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狂行〜俺から離れることは許さない
しおりを挟む「俺を捨てないでくれ…。なぁ、亜也人」
良二の硬く反り立つ昂りが亜也人の後孔を奥深く押し拡げながら攻め入っていた。
噛まれたうなじは、度を超えた痛みにもはや熱さと痺れ以外何も感じない。
それよりも今は心が痛かった。良二に突き上げられる度、吐きそうなほど辛い痛みが胸に迫ってくる。
見えない痛みはいつも良二が見える痛みに変えてくれた。
しかし今は、どれだけ変えても追いつかない。良二が与えてくれる痛みだけでは紛らせない、どうしようもない痛みが亜也人を責め立てていた。
「亜也人…何とか言えよ。お前、俺がいないとダメ、っつったろ?もうお前を一人にはしねぇから。だから一緒に帰ろ?」
野蛮な愛撫とはうらはらな甘い言葉が胸に突き刺さる。
どうしようもない痛み。おそらく一番厄介な、罪悪感という痛み。
「りょう…じ…っ…んぁあっ」
「なぁ、何とか言ってくれよ。お前、俺から離れて行ったりしねぇよな?んなこと許さねぇよ!お前はずっと俺の側にいるんだ。お前は俺だけが好きなんだろ?お前、自分でそう言ったじゃねぇか」
「あぁっ、いやぁっ…」
「もう一人にしねぇよ。あぁ亜也人。本当、可愛い。好きだよ。すげぇ好き。
亜也人ん中すげぇあったかい。俺に吸い付いてくる。俺から離れたくないって言ってるの解るだろ?」
密着した背中に良二の熱く湿った息が掛かる。
押し付けられた胸板が亜也人を逃れられないように抱え込み、一突きごとに亜也人の身体を押し潰しながら上へ下へと大きく揺さぶる。
突き抜ける衝撃に目が眩む。良二の猛り狂ったモノが奥深くに嵌まり込む度に噛み締めた唇の隙間から、ヒッ、と音にならない呻きが漏れる。
「あっ、ヒッ、ヒッ、ん、んぁっ、ヒッ」
解りやすく反応する亜也人を楽しむように、良二は、埋め込んだイチモツの抜き差しに緩急をつけながら亜也人を責め、強引に振り向かせて急くように唇を貪った。
「んっ、んっ、んっ、んっ、んっ」
「もっと舌、出せってば…。お前、激しく吸われるの好きだろ?うんと吸ってやるよ。気持ちいいか?気持ちいいだろ?」
亜也人の舌と唇を忙しなく吸っては舐め、ようやく離れると、亜也人の首筋の傷口に口付けながら、羽交い締めにした上半身をグッと持ち上げ自分の膝に後ろ向きのまま座らせた。
「ああっ、待って!これやだっ、こんな深…ああぁっ!」
「もっともっと良くしてやる。松岡なんかより俺のほうがお前のこと解ってんだ。ここも、ここも、全部俺のもんだよ。もう松岡なんかにゃ触らせねぇ!」
良二は、亜也人を膝の上に乗せて上下に揺さぶりながら、片手を胸元に回して抱き寄せ、もう片方の手を下腹部に回してペニスを握り込んだ。
「あ…うぅっ…も、や、許し…て」
陰茎を手のひら全体で揉みくちゃにし、カリ首を握って先端の溝を親指の先で素早く擦りたてる。
後ろを激しく突かれながら同時にペニスの特に敏感な部分を執拗に擦られ、亜也人の頬と言わず顔全体が泣き腫らしたように赤く染まる。
痛みと快楽で胸が詰まり、喘ぎが悲鳴に近い泣き声に変わった。
良二は、もっと喘げ、と言わんばかりに、亜也人の胸元に回した手を乳首に伸ばし、充血して尖った乳首を指先で摘んで捻り上げた。
「ヒィィッ! 」
「気持ちいいだろ?ほら、前ももうこんなビショビショだ…。お前の身体、素直だかんな。お前のことは何でも知ってる。心も身体も俺が一番知ってんだ。だから俺と一緒に帰ろう。な?亜也人。いつもみたいに俺を許してくれよ。いつもみたいに俺を許して、受け入れてくれよ」
「ごめ…ん。りょう…じ、…」
言葉に出したつもりは無かった。良二の問い掛けに、咄嗟に思ったことが知らないうちに口から漏れていた。
瞬間、良二の手がハタと止まった。
不気味な沈黙。
それも束の間、いきなり強烈な痛みが脳天を突き抜け、亜也人はベッドに激しく叩きつけられていた。
「今、何つった?よく聞こえなかった…」
息が止まりそうな衝撃だった。ようやく呼吸をすると、うつ伏せになった顔を、髪を掴んで無理やり起こされた。
どこから出血しているのか解らない赤い血が、シーツに大きなシミを作っているのが視界の片隅に見える。
鷲掴みにしだ髪を引っ張り天井を向くように顔を反らせると、良二は、亜也人の背中にどっかりと跨り、恐ろしく冷静な声で言った。
「なぁ、もういっぺん言ってくれよ。何言ってっか全然わかんねぇんだわ…」
亜也人は何も答えられなかった。良二をこれ以上傷付けたくは無い。しかしどうすれば傷付けずに伝えられるかが解らなかった。
それでも何か言わなければと視線を向けると、目が合ったそばから頭を乱暴に揺さぶられ、再びベッドに叩きつけられた。
「許さねぇ…。どうして俺から離れようとする!どうして俺を受け入れねぇ!」
反動で跳ね返ったところを肩を掴んで仰向けに返された。殴られている感覚も、もう無かった。ただ顔全体が焼けるように熱く、口からなのか鼻からなのか、生温かい血の味が次から次へと喉を流れた。
「もういっぺんだけ聞いてやる。俺と一緒にいるよな?亜也人」
いる、と一言そう言えば楽になれるのに、何故か言葉が出て来なかった。
「許すもんか…」
吐き出された声に視線を向けると、良二の暗く澱んだ目が視界に入った。
咎めるような、怨みのこもった目だ。視界の先に滲む良二の目を見ながら、亜也人は、ふと、内藤に睨まれた時のことを思い出していた。
どうりで前から知っているような気がした筈だ。この目。内藤は良二に似ているのだ。
その目に、仄暗い火が灯るのが解った。
「亜也人…。俺から離れるなんて許さねぇ。俺以外に誰がお前を理解できる!誰がお前を守ってやれるんだ!」
まるで殺意…。
思った途端、怒号とともに頭が痺れるような息苦しさが亜也人を襲った。
息が出来ない。
首を絞められているのだと直感した。
「考え直せ!お前がいなくなったら俺はどうなる!誰が俺を理解してくれるんだ!誰が俺を受け入れてくれる!なぁ、亜也人!」
今までに無いほどの勢いに死を意識する。
頭の奥がビィーンと痺れ、身体の重みが無くなって行くのを感じる。
ダメだ。落ちる。
誰か助けて。
そう思ったのとほぼ同時だった。
突然、大量の空気が喉に流れ込み、亜也人は激しくむせ返った。
涙に滲んだ視界の先に松岡の顔が見える。
いや。ひょっとしたら松岡では無いのかも知れない。目の前にいる松岡は、いつも亜也人が見ている松岡とは別人のような、狂気にも似た異様な雰囲気を漂わせていた。
混乱する頭を整理する暇もなく、今度は、ふいに背中を抱き起こされ、「大丈夫か」と声を掛けられた。
「紀伊田さん…」
「積川がこっちに戻ってるって聞いて今朝松岡さんに連絡しておいたんだ。でもまさかこんなことになってたなんて…。本当、間に合って良かった」
松岡は、良二を亜也人から引き剥がすと、良二の腕を後ろ手に捻り上げ、床の上にうつ伏せに捩じ伏せた。
「チクショウ、離せ! てめぇ!ぶっ殺してやるっ!!」
良二は、松岡から逃れようと上半身が床から浮き上がるほどに身をよじらせ、喚き散らしながら激しく抵抗していた。
松岡はそれを不気味なほど静かに眉一つ動かさずに押さえ付けていた。
地元のカラーギャングを束ね上げ、喧嘩の強さでは右に出る者はいないと周りから恐れられているあの積川良二を、松岡は、いとも簡単にねじ伏せていた。
その、静かだが、深く研ぎ澄まされた刃のような目に、亜也人は背筋が凍るような怖さを覚えた。
「大丈夫、心配いらないよ。松岡さんがああなったら誰も逃げられない…」
亜也人の不安を察したのか、紀伊田が肩を抱きながら声を掛ける。しかし亜也人は良二を見ていた。良二もまた、松岡から逃れようとがむしゃらに暴れながら、亜也人だけを真っ直ぐ見ていた。
「亜也人!何でだよ!ずっと一緒だったじゃねーか!俺だけだ、って言ったじゃねーか!」
良二は、憎々しいものでも見るような、それでいて、今にも泣き出しそうな顔で喚き散らした。
「許さねぇ!許さねぇぞ、亜也人! お前は俺じゃなきゃダメなんだろ? 俺もお前じゃなきゃダメなんだ!なんで解らない!」
見ていられなかった。
良二を傷付けている、と思った。
強くて、いつも堂々としていて、姿を見ただけで皆が震え上がるあの積川良二を、こんなにも苦しませ、動揺させている自分が呪わしい。
良二に謝らなければ、と思った。
側に行って、謝らなければ。
亜也人は、身を乗り出し、良二のいる方へ手を伸ばした。
すると、松岡の手が動き、良二の首の後ろに何かが光った。
アイスピック。
的確に刺せば、命を落とすことなく神経系にダメージを与え半永久的に動けなくすることも可能だという。
前に、松岡が何気に言った言葉が亜也人の脳裏を横切った。
それを現実にするアイスピックが、良二の首に突き付けられていた。
やめて。
声を上げるよりも早く、亜也人は紀伊田を跳ね避け、転がるようにベッドを飛び降りていた。
「良二!」
松岡が反射的に亜也人の方を見る。その隙に、良二が渾身の力で松岡を振り払い、すり抜けようと身体を回転させる。しかし、あと一歩のところで、ギャッ、という悲鳴が上がり、良二が床の上に転がった。
逃げようとする良二の太ももに、松岡がアイスピックを突き刺したのだ。
苦痛に歪む良二とはうらはらに、松岡は、やはり何一つ表情を変えないまま、良二の太ももに刺さったナイフを一気に引き抜いた。
再び、ギャッ、と悲鳴が上がり、松岡がアイスピックを握り直す。
その鋭い先端が良二の急所を狙うのを亜也人は見逃さなかった。
「逃げて良二!」
亜也人は咄嗟に松岡に抱き付いていた。
「お前…」
松岡はすぐさま振り返り、信じられないものでも見るように亜也人を見下ろした。
その一瞬、良二を狙う松岡の手が止まった。亜也人は奥にいる良二にもう一度叫んだ。
「逃げて、良二! この人は良二の敵う相手じゃない! だから早く逃げて! お願いだから!」
良二は訳が解らないとばかりにその場にへたり込み、しかし直ぐに立ち上がって亜也人を見た。
「お前も一緒に…」
言いながら、亜也人の顔を真っ直ぐに見詰める。
良二の言葉は哀願に近かった。
息すら静まり返る泣きたいような緊張の中、亜也人は良二を見上げ、ゆっくりと首を振った。
「なんでだよ、亜也人…」
良二の瞳が歪むのが手に取るように解る。いつか見た、怯えた小動物のような目。もう二度とこんな顔はさせないと誓ったその顔に、亜也人はもう一度首を振った。
「ごめん良二…」
「なんで…。訳わかんねぇ…。なんでなんだよ!」
声を震わせながら、良二は顔に狼狽を貼り付かせ、路頭に迷う迷い子のようにふらふらと亜也人に近付いた。
瞬間、松岡の手が良二に伸びるのが解った。
亜也人は咄嗟にその手を掴んで松岡の動きを阻み、再び松岡の身体に抱き付き、締め付けた。
「逃げて、良二! 早く!」
良二を見てはいけない。良二を見たら気持ちが揺らいでしまう。
込み上げる思いを堪えながら、亜也人は硬く目を閉じ、絞り出すように言った。
「ごめん。俺は行けないんだ…。だから良二だけで行って…。早く!早く逃げてっ!!」
チクショウ!!と、良二が喚き散らす声が聞こえた。
その咆哮にも似た叫び声を聞きながら、亜也人は松岡にしがみ付いた手をキツく握りしめた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「結局、俺は積川良二には敵わないって事なのか…」
「寺田はここに残ったんだから、敵わなかったわけじゃないでしょ…」
紀伊田の裏表のない素直な反応を横目に、松岡は深い溜め息をついた。
積川良二の襲撃から一夜明けたクリスマスの朝。松岡は、泊り込みで後片付けを手伝う紀伊田と遅めの朝食を摂っていた。
用意したチキンとケーキは手付かずのまま冷蔵庫に詰め込まれ、クリスマスマーケットで買った小さなツリーがリビングのローテーブルの上に捨て置かれたようにしょんぼりと佇んでいる。
亜也人はあれからタガが外れたようにワンワンと大声を上げて泣き、やがて泣き疲れて眠ってしまったきり、一夜明けた今になっても起きてこなかった。
積川良二がその後どうなったのかは解らない。もっとも、一度は死の淵まで追い詰められたのだ。さすがの積川も多少は怖気付いたに違いない。
命まで奪うつもりは無かったが、部屋に入り、亜也人の血塗れの、腫れ上がった顔を見た途端、松岡の平常心がぶっ飛んだ。
我に返ったのは亜也人の声が聞こえた時だった。気付くと亜也人が脇腹に抱きつき、必死に何かを訴えていた。
逃げて良二。良二を助けて。良二を許してあげて。
殴られ、腫らした顔を歪めながら、亜也人は、松岡の身体を動けないよう両方の腕でしっかりと抱き竦め、すがるような目で訴えた。
良二を許して。悪いのは俺なんだ。
その時の亜也人の、目を背けたくなるほど痛々しい、けれども全てを受け入れ飲み込むような慈愛に満ちた瞳が、今なお松岡の瞼の裏に色濃く焼き付いていた。
やはり積川良二には敵わないのだ、と思った。
紀伊田の言うように、亜也人は今松岡の側にいる。
状況だけを見れば、亜也人は松岡を選んだことになる。しかし、心は松岡を選んでいない。亜也人の心は遠く離れた積川のもとにあるような気がした。
「俺は何をしてるんだ…」
味気ない気持ちに襲われ、つい泣き言めいた事を言ってしまった。
紀伊田は、松岡に気を使うわけでもなく、いつもの、何事にもあけすけな、妙にひょうひょうとした様子で答えた。
「松岡さんは寺田を守り、助けてますよ。
…でもまぁ、松岡さんの気持ちも解ります。正直、昨日のアレは俺でもキツかったすから…」
亜也人が積川を逃したことは、紀伊田にとってもショックだったようだ。
「あんなに殴られてもまだ積川を庇って…。あんなヤツ助けてやる必要なんか無いのに、なんで寺田はヤツを庇うんです。寺田のあの優しさは一体何処から来るんすか」
「ありゃ、優しさじゃねぇよ」
紀伊田が、「優しさじゃない?」とオウム返しに問い掛ける。
「じょあ何なんだって言うんです?」
「あれは弱さだ」
一呼吸置いてから言うと、紀伊田が直ぐにもの言いたげに松岡を見た。
「弱さ?でも積川にとっては優しさですよ。優しくて寛容。まるでマリア様だ」
「マリア様…?」
「キリストの母親のマリア様ですよ。知ってるでしょ?マリア様。
マリア様って、天国を開ける鍵を持ってる、って知ってます?
天国って本来、悪い奴は入れないじゃないですか。でもマリア様は天国の鍵を持ってて、自分の鍵で悪い奴らを入れてやるらしいんです。
なんか、寺田はそれに似てる気がします。寺田は積川の罪を許して天国へ入れてやるマリア様なんすよ…」
「お伽話だろ」
「まぁ、そうでしょうけど…」
やりきれない気持ちが松岡の胸をじわじわと締め付ける。紀伊田もまた同じ気持ちである事は、なかなか減らない朝食用のサンドイッチと、握りしめるばかりでろくに口も付けられないコーヒーカップにはっきりと表れていた。
亜也人を積川の元へ帰してはいけないという気持ちは勿論変わらない。
積川良二といるのは危険だ。現に、亜也人はまた傷付けられた。
それなのに、この何とも言えない後味の悪さは何だろう。
正しいことをしたにも関わらず、まるで間違ったことをしたかのような気持ちの悪さが胸にくすぶる。
納得の行かない感情に頭が付いて行かない。
紀伊田の手前、何とか冷静さを保てているものの、そうでなければ取り乱していたかもしれないと松岡は思う。
空気を察したのか、紀伊田は何でもないふうを装いながら、わざとゆっくり、松岡を宥めるように言った。
「でもまぁ、それが寺田の良いとこでもあるんですよね。あれだけ側にいたんだから情が湧いて当然だ。とくに寺田は身持ちが固いから…」
確かに、その気になれば男女を問わずいくらでもたぶらかせるだろうに、亜也人は、こと恋愛に関しては驚くほど一途で誠実だ。
松岡が、今まで出会った相手には感じなかった執着や独占欲といった感情を亜也人に抱くのは、男たちにあれだけの事をされながらも堕落に染まらない清純さと、恋人である積川に対しての憎らしいぐらいの貞操観念の高さにあった。
自分を好きになったからと言って、亜也人が、積川良二を簡単に捨てるような人間であったなら、たぶん松岡はここまでのめり込んだりはしていない。
今、こうして積川を思って泣く亜也人だからこそこれ程までに好きになったのだ。
「正直スッキリはしませんが、今は、寺田が積川に付いて行かなかった事だけでも良しとしなきゃ。
あれだけ依存してた積川を自分で遠ざけたんです。考えてみたら凄い進歩ですよ…ただ…」
途中まで言い、紀伊田がふと難しい顔をして言葉を切った。
「ただ?」
普段、滅多なことでは慌てない、いつもどこかケロリとやり過ごす事の多い紀伊田がこういう顔をする時はたいがい深刻な話が多い。
ましてや、言いたがりで、ついうっかり口を滑らせて叱られてばかりいるお喋りが今日に限って妙に話し渋っているのも気になった。
紀伊田はしばらくの間グズグズと口籠っていたが、痺れを切らした松岡が睨みを効かすとようやく諦めたように話し始めた。
「松岡さん、昨日、積川のこと間近で見てどう思いました? 」
松岡は黙ったままゴクリと息を飲んだ。
紀伊田の話の内容は想像がついていた。自分から切り出さなかったのは、口にしたらそれが現実になってしまうような気がしたからだ。
しかし、紀伊田が口にした今、それは瞬く間に現実味を帯びた。
「ああ、確かに似てるな…」
「でしょ?俺、松岡さんが積川をねじ伏せてる間ずっとあいつ見てましたけど、なんか、雰囲気というか、面影というか、声なんかもちょっと似てるんすよね…」
「少なくとも、声と雰囲気は若い頃の内藤そっくりだ」
「そう言えば松岡さん、内藤とは古い付き合いですもんね。でも内藤ってまだ三十代前半でしょ?」
「俺の四つ下だから三十四だ。積川は十八だ」
「十八、っていうと、内藤と十六歳差か。年の離れた弟か、まさか、息子って事は無いですよね」
「十五で仕込んだ子供か。世間から見たらちと早いが生殖能力的には問題ない…」
「息子か…。そう考えたら納得いきますよ。だってあの内藤ですよ?あの、人情の欠片も無い内藤がどうしてそこまで積川に目を掛けるのかずっと不思議だったんです。
石破組の若衆は積川一人じゃない。いくら自分がスカウトしたからって、先輩若衆を差し置いて本部に送り込むとか明らかにおかしいし、染谷の件だって、一番下っ端の積川のために殺しの依頼までするなんてどう考えたって異常です。
そりゃ、積川が染谷殺しでサツに捕まれば石破組の信用はガタ落ちだから阻止するのは当たり前なんでしょうが、それだけのことをさせておいて、とうの積川は破門もされず未だ内藤の期待の星なわけですよね。しかも、積川が部屋住みで本部に気に入られたとしても、得をするのは積川個人であって内藤じゃない。あの計算高い内藤が自分の利益無しに動くなんて、それ相応の理由がなきゃおかしいじゃないですか」
「確かに…。結局、内藤もいっぱしに人の親だった、ってわけだ」
「でも、だとしたらますます寺田を簡単には手放さないでしょう。だって寺田は大切な積川のシノギですから」
「うむ…」
「それにしても…」
それだけ言って、紀伊田がふと寂しそうに視線をリビングに泳がせた。
「積川の奴、なんだって、よりにもよっててクリスマスイブなんかに来やがったんでしょうね。
何でもない日だって忘れられないって言うのに、これじゃあまるでクリスマスの度に思い出せ、って言ってるようなもんだ」
紀伊田の瞳がリビングのローテブルに置かれたクリスマスツリーを眺め見る。
亜也人が嬉しそうに持って帰ったクリスマスツリーだった。
クリスマスマーケットからの帰り道、サンタクロースが描かれた赤い袋を抱えながら得意げに歩く亜也人の横顔がふと松岡の脳裏に甦った。
あの純粋な笑顔を曇らせてはならないと思った。
脳裏に浮かぶ亜也人の笑顔に、松岡は、「そんなことはさせない」と呟いた。
呟きと言うより決意。亜也人に対する誓いにも似ていた。
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