 いつものおどおどした様子とは違う厳しい表情だ。
 初めて見る立花の意外な表情に、真琴は、不覚にも一瞬にして気圧されてしまった。

「どういう意味だよ」

「いや……それを、本当に愛されてる、って言うのかと思って……」

「はぁ? 何言ってんのお前」

 呆れる真琴に、立花はなおも詰め寄った。

「い、痛いことされて、ほ、本当に、愛されてるって言えるのか……」

「いっ、痛くねぇし……」

「でも辛そうだ」

「だからこれは、ケツ……お、男同士のアレには付きものの痛みであって、別に心配するようなことじゃなッ……ぁ痛ッーー」

 言ってるそばから後孔に痛みが走り、真琴は顔を顰めた。
 立花の叱責するような視線が胸に刺さる。
 そら見ろ、と言われているような気がして思わず目を逸らすと、昨夜、強く掴まれた手首に薄っすらと痣が浮かんでいるのが目に入り、いたたまれない気持ちになった。
 昔は立花の方が目を逸らしていたにもかかわらず、今は、真琴の方が慌てて逸らしている。
 いつもおどおどと見ていたはずの立花に立場を逆転され、心の中を見透かされているような居心地の悪さに胸を騒つかせる。自分が今、立花の目にどんなふうに映っているのかを想像しただけで、真琴は逃げ出したい気持ちになった。

「帰る……」

 これ以上踏み込まれたくない。
 殆ど衝動的に、真琴は、カウンターチェアを飛び降りていた。

「え? マコちゃん?」

 床に足をついた途端、またしても激痛に襲われ一瞬固まる。
 心配する修を無視して出口に向かい、ボックス席に座るママに、「つけといて」と言い残して店を出た。

「来るんじゃなかった」

 立花に過去の輝かしい時代を重ねたのは間違いだった。
 あの頃の自分を知る立花に会ったところで、あの頃に戻れるわけではない。
 腰を庇いながら歩き、少し先にあった自販機にもたれて休憩した。
 再び歩き出そうと顔を上げると、後ろからバタバタと近付く足音に気付き思わず振り返る。

「は、蜂谷!」

 立花だ。
 周りから頭一つ飛び出た大きな身体を弾ませながら、立花が駆け寄ってくる。

「た、タクシー呼んだから」

 店で見た厳しい表情とは違う、真琴の知っている、いつも自信なさげにおどおどしていた立花だ。

「タクシー?」

「身体……辛そうだったから……マッ、ママに言って、さっき……呼んだ……」

 驚き見上げる真琴をよそに、立花は、息を切らせながら、つっかえつっかえ言った。

「五分くらい……で……来るから……」

「はぁ? そんなことしてもらわなくても帰れるし」

「で、でも、もう呼んだから……」

「余計なことを……」

 今の状態で駅の階段を上り下りをするのは正直キツいと自分でも思っていた。
 内心、助かったと思いながら、真琴は、渋々従うふうを装いながらタクシーを待った、
 
 程なくしてタクシーが到着すると、立花は、真琴を後部座席へ座らせ、自分も続いて隣に座った。

「ちょっ……なんでお前まで乗るんだよッ!」

「心配だから」

「はぁ? バカじゃねーの? こんなんいつものことだし、慣れてるし」

「ママにはちゃんと断ってきた」

「んなこと聞いてねぇよ」

 調子が狂う。
 真琴は、チッ、と舌打ちしながら、立花から目を逸らして窓の外を見た。
 横顔に立花の視線を感じる。
 あの頃と同じ、いつも物陰から真琴をじっと見詰めていた、中学三年生の頃の立花の真っ直ぐな瞳。違うのは、あの頃はまんざらでもないと思った立花の視線が、今はひどく煩わしく感じられることだ。
 立花が今どんな気持ちで自分を見詰めているのか想像するのが怖い。
 男狂いのバカ者と幻滅されているだろうか。
 それならそれでせいせいすると思う一方で、輝いていた頃の自分が抹消されてしまうような淋しさも覚える。
 どっちつかずの感情が、訳もなく胸をざわつかせた。

「い、いつも、こんなふうになるのか?」

 沈黙を決め込む真琴に、立花が聞きづらそうにポツリと呟く。

「いつもじゃねぇ」

 顔を見ずに答えると、しばしの沈黙の後、立花が「そうか」と溜め息混じりに答えた。

「ならいいが……もし、こういうことが続くなら、考えたほうが良い」

「考える、って何をだよ」

「だから……こんなことする奴とはもう……」

「いつもじゃねぇって言ってるだろッ!」 

 反射的に真琴は叫んでいた。
 噛み付くような叫び声に、立花は、一瞬肩をビクつかせ、しかしすぐに姿勢を正して真琴を見た。

「ああ、そうだったな……。でも、こういうのは治らないから……早めに対処しなきゃ……」

「はぁ? なに言ってんのお前」

「俺には解る。こういうのは治らない。むしろどんどん酷くなる……だから……」

「いい加減にしろッ! お前に何が解る! もうほっとけよ!」

 吐き捨て、再び立花から目を背けた。
 立花が慌てる気配を感じたが、喋り掛けるなとばかり窓の外に顔を向けて無視を決め込む。
 重苦しい沈黙の中、タクシーは都会の雑踏を抜け、真琴の住む都心の外れにある古めかしいアパートの前に到着した。
 玄関まで送ると言う立花を振り払い、一人でタクシーを降りて、自分の部屋のある二階へ続く階段へ向かう。
 立花が追いかけてきたのは言うまでもない。長身で足の長い立花に腰を庇いながら歩く真琴が追いつかれるのは時間の問題だったが、痛む身体を引き摺りながら階段に向かい片足を掛けた。
 すると、ふいに、コツ、コツ、コツ、と前方から足音が近付き、真琴は、はたと足を止めた。
 ほどなくして、足音とともに見慣れた革靴が視界の先に飛び込んだ。

「か……つみ……?」

 驚く真琴をよそに、克己は、目を見開いたまま固まる真琴を見据えながらゆっくりと階段を下る。

「なにを驚いてる? 彼氏が家を訪ねるのがそんなにおかしいか?」

「でも今日は……」

「会う日じゃない、って? 昨夜、激しくしちゃったから心配で様子を見に来にきてやったってのに、ずいぶん冷たい反応じゃないか」

「そんなことはッ……」

 慌てふためく真琴を一瞥すると、克己は、後方に立つ立花に視線を移し、彫りの深い精悍な目元をキッと尖らせた。
 
「君、ツキアカリにいた子だよね。いつから客を送るサービスなんて始めたの?」

 立花は、

「俺の判断です」

 間髪入れずに答え、真琴の横にズイと進み出た。

「歩くのが辛そうだったので送りました。しばらく安静にしてた方が良いと思います」

 克己は一瞬瞳を鈍く光らせ、しかしすぐに皮肉めいた薄笑いを浮かべた。

「安静ねぇ。なんのことだかよく解らないけど一応頭に入れておくよ」

 言うなり、真琴に視線を移して、「おいで」と手を伸ばす。
 一見穏やかながら威圧感の漂う笑顔で言われると、真琴は何も言えなくなってしまう。
 萎縮する、というのとは少し違う。克己の堂々とした雰囲気は克己の魅力の一つであり、真琴の憧れでもあった。
 二年半という、恋人同士としては落ち着いた時期に差し掛かった関係ながら、克己の何気ない仕草に、真琴は未だに胸をときめかせることがある。
 それが今だった。
 立花が引き止めるかのように見上げるが全く眼中に入らない。
 促されるまま真琴は克己の手を取った。

「いい子だ」

 克己は言うと、真琴を胸元に引き寄せ、傍らに立つ立花に視線を向けた。

「そういうことだから後は俺に任せてもう帰りなよ」

 立花は動こうとはしない。
 克己は暫くの間立花を睨み付けていたが、やがてフンと鼻息を吐いて身体を反転させ、真琴の背中に手を回して真琴を支えながら階段を上り始めた。
 真琴は克己に寄り添い、克己とともに階段を上がった。
 身体の痛みは消えていない。
 しかし不思議と気にならなかった
 それよりも、鼻先に漂う克己の汗とエキゾチックな香水の入り混じった匂いと体温が心地良く、夢の中にいるようなフワフワとした気持ちに包まれた。
 
 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 腰を抱かれ、優しくエスコートされながら部屋の前に進み、ポケットから鍵を取り出しドアを開ける。
 部屋に入ると、さっきまでの夢心地から一転、突然床の上に投げ飛ばされ、真琴は一瞬にして現実に引き戻された。

「アイツはなんだ?」

 仰向けに倒れたところを、お腹の上に馬乗りに乗られ、両手を頭の横で押さえ付けられる。
 硬いフローリングではないものの、安物のクッションフロアが力任せに投げ飛ばされた衝撃を受け止めきれるはずもなく、ただでさえ痛む身体が悲鳴を上げる。
 しかしそれも、克己の射抜くような視線の前では些細な問題でしかなかった。
 身体の痛みより、克己の怒りのほうが真琴には切実だった。

「答えろよ。どうしてアイツがここにいるッ! アイツと何するつもりだったッ!」

「なにもしないよッ! アイツが勝手に……」

「嘘を付け! アイツを部屋に上げるつもりだったんだろッ!」

「ちがッ……あぁッ!」

 有無を言わさずシャツを剥ぎ取られ、露わになった胸元にむしゃぶりつかれる。
 乳首を吸われ、舌の先で乱暴に舐め転がされ、硬くなった乳首を乳輪ごと噛まれて上下左右に振られる。
 反対側の乳首は、指先で揉んで揉み潰され、千切れるほど強くつねられた。

「痛ッ!」

 反射的に悲鳴を上げるが、真琴の悲鳴は克己の耳には全く届いていない。
 まるで、怒りの衝動を抑えきれないとばかり、ハァハァと上がっていく吐息とともに克己の愛撫は激しさを増していく。
 責められるようなことは何もしていない。しかし怒りのバロメーターが振り切れてしまった今の克己に何を言っても無駄なことは真琴自身が一番よく解っていた。
 下手に弁解をすれば余計に克己を逆上させてしまう。
 真琴は、誤解されるような状況を招いた立花とそれを克己に見つかってしまった自分の運の悪さを恨みながら、克己の怒りをただ受け止めた。
 皮肉にも、真琴のその反応が克己の怒りを増長させていることに真琴は気付いていなかった。

「心配して来てやったってのに……お前って奴は、俺の目を盗んでコソコソと……」

 弁解をしない真琴にイラつくように、克己の乳首をまさぐっていた手がズボンのボタンを外しファスナーを下げる。
 慌てて身を捩るものの、両足を持ち上げられて下着と一緒にズボンを足首から引き抜かれ、真琴は一瞬にして素っ裸にされてしまった。

「ダメッ! お願いッ! まだ身体が治ってないんだッ!」

 訴えも虚しく、克己の手が真琴の縮み上がったペニスを掴む。「ギャッ!」と叫んだのも束の間、いきなり激しく扱き上げられ、真琴は「ぃぃぃぃぃッ!」と引き攣るような悲鳴を上げた。

「大声出すと外に聞こえるぞ?」

「あうッ! やッ、やめッ……やぁッ……」

 全身を突っ張らせて喘ぐ真琴をいたぶるように、克己が扱き上げる手に力を込める。
 尿道をギュッギュと絞り上げ、かと思えば、親指と中指でカリ首を柔らかく挟み、それを小刻みに上下させて裏筋を刺激する。
 激しい扱きと柔らかい愛撫、緩急をつけた刺激に、痛いだけだった感覚に快楽の目が息吹く。
 握られたペニスはみるみる硬く膨張し、先走りの粘液を滴らせた。

「もうこんなに濡らして、どんだけ期待してるんだよ」

「し、してない……ぁっうッ……」

 抗いながらも、感じる裏筋をしつこく擦られると自然と声が裏返る。
 それでも、克己の手が陰嚢を滑りお尻の割れ目をまさぐり始めると、忘れていた痛みがよみがえり真琴はハッと我に返った。

「そッ、そこはダメッ! 昨夜のがまだ治ってないんだッ!」

「昨夜の? あれは真琴が悪いんだろ? 俺がいるのにあんな奴と親密そうにしてるから」

 充分にほぐれていない後孔を力任せに突きまくられたらどうなるかぐらいは克己にも容易に想像はつくはずだった。ましてや昨夜は、刺激成分の強いボディソープを塗り込まれ、後孔の粘膜が爛れたようにヒリつきトイレに行くのも辛かった。
 一晩中貫かれ、翌日足腰がガタガタになることはこれまでにも何度かあったが、今回はいつもとは明らかに様子が違う。二、三日で治まるとは到底思えない。深刻なダメージを受けているのは間違いなかった。
 しかし克己はまったく気に留めず、こうなったのはお前の自業自得だと言わんばかりに、足を閉じて抵抗する真琴の膝を開いて後孔に指を突き立てた。

「うああああぁぁぁッ!」

 焼かれるような痛みに、こらえていた恐怖心が爆発する。
 克己をこれ以上怒らせないようにしなければという思いは一瞬にして吹き飛び、真琴はなりふり構わず抵抗した。

「お、お願いッ! 本当に痛いんだ! 今入れられたら俺……俺ッ……」

 声が震え、両目から涙が噴き出す。
 克己はそれでも無理やり指をねじ込もうとしていたが、真琴が涙声を張り上げると、チッ、と舌打ちして後孔から指を引き抜いた。

「仕方ない。こっちで我慢してやるよ……」

 言いながら、真琴の身体を跨いで膝立ちになり、ズボンと下着をズリ下げる。
 半勃ちなったペニスがズボンに引っ掛かりながらボロンとこぼれ落ちる。
 不完全ながら、すでに相当な質量を持つ克己のペニスに思わず顎を引くと、いきなり前髪を掴まれ鼻先にペニスを突き付けられた。

「咥えろ」

 返事をする隙も与えられないまま、有無を言わさず唇に亀頭を擦り付けられる。
 真琴に拒否権はない。
 克己に命じられるまま、真琴は、突き出されたペニスに恐る恐る舌を伸ばした。
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