セラフィムの羽

瀬楽英津子

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〜静かなる眠りの前に

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 喉が裂けるような絶叫が、プレイルームの壁を震わすほど響いていた。

「ひぃぃぃぃィッ!! 無理です! もうできな……あぁっ!」

「うるせぇ! さっさと股を開きやがれッ!」

「やっ、やあぁぁぁぁッ!」

 細いが、見るからに強靭そうな筋張った腕が、大きく振りかぶって少年のお尻に打ち下ろされる。
 ピシャリ、と、乾いた音がくうを切り、黒ずんだまだら模様の手が、足首を掴んで白い脚をこれ以上開かないほど左右に大きく広げた。

「い、い、い、嫌ですッ! いやッ!」

 制限時間を超えてもなお延々と続く陵辱に、少年の目が恐怖を浮かべて赤く血走る。
 腫れ上がった目蓋。顔中に浮かぶ内出血の痕。
 散々殴られ、蹴り飛ばされ、鼻の付け根は倍の太さに広がり、鼻から滴り落ちる鮮血が、顔と言わず、痣だらけの身体を伝いシーツまでをも赤く染めている。
 少年に抵抗する力は残っていない。
 泣き叫んでは頬を打たれ、倒れたところを髪を掴んで起こされ、腹を殴られる。
 抵抗したところで何一つ良いことはない。
 それでも叫ばずにはいられないのは、肉体的な苦痛と、じっとしていたら殺されてしまうかも知れないという本能的な恐怖心のせいだろう。
 それが、返って男の嗜虐的な本性を引き摺り出し、男を、より残忍な行動へと走らせていた。

「も……本当に無理……ですッ……勘弁してくださ……」
 
「男を悦ばせるのがてめぇの仕事だろ? こっちはまだまだ満足してねぇんだよッ!」
 
 吐き捨てるように言うと、男は、少年のお尻を持ち上げて尻たぶを左右に開き、血管が浮き出るほど反り勃った肉棒を赤く腫れた後孔に無理やり捩じ込んだ。

「ぎひいぃぃぃィッ!」

 少年のお尻が真上を向くほど身を乗り出し、体重をかけて一気に奥まで突き入れる。
 後孔を抉られる衝撃に、少年が、顔を真っ赤にしながら両膝が肩に付きそうなほど折り曲げられた脚をピンと硬直させる。
 苦悶の表情に、男の、左のこめかみから頬にかけて走る赤茶色の痣が不気味に歪む。
 笑顔と言うにはあまりに残忍な表情。
 男の横顔を覆う、厚ぼったく盛り上がった赤茶色の痣が、ただでさえ凶暴な男の顔付きを、より凶暴な、猟奇的な顔付きに見せていた。

「ヒィヒィ言うわりに、奥までキュンキュン締め付けンじゃねぇか」

 獲物を狙うような目付きで言うと、男は、

「ケツの穴が閉じなくなるまでブチ犯してやっから待ってろよッ!」

 少年のお尻の上に馬乗りにまたがり、スクワットをするように埋め込んだ男根を真下へ向かって、ドスっ、と突き入れた。

「ひいッ! ひぃぃッいッ! いやあぁぁぁぁッ! あッ、ああッ!」
 
 再び始まった猛攻に、少年が鬱血した顔を歪めて泣き叫ぶ。
 休むことなく加えられる男根の刺激は、快楽の域をとうに通り越し、もはや痛みと恐怖の刃でしかない。

「どうしたオラ! もっと締めろ! もっと、もっとだッ!」

「あァッ……許して……ヒッ! も……許してくッ……ひぁッ……ださ……いぃぃッ!」

「そらぁッ! まだまだぁッ!」

 男が体重をかけて、ドスっ、ドスっ、としゃがみ込むたび、埋め込まれた男根が少年の後孔の奥深くを貫き、押し潰された背中が撓んでベッドをギシギシ軋ませる。

「ひぃぃッ、ひッ……ぃいいぃあぁぁッ……あッ……」

 体重をもろに受けた首が、顎と喉が付きそうなほど折れ曲がって気道を塞ぐ。
 繰り返される圧迫に、少年の悲鳴が少しづつ途切れがちになり、低い呻き声に変わった時だった。
 突然、プレイルームのドアが派手な音を立てて開き、ガタイの良い男がドタドタと床を鳴らしながら駆け込んで来た。

「なんだテメェ!」

 怒号と、何かが激しくぶつかる音。
 ただならぬ気配に部屋中の空気が震撼し、男根を引き抜かれた少年が、後孔から精液を垂らしながらベッドにぐしゃりと倒れ込む。
 男はというと、突然の乱入者に羽交締めにされてベッドから引き摺り降ろされ、床の上にうつ伏せに組み敷かれていた。

「ちくしょう! 離せッ! ブッ殺してやる
ッ!」

 喚き散らす怒号の凄まじさに、男の気性の荒さと闘争本能の強さが伺える。
 しかし、それをねじ伏せ抑え付ける男もまた、引け劣らぬ獰猛さを見せていた。

「ご無体もたいがいにしてもらわないと困りますよ積川せきかわさん。うちがこれで上に会費納めてるのは知ってるでしょう? 大事な商品潰されたんじゃたまったもんじゃねぇ」
 
 大きな身体、厳つい顔、オールバックに撫でつけた髪。浅黒い顔に斜め掛けにした黒の眼帯が男の迫力を無気味に増長させている。
 末端まで含めれば500人にも届く勢いの武闘派集団、スティンガーを束ねる積川良二せきかわりょうじと言えども、自分よりもガタイの良い、格闘家と見紛うほどの大男に丸腰で押さえ付けられてしまっては、どうにも抵抗のしようが無かった。
 背中に馬乗りに跨がれた状態で首根っこを掴まれて床に押さえ付けられ、積川良二は、屈辱と怒りに顔を歪めた。

「こんな真似してタダで済むと思ってんのか! 俺を誰だと思ってやがる!」

「同じ組の仲間だろ……」

「だとぉッ!?」

「あんたがどんなに組長オヤジさんに気に入られてようが、俺からしたら、ただの同じ組の兵隊だ……」
 
「てめぇッ!!」

 破裂寸前の緊張感に、その場に居合わせた誰もが息を呑む。
 しかし、積川の威勢もそこまでだった。
 ふいに、男が背後から積川の首に腕を回し、顎の下を肘で挟んで一気に絞め上げる。
 途端、積川が、グッ、と声にならない呻きを上げて白目を剥いた。


 一方その頃、ゲイ風俗店〈ジュエル•ルーム〉のスタッフルームは、積川に暴行を受けたボーイの傷の手当てに追われていた。

「鼻の方は骨をやられてるかも知れんな……」

「クソッ……。今月に入ってこれで何人目だよ……」

「四人目だ。ーーーうち、二人はお釈迦、一人は療養中。こいつも暫くは使えねぇな……」

「太客がついた矢先にこれか」

「それでも潰されずに済んだだけマシさ。逢坂おうさかさんが来てくれなかったらコイツもどうなってたか……」

「あのイカレ野郎が…… 」
 
 表で「車が来ました!」と声が響き、男たちが、気を失った少年を防災用の救急担架に乗せて外へ運び出す。
 店の前には、ワンボックスカーが二台並んで止まっている。
 一台は白。もう一台は、黒塗りのボディに二匹のサソリが向かい合って互いの頭の上に毒針を構えたペイント。
 言わずと知れた、積川良二の指揮する武闘集団スティンガーの専用移動車だ。

「イカレ野郎の次はイカレ集団のお出ましか……」

 仲間の言葉に、後ろで担架を持つスタッフの男が、「滅多なことを言うもんじゃねぇ!」と一喝する。
 盃を貰ったわけでもない、表向きにはただの素人ヤンキー集団でしかないスティンガーであったが、その戦闘能力の高さと団結力の強さは組をも凌ぐものがあり、「アイツらだけは敵に回したくない」と方々で囁かれている。
 スタッフの男も、例に漏れず、トラブルになるのを避けたいのだろう。
 仲間を黙らせ、男は、白いワンボックスカーへと急いだ。
 男たちが少年を乗せた担架を運び入れると、同時に、スティンガーの専用車のドアが開き、ガラの悪い輩がぞろぞろと外へ降り立つ。
 ほどなくして、逢坂が積川を肩に担いで現れ、それを待っていたかのように、車の奥から髪を短く刈り込んだ眼光の鋭い男が降り立ち、逢坂の前に歩み出た。
 
「ご迷惑をかけてすみません」
 
 積川が頭代行を任せている部下の新庄武志しんじょうたけしだ。
 逢坂に向かって丁寧に頭を下げ、顔を上げながら、逢坂の、左目にはまった黒の眼帯をチラと見、そのまま右目に視線を移す。
 積川とは真逆の落ち着いた印象ながら、逢坂を見上げる憂いを含んだ中にも鋭い光を放つ険のある目は、ある意味積川以上に冷酷な一面を窺わせる。
 ナンバー2の宿命だろうか。二番手でありながら、その実、物事を一番深く、多角的に見なければならないポジション。
 破壊と暴力によるカリスマ的魅力で統率する積川とはうらはらに、状況を把握し、分析しながら確実に戦果を上げて行く。一睨みで相手を震え上がらせるほどの迫力は無いものの、どこの組織にも一人はいる、一番敵に回したくないタイプの男だ。
 逢坂に詫びると、新庄は、「後はこちらでやります」と、後ろに控えた部下に、「おい」と顎で指図した。

「鎮静剤を打った。目が覚めたら暴れるかも知れん」

「了解です」

 新庄の合図で、車の前に控えていた男たちが逢坂に駆け寄り、肩に担がれた積川を、それぞれが手足を持って慎重に抱き下ろす。
 バックドアが開けられ積川が後部座席に乗せられると、新庄は、再び逢坂に向き直り深々と頭を下げた。

「イカレたボスの尻拭いとはお前さんも大変だな。ーーーだが、こっちも大事なシノギなんで目を瞑るわけにはいかねぇ。次やったら只じゃおかねぇって、お前さんとこのボスに言っときな」

 逢坂の言葉に無言で頷き、新庄が車の助手席に乗り込む。
 二匹のサソリが歓楽街のネオンサインに呑まれて行くと、それを待ち構えていたかのように、白いワンボックスカーのドアが開いた。

「逢坂ちゃん! 早く、乗って!」

 呼んでいるのは、いかがわしい歓楽街にはおよそ不似合いな、上品な顔立ちの男。
 男、と言うより、青年、と言ったほうがしっくりくる。
 逢坂に対する物怖じしない態度から、青年が、逢坂や逢坂の所属する組織と近しい関係にあることは確かだが、当の本人は、暴力とはまるで無縁の温和な雰囲気を漂わせている。
 一言で言えば“柔らかい”
 危険と隣り合わせで絶えず神経を尖らせている逢坂とはうはらはに、青年の逢坂を呼ぶ声は無防備なまでに親しみやすく、表情には人懐こさや朗らかさが滲み出ている。
 調子が狂う。
 思いながら、逢坂は、運転席で手招きする青年に駆け寄り、助手席に飛び乗った。
 
「鎮痛剤が切れたら可哀想だから。身体の傷は大丈夫だろうけど、見たとこ、鼻は潰れちゃってるね。最悪形成手術がいるかもよ?」

「ああ。必要ならやってくれ。請求書はあのイカレ集団に回してやりゃあいい」

「了解。ーーーでもまぁ、こうも出費がかさんじゃスティンガーも大変だ……」

「自業自得だ。それに、心配しなくても奴らにゃ内藤組長という偉大なスポンサーがついてる……」

「自分んとこの組長さんをそんなふうに言っていいの?」

「本当のことさ。組長オヤジは積川のためならいくらでも金を払う……。ただ、新庄にはちと気の毒だがな……」

「新庄、って、あの、頭代行の?」

 青年の声が、一瞬、息を顰めるように低くなる。
 しかし、逢坂は気付かず話しを続けた。

「ああ。積川のお守り役みたいなもんだ。金のことはもちろん、積川が問題起こすたび組長オヤジに頭下げて気の毒ったらないぜ……」

「確かに、彼にとってはとんだとばっちりだね。自分のせいでもないのに、積川の尻拭いして、組長さんにまで気を使って……。俺だったら、そんなボス、さっさと見切りをつけちゃうけど……」

「簡単にはいかねぇさ。スティンガーはもともと組長オヤジが作った武闘集団だ。組長オヤジが積川を頭に据えている以上、勝手に抜けることは出来ねぇよ」

「だとしても、正式な傘下組織じゃないんでしょ? かなり頭の切れる男みたいだし、噂じゃ積川より仲間からの信頼も厚いっていうじゃない? 俺だったら仲間引き連れてさっさと出てっちゃうけど……」

「それが出来るならとっくにそうしてるさ」

「あれっ。まるで、新庄がそうしたがってるみたいな口ぶりだね」

 青年の言葉に、逢坂の頬が微かに引き攣る。
 人懐こい雰囲気と話し易さに、つい喋りすぎてしまう。
 元来お喋りな方では無いだけに、この男といる時の自分が、いつもより饒舌になっているという自覚はあった。
 余計なことを漏らさないよう気を引き締めねばならない。
 追求を逃れようと、逢坂は、クリニックに着いてから掛けようと思っていた電話を掛けて会話を中断させることにした。

「俺です。今、クリニックに向かってます」

 電話の相手は、組長の内藤の後任として、現在N企画の経営の一切を任されている、石破組若頭の丸山だ。
 N企画の商品企画部長である逢坂英二おうさかえいじが、 N企画の事実上の直営店である、歌舞伎町のゲイ風俗店〈ジュエル•ルーム〉のスタッフに泣きつかれて積川を止めに入ったのは今回が初めてだが、このところの積川の暴力行為は事務所内でも問題になっていた。
 去年の秋、暴漢に硫酸を浴びせられて入院療養して以来、積川の攻撃性は日増しに激しさを増している。
 カッとなったら最後、時と場所を選ばず、誰彼構わず暴れ出す。
 見境いも限度もない。
 部下に八つ当たりしているうちはまだ良かった。
 自分の領内シマで暴れるのもまだマシだ。
 これが他所の領内シマを荒らし始めたり、堅気と揉めて警察沙汰にでもなったらいよいよ洒落にならない。
 怒りの矛先は、石破組がケツ持ちをしている飲食店や娯楽施設にまで広がり多大な被害を出していたが、積川が咎めを受けることなく済んでいるのは、自分の領内シマならばどうにでも解決できるという事情もあった。
 とは言え、店を荒らされ、大事な商品を傷付けられるのを黙って見過ごすわけにはいかなかった。
 曲がりなりにもN企画の経営幹部としてキャストの管理を任されている逢坂には、上司であり事実上の責任者である若頭の丸山に被害状況を報告する義務があった。

「命には別状ありません。ただ、顔をやられてますから、本人のメンタルが心配です」

 溜め息混じりに吐き出される声と物憂げな横顔に、逢坂の深い憤りが垣間見れる。
 己を責めるような苦しげな表情に、運転席の青年がすぐさま反応した。

「本当に優しいね、逢坂ちゃんは……」

 しみじみと呟く声は、電話口の声に掻き消されて逢坂の耳に届くことは無い。
 やり切れない空気が車内を押し包み、単調な走行音が逢坂の声に重なり合う。
 物悲しさを纏いながら、少年を乗せた車は歓楽街を走り抜け、クリニックへと速度を速めた。


 
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
 
 いつにも増してタイミングの悪い電話に、松岡は眉間をピリピリと震わせた。

「どうでもいいから手短に済ませろ」

 電話口の向こうで、紀伊田きいだが、「ええーッ?」と不貞腐れた声を上げる。

「自分が情報よこせって言ったくせに酷くないっすか?」
 
 だとしても、さすがに時と場合というものがある。
 週末の夜。いつもより早めに夕食を済ませた後、ソファーでくつろいでいるうちに自然とそういう流れになった。
 亜也人あやとがシャワーを浴びる音が、寝室のドアの隙間から心地良く耳に流れる。
 亜也人が自分からシャワーを浴びに行くのは珍しい。
 一緒に暮らして三年近くになるが、ベッドに誘うのはいつも松岡の方からで、亜也人は、松岡に押し切られて身体を開くといったケースが殆どだった。
 恋人同士とはいえ、熱量は明らかに松岡の方が上。亜也人の全てを余すことなく求める松岡とはうらはらに、亜也人は、松岡に求められて応じる、いわば受け身の状態だ。出会った頃から今の今までその関係性は変わらない。
 それが、今夜は珍しく亜也人の方から甘えるように身体を擦り寄せてきた。
 どちらかともなく口付けを交わし、松岡が、「ベッドへ行くか?」と訊ねると、「シャワーを浴びてくる」と、恥ずかしそうに答えてバスルームへと向かう。
 VIP専用の高級コールボーイとして名だたる顔ぶを相手にしながら、一向に色褪せない処女のような可憐さと、色恋ごとに慣れていない幼さの残る清楚な初々しさ。そのギャップはもちろん、ストレッチパンツに浮き出た形の良いお尻やすんなりと伸びた脚、どことなく影を帯びた端正な顔立ちや、線の細い腰は、松岡の胸を初恋に揺れる少年のようにときめかせ、身体の芯を甘く疼かせる。
 松岡にとって亜也人は、自分がこれまで生きてきた四十一年間の人生はもちろん、この先に於いても、こんなに愛おしいと思う相手にはもう二度と巡り合うことはないだろうと思えるほど大切な恋人だ。
 自分の全てを投げ打ってでも守りたいと思ったのは、後にも先にも亜也人ただ一人。
 その亜也人が、珍しく自分から求めてきた。松岡にとって、これ以上心躍ることはない。
 それが、一本の電話によって水を差された。
 無視することも出来たが、行為の真っ最中にまかた掛かってこようものならそれこそ興醒めだ。
 面倒なことはさっさと片付けてしまいたい性分も災いした。
 手短には済まされそうにない紀伊田の反応に、松岡はげんなりと顔を歪めた。

「で、一体なにがあったんだ」

 ぶっきら棒な松岡の声に、紀伊田は、「いつもの大暴れなんすけどね」と、紀伊田がこういう時にいつもする、片方の眉を吊り上げて目を細める呆れ顔が目に浮かぶような口調で言った。

「N企画のウリセンバーのボーイをボコボコです」

「またか」

「ただ、ちょっと気になることがあったんで……。新庄のことは知ってますよね? 新庄武志」

 何を今更。
 思いながらも、松岡は、「ああ」と答えた。

「積川の片腕。スティンガーの頭代行だろ? そいつどうかしたのか?」

「今日も逢坂と一緒だったんすけど、やっぱ繋がってるっぽいんすよ、あの二人」

「まさか。ただ、積川のトラブル絡みで関わってるだけだろう?」

「それがそうでもなくて、なんていうか、新庄の相談相手的な? ちょっとカマかけたら気になる反応があったんで……」

 宇治原駿うじはらしゅんによる酸攻撃アシッドアタックから半年。季節は秋から春へと移り変わり、親団体の組長襲撃事件から始まった一連の騒動は、表向きには終息の気配を見せていた。
 組長襲撃犯の追及に貢献し本家の若頭に就任した内藤は、母体である石破組が管理するN企画を若頭の丸山に一任し、月の半分を本家の拠点である神戸で過ごしている。
 積川を襲った宇治原駿は、ケースワーカーの加山の働きかけによって自宅での保護観察処分となったが、その後失踪し、未だ見つかっていない。
 失明の危機から奇跡的に回復した積川良二は、二ヶ月間の療養を経、年明けから組に復帰している。
 組長襲撃犯の追及に貢献して昇進を果たした内藤同様、積川も、内藤を補佐した実績が認められ、若干二十歳で、石破組の若頭補佐に昇格した。
 内藤の筋書き通り、石破組は、積川を跡目候補に据えるべく動き始めている。
 誤算だったのは、酸攻撃アシッドアタックによる人相の変化と長期療養のストレスから、積川の精神状態が不安定になっていることだ。しかも、凶暴性を増す、という最悪な形で。
 事実、このところの積川の乱心は常軌を逸するものがあった。

「逢坂の話しぶりだと、新庄のやつ、相当参ってます。積川の後始末に終われるだけでなく、内藤にもこっぴどくヤラレてるんでしょうね。積川の片腕とはいえ、組員でもないのに積川の世話を任されて尻拭いまでさせられて……。ひょっとすると、クーデター的な動きもあるかもです」

「そんなことしたら内藤が黙ってない」

「確かにそうですけど、可能性がないわけじゃないでしょ? どっちにしても、新庄と積川の間に溝が出来ているのは事実です。積川から下へとビッシリ統制が取れていたのは昔の話し。結束力を誇るスティンガーも、今や、中身はスカスカ。ほんのひと突きでバラバラです」

 紀伊田の言うことが真実なら、積川は以前の勢いを無くしつつあるということになる。
 積川と新庄の溝は、松岡にとって好材料と言えた。

「新庄の動きを調べることは出来るのか?」

 声を潜めると、紀伊田は少し間を置き、「うーん」と、紀伊田にしては珍しく歯切れの悪い様子で言った。

「方法が無いわけじゃないすけど、スティンガーは完全に積川の支配下だから、そもそも外部の人間との接点が少ないんすよ。そんなわけで、動きを把握するには本人をマークするか、本人と親しくなって直接情報を引き出すしかないんすけど、いくら俺でも十歳以上も歳の離れた新庄をたぶらかすのは流石に無理、って言うか……」

「気色悪いことを言うな」

「冗談ですって。ともあれ、今度、クリニックの請求書を届けることになってるんで、その時に近付いてみます」

「すっかり関係者だな」

「持ちつ持たれつ、ってやつですよ。俺は、クリニックを紹介することでむこうさんと少なからず接点を持てる。クリニックは、自己診療でボロ儲け」

 そこまで言って、ふと思い出したように、「そうそう」と声のトーンを上げる。

「今回もまた結構高額なんだよねぇ。これ見たら新庄の奴、また悩んじゃうんじゃないかなぁ」

 心配しているのか喜んでいるのか解らないような口調で言うと、紀伊田は、松岡が返事をする前に、独り言のように言葉を続けた。

「しかし、積川の奴は一体どうしちまったんでしょうね。駿に硫酸ぶっかけられたのがよっぽど悔しかったんでしょうか。まさか、火傷の痕を気にするようなタマでもあるまいに……」

 紀伊田の言う通り、積川の顔半分には駿に負わされた火傷の痕が未だ色濃く残っている。
 自分よりも弱い、よもや自分に対して牙を剥くとは夢にも思わなかった相手に攻撃されたことは、積川にとっては飼い犬に手を噛まれたも同然の屈辱であり、その怒りと悔しさが相当であったことは言うまでもない。
 しかし松岡は、積川の怒りの原因がそれだけではないことを知っている。
 積川は、亜也人を奪われたことに対しても怒りを抱いている。
 事件の後、亜也人を一晩貸してくれ、という内藤の申し出を松岡は断った。
 内藤が亜也人に積川の相手をさせるつもりだったことは想像がついている。
 暴力と依存による歪んだ繋がりだったとはいえ、もともと積川と亜也人は恋人同士であり、積川の中には、亜也人への想いが未だ根強く残っている。
 積川にとって亜也人は永遠の恋人だ。積川にしてみれば、松岡は亜也人を奪った憎い敵。積川が亜也人を取り戻したいと思っていることは、同じく亜也人に心を奪われている一人の男として松岡にも容易に想像はつく。
 亜也人を渡すつもりは毛頭無いが、そのせいで積川良二が傍若無人に暴れ回り、罪もない人間が傷付くのは心が痛んだ。

「今回を逃したところで、どうせまたすぐに積川が問題起こすだろうから、その時に接触するチャンスはありそうですけどね。念のため逢坂の方にも少し探りを入れてみます」

 松岡は、「ああ」と呟き、胸に広がる嫌なざわつきを深呼吸をして追いやった。

「くれぐれも無茶はするな……」
 
 紀伊田が、「解ってますって……」とバツが悪そうに笑う。
「本当に解ってるのか?」と嗜めようとすると、背後に響いていたシャワーの音が止み、松岡は、「悪りィ」と慌てて話を切り上げた。
 
 気持ちを切り替え、ヘッドボードの棚に仕舞ったローションとコンドームを取りやすい位置に移動させ、クッションにもたれて座りながら亜也人のを待つ。
 ほどなくして、バスローブに身を包んだ亜也人が、白い頬を桜色に上気させながら戻ってきた。

「なに? そんな見て……」

「別に……。綺麗だな、と思って」

「いつも見てんじゃん……」

 唇を尖らせ、松岡からプィと視線を逸らす。
 誰もが羨む美貌を持ちながら、些細な褒め言葉一つに恥じらう姿が微笑ましい。
 亜也人と出会ってから、今年の七月で丸三年。
 当時十六歳だった亜也人は十九歳になり、八月の終わりには二十歳を迎える。
 亜也人に初めて会った時、松岡は、一目で亜也人に心奪われ、どうしても自分のものにしたいと思った。
 その時の、衝動的に亜也人を連れ帰ってしまってしまうほどの狂おしい熱情は、今でもはっきりと松岡の胸の中にある。
 あれから三年近く。松岡を夢中にさせた端正な面差しは、出会った当時の幼さの残る清純な佇まいから、洗練された大人の色香漂う美人へと成長を遂げた。
 身体も、相変わらず細く華奢ではあるものの、その肌は、繰り返し与えられる愛撫にしっとりと潤み、柔らかく手のひらを押し返す。
 毎日顔を合わせ、見なくとも亜也人のことを思うだけで頭の中にはっきりと浮かび上がるほど焼き付けているにも関わらず、松岡は、未だに、ふとした拍子に亜也人をじっと見詰めてしまうことがある。それほどまでに魅了されている。
 それでいて、内面は、出会った頃と変わらず傷付きやすく繊細で、その儚さが、松岡の庇護欲を揺さぶり、亜也人を守らなければ、という使命感を起こさせた。
 亜也人を見ていると、どうしようもなく胸が締め付けられる。
 好きすぎて苦しい、という気持ち。
 わけもなく切ない気持ちが込み上げ、鼻の奥がツンとする。
 なにも今に始まったことではない。それがこのところやけに如実に表れるのは、今現在、二人の周りに漂う特別な緊張感のせいかも知れなかった。
 亜也人を一晩貸してくれ、という内藤の申し出を断って以降、松岡は、内藤からの仕事の依頼を一度も受けていない。
 断っているのではなく、依頼自体が入らない。
 内藤が本家の若頭に就任して多忙を極めていることは承知している。
 しかし、亜也人は言わずと知れた高級コールボーイだ。他者を差し置いて若頭に大抜擢された今こそ、恰好の性接待の材料として駆り出されていてもおかしくない。
 それが不気味なほど何も言ってこないことが、松岡に、得体の知れない不安を抱かせた。
 まるで、嵐の前の静けさ。
 亜也人も同じ気持ちなのだろう。こうして自分の方から求める仕草を見せるのも、その漠然とした不安が無意識に安らぎを求めているからかも知れない。
 ならば、亜也人の不安が消えてなくなるよう、しっかりと受け止めてやることが自分の役目だと考えた。亜也人の不安を無くすことが、今の松岡にとっては最重要課題だった。

「そんなにじっと見ないでよ……」

 照れ隠しの膨れっ面で近づく亜也人に軽く微笑み、膝に掛けたシーツをめくって、ベッドに来るよう促がした。

「可愛がってやるからこっちへ来い……」

 バスローブの足元を気にしながらベッドの端に片膝を乗せる亜也人の腕を掴んで引っ張り上げ、腰を跨いで、目の前に立つよう言い付ける。
 突然の要求に、亜也人が戸惑いの表情を浮かべながら、そろそろと立ち上がる。

「こんな格好させてどうするつもりだよ……」

 ヘッドボードに掴まり身体をくの字に曲げて腰を引く亜也人に、「野暮なことを聞くな」と笑い掛け、不自然に遠ざかる腰を、お尻に手を回して股間が鼻先にくるよう引き寄せた。
 バスローブの紐を解くと、亜也人のピンク色のペニスが松岡の目の前にポロンと溢れ落ちる。
 亜也人の身体がビクつく気配を感じ、逃げられないよう、太ももを肘で挟んで押さえ付けた。

「少し硬くなってないか?」

「なってな……ぁひッ!」

 匂いを嗅ぐように股間に顔を埋め、剥き出しのペニスに軽いキスを繰り返す。
 半勃ちになったペニスを鼻の先で持ち上げ、裏側に舌を這わせる。亜也人が腰を引いてビクンとペニスを跳ね上げる。

「あ、はぁッ……」

「ほらまた硬くなった。まだ何もしてねぇのにどんどん硬くなる……」

「ちがっ……」

 裏スジのヒダを舌の先でくすぐるように舐め、カリ首を、後ろから横から、角度を変えてしつこく舐めしゃぶった。
 感じるところは充分把握している。
 竿の部分を唇で愛撫しながら少しづつ先へ移動させ、カリ首を舌の先でぐるりとなぞって細かく吸う。
 弱いところを狙った絶妙な愛撫に、亜也人のペニスは張ち切れんばかりに硬く反り返り、先端の溝からトロリと透明な液体を滴らせる。

「もうこんなんなってる。……先っぽヌルヌルしてんの、自分で解るだろ?」

 ねばつく汁を指先ですくい、親指と人差し指で擦り合わせて、わざと糸を引かせて見せ付けた。
 亜也人が長い睫毛を震わせながら羞恥に瞳を潤ませる。

「いやぁッ……」

 泣き出しそうな、けれども、松岡に愛撫される悦びと快楽への興奮が見え隠れする切ない表情。
 これまで数えきれないほど身体を重ねながら未だ一向に飽きないのは、亜也人の、何度抱いても失われることのない処女のような恥じらいと、その時々に見せる新鮮な表情のせいだろう。
 抱くたびに違う反応を見せる身体。
  亜也人を前にすると、松岡は、自分が男として長年培ってきた性技で、この美しい身体を喘ぎ泣かせたいという衝動に駆られる。
 亜也人を、ではなく、亜也人でなければならない。
 亜也人以外は抱く気も起こらないほど、松岡は身も心も亜也人の虜になっていた。

「ここも、こんなに真っ赤に腫らして可愛いなぁ。先っちょ、パクパク喘いでるみてぇだぜ……」

「あぁんッ! ダメッ!」

 先端の溝を指先で広げ、開いた口を舐め上げた。

「すげぇな。舐めても舐めてもどんどん溢れてきやがる……」

「やぁ……は、はずかしぃ……からッ……も、やあめ……」

「恥ずかしくなるのはまだまだこれからだぜ?」

 舌で舐め上げ、唇で吸い上げ、凛と張ったカリの部分に唾液と先走り液を塗り付けて湿らせた後、硬く充血したペニスを先っぽから口の中に咥え込んだ。

「はぁぅッ!」

 一気に喉の奥深くまで咥え込み、唇の内側で根元を締め付け、先の部分を喉の筋肉でグッと締める。
 舌全体で竿を包みながら頭を前後に動かすと、亜也人が、ヘッドボードを掴んだ手を片手だけ降ろし、松岡の髪を掴んだ。

「やっ、やめてッ……。そんな……したらすぐイッちゃう……」

 心配しなくとも、亜也人の射精のタイミングはちゃんと把握している。
 構わず、熱っぽい目で見下ろす亜也人を見上げ、唇を最大限まで窄めてズズッと吸い上げた。

「だめぇッ! いッ、イッちゃうからッ! すぐ、イッちゃうからぁッ……!」

 ギリギリのところで口から吐き出し、睾丸部に舌を這わせ、硬く膨れた陰嚢を唇ではさんで甘噛みする。
 絶頂は免れたものの、これまでとは違う刺激に、亜也人が反射的に腰を引く。
 それを、「逃げるな……」と、お尻を掴んで引き戻し、片足をヘッドボードに掛けさせた。
 こうすることで、亜也人は、松岡の目の前に後孔をさらけ出す格好になり、松岡は、亜也人の股間の真下に顔がくるよう身体の位置を変えた。

「ひっくり返らないよう踏ん張っとけよ」

 ベッドボードに掛けた足を下から持ち上げて更にお尻を開かせ、会陰を後孔のギリギリまでじれったく舐める。
 亜也人の後孔が、松岡の舌を待ち侘びてヒクヒクと蠢く。
「あっ、ああっ」と、もつれるように喘ぐ亜也人の掠れ声を聞きながら、舌の先を伸ばして窄まりに這わせると、その声がたちまち甲高い悲鳴に変わった。

「ひぃぃぁぁッ! そこっ、ダメッ!」

「待ちきれなくてヒクつかせてたくせに何言ってやがる」

「ちが……あぁぁん……ぁッ……」

 小さく窄まる後孔を舌の先でこじ開け、尖らせた舌を中へと侵入させた。

「や、やだってばッ……そんな奥……汚な……」

「汚くなんかねぇさ。シャワーで綺麗にしてくれたんだろぅ?」

「ばかぁッ……」

 繰り返し舌を抜き差しし、再び、ペニスの付け根まで舌を這わす。
 舐め取ったはずの先走りが根元まで伝い流れているのに気付き、舌を往復させて舐め取ってから、ヘッドボードの棚に置いたローションを手に取った。
 指先にたっぷり乗せてお尻の溝に近付けると、その様子を見ていた亜也人が小さく喘いで吐息を漏らす。
 不安と期待が入り混じった艶めいた表情に、松岡の股間がチリチリと熱を帯びる。
 早る気持ちを抑えながら、指先に乗せたローションを後孔に塗り付け、そのまま指ごと中に押し込んだ。

「あぁッはぁ……はぁッ……」

 ゆっくりと根元まで入れ、小さく抜き差ししながら指を増やして中をほぐす。
 
「こっちは準備してこなかったのか……?」

「も……意地悪、言うなッ……」

 増やした指をねじりながら回転させて奥を広げ、十分に柔らかくなったところで指先を曲げて感じる部分を擦り上げた。

「んああぁッ!」
 
 突然の快感に、亜也人の足がガクガクと震え出す。
 崩れ落ちそうになる足を支えながら後孔を執拗に擦り上げ、片足で立つのが限界になった頃、ヘッドボードに掛けた足を元に戻して膝の上に向かい合わせに座らせた。
 亜也人への愛撫だけで、松岡の男根はすでに硬く反り勃っている。
 それを、亜也人に握らせ、上から手を添えて一緒に扱くと、硬く張った男根が更にググッと反り返った。

「これが欲しいか……?」

 亜也人は、恥ずかしそうにうつむき、下唇を噛んでいる。
 欲しいんだな、と、心の中で呟き、最大限にまで猛り勃った男根にローションを垂らし、亜也人の腰を持ち上げ、男根の真上にお尻がくるよう膝立ちに跨がせた。
 そのまま、亜也人の後孔の位置を合わせ、ゆっくりと男根の上に下ろしていく。

「んんんッ……」

 介助なしでも猛々しくそびえ立つ松岡の男根が、ヌチャ、と音を立てながら、亜也人の白い脚の間に飲み込まれていく。

「はぁッ……おっ……き……ぃよぉ……」

 亜也人のペースに合わせてゆっくり嵌めてやるつもりだったが、いじらしい反応に理性が飛んだ。

「早く来いよ……」

 亜也人の腰を両側から掴み、股間に引き寄せながら、下から男根を、フンッ、と突き上げる。
 途端に、亜也人が、「ひやぁぁッ!」と悲鳴を上げて背中を反らせた。

「そんな、いきなりやっ……ちゃ……やあぁぁぁッ!」

「お前がのんびりしてるからだろ」

「んはぁぁぁッ! やだ……ッ、おっきぃから……奥……やッ……」

 亜也人の身体を自分の股間に押さえ付けるように根元までねじ込み、上下にグイグイ腰を突き上げ、揺り動かす。
 松岡が腰を振るたび、亜也人の硬くなったペニスがプルプルと揺れ、たっぷりと含ませたローションが結合部でねちゃねちゃと音を立てる。
 紐を解かれたバスローブを両肩から滑り落とすと、肉付きの薄いくびれたウエストラインが露わになり、白い胸に恥ずかしそうに佇む小さな乳首が顔を出した。
 バスローブの生地で擦れたのか、はたまた、ペニスや後孔への愛撫による影響か、亜也人の乳首は、まだ何も触れていないうちから赤みを増して腫れ上がり、松岡を淫靡に誘っている。
 ならば、と、亜也人の上体を引き寄せペロンと舐め上げると、硬く腫れた乳首がさらにキュッと硬く尖った。

「んっあッ、乳首ッ……やだッ……」

「こんなにビンビンにしといて?」

「はひッ……だめッ……」

 熱を持った乳首を舌の先で転がし、口に含んでキツく吸い上げると、亜也人の肩がビクンと跳ねて後孔がキュッと締まる。

「……すっげぇ、気持ち良い……」

 思わず声を漏らすと、その声に呼応するように亜也人の肉壁がキュンキュンと収縮し、松岡の男根を締め上げる。
 快感に酔いしれながら、松岡は、亜也人のコリコリと尖った乳首を、左右交互に舌で突き、吸い上げ、舐め回した。

「あぁッ……や……そ、そんな……乳首……やッ……」

 その間も、腰の動きは止めない。
 片手で亜也人の背中を押さえ、上下に突いたり、前後に揺らしたり、下から腰を大きく回転させたりして亜也人を翻弄する。
 亜也人はと言えば、敏感な乳首を責められながら、色んな角度でお尻の中の感じる部分を刺激され、泣いているのか喘いでいるのか解らないような声を上げて身悶えている。

「あッ……あッぁ……ダメッ……ソコばっか……やぁッ……」

 嫌がる素振りとはうらはらに、ねじ込まれた男根を自ら深々と咥え込み、絡み付くように肉壁を締め上げる。
 身体の方が先に快楽に溺れている。身体の反応に心が付いて行けていない感じ。
 ちぐはぐな感覚に自ら戸惑う亜也人の反応に、松岡は、ある種の快楽を感じ全身の血を熱くたぎらせた。

「気持ち良いなら、良い、って素直に言えよ。俺の、気持ち良いだろ?」

 本格的に責めようと、亜也人を膝の上に抱き上げたままゴロンと仰向けに返し、両足を左右に大きく開いて正常位の状態で突き上げた。

「やっ! あっ! まって! そんな、むっ、無理……」

 根元まで入れて揺さぶっていた状態から一転、ズンッと奥まで突き入れ、根元ギリギリまで引き抜いて、再び一気に奥まで突き入れる。
 亜也人の良い場所に当たるよう、背中を仰け反らせ気味にしてしつこく擦り付けた。

「ほら、俺の硬いのが当たって気持ち良いだ
ろ?」

 亜也人は、松岡の動きに合わせて甲高い声で泣いた。

「あぁぁんッ、あッ、あぁッ、はぁッ、やめ……ッ」

「どっちなんだ? 当たってるか? 当たってないか?」

「あ……当たって……るッ……熱い……かたいのがッ……」

「良いか? どうだッ! 言ってみろッ!」

「いっ……いぃッ……硬くて、おっきいのが……あたッ、当たって……いいッ! あはぁッ、はぁッ……」
 
 汗ばんだ額、赤らんだ目元、涙の滲んだ長い睫毛。悩ましげに歪む眉、濡れた唇。全てが現実離れしているほどに美しく、それでいて、繋がった部分が現実的な肉の快楽に熱くヒクつく。
 繰り返される挿入に、亜也人は、松岡が男根を引き抜くだけで身体をビクつかせ、切ない喘ぎ声を上げた。

「亜也人……」

「あっ、あっ、イイッ! イキそう……イッちゃう……」

「我慢しなくて良い」

「やぁっ……き、吉祥……キ、キス、キスしてぇッ……」

 潤んだ瞳。
 甘えるように伸ばされる両手を背中から搔き抱き、松岡は、濡れそぼった亜也人の唇に性急に口付けた。

「んんんっ……んくッ……んくッ……」

 噛み付くように唇を奪い合い、互いに口の奥深くにまで舌を差し入れて絡ませる。
 口の粘膜と後ろの粘膜。上と下の粘膜の熱さを感じながら、舌と舌を絡ませてはほどき、吸い上げては舐めしゃぶり、甘い唾液を啜りながら、息つく間もなく、深く、激しく、貪り合う。
 同時に、亜也人の身体を折れそうなほどきつく抱き締め、ラストスパートとばかり亜也人の身体が上下に揺さぶられるほど腰を突き上げた。

「んくッ! も、いッひゃ……んんッ!」

「イケ! 亜也……んぐッ……んッ……」

「んんんんッ! んグッ! イグッ!」

 ビクビクッと亜也人が肉壁を痙攣させ、その直後、松岡の身体の中心を痺れるような快感が駆け抜け、二人はほぼ同時に絶頂へと昇り詰めた。
 亜也人は松岡にしがみついて精を放ち、松岡は、二、三度腰をガクガクを揺らし、亜也人の中に熱い欲望の全てを放った。
 最後の一滴まで搾り出し、そのまま力尽きたように亜也人の身体の上に倒れ込んだ。
 汗ばんだ首筋に顔を埋めると、亜也人の甘くまろやかな皮膚の匂いが鼻先に立ち籠め、松岡を、なんとも言えない幸福感で押し包む。
 愛おしい亜也人の匂い。
 懐かしいような、切ないような、わけもなく涙が溢れるような温かさ。
 自分よりも一回り以上小さい、手の中にすっぽりと収まってしまうほど華奢な亜也人の身体を両手で掻き抱きながら、松岡は、滑らかなうなじに何度も頬を擦り寄せた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 


 灰色がかった世界の中で、そこだけが鮮やかな色を付けていた。
 自信なさげにうつむいた横顔。
 伏せ目がちな瞳。長い睫毛。美しいカーブを描く鼻。口角の下がった泣き出しそうな唇。
 肌は抜けるほどに白く、それとは対照的な艶やかな黒髪が鼻先をかすめながらサラサラと流れている。
 身体は植物の茎のように細く、内臓が詰まっているとは思えない薄っぺらい身体を猫背気味に丸めてふらふらと歩く姿は、水面に揺れる浮草のようでもある。
 色に喩えるなら、まっさらな白。
 何色にも染まっていない、無垢で儚げな純白。
 それでいて色鮮やかな印象を与える。
 消えて無くなりそうな佇まいでありながら、周りから二重も三重も大きく浮き出て見える。
 存在感が無いようで、実は誰よりも存在感がある。
 隠れているのに人目につく。見詰めたが最後、自分から逸らすことは敵わない。
 その端正な横顔が、下を向いた顎を上げて振り向いた。
 睫毛の影の濃い、切れ長の大きな目。
 亜也人だ。
 ようやく会えた。
 思いながら、積川良二は、

「亜也人!」

 叫び、いつも亜也人を呼び寄せる時にするように、「こっちへ来い」と顎をしゃくった。
 亜也人は振り向いたままじっとしている。

「どうした! なにをグズグズしてる!」

 身を乗り出して、はた、と目を止める。
 亜也人の隣に誰かいる。
 思い出した。初めて見た時、亜也人を連れていた奴だ。
 確か、藤井、という名前だった。
 中学一年だった亜也人を無理やり犯して自分のモノにした奴だ。
 亜也人を便所扱いしていたくせに、亜也人が自分のモノでなくなると解った途端、『それだけは勘弁してくれ』としつこく食い下がった。足腰が立たなくなるほど叩きのめしてやったが、性懲りも無くまたちょっかいを出しやがったか。
 許さない、と、怒りのままに睨み付ける。
 しかし、目を向けた瞬間、藤井は忽然と姿を消していた。
 見間違いか。
 どちらにせよ、邪魔者はもういない。

「亜也人!」

 もう一度、強めに声を掛けた。
 亜也人は良二を見ていない。
 亜也人は、制服姿の男と親密そうに語り合っている。
 見覚えのある顔。亜也人と同じクラスの男だ。
 亜也人が、『友達が出来た』と喜んでいた。
 しかし、亜也人は、その男が、中学時代からのイジメグループに脅され、亜也人をイジメグループのアジトに誘い出そうとしていることを知らない。
 世間知らずだから簡単に騙される。
 亜也人が真実を知って傷付く前に排除してやらねばならない。
 良二は、

「そいつから離れろッ!」  

 叫び、拳を振り上げて威嚇した。

「そいつは友達じゃない! 今すぐ離れろ!」

 しかし男はもういない。
 今、隣にいるのは違う男。
 あれは誰だ。 
 あれは。
 と、男の正体に気付いて大きく目を見開く。
 
 ーーーあの男

 忘れもしない。
 大切な亜也人を奪った男だ。
 いきなり亜也人の前に現れて突然奪っていった。
 そんな話は聞いていない。
 そういう話ではなかった。

「亜也人を返せッ!」

 反射的に、男に向かって飛び出した。
 しかし、すぐに、ガチン、という音と同時に両足首を引っ張られ、良二は、足をすくわれる形で地面に叩きつけられた。
 いつの間にか、足首にガッチリと足枷が嵌められている。その先は、どこへ続いているとも知れない長い鎖。
 重厚な拘束に阻まれ、良二は一歩も動けなくなった。
 男の姿はすぐそこに見えるのに、どう足掻いても辿り着けない。
 激しい怒りが全身を貫き、頭がズキズキと痛み出す。
 視界がグルグルと回りだし、色鮮やかに浮き出た亜也人の輪郭が灰色の背景に呑まれぐにゃりと歪む。

「チクショウッ! チクショオォぉぉぉッ!」

 そんな話しは聞いていない。
 そんな話しではなかった筈だ。
 だんだんと遠くなって意識の中で、良二は、倒れ込んだ硬い地面を拳で叩きながらけだもののような咆哮を上げた。
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