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〜籠の鳥
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「合法薬物依存ってとこすかね。睡眠薬に安定剤。さすがに覚醒剤には手を出してないみたいすけど、ほっときゃ時間の問題かと……」
紀伊田の言葉に、松岡の眼光が鋭い熱を持った。
「そんなことンなったら内藤が黙っちゃいねぇだろ」
「でしょうね」
多くの傘下組織が覚醒剤の取り扱いを禁止される中、石破組だけが暗黙の了解で許されているのは、中卸から末端の小売まで、取引相手の身元が徹底的に管理されていることと、取り扱いを始めてからこれまでの間、取引ルートの中に覚醒剤中毒者を一人も出していないという信頼性にある。
それが初の出現、ましてや、若頭補佐に昇格したばかりの積川良二が当事者ともなれば、石破組が長い年月をかけて築き上げた信頼は地に落ちる。
いくら積川が内藤に目を掛けられているとは言え、こればかりは何かしらの制裁を以って落とし前をつけなければ収拾が付かないのは目に見えていた。
「最悪、破門……か」
「覚醒剤中毒者は裏界隈でも嫌われるからね。もっとも、そうなれば、の話しだけど……」
期待とも不安とも取れない含みのある沈黙が、日当たりの良いリビングのソファーに斜向かいに座る二人の頭上に重くのし掛かる。
先に口を開いたのは松岡だった。
「やはり、亜也人が原因なのか……?」
違うと言えば嘘になる。
積川が襲われた後、内藤が、亜也人を積川に会わせるよう要求してきたことは松岡から聞いて知っている。
積川の暴力行為の制圧に駆り出されているN企画の逢坂からは、積川が暴れるたびに亜也人、亜也人、と、うわ言のように名前を呼んでいるのだと聞かされた。
状況から考えて、積川の暴力行為に亜也人が関係していることは明らかだった。
「だとしても、亜也ちゃんには一切関係ない。積川が勝手にやってるだけだ」
紀伊田は、亜也人との関係を敢えて否定せず、積川の様子を正直に伝えた。
「そうは言っても、アイツは気にするだろう……」
「知らせればね」
え? と、松岡の表情が強張った。
「知らせるな、って言うのか? いつも、隠し事はするな、って言うのに珍しい……」
「いつもはね……。でも今の積川はいつもと違う。今の積川は亜也ちゃんが知ってる積川じゃない。あんな、一日中ラリってるようなヤツに亜也ちゃんを関わらせるわけにはいかないよ」
「当たり前だ!」と、松岡が食い気味に答えた。
松岡にとって積川は、亜也人の幸せを脅かす天敵だ。元は積川の恋人であった亜也人を、松岡は、強引に奪い取る形で手に入れた。実際は、亜也人を手に入れた後で解ったことであったが、積川にしてみれば、松岡は愛する亜也人を奪った敵であり当然ながら恨みは深い。
しかし問題なのは、松岡が恨まれているということではなく、積川が亜也人への想いを断ち切れず、未だに松岡から奪い返そうと企んでいることだ。
亜也人が再び積川の元へ戻れば今度こそ無事ではいられない。ましてや今の常軌を逸した積川であればなおさらだ。
おそらく松岡も正気ではいられないだろう。
これまでの経緯を側で見守ってきただけに、今回の積川の異変に松岡がどれほど神経を尖らせているか紀伊田には手に取るように分かった。
「心配しなくても、新庄が付いてるから今すぐどうこういったことは無いよ。自分ンとこのシマで暴れるぶんにはケツも持てますが、堅気にまで手ぇ出して警察沙汰にでもなったらいよいよ後が無いすから」
「だが、いつ人目を忍んでやって来るか……」
「そうならないために新庄に探りを入れてるんでしょ? 幸い、N企画の逢坂とも接点が持てたし、積川が凶行を起こす前に食い止めますよ」
「食い止める、ってお前……」
松岡が身を乗り出すと、同時に、携帯の呼び出し音がけたたましく鳴り響いた。
亜也人からだ。
予定していたショッピングが思ったよりも早く終わり、今からマンションへ戻ると言う。
明るく弾んだ声が松岡の電話口から紀伊田の耳に届くほど漏れ響く。
一緒にいるのは佐伯だろう。積川への警戒のため外部との接触を極端に制限されている亜也人にとって、佐伯は、一緒に外出できる数少ない人間の一人だ。
前は紀伊田もよく同行していたが、別れてからは一度も行っていない。
佐伯はさほど気にしていない様子だと松岡から聞かされていたが、佐伯の前に二度と姿を現さないことが、佐伯の真剣な想いを踏み躙ってしまったことへのせめてもの償いだと紀伊田は思っていた。
佐伯の幸せな未来のためにも、自分のような人間がいつまでも目の前をウロチョロしていてはいけない。
話が一区切りしたこともあり、紀伊田は、松岡が電話を切るのを待たずにソファーを立ち上がった。
「じゃあね」と片手を上げてジェスチャーすると、松岡が、慌てて電話口から顔を離した。
「ちょっと待て! 亜也人が声が聞きたいと言ってる」
松岡の声に、紀伊田は、背中を向けたまま、「また連絡するよ」と軽い口調で答え、部屋を後にした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
何処かで見たことのある男が今にも死にそうな顔で良二を見上げていた。
誰だろう、と一瞬考える。
思い出した。
昨日、亜也人に色目を使った野郎だ。集会の後、残るよう子分に言い付けておいた。
「ちっ、違いますッ! そんな、亜也人さんをどうこうしようだなんて、神に違って絶対ないっすッ! ホント、信じて下さいッ!」
「ったりめーだ。亜也人に何かしやがったらオメェらだって容赦しねぇ!」
ひぃぃっ、と、唇を引き攣らせて腰を抜かす男の顔面に、積川良二は、見せしめのように拳を振り下ろした。
言い付けを守らない奴には制裁を加えなければならない。上から下への統制が崩れたら組織は終わりだ。
男がドサッと地面に倒れ、乾いた土の上に赤い血が染み広がる。
それとは違う小さな赤い点が自分の足元に散らばるのが目に入り、視線をズラすと、自分の拳の根元から赤い血が滴り落ちているのに気が付いた。
知らぬ間に手のひらに爪が食い込むほど拳を握り締めていたらしい。むしゃくしゃして加減が解らなくなっていた。
手のひらに溜まった血を振り払い、再び拳を握り直す。もう一発殴ってやろうと振り被ると、ふいに後ろから手首を掴まれた。
「良二、落ち着けって。こいつらにそんな気が無ぇことぐらい解んだろ」
山下國男だ。
良二と亜也人の通う高校の番長で、亜也人とも交流がある。
もっとも良二は許した覚えはない。山下は、良二が亜也人と付き合うきっかけになった夏祭りの喧嘩の現場に居合わせたという理由だけで、二人の良き理解者のように振る舞い、亜也人に、頼れる先輩というイメージを植え付けた。
亜也人の、他人を疑うことを知らない純粋さにつけ込んで姑息な手段で近付き、馴れ馴れしく話し掛ける。
本来なら近付けるはずもない、山下ごときが気安く話し掛けれるような相手ではない亜也人に対して、だ。
気に入らない。
そうでなくとも、リーダーの座から退いているにも関わらず、いつまでも先輩風を吹かせて口出しする態度が我慢ならなかった。
他のメンバーのように制裁を加えて追い出してやれたらどんなに良いか。しかし、リーダーを退いたとは言え、スティンガーが、山下を介して知り合ったヤクザのバックアップを受けて結成されたカラーギャングであるという事情もあり、仲介役の山下を無下に扱うことは出来なかった。そのジレンマが、良二を更に苛立たせ、他のメンバーへの当たりをキツくした。
「クソッ!」
拳を振り下ろす代わりに、良二は、地べたに倒れる男の首根っこを掴んで突き出しながら、目の前にズラリと整列したメンバーを仁王立ちで睨み据えた。
「いいかよく聞け! コイツみてぇになりたくなかったら、亜也人に妙な真似すんじゃねぇ!」
有無を言わさぬ迫力に、その場の空気がキィンと張り詰める。
ピクリとも動かない一同をぐるりと見渡すと、良二は、再び男を地面に叩きつけ、後ろで成り行きを見守っていた亜也人を振り返った。
「行くぞッ!」
くびれたウエストを横から抱くようにして亜也人を引き寄せ、華奢な腰骨に手を添えて歩き出す。
皆の視線が集まるのを背中に感じながら、亜也人の腰に当てた手を後ろへ滑らせ、制服のズボンの上から小さなお尻を揉みしだいた。
「ちょっ、皆んなが見てるよぉ……」
「ばぁか。見せてやってんだ……」
「なんで……」
「お前は俺のモンだってアイツらに教えてやるためさ」
「あっ……やぁッ……」
撫で回す手を徐々に内腿に滑らせ、お尻の溝のきわどい部分へと忍ばせた。
亜也人は、顔を耳まで真っ赤にして、涙目になりながら俯いている。
「恥ずかしいのか?」と聞くと、長い睫毛を伏せたまま、良二の方を見ずに、赤みを帯びた唇を小さく窄めた。
「でもまぁ、こんだけ見せつけときゃ、さすがに手出しは出来ねぇだろ……」
「え……?」
「いつも一緒にいてやれるわけじゃねぇからな。俺がいねえ時でもお前が安心していられるように……」
耳元で囁くと、亜也人が、俯いた顔をパッと上げる。
すがり付くようなこの目がいい。
まるで、あなたが世界の全てといわんばかりに、自分の何もかもを丸ごと差し出しすかのような従順な瞳。
この、亜也人の濁りのない無垢な瞳が、良二の心の深い部分を叩き、痺れるような疼きを呼び起こす。
呼び起こされた疼きは、甘美な熱となって全身を駆け巡り、十代の激しい欲望を揺さぶった。
「クソやべぇ……」
容赦無い昂ぶりに、良二は、亜也人のお尻を掴んだ手を離し、華奢な肩を抱いて歩調を速めた。
「なっ、なに……?」
「見りゃ解んだろ……。少しは察しろよ」
もたつく亜也人を引きずるようにして車道に向かい、停めてあったバイクの後ろに乗せて家までブッ飛ばす。
部屋に着くなり、貪るように唇を奪い、舌を捻じ込みながらベッドの上に押し倒した。
「まって! ……んふッ……」
亜也人の薄っぺらい身体がマットレスに弾む。
腰骨の目立つ身体を斜めから抱きかかえ、口付けしたまま、シャツの裾から腕を突っ込んで乳首を撫で回し、股の間に膝を割り込ませた。
膝を立てて股間をグリグリと刺激すると、亜也人が絡ませた舌をビクッと硬直させる。
縮こまった舌を舌の先で捏ね回し、乳首を摘んで両側からすり潰すように揉み潰した。
「んはぁッ……」
その間も、膝を動かすことは止めない。
舌を絡ませ、乳首を摘み、股間を膝で擦り上げる。
口と、乳首と、股間、三つの性感帯を同時に責められ、亜也人が、耐えられないとばかりにイヤイヤと首を振る。
苦しそうな仕草に見兼ねて唇を離すと、ヒュゥッ、という呼吸の後、良二の舌に押さえ込まれていた喘ぎ声が、吐き出す息とともに唇から迸った。
「あぁッ……はあっ、あっぁあぁっ……んはっぁ……」
鼻に掛かった甘え声に良二の股間が切ない疼きを上げる。
「ーーーったく、なんて声出しやがる……。ちったぁこっちの身にもなれ」
亜也人の股間に挟んだ膝を抜き、身体の上に覆い被さって、硬くなり始めた自分の股間を亜也人の股間に擦り付けた。
「やっ、なにッ……やぁっ……」
先っぽ同士が当たるように股間を密着させ、ズボンの上からお互いの膨らみを擦り合わせるように上下に腰を動かす。
じんわりと伝わる熱と生地の摩擦に、亜也人のペニスがみるみる硬く勃ち上がる。
「はっ、はぅッ……ダメ……それ、汚れちゃう……からッ……」
「なんだ、また、あのヒステリーな母ちゃんに叱られるってか?」
「だ、だって……」
「あんな、お前をバケモンみたいな目で見る母ちゃんに気を使う必要がどこにある? お前は、母ちゃんと俺、どっちが大事なんだ」
一瞬の間。
他の人なら気にも止めないほんの一瞬の間が、良二にはとてつもなく長く感じられた。
手が出たのは殆ど無意識だった。
気付くと良二は、亜也人の顎を掴んで怯える瞳を睨み据えていた。
「聞こえなかったか? 母ちゃんと俺、どっちが大事か聞いてんだろ?」
亜也人は、
「りょ! りょうじだよッ! りょうじに決まってるッ!」
もつれるように答えながら、良二の首に腕を巻き付け首筋に唇を押し付けた。
「ホントだよッ! 良二の方が大事! 良二が好き!」
半泣きで訴える亜也人を見ながら、良二は複雑な思いに駆られていた。
必死な姿を可愛く思う反面、これまでどれだけの男にこうしてきたのだろうかと想像すると、良二は身体の内側がぞわぞわと波立つようなような腹立たしさを覚える。
手に入れているのに何も手にしていない感覚。
亜也人がまだ何も知らないまっさらな状態で出会っていたならば、果たしてこんな思いはしなくて済んだのだろうか。今更考えたところでどうにもならないことまで考える。
らしくない。
もう誰も亜也人を好きなように扱えない。亜也人は、正真正銘自分のモノ。
けれど、クサクサとした苛立ちがいつまでも離れていかなかった。亜也人の身体を知っている人間が他にもいることが腹立たしい。いっそ、そいつらを全員炙り出して始末してやれば気が収まるのか。
思いを巡らせながら、顔を引き攣らせたまま忙しなく瞬きを繰り返す亜也人を見た。
「俺が好きか?」
「あっ、当たり前だよぉッ!」
「どれくらい?」
「どれくらい、って……そりゃ……」
「命にかけて……?」
躊躇いもなく口からこぼれ出た。
「命をかけて俺が好きだと誓えるか?」
亜也人が目を見開いて良二を見つめ返す。
返事はない。
代わりに、白い喉が戸惑うようにゴクリと小さく波を打つ。
その、女のようにか細い喉に、良二は、吸い寄せられるように手を伸ばした。
「どっちなんだ? 俺に命をかけれるか?」
片手を喉に当て、指先を曲げて喉仏を手のひらでじわりと押さえ付ける。
徐々に力を加えると、亜也人が顔を真っ赤にしながらコクコクと頷いた。
「なら、俺以外のことは考えるな……」
吐き捨て、喉を掴んだ手を離し、亜也人の身体をうつ伏せに返して肩をシーツに押さえ付けた。
「りょぅ……じ……ッ……」
まだ気持ちが収まらない。むしろ、腹立たしさが性欲にも似た衝動を掻き立てる。
恐ろしいほどの熱を身体の中に感じながら、良二は、亜也人のズボンと下着を一気に足首から引き抜き、膝で股を割って左右に開かせ、唾液で湿らせた指を後孔にめり込ませた。
「痛ッ!」
ピンと張った亜也人の足を太ももで踏んで押さえ付け、めり込ませた指を、肉壁を割り裂きながら奥へと進める。
「あぁ……ぅ……やっ……痛ッ……痛いッ……」
人差し指を根元まで入れて指先を回しながら押し広げ、二、三度抜き差しした後、指を増やして、捻るように回転させながら更に奥を広げた。
弱い部分を二本の指で挟んで刺激してやると、ああっ、という悲鳴とともに亜也人のお尻がビクンと跳ね上がる。
「痛がってるわりにビンビン感じてんじゃねーか」
「いやぁぁッ! 違うッ、痛ッ……痛いよ、良二ぃッ!」
唾液の湿り気だけで三本はさすがにキツい。仕方なく、一旦中断してローションを垂らし、ぬめり気を増した後孔に、いきなり三本の指を同時に突き立てた。
「はあぁぁっ! んんぁッ! ゃだッ、やだ……んはっぁッ……」
根元まで埋め込み、肉壁を掻き出すようにズボリと抜く。
たっぷりと垂らしたローションが入り口でグチュグチュと音を立る。
全部入れては全部出す動作をしつこく繰り返し、肉ヒダが指の動きにピタリと寄り添うようになったところで自分のズボンを脱ぎ、亜也人のお尻の肉を開いて、いきり勃った男根を後孔に突き立てた。
「ああぁぁぁッ、あッ、あぁッ、あはぁッ……」
「お前のここ、きゅうきゅう絡みつくぜ……」
「いやぁッ!」
「嫌じゃねぇ! 俺のこと好きなんだろ? こうされたかったんだろ?」
カリ首まで引き抜いた男根を一気に根元まで差し込み、先端を後孔の奥深くにグリグリ押し付けた後、亜也人の身体を後ろから抱き起こし、自分の膝の上に乗せた。
「あひぃぃッ!」
身体を起こしたことで、良二の男根が亜也人の体重を受けて後孔の奥深くに嵌まり込む。
そのまま膝の上に抱き込んで羽交締めにし、背中に吸い付きながら、深い位置を高速で揺さぶった。
「はあぁぁぁッ、ダメ、だめッ、こんなの……んいゃあ……」
「気持ち良いんだろ? もっともっと突っ込んで、俺の形にしてやっから……」
「はぅッ!」
奥を揺さぶるたび、亜也人の熱い肉ヒダが良二の男根にピタリと貼り付き、絶妙な蠕動で締め付ける。
亜也人は白い胸を突き出して良二に身を預けている。わき腹から手を回して胸元に指を這わすと、散々いじられて赤く膨らんだ乳首が、触れたそばから硬く尖って良二の指先を転がった。
「んぁッ……あ……ぁああ……やん……っ……ん」
指の間に挟んで乳首の弾力を楽しみながら、仰け反り喘ぐ亜也人の顎を強引に振り向かせてキスを迫った。
亜也人が赤く濡れた唇を開いて舌を差すと良二も応えるように舌を伸ばす。
口を開けた状態で舌先だけを絡ませ合う官能的なキス。
そうしている間も、良二の指は休むことなく乳首を転がし、腰は小刻みに亜也人の後孔を突き上げる。
「んんんっ、んっ、むぅっ……」
「もっと出さなきゃ届かねぇよ」
「も……無理ッ……んふっ……」
「くそッ……」
抱いても抱いても抱き足りない。
欲望の赴くまま、良二は、舌を絡ませたまま、身体を前に屈めて再び亜也人をうつ伏せに倒した。
「あっ、いやぁぁッ……」
腰を掴んでお尻を持ち上げ、挿入したままの男根をズルリと引き出し、さらに奥へ、ズンッ、と突き入れる。
身体が逃げていかないよう、亜也人の後頭部をシーツに押さえ付け、お尻がぶつかるほどの勢いで激しく何度も腰を振った。
「あっ、あぁッ、あっ、はぁぁッ」
パン、パン、という乾いた音が西陽の射す部屋に響き渡り、繋がった部分がグチュグチュと卑猥な音を立てる。
「いらやしい音、聞こえんだろ? お前と俺が繋がってる音だ……」
「やぁッ……も……許してぇッ……」
限界まで張り詰めた男根を、下から上へ擦り上げては戻し、擦り上げては戻し。
お尻がぶつかる音が早くなり、卑猥な音とともに後孔からネバついた液体が伝い流れる。
亜也人は、お尻を高く上げた姿勢のまま、白い背中をしなやかにたわませながら身悶えている。
強く抱き締めたら折れてしまいそうな背中。
奪っても奪っても奪いきれない華奢な身体に、良二の中のクサクサした思いが反応し、利己的な征服欲を揺り起した。
「俺だけのものになれよ、亜也人……」
無意識に、良二は、亜也人の白いうなじに手を伸ばしていた。
「りょう……じ……? あひッ!」
うなじから喉にかけての首一帯を両手で包んで軽く絞めると、亜也人の肉壁がキュッと締まる。
身体は正直だ。
亜也人の身体は、まるで、離れたくない、と言わんばかりに、後孔の肉ヒダという肉ヒダを良二の男根に絡ませ良二を熱い粘膜で包み込む。
目眩がしそうな快感に、良二は、自分がどんなふうに動いているのかも解らないまま、本能のままに、亜也人の身体に激しく男根を突き立てた。
「亜也人! 亜也人!」
「あっ、あああ、あっ……りょ……あっ、も、許し……てッ……苦し……」
「亜也人! あぁ、たまんねぇ……。すげぇ……気持ちい……ッ……」
「やぁッ……離し……も……死ぬ……死んじゃうッ……ん……うッ……」
激しく突き入れ揺さぶりながら、首に回した両手にさらに力を加える。
「んふぅッ!」
亜也人が呻いてシーツを掴んた時だった。
「やめろッ! 良二ッ!」
突然背後から腕を取られ、良二は無理やり亜也人から引き剥がされた。
「ちくしょう! 何しやがる! 亜也人! 亜也人ッ!」
「目を覚ませ! そいつは亜也人さんじゃない! ただのウリセンだッ!」
言われ、ベッドの真ん中で、ごほごほと咳き込む裸の男に目を向ける。
亜也人とは似ても似つかぬ貧相な男だ。
「亜也人! 亜也人は何処だ!」
咄嗟に身を乗り出すものの、後ろからガッチリと羽交締めにされているせいで身動き出来ない。
このところしつこく纏わり付いている眼帯の男だ。良二よりも長身でガタイも良い。
本来ならこれぐらいの体格差など屁でもなかったが、入院生活で筋肉が落ちたせいか、良二がどんなに力を振り絞っても男はビクともしなかった。
「離せッ! 亜也人はどこだッ! てめぇら亜也人を何処へ連れて行きやがったぁッ!」
喚き狂う良二を横目に、部屋の中には見知らぬ男がバタバタと押し入り、ベッドの上にうずくまる全裸の男を抱き上げて部屋を出て行く。
西日の射す部屋はいつの間にか窓の無い四角い部屋になり、床に投げ捨てたはずの制服のズボンも忽然と姿を消している。
混乱する意識の中で、亜也人の残像だけが良二の瞼の裏側に消えずに貼り付いていた。
「ちっくしょう! 俺の亜也人をどうしやがったぁぁッ!」
男の腕を振り解きながら、良二は割れるような大声を張り上げた。
混乱が怒りを増幅させる。
頭の奥がビィィンと痺れ、身体が震えるような激しい怒りが恐ろしいほどの熱とともに全身を駆け回る。
亜也人を探さなければならない。
狂ったように叫びながら羽交締めにされた身体をめちゃめちゃに振りたくると、突然横っ面をピシャリと叩かれ、良二は咄嗟に動きを止めた。
新庄だ。新庄の悲しそうな目が、切ないほど真剣な目付きで訴えかけている。
「頼むから正気に戻ってくれ……」
「貴様、何言ってやがるッ!」
「亜也人さんは、ここには、いないんだ……」
ズクン、と心臓が嫌な音を立てた。
「貴様はさっきから何をいい加減なことを……」
新庄は、良二と視線を合わせたまま眼光を強めた。
「本当だ。亜也人さんは、もう、ずっと前から良二の側にはいない。良二だって解ってるだろ?」
ズクン、ズクン、と心臓の鼓動が早くなり呼吸が荒くなる。
嘘だ。
亜也人が俺の側を離れるはずがない。
強い思いが激しい拒絶反応となって良二に襲い掛かった。
「いい加減なことを言うなッ!」
身体中を掻きむしりたくなるような怒りに、良二は、「うおおおおぉぉぉッ!」という咆哮を上げた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
獣のような咆哮を上げた後、良二は、逢坂の逞しい腕に喉を絞め上げられ、床の上に崩れ落ちた。
いつもと同じ光景。
ベッドの上では、良二が手足を大の字に広げた状態で拘束され、逢坂が仁王立ちでそれを見張っている。
いつもと違うのは、ここが、N企画の仕切るゲイ風俗店でもラブホテルでもない内藤が用意したマンションであるということと、良二が、新庄の知らない間にスティンガーの部下に命令して勝手にウリセンボーイを呼んだことだった。
世話をすることを買って出たからといって、四六時中側についていてやれるわけではない。
紀伊田に言われたことも気になってた。
『積川ばかりに構ってたら、そのうちソッポを向かれるよ?』
紀伊田の言うように、頭代行を任されている以上、部下を放っておくわけにはいかない。その判断が仇となった。
部下は、安定剤の大量服用で朦朧としている良二に、『亜也人を連れて来い』と命令され、悩んだ挙げ句、デートクラブに手当たり次第電話を掛け、アヤト、という源氏名のウリセンボーイをマンションへ向かわせた。
新庄が戻った時には、良二はウリセンボーイと行為の真っ最中。
不幸中の幸いは、ダメ元で連絡した逢坂がすぐに駆け付けてくれたことだ。そのお陰で、最悪な事態になることは免れた。
部下から、運び出されたウリセンボーイが軽症だったとの報告を受け、新庄は、ホッと胸を撫で下ろした。
「本当に、なんてお礼を言ったら良いか……」
逢坂は、「よせよ」と、照れ隠しのようにぶっきら棒に言い、すぐに、「そんなことより」と、左目に付けた眼帯が印象的な顔を厳しげに歪めて新庄を見た。
「悪いこたぁ言わねぇ。もうコイツとは縁を切れ」
隻眼でありながら、内面を抉るような厳しい視線に、新庄はビクッと背筋を強張らせた。
「コイツといてもロクなことにはならねぇ。お前、まだ二十一だろう? 今ならまだ充分やり直しが効く。早いとこ見切りつけて真っ当な道へ戻りな」
いつにも増して熱のこもった言葉に、新庄の気持ちが乱れる。
逢坂が本当は組を抜けたがっていることは、出会ってすぐに逢坂本人から聞いて知っていた。
逢坂は、六畳二間の安アパートで恋人と一緒に暮らしている。
恋人との未来のために、組を抜けて真っ当な職に就きたいと思っているが、片目を失明しているというハンディキャップと、ヤクザという組織のしがらみから、抜たくても抜けられない状況になってしまっている。
それに引き換え、新庄は、スティンガーの頭代行として石破組と関わりはあるものの、組長の内藤から正式に盃を受けているわけではない。堅気の今ならまだ間に合う。正式に声が掛かる前に抜けた方が賢明である、というのが逢坂の言い分だ。
「俺みてぇになってからじゃ遅い……」
逢坂の言葉には説得力があり、新庄の気持ちをぐらつかせた。
しかし、だからといって簡単に答えを出せる問題ではない。
街中の不良グループならいざしらず、ここまで巨大化した組織のましてやナンバー2ともなれば、それ相応の制裁は免れない。武闘派を謳う集団は、入る時も抜ける時も強烈な禊ぎを必要とする。もちろん覚悟は出来ている。痛みを伴うが、所詮一時的なものだ。
心配なのは、自分が抜けた後のことだった。
後任や今後の方向性。なにより一番気掛かりなのは、頭である良二の容体だ。
良二は未だ現実と夢の間を彷徨っている。
薬の副作用だと周りは言うが、医者からは、精神的なもの、との説明を受けている。
受け止め切れない現実に精神がダメージを受け、脳が誤作動を起こしていると。
「前はこんなじゃなかったのに……」
心の中の呟きが知らずに口から漏れていた。
「アイツのせいだ……」
「アイツ、って、あの、アヤトのことか?」
逢坂はすぐさま反応した。
「寺田亜也人だろ? あの、高級コールボーイだって噂の……」
今度は新庄が反応する番だった。
「寺田亜也人を知ってるんですか!」
「会ったことはねぇが名前ぐれぇはな。一応、N企画に所属してることになってっけど、もう長いこと休職中だ」
「どこにいるか解りますか?」
逢坂は、少し考え込むような素振りをした後、「お前だから教えるんだからな」と、誰にも言うなと言わんばかり慎重に言葉を続けた。
「昔、石破組にいた松岡って人が預かってる、って話しは聞いたことがある。丸山の兄貴……じゃなくて、若頭が、その松岡さんとたまたま会う機会があって、そん時に本人から聞いたらしい。なんでも、内藤組長に騙されてヤクの売人に仕立て上げられて始末されそうになってたところを、松岡さんが助けてかくまってやったんだとか」
「組長さんに……騙された?」
「ああ」と、逢坂は大きく頷いた。
「三代目の菊地組長はヤクの横流しを何より嫌っててな。そんな時、当時若頭だった内藤組長が組に内緒でスティンガーにヤクを売らせてるっていう情報を聞きつけて、丸山の兄貴と俺を現場の張り込みに向かわせたのさ」
ところがその翌日、疑惑の張本人である内藤から、『ヤクの売人の身柄を押さえた』との連絡が入り、丸山とともに駆け付けると、売人と思われる若い男が内藤の部下に捕らえられていた。
売人の男はスティンガーとは何の関係もないただのゴロツキで、他所のルートから買い上げたセックスドラッグを石破組の領内で無断で売りさばいて小遣い稼ぎをしていたと自白した。
男はその後、内藤が集めた強面の色狂いどもによる集団レイプの制裁を受け、その様子は、当時の組長である菊地にも伝えられた。
こうして、内藤とスティンガーの疑惑は晴れ、内藤が横流ししているという噂もガセネタとして片付けられた。
「だが」
と、逢坂はふいに眼光を強めた。
「菊地組長の容体が急変した一昨年の十一月頃、丸山の兄貴が、相続問題に絡む案件で久しぶりに松岡さんと再会した時、松岡さんから意外な真相を聞かされたんだそうだ……」
松岡の話によると、当時売人として石破組に捕まったのは松岡が用意したダミーで、松岡が本当に捕まえたのは寺田亜也人であったという。
しかしそれも内藤が仕組んだ罠で、寺田亜也人は真犯人の代わりに内藤が用意したいわばダミー。真犯人は、当時からスティンガーの頭としてその名を轟かせていた積川良二であり、寺田亜也人は、積川良二の身代わりとして捕まった。
つまり、ヤクの横流しを嗅ぎ付けられた内藤が、実行犯である積川良二を守るために寺田亜也人に罪を着せ、わざと松岡に捕まるよう仕組んだ、というのが真相だった。
最初は半信半疑で聞いていた丸山であったが、その後の積川良二の石破組入りや、本家への部屋住み修行への大抜擢等、内藤の積川に対する可愛がりようを説明されるうちに、丸山も、松岡の言うことが真実なのではないかと考えるようになった。逢坂も今では丸山と同じ気持ちだという。
「本当なら、寺田亜也人がダミーと同じように、集団レイプされて風俗に送られるか、最悪、東京湾に沈められるところだったのを、松岡さんが助けて手元に置いてやってるらしいんだ。高級コールボーイをさせて荒稼ぎしてるなんて噂もあるが、誰も見たことねぇし、ホントのところはどうだか解ンねぇよ」
逢坂の話を聞きながら、新庄は、足元から這い上がる震えを必死で抑えていた。
内藤が亜也人を疎んで別れさせたという噂は耳にしていたが、まさかそこまでしていたとは夢にも思わなかった。
松岡に助けられなければ、亜也人は最悪命を落としていた。
ただ別れさせようとしていただけではない。命まで奪おうとしていた。
内藤の冷たい顔が脳裏に浮かび上がり、新庄は、ぶるっと背筋を震わせた。
「そこまでするのか……」
「己の欲望のためなら罪のない人間も平気で捨て駒にする。目的の為には手段を選ばねぇのがヤクザってもんだ」
逢坂の言葉が胸に重く響く。
新庄の胸の内を察したのか、逢坂は、黙り込む新庄に言い聞かせるように言った。
「お前が関わってるのはそういう世界なんだ。ビビッてんなら、それこそ今のうちに引き返せ。お前ならまだ間に合う」
新庄は何も言わず項垂れた。
その時、ベッドに繋がれた良二の手がじわじわと握り拳を作ったことに、二人は気付いていなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
抑えようのない怒りが、心臓をバクバクと打ち慣らしていた。
「どういうことだ!」と、声にならない声を張り上げながら、積川良二は、ピクリともしない身体を動かそうと必死でもがいた。
『わざと松岡に捕まるよう仕組んだ』
『松岡が助けて手元に置いた』
言葉が頭の奥をぐるぐる駆け回る。
そんな話しは聞いていない。
亜也人は、内藤が手元に置いて大切にする約束だった。
お前たちは一緒にいてはいけない相手だと言われていた。
運命の相手は二種類いる。
一つはお互いを高め合える相手、もう一つは、お互いをことごとくダメにする相手。お前たちは後者なのだと言われた。だから離れなければならない、と。
『あいつはお前の悪い部分をどんどん引き出す。お前もあいつの悪い部分をどんどん引き出す』
亜也人に対する自分の想いが尋常でないことは、良二自身も気付いていた。
亜也人を見ていると、狂おしいほどの愛おしさと憎らしさが同時に込み上げる。
大切にしたいのに傷付けたい。優しくしたいと思う一方で、足下にすがりつかせて泣かせてやりたい欲求に駆られる。
儚く美しいものへの憧れと嫉妬。亜也人の清純さと淫猥さ。手に入れた喜びと、それでもなお付き纏う不足感。いくつもの相反する思いがせめぎ合い、良二の心の深い部分を揺さぶり、神経を尖らせる。
それが引き金となり、良二の中に抑え込まれていた闇の顔が、少しづつ表に引き摺り出されていた。
このままでは大切な亜也人を傷付けてしまう。
だから内藤の取り引きに応じた。
『組長にヤクの件を感づかれた。お前だって、組長に殺されたくはないだろう? 』
良二にとって亜也人は極上の麻薬だ。ひとたび手を出せば、たちまち飲み込まれて溺れてしまう。
制するには、飲み込まれない力が必要になる。それを身に付けるまでの間、一時的に亜也人と離れる、ただ、それだけの話しだった。
『身代わりと言っても形だけだ。実際は、捕まった寺田を俺が愛人として囲う。もちろん“振り”だ。お前にもしものことがあったら寺田はまた野郎どもの便所に逆戻りだ。俺と一緒にいれば誰もアイツに手出しは出来ねぇ。お前だってその方が安心だろ?』
全ては良二と亜也人のために内藤が考えた最善策。
内藤は、良二が心を開く数少ない人間の一人であり、他者に有無を言わせない実力は、裏社会の先輩としてだけでなく人として尊敬もしている。
その内藤が考えた解決策を、松岡が邪魔したと聞いていた。
本当は内藤の元へ行くはずだった亜也人を松岡が横から奪い去った。
可哀想な亜也人は松岡に捕まり娼婦の真似ごとまでさせられている。
ーーーそれなのに。
頭の中の会話が良二の意識をぐらぐらと揺さぶる。
わざと松岡に捕まるよう仕組んだ。
松岡が助けて手元に置いた。
ーーーそれはどういうことだ。
『本当なら、寺田亜也人がダミーと同じように集団レイプされて風俗に送られるか、最悪、東京湾に沈められてるところだったのを、松岡さんが助けて手元に置いてやってるらしいんだ』
そんな筈はない。
ーーー真実を確かめなければ。
心の中で叫びながら、良二は、渾身の力を込めて起き上がった。
紀伊田の言葉に、松岡の眼光が鋭い熱を持った。
「そんなことンなったら内藤が黙っちゃいねぇだろ」
「でしょうね」
多くの傘下組織が覚醒剤の取り扱いを禁止される中、石破組だけが暗黙の了解で許されているのは、中卸から末端の小売まで、取引相手の身元が徹底的に管理されていることと、取り扱いを始めてからこれまでの間、取引ルートの中に覚醒剤中毒者を一人も出していないという信頼性にある。
それが初の出現、ましてや、若頭補佐に昇格したばかりの積川良二が当事者ともなれば、石破組が長い年月をかけて築き上げた信頼は地に落ちる。
いくら積川が内藤に目を掛けられているとは言え、こればかりは何かしらの制裁を以って落とし前をつけなければ収拾が付かないのは目に見えていた。
「最悪、破門……か」
「覚醒剤中毒者は裏界隈でも嫌われるからね。もっとも、そうなれば、の話しだけど……」
期待とも不安とも取れない含みのある沈黙が、日当たりの良いリビングのソファーに斜向かいに座る二人の頭上に重くのし掛かる。
先に口を開いたのは松岡だった。
「やはり、亜也人が原因なのか……?」
違うと言えば嘘になる。
積川が襲われた後、内藤が、亜也人を積川に会わせるよう要求してきたことは松岡から聞いて知っている。
積川の暴力行為の制圧に駆り出されているN企画の逢坂からは、積川が暴れるたびに亜也人、亜也人、と、うわ言のように名前を呼んでいるのだと聞かされた。
状況から考えて、積川の暴力行為に亜也人が関係していることは明らかだった。
「だとしても、亜也ちゃんには一切関係ない。積川が勝手にやってるだけだ」
紀伊田は、亜也人との関係を敢えて否定せず、積川の様子を正直に伝えた。
「そうは言っても、アイツは気にするだろう……」
「知らせればね」
え? と、松岡の表情が強張った。
「知らせるな、って言うのか? いつも、隠し事はするな、って言うのに珍しい……」
「いつもはね……。でも今の積川はいつもと違う。今の積川は亜也ちゃんが知ってる積川じゃない。あんな、一日中ラリってるようなヤツに亜也ちゃんを関わらせるわけにはいかないよ」
「当たり前だ!」と、松岡が食い気味に答えた。
松岡にとって積川は、亜也人の幸せを脅かす天敵だ。元は積川の恋人であった亜也人を、松岡は、強引に奪い取る形で手に入れた。実際は、亜也人を手に入れた後で解ったことであったが、積川にしてみれば、松岡は愛する亜也人を奪った敵であり当然ながら恨みは深い。
しかし問題なのは、松岡が恨まれているということではなく、積川が亜也人への想いを断ち切れず、未だに松岡から奪い返そうと企んでいることだ。
亜也人が再び積川の元へ戻れば今度こそ無事ではいられない。ましてや今の常軌を逸した積川であればなおさらだ。
おそらく松岡も正気ではいられないだろう。
これまでの経緯を側で見守ってきただけに、今回の積川の異変に松岡がどれほど神経を尖らせているか紀伊田には手に取るように分かった。
「心配しなくても、新庄が付いてるから今すぐどうこういったことは無いよ。自分ンとこのシマで暴れるぶんにはケツも持てますが、堅気にまで手ぇ出して警察沙汰にでもなったらいよいよ後が無いすから」
「だが、いつ人目を忍んでやって来るか……」
「そうならないために新庄に探りを入れてるんでしょ? 幸い、N企画の逢坂とも接点が持てたし、積川が凶行を起こす前に食い止めますよ」
「食い止める、ってお前……」
松岡が身を乗り出すと、同時に、携帯の呼び出し音がけたたましく鳴り響いた。
亜也人からだ。
予定していたショッピングが思ったよりも早く終わり、今からマンションへ戻ると言う。
明るく弾んだ声が松岡の電話口から紀伊田の耳に届くほど漏れ響く。
一緒にいるのは佐伯だろう。積川への警戒のため外部との接触を極端に制限されている亜也人にとって、佐伯は、一緒に外出できる数少ない人間の一人だ。
前は紀伊田もよく同行していたが、別れてからは一度も行っていない。
佐伯はさほど気にしていない様子だと松岡から聞かされていたが、佐伯の前に二度と姿を現さないことが、佐伯の真剣な想いを踏み躙ってしまったことへのせめてもの償いだと紀伊田は思っていた。
佐伯の幸せな未来のためにも、自分のような人間がいつまでも目の前をウロチョロしていてはいけない。
話が一区切りしたこともあり、紀伊田は、松岡が電話を切るのを待たずにソファーを立ち上がった。
「じゃあね」と片手を上げてジェスチャーすると、松岡が、慌てて電話口から顔を離した。
「ちょっと待て! 亜也人が声が聞きたいと言ってる」
松岡の声に、紀伊田は、背中を向けたまま、「また連絡するよ」と軽い口調で答え、部屋を後にした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
何処かで見たことのある男が今にも死にそうな顔で良二を見上げていた。
誰だろう、と一瞬考える。
思い出した。
昨日、亜也人に色目を使った野郎だ。集会の後、残るよう子分に言い付けておいた。
「ちっ、違いますッ! そんな、亜也人さんをどうこうしようだなんて、神に違って絶対ないっすッ! ホント、信じて下さいッ!」
「ったりめーだ。亜也人に何かしやがったらオメェらだって容赦しねぇ!」
ひぃぃっ、と、唇を引き攣らせて腰を抜かす男の顔面に、積川良二は、見せしめのように拳を振り下ろした。
言い付けを守らない奴には制裁を加えなければならない。上から下への統制が崩れたら組織は終わりだ。
男がドサッと地面に倒れ、乾いた土の上に赤い血が染み広がる。
それとは違う小さな赤い点が自分の足元に散らばるのが目に入り、視線をズラすと、自分の拳の根元から赤い血が滴り落ちているのに気が付いた。
知らぬ間に手のひらに爪が食い込むほど拳を握り締めていたらしい。むしゃくしゃして加減が解らなくなっていた。
手のひらに溜まった血を振り払い、再び拳を握り直す。もう一発殴ってやろうと振り被ると、ふいに後ろから手首を掴まれた。
「良二、落ち着けって。こいつらにそんな気が無ぇことぐらい解んだろ」
山下國男だ。
良二と亜也人の通う高校の番長で、亜也人とも交流がある。
もっとも良二は許した覚えはない。山下は、良二が亜也人と付き合うきっかけになった夏祭りの喧嘩の現場に居合わせたという理由だけで、二人の良き理解者のように振る舞い、亜也人に、頼れる先輩というイメージを植え付けた。
亜也人の、他人を疑うことを知らない純粋さにつけ込んで姑息な手段で近付き、馴れ馴れしく話し掛ける。
本来なら近付けるはずもない、山下ごときが気安く話し掛けれるような相手ではない亜也人に対して、だ。
気に入らない。
そうでなくとも、リーダーの座から退いているにも関わらず、いつまでも先輩風を吹かせて口出しする態度が我慢ならなかった。
他のメンバーのように制裁を加えて追い出してやれたらどんなに良いか。しかし、リーダーを退いたとは言え、スティンガーが、山下を介して知り合ったヤクザのバックアップを受けて結成されたカラーギャングであるという事情もあり、仲介役の山下を無下に扱うことは出来なかった。そのジレンマが、良二を更に苛立たせ、他のメンバーへの当たりをキツくした。
「クソッ!」
拳を振り下ろす代わりに、良二は、地べたに倒れる男の首根っこを掴んで突き出しながら、目の前にズラリと整列したメンバーを仁王立ちで睨み据えた。
「いいかよく聞け! コイツみてぇになりたくなかったら、亜也人に妙な真似すんじゃねぇ!」
有無を言わさぬ迫力に、その場の空気がキィンと張り詰める。
ピクリとも動かない一同をぐるりと見渡すと、良二は、再び男を地面に叩きつけ、後ろで成り行きを見守っていた亜也人を振り返った。
「行くぞッ!」
くびれたウエストを横から抱くようにして亜也人を引き寄せ、華奢な腰骨に手を添えて歩き出す。
皆の視線が集まるのを背中に感じながら、亜也人の腰に当てた手を後ろへ滑らせ、制服のズボンの上から小さなお尻を揉みしだいた。
「ちょっ、皆んなが見てるよぉ……」
「ばぁか。見せてやってんだ……」
「なんで……」
「お前は俺のモンだってアイツらに教えてやるためさ」
「あっ……やぁッ……」
撫で回す手を徐々に内腿に滑らせ、お尻の溝のきわどい部分へと忍ばせた。
亜也人は、顔を耳まで真っ赤にして、涙目になりながら俯いている。
「恥ずかしいのか?」と聞くと、長い睫毛を伏せたまま、良二の方を見ずに、赤みを帯びた唇を小さく窄めた。
「でもまぁ、こんだけ見せつけときゃ、さすがに手出しは出来ねぇだろ……」
「え……?」
「いつも一緒にいてやれるわけじゃねぇからな。俺がいねえ時でもお前が安心していられるように……」
耳元で囁くと、亜也人が、俯いた顔をパッと上げる。
すがり付くようなこの目がいい。
まるで、あなたが世界の全てといわんばかりに、自分の何もかもを丸ごと差し出しすかのような従順な瞳。
この、亜也人の濁りのない無垢な瞳が、良二の心の深い部分を叩き、痺れるような疼きを呼び起こす。
呼び起こされた疼きは、甘美な熱となって全身を駆け巡り、十代の激しい欲望を揺さぶった。
「クソやべぇ……」
容赦無い昂ぶりに、良二は、亜也人のお尻を掴んだ手を離し、華奢な肩を抱いて歩調を速めた。
「なっ、なに……?」
「見りゃ解んだろ……。少しは察しろよ」
もたつく亜也人を引きずるようにして車道に向かい、停めてあったバイクの後ろに乗せて家までブッ飛ばす。
部屋に着くなり、貪るように唇を奪い、舌を捻じ込みながらベッドの上に押し倒した。
「まって! ……んふッ……」
亜也人の薄っぺらい身体がマットレスに弾む。
腰骨の目立つ身体を斜めから抱きかかえ、口付けしたまま、シャツの裾から腕を突っ込んで乳首を撫で回し、股の間に膝を割り込ませた。
膝を立てて股間をグリグリと刺激すると、亜也人が絡ませた舌をビクッと硬直させる。
縮こまった舌を舌の先で捏ね回し、乳首を摘んで両側からすり潰すように揉み潰した。
「んはぁッ……」
その間も、膝を動かすことは止めない。
舌を絡ませ、乳首を摘み、股間を膝で擦り上げる。
口と、乳首と、股間、三つの性感帯を同時に責められ、亜也人が、耐えられないとばかりにイヤイヤと首を振る。
苦しそうな仕草に見兼ねて唇を離すと、ヒュゥッ、という呼吸の後、良二の舌に押さえ込まれていた喘ぎ声が、吐き出す息とともに唇から迸った。
「あぁッ……はあっ、あっぁあぁっ……んはっぁ……」
鼻に掛かった甘え声に良二の股間が切ない疼きを上げる。
「ーーーったく、なんて声出しやがる……。ちったぁこっちの身にもなれ」
亜也人の股間に挟んだ膝を抜き、身体の上に覆い被さって、硬くなり始めた自分の股間を亜也人の股間に擦り付けた。
「やっ、なにッ……やぁっ……」
先っぽ同士が当たるように股間を密着させ、ズボンの上からお互いの膨らみを擦り合わせるように上下に腰を動かす。
じんわりと伝わる熱と生地の摩擦に、亜也人のペニスがみるみる硬く勃ち上がる。
「はっ、はぅッ……ダメ……それ、汚れちゃう……からッ……」
「なんだ、また、あのヒステリーな母ちゃんに叱られるってか?」
「だ、だって……」
「あんな、お前をバケモンみたいな目で見る母ちゃんに気を使う必要がどこにある? お前は、母ちゃんと俺、どっちが大事なんだ」
一瞬の間。
他の人なら気にも止めないほんの一瞬の間が、良二にはとてつもなく長く感じられた。
手が出たのは殆ど無意識だった。
気付くと良二は、亜也人の顎を掴んで怯える瞳を睨み据えていた。
「聞こえなかったか? 母ちゃんと俺、どっちが大事か聞いてんだろ?」
亜也人は、
「りょ! りょうじだよッ! りょうじに決まってるッ!」
もつれるように答えながら、良二の首に腕を巻き付け首筋に唇を押し付けた。
「ホントだよッ! 良二の方が大事! 良二が好き!」
半泣きで訴える亜也人を見ながら、良二は複雑な思いに駆られていた。
必死な姿を可愛く思う反面、これまでどれだけの男にこうしてきたのだろうかと想像すると、良二は身体の内側がぞわぞわと波立つようなような腹立たしさを覚える。
手に入れているのに何も手にしていない感覚。
亜也人がまだ何も知らないまっさらな状態で出会っていたならば、果たしてこんな思いはしなくて済んだのだろうか。今更考えたところでどうにもならないことまで考える。
らしくない。
もう誰も亜也人を好きなように扱えない。亜也人は、正真正銘自分のモノ。
けれど、クサクサとした苛立ちがいつまでも離れていかなかった。亜也人の身体を知っている人間が他にもいることが腹立たしい。いっそ、そいつらを全員炙り出して始末してやれば気が収まるのか。
思いを巡らせながら、顔を引き攣らせたまま忙しなく瞬きを繰り返す亜也人を見た。
「俺が好きか?」
「あっ、当たり前だよぉッ!」
「どれくらい?」
「どれくらい、って……そりゃ……」
「命にかけて……?」
躊躇いもなく口からこぼれ出た。
「命をかけて俺が好きだと誓えるか?」
亜也人が目を見開いて良二を見つめ返す。
返事はない。
代わりに、白い喉が戸惑うようにゴクリと小さく波を打つ。
その、女のようにか細い喉に、良二は、吸い寄せられるように手を伸ばした。
「どっちなんだ? 俺に命をかけれるか?」
片手を喉に当て、指先を曲げて喉仏を手のひらでじわりと押さえ付ける。
徐々に力を加えると、亜也人が顔を真っ赤にしながらコクコクと頷いた。
「なら、俺以外のことは考えるな……」
吐き捨て、喉を掴んだ手を離し、亜也人の身体をうつ伏せに返して肩をシーツに押さえ付けた。
「りょぅ……じ……ッ……」
まだ気持ちが収まらない。むしろ、腹立たしさが性欲にも似た衝動を掻き立てる。
恐ろしいほどの熱を身体の中に感じながら、良二は、亜也人のズボンと下着を一気に足首から引き抜き、膝で股を割って左右に開かせ、唾液で湿らせた指を後孔にめり込ませた。
「痛ッ!」
ピンと張った亜也人の足を太ももで踏んで押さえ付け、めり込ませた指を、肉壁を割り裂きながら奥へと進める。
「あぁ……ぅ……やっ……痛ッ……痛いッ……」
人差し指を根元まで入れて指先を回しながら押し広げ、二、三度抜き差しした後、指を増やして、捻るように回転させながら更に奥を広げた。
弱い部分を二本の指で挟んで刺激してやると、ああっ、という悲鳴とともに亜也人のお尻がビクンと跳ね上がる。
「痛がってるわりにビンビン感じてんじゃねーか」
「いやぁぁッ! 違うッ、痛ッ……痛いよ、良二ぃッ!」
唾液の湿り気だけで三本はさすがにキツい。仕方なく、一旦中断してローションを垂らし、ぬめり気を増した後孔に、いきなり三本の指を同時に突き立てた。
「はあぁぁっ! んんぁッ! ゃだッ、やだ……んはっぁッ……」
根元まで埋め込み、肉壁を掻き出すようにズボリと抜く。
たっぷりと垂らしたローションが入り口でグチュグチュと音を立る。
全部入れては全部出す動作をしつこく繰り返し、肉ヒダが指の動きにピタリと寄り添うようになったところで自分のズボンを脱ぎ、亜也人のお尻の肉を開いて、いきり勃った男根を後孔に突き立てた。
「ああぁぁぁッ、あッ、あぁッ、あはぁッ……」
「お前のここ、きゅうきゅう絡みつくぜ……」
「いやぁッ!」
「嫌じゃねぇ! 俺のこと好きなんだろ? こうされたかったんだろ?」
カリ首まで引き抜いた男根を一気に根元まで差し込み、先端を後孔の奥深くにグリグリ押し付けた後、亜也人の身体を後ろから抱き起こし、自分の膝の上に乗せた。
「あひぃぃッ!」
身体を起こしたことで、良二の男根が亜也人の体重を受けて後孔の奥深くに嵌まり込む。
そのまま膝の上に抱き込んで羽交締めにし、背中に吸い付きながら、深い位置を高速で揺さぶった。
「はあぁぁぁッ、ダメ、だめッ、こんなの……んいゃあ……」
「気持ち良いんだろ? もっともっと突っ込んで、俺の形にしてやっから……」
「はぅッ!」
奥を揺さぶるたび、亜也人の熱い肉ヒダが良二の男根にピタリと貼り付き、絶妙な蠕動で締め付ける。
亜也人は白い胸を突き出して良二に身を預けている。わき腹から手を回して胸元に指を這わすと、散々いじられて赤く膨らんだ乳首が、触れたそばから硬く尖って良二の指先を転がった。
「んぁッ……あ……ぁああ……やん……っ……ん」
指の間に挟んで乳首の弾力を楽しみながら、仰け反り喘ぐ亜也人の顎を強引に振り向かせてキスを迫った。
亜也人が赤く濡れた唇を開いて舌を差すと良二も応えるように舌を伸ばす。
口を開けた状態で舌先だけを絡ませ合う官能的なキス。
そうしている間も、良二の指は休むことなく乳首を転がし、腰は小刻みに亜也人の後孔を突き上げる。
「んんんっ、んっ、むぅっ……」
「もっと出さなきゃ届かねぇよ」
「も……無理ッ……んふっ……」
「くそッ……」
抱いても抱いても抱き足りない。
欲望の赴くまま、良二は、舌を絡ませたまま、身体を前に屈めて再び亜也人をうつ伏せに倒した。
「あっ、いやぁぁッ……」
腰を掴んでお尻を持ち上げ、挿入したままの男根をズルリと引き出し、さらに奥へ、ズンッ、と突き入れる。
身体が逃げていかないよう、亜也人の後頭部をシーツに押さえ付け、お尻がぶつかるほどの勢いで激しく何度も腰を振った。
「あっ、あぁッ、あっ、はぁぁッ」
パン、パン、という乾いた音が西陽の射す部屋に響き渡り、繋がった部分がグチュグチュと卑猥な音を立てる。
「いらやしい音、聞こえんだろ? お前と俺が繋がってる音だ……」
「やぁッ……も……許してぇッ……」
限界まで張り詰めた男根を、下から上へ擦り上げては戻し、擦り上げては戻し。
お尻がぶつかる音が早くなり、卑猥な音とともに後孔からネバついた液体が伝い流れる。
亜也人は、お尻を高く上げた姿勢のまま、白い背中をしなやかにたわませながら身悶えている。
強く抱き締めたら折れてしまいそうな背中。
奪っても奪っても奪いきれない華奢な身体に、良二の中のクサクサした思いが反応し、利己的な征服欲を揺り起した。
「俺だけのものになれよ、亜也人……」
無意識に、良二は、亜也人の白いうなじに手を伸ばしていた。
「りょう……じ……? あひッ!」
うなじから喉にかけての首一帯を両手で包んで軽く絞めると、亜也人の肉壁がキュッと締まる。
身体は正直だ。
亜也人の身体は、まるで、離れたくない、と言わんばかりに、後孔の肉ヒダという肉ヒダを良二の男根に絡ませ良二を熱い粘膜で包み込む。
目眩がしそうな快感に、良二は、自分がどんなふうに動いているのかも解らないまま、本能のままに、亜也人の身体に激しく男根を突き立てた。
「亜也人! 亜也人!」
「あっ、あああ、あっ……りょ……あっ、も、許し……てッ……苦し……」
「亜也人! あぁ、たまんねぇ……。すげぇ……気持ちい……ッ……」
「やぁッ……離し……も……死ぬ……死んじゃうッ……ん……うッ……」
激しく突き入れ揺さぶりながら、首に回した両手にさらに力を加える。
「んふぅッ!」
亜也人が呻いてシーツを掴んた時だった。
「やめろッ! 良二ッ!」
突然背後から腕を取られ、良二は無理やり亜也人から引き剥がされた。
「ちくしょう! 何しやがる! 亜也人! 亜也人ッ!」
「目を覚ませ! そいつは亜也人さんじゃない! ただのウリセンだッ!」
言われ、ベッドの真ん中で、ごほごほと咳き込む裸の男に目を向ける。
亜也人とは似ても似つかぬ貧相な男だ。
「亜也人! 亜也人は何処だ!」
咄嗟に身を乗り出すものの、後ろからガッチリと羽交締めにされているせいで身動き出来ない。
このところしつこく纏わり付いている眼帯の男だ。良二よりも長身でガタイも良い。
本来ならこれぐらいの体格差など屁でもなかったが、入院生活で筋肉が落ちたせいか、良二がどんなに力を振り絞っても男はビクともしなかった。
「離せッ! 亜也人はどこだッ! てめぇら亜也人を何処へ連れて行きやがったぁッ!」
喚き狂う良二を横目に、部屋の中には見知らぬ男がバタバタと押し入り、ベッドの上にうずくまる全裸の男を抱き上げて部屋を出て行く。
西日の射す部屋はいつの間にか窓の無い四角い部屋になり、床に投げ捨てたはずの制服のズボンも忽然と姿を消している。
混乱する意識の中で、亜也人の残像だけが良二の瞼の裏側に消えずに貼り付いていた。
「ちっくしょう! 俺の亜也人をどうしやがったぁぁッ!」
男の腕を振り解きながら、良二は割れるような大声を張り上げた。
混乱が怒りを増幅させる。
頭の奥がビィィンと痺れ、身体が震えるような激しい怒りが恐ろしいほどの熱とともに全身を駆け回る。
亜也人を探さなければならない。
狂ったように叫びながら羽交締めにされた身体をめちゃめちゃに振りたくると、突然横っ面をピシャリと叩かれ、良二は咄嗟に動きを止めた。
新庄だ。新庄の悲しそうな目が、切ないほど真剣な目付きで訴えかけている。
「頼むから正気に戻ってくれ……」
「貴様、何言ってやがるッ!」
「亜也人さんは、ここには、いないんだ……」
ズクン、と心臓が嫌な音を立てた。
「貴様はさっきから何をいい加減なことを……」
新庄は、良二と視線を合わせたまま眼光を強めた。
「本当だ。亜也人さんは、もう、ずっと前から良二の側にはいない。良二だって解ってるだろ?」
ズクン、ズクン、と心臓の鼓動が早くなり呼吸が荒くなる。
嘘だ。
亜也人が俺の側を離れるはずがない。
強い思いが激しい拒絶反応となって良二に襲い掛かった。
「いい加減なことを言うなッ!」
身体中を掻きむしりたくなるような怒りに、良二は、「うおおおおぉぉぉッ!」という咆哮を上げた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
獣のような咆哮を上げた後、良二は、逢坂の逞しい腕に喉を絞め上げられ、床の上に崩れ落ちた。
いつもと同じ光景。
ベッドの上では、良二が手足を大の字に広げた状態で拘束され、逢坂が仁王立ちでそれを見張っている。
いつもと違うのは、ここが、N企画の仕切るゲイ風俗店でもラブホテルでもない内藤が用意したマンションであるということと、良二が、新庄の知らない間にスティンガーの部下に命令して勝手にウリセンボーイを呼んだことだった。
世話をすることを買って出たからといって、四六時中側についていてやれるわけではない。
紀伊田に言われたことも気になってた。
『積川ばかりに構ってたら、そのうちソッポを向かれるよ?』
紀伊田の言うように、頭代行を任されている以上、部下を放っておくわけにはいかない。その判断が仇となった。
部下は、安定剤の大量服用で朦朧としている良二に、『亜也人を連れて来い』と命令され、悩んだ挙げ句、デートクラブに手当たり次第電話を掛け、アヤト、という源氏名のウリセンボーイをマンションへ向かわせた。
新庄が戻った時には、良二はウリセンボーイと行為の真っ最中。
不幸中の幸いは、ダメ元で連絡した逢坂がすぐに駆け付けてくれたことだ。そのお陰で、最悪な事態になることは免れた。
部下から、運び出されたウリセンボーイが軽症だったとの報告を受け、新庄は、ホッと胸を撫で下ろした。
「本当に、なんてお礼を言ったら良いか……」
逢坂は、「よせよ」と、照れ隠しのようにぶっきら棒に言い、すぐに、「そんなことより」と、左目に付けた眼帯が印象的な顔を厳しげに歪めて新庄を見た。
「悪いこたぁ言わねぇ。もうコイツとは縁を切れ」
隻眼でありながら、内面を抉るような厳しい視線に、新庄はビクッと背筋を強張らせた。
「コイツといてもロクなことにはならねぇ。お前、まだ二十一だろう? 今ならまだ充分やり直しが効く。早いとこ見切りつけて真っ当な道へ戻りな」
いつにも増して熱のこもった言葉に、新庄の気持ちが乱れる。
逢坂が本当は組を抜けたがっていることは、出会ってすぐに逢坂本人から聞いて知っていた。
逢坂は、六畳二間の安アパートで恋人と一緒に暮らしている。
恋人との未来のために、組を抜けて真っ当な職に就きたいと思っているが、片目を失明しているというハンディキャップと、ヤクザという組織のしがらみから、抜たくても抜けられない状況になってしまっている。
それに引き換え、新庄は、スティンガーの頭代行として石破組と関わりはあるものの、組長の内藤から正式に盃を受けているわけではない。堅気の今ならまだ間に合う。正式に声が掛かる前に抜けた方が賢明である、というのが逢坂の言い分だ。
「俺みてぇになってからじゃ遅い……」
逢坂の言葉には説得力があり、新庄の気持ちをぐらつかせた。
しかし、だからといって簡単に答えを出せる問題ではない。
街中の不良グループならいざしらず、ここまで巨大化した組織のましてやナンバー2ともなれば、それ相応の制裁は免れない。武闘派を謳う集団は、入る時も抜ける時も強烈な禊ぎを必要とする。もちろん覚悟は出来ている。痛みを伴うが、所詮一時的なものだ。
心配なのは、自分が抜けた後のことだった。
後任や今後の方向性。なにより一番気掛かりなのは、頭である良二の容体だ。
良二は未だ現実と夢の間を彷徨っている。
薬の副作用だと周りは言うが、医者からは、精神的なもの、との説明を受けている。
受け止め切れない現実に精神がダメージを受け、脳が誤作動を起こしていると。
「前はこんなじゃなかったのに……」
心の中の呟きが知らずに口から漏れていた。
「アイツのせいだ……」
「アイツ、って、あの、アヤトのことか?」
逢坂はすぐさま反応した。
「寺田亜也人だろ? あの、高級コールボーイだって噂の……」
今度は新庄が反応する番だった。
「寺田亜也人を知ってるんですか!」
「会ったことはねぇが名前ぐれぇはな。一応、N企画に所属してることになってっけど、もう長いこと休職中だ」
「どこにいるか解りますか?」
逢坂は、少し考え込むような素振りをした後、「お前だから教えるんだからな」と、誰にも言うなと言わんばかり慎重に言葉を続けた。
「昔、石破組にいた松岡って人が預かってる、って話しは聞いたことがある。丸山の兄貴……じゃなくて、若頭が、その松岡さんとたまたま会う機会があって、そん時に本人から聞いたらしい。なんでも、内藤組長に騙されてヤクの売人に仕立て上げられて始末されそうになってたところを、松岡さんが助けてかくまってやったんだとか」
「組長さんに……騙された?」
「ああ」と、逢坂は大きく頷いた。
「三代目の菊地組長はヤクの横流しを何より嫌っててな。そんな時、当時若頭だった内藤組長が組に内緒でスティンガーにヤクを売らせてるっていう情報を聞きつけて、丸山の兄貴と俺を現場の張り込みに向かわせたのさ」
ところがその翌日、疑惑の張本人である内藤から、『ヤクの売人の身柄を押さえた』との連絡が入り、丸山とともに駆け付けると、売人と思われる若い男が内藤の部下に捕らえられていた。
売人の男はスティンガーとは何の関係もないただのゴロツキで、他所のルートから買い上げたセックスドラッグを石破組の領内で無断で売りさばいて小遣い稼ぎをしていたと自白した。
男はその後、内藤が集めた強面の色狂いどもによる集団レイプの制裁を受け、その様子は、当時の組長である菊地にも伝えられた。
こうして、内藤とスティンガーの疑惑は晴れ、内藤が横流ししているという噂もガセネタとして片付けられた。
「だが」
と、逢坂はふいに眼光を強めた。
「菊地組長の容体が急変した一昨年の十一月頃、丸山の兄貴が、相続問題に絡む案件で久しぶりに松岡さんと再会した時、松岡さんから意外な真相を聞かされたんだそうだ……」
松岡の話によると、当時売人として石破組に捕まったのは松岡が用意したダミーで、松岡が本当に捕まえたのは寺田亜也人であったという。
しかしそれも内藤が仕組んだ罠で、寺田亜也人は真犯人の代わりに内藤が用意したいわばダミー。真犯人は、当時からスティンガーの頭としてその名を轟かせていた積川良二であり、寺田亜也人は、積川良二の身代わりとして捕まった。
つまり、ヤクの横流しを嗅ぎ付けられた内藤が、実行犯である積川良二を守るために寺田亜也人に罪を着せ、わざと松岡に捕まるよう仕組んだ、というのが真相だった。
最初は半信半疑で聞いていた丸山であったが、その後の積川良二の石破組入りや、本家への部屋住み修行への大抜擢等、内藤の積川に対する可愛がりようを説明されるうちに、丸山も、松岡の言うことが真実なのではないかと考えるようになった。逢坂も今では丸山と同じ気持ちだという。
「本当なら、寺田亜也人がダミーと同じように、集団レイプされて風俗に送られるか、最悪、東京湾に沈められるところだったのを、松岡さんが助けて手元に置いてやってるらしいんだ。高級コールボーイをさせて荒稼ぎしてるなんて噂もあるが、誰も見たことねぇし、ホントのところはどうだか解ンねぇよ」
逢坂の話を聞きながら、新庄は、足元から這い上がる震えを必死で抑えていた。
内藤が亜也人を疎んで別れさせたという噂は耳にしていたが、まさかそこまでしていたとは夢にも思わなかった。
松岡に助けられなければ、亜也人は最悪命を落としていた。
ただ別れさせようとしていただけではない。命まで奪おうとしていた。
内藤の冷たい顔が脳裏に浮かび上がり、新庄は、ぶるっと背筋を震わせた。
「そこまでするのか……」
「己の欲望のためなら罪のない人間も平気で捨て駒にする。目的の為には手段を選ばねぇのがヤクザってもんだ」
逢坂の言葉が胸に重く響く。
新庄の胸の内を察したのか、逢坂は、黙り込む新庄に言い聞かせるように言った。
「お前が関わってるのはそういう世界なんだ。ビビッてんなら、それこそ今のうちに引き返せ。お前ならまだ間に合う」
新庄は何も言わず項垂れた。
その時、ベッドに繋がれた良二の手がじわじわと握り拳を作ったことに、二人は気付いていなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
抑えようのない怒りが、心臓をバクバクと打ち慣らしていた。
「どういうことだ!」と、声にならない声を張り上げながら、積川良二は、ピクリともしない身体を動かそうと必死でもがいた。
『わざと松岡に捕まるよう仕組んだ』
『松岡が助けて手元に置いた』
言葉が頭の奥をぐるぐる駆け回る。
そんな話しは聞いていない。
亜也人は、内藤が手元に置いて大切にする約束だった。
お前たちは一緒にいてはいけない相手だと言われていた。
運命の相手は二種類いる。
一つはお互いを高め合える相手、もう一つは、お互いをことごとくダメにする相手。お前たちは後者なのだと言われた。だから離れなければならない、と。
『あいつはお前の悪い部分をどんどん引き出す。お前もあいつの悪い部分をどんどん引き出す』
亜也人に対する自分の想いが尋常でないことは、良二自身も気付いていた。
亜也人を見ていると、狂おしいほどの愛おしさと憎らしさが同時に込み上げる。
大切にしたいのに傷付けたい。優しくしたいと思う一方で、足下にすがりつかせて泣かせてやりたい欲求に駆られる。
儚く美しいものへの憧れと嫉妬。亜也人の清純さと淫猥さ。手に入れた喜びと、それでもなお付き纏う不足感。いくつもの相反する思いがせめぎ合い、良二の心の深い部分を揺さぶり、神経を尖らせる。
それが引き金となり、良二の中に抑え込まれていた闇の顔が、少しづつ表に引き摺り出されていた。
このままでは大切な亜也人を傷付けてしまう。
だから内藤の取り引きに応じた。
『組長にヤクの件を感づかれた。お前だって、組長に殺されたくはないだろう? 』
良二にとって亜也人は極上の麻薬だ。ひとたび手を出せば、たちまち飲み込まれて溺れてしまう。
制するには、飲み込まれない力が必要になる。それを身に付けるまでの間、一時的に亜也人と離れる、ただ、それだけの話しだった。
『身代わりと言っても形だけだ。実際は、捕まった寺田を俺が愛人として囲う。もちろん“振り”だ。お前にもしものことがあったら寺田はまた野郎どもの便所に逆戻りだ。俺と一緒にいれば誰もアイツに手出しは出来ねぇ。お前だってその方が安心だろ?』
全ては良二と亜也人のために内藤が考えた最善策。
内藤は、良二が心を開く数少ない人間の一人であり、他者に有無を言わせない実力は、裏社会の先輩としてだけでなく人として尊敬もしている。
その内藤が考えた解決策を、松岡が邪魔したと聞いていた。
本当は内藤の元へ行くはずだった亜也人を松岡が横から奪い去った。
可哀想な亜也人は松岡に捕まり娼婦の真似ごとまでさせられている。
ーーーそれなのに。
頭の中の会話が良二の意識をぐらぐらと揺さぶる。
わざと松岡に捕まるよう仕組んだ。
松岡が助けて手元に置いた。
ーーーそれはどういうことだ。
『本当なら、寺田亜也人がダミーと同じように集団レイプされて風俗に送られるか、最悪、東京湾に沈められてるところだったのを、松岡さんが助けて手元に置いてやってるらしいんだ』
そんな筈はない。
ーーー真実を確かめなければ。
心の中で叫びながら、良二は、渾身の力を込めて起き上がった。
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