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惑〜お前が本当に好きなのは俺だ
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『寺田にとって積川は〝神〟なんです』
内藤の言葉が、松岡の頭の奥に繰り返し響いていた。
積川良二を動かしたいなら、寺田亜也人を使えばいい。
寺田に何かあれば積川は必ず動く。
そして、寺田亜也人もまた、積川の言うことなら何でもやる。
寺田にとって積川は〝絶対〟
寺田にとって積川は〝神〟
しかしまた積川にとっても寺田亜也人は 〝絶対〟であり〝神〟
だから、『寺田が死ぬような事があれば、積川は生きてはいけない』
指導者と従者、でもない。
足りないものを互いに補うわけでもない。
二人が二人とも同じように相手を求める。
お互いがお互いの〝神〟
笑わせるな。
ロマンティックすぎてヘドが出る。
「なんすかこれ、なんかの謎解きですか?」
咄嗟に顔を上げると、馴染みの興信所の調査員が松岡の手元を覗き込んでいた。
「お前、どうしてここに!」
「嫌だなぁ。さっき自分で案内してくれたじゃないですか。それに、お前じゃなくて紀伊田淳です。キイダアツシ、いい加減名前覚えて下さいよ」
紀伊田は言うと、松岡が書いたメモ書きに更に顔を近づけ、積川、寺田、と書かれた文字を声を上げて読み上げた。
「こいつらの事、まだ調べてるんですか?寺田はここにいるんでしょ?だったらもう二人の関係性なんてどうでも良いじゃないですか」
「それがそう単純には行かないんだ」
「ふぅん。ま、アイツらの関係なんて完全に共依存だと思いますがね」
「共依存?」
「自分の自尊心を満たすために、敢えて出来損ないを側に置いて優越感に浸る。ダメな相手にメタメタに寄り添って、お前がいないと生きて行けない、って思わせるタチの悪いアレですよ」
「ずいぶんと偏った言いようだな」
「そうですか? 俺に言わせりゃ自己中の偽善者ですよ。寄り添うフリして実はダメ人間を製造してるんですから。コイツらだって、どうせ積川が寺田をグダグダに甘やかしてたんでしょ?お陰で、寺田は積川がいないと生きていけないダメ人間になってしまった」
「誰がダメ人間だって?」
「あ…」
やはりこいつはいつか口で身を滅ぼす。思っていると、ふいにインターフォンが鳴り、紀伊田がこれ幸いとモニターに駆け寄った。
「はいはい、今開けます」
程なくして、玄関のドアが開き、真っ白なシャツにサスペンダー付きの黒いパンツという、いかにも仕立て屋といった装いの二人組が、スーツケースとハンガーラックを手に賑やかしく部屋に入って来た。
「待ってました。えっと荷物はそこらへんに…。ねぇ、松岡さん、荷物ここらへんでいいですよね?」
スーツケースの中身をハンガーラックに掛け、セッティングし終えると、店主と思われる小ざっぱりした印象の中年男性と、見習いのおそらく二十代後半の青年が姿勢良く並び、頭を下げた。
「本日はご用命ありがとうございます。こちらが私立北一高校の制服です。既製品も何着かお持ちしましたが、サイズの合ったものをとのご希望でしたので、まずは、採寸をさせていただいて、それから既製品かオーダーか検討されてもよろしいかと」
「ああ、よろしく頼む」
「それでは、…えっと、ご本人様は…」
「ちょっと待ってろ」と、松岡が、ローテーブルの上に置いたモニターフォンのスイッチを入れて呼び出しボタンを押すと、しばらくして、リビングの扉が開き、オーバーサイズのスウェットの上下を着た亜也人がフラリと入って来た。
「あ……」
紀伊田が間の抜けた声を上げて絶句し、仕立て屋の見習いが、メジャーを取り出そうとしていた手を止め、そのまま貼り付いたように固まった。
亜也人が現れると一瞬にして時が止まる。
パジャマ同然の格好ですら、見る者の視線を引きつけ、動かなくさせてしまう。それは単に亜也人が容姿端麗なだけでなく、人を惹きつける何かを持っているからだと松岡は思う。
最初は皆、目を見開いて立ち止まり、それから、惚けたように動かなくなる。
変わるのはその後。阿呆ヅラを晒して見上げる者、緊張に息を飲む者、畏れおののき瞳を震わせる者、そして、雄の本能を剥き出しにして、ギラギラとした視線を向ける者。表情の違いこそあれ、皆、何かを仕掛けるわけでもなくただ亜也人を見つめ、息を飲む。だが稀に、本能を抑えきれずとんでもな暴挙に出る者がいる。松岡自身もその内の一人だが、松岡は、他者の、ただ見つめているだけの大多数の中で、なぜ自分がごく少数の暴挙組に入ってしまったのか、自分自身でも解らなかった。
自分と他者との違いは何だろう。
性格的な問題だというなら、自分は、本質的には温厚な方だし、恋愛もガツガツ行くタイプではない。そもそも性格なら内藤の方がよほど凶悪で残忍だ。しかし内藤は亜也人にさほど興味を示してはいなかった。
単純に好みの問題なのか。
亜也人は、不貞腐れたような顔で入ってくると、誰とも目を合わさず、薄く開けた目を殆ど睫毛で隠れるほど伏せ目がちにして自分の足元を見た。怒っている、というより、飽き飽きしているといった表情だ。綺麗なものを見て驚くことに悪意は無いが、物心ついた頃から絶えず好奇な目に晒されてきた亜也人にとっては、他人から見られること自体が苦痛のようだった。
「何もしないなら、俺、部屋戻るけど…」
亜也人の言葉に、見習いの青年がハッと我に返った。
「あ、す、すみません。あの、採寸を…」
見ていて可哀想なぐらいの慌てぶりだった。
耳の後ろまで顔を真っ赤にし、しどろもどろになりながら、巻き取り式のメジャーをおぼつかない指先で引っ張り出す。空調の効いた部屋だというのに、額にうっすらと汗をかき、泣き出しそうな顔で亜也人を見上げた。
「で、では、う、上を脱いでいただいて…」
その時、松岡の隣に立っていた紀伊田が、松岡の脇腹を突きながら囁いた。
「松岡さん、コイツ、勃ってます…」
見ると、青年の履くピッタリとした黒のパンツの股間が、確かに不自然に張り詰めていた。
松岡は咄嗟に、「待て!」と、スウェットの裾を捲り上げようとしている亜也人の手を止めた。
「脱ぐな。採寸は別の部屋で俺がする」
たかが制服一枚作るのにどうしてここまで神経をすり減らさなければならないのか。亜也人が学校へ戻りたいと言い出した時は深く考えなかったが、何気ない日常ですらこんな危険が潜んでいるのなら、学校生活とて安心出来たものではない。
積川のことは好きにはなれないが、松岡は、積川が何故、周りを震え上がらせてまで亜也人から人を遠ざけたのか、今になってようやくその気持ちが理解できた。方法は違えど目的は同じなのだ。学校内に潜むリスクを考えれば、積川が校内の隅々にまで睨みを効かせてくれていた事は松岡にとってはむしろ有り難いことだった。
結局、身体が細すぎるという理由で亜也人の制服はセミオーダーで仕立てることになった。仕立て上がりは二週間後。ちょうど夏服から冬服に切り替わるベストタイミングだったが、亜也人がそれまで待てないと駄々をこね、既製品の夏服まで買わされた。亜也人がこれほどまでに学校に行くのを楽しみにしていたとは正直意外だったが、普通の高校生らしい生活を送らせてやりたいと思っていた松岡は、亜也人の嬉しそうな様子を純粋に喜んだ。
こうして、午後一番から始まった制服注文のやり取りは二時間ほどで終わり、亜也人はまた自室に戻った。
夕飯までまだまだ時間があったので、松岡は、紀伊田とその他の必要な教材を買いに行く事にした。
「いやー、しかし、参ったなぁ。参りましたよ、松岡さん」
車に乗り込むと、それまで借りてきた猫のように大人しくしていた紀伊田が、待ってましたとばかり興奮気味に運転席の松岡の方に身を乗り出した。
「いやー、アレはマジでヤバイですって! なんすかアレ、松岡さん、一体、寺田に何したんすか!」
「なんだいきなり」
「嫌だなー、もーしらばっくれちゃって~。寺田、色気ダダ漏れじゃないですか。なんすかあの腰。あんな細いのにお尻はキュッと上がっちゃって、あれ、絶対メスイキ覚醒してますよね?」
「貴様、何をバカなこと!」
「いやいや、褒めてるんですって! 写真で見た時も綺麗だなー、とは思ってたけど、やっ実物は違いますね。仕立て屋の兄ちゃんじゃないけど、あんなんに目の前で脱がれたらそりゃ勃つわ。やっぱ成長期前に男に抱かれるとそういうふうに変化するんすかね」
すると、いきなり松岡が急ブレーキを掛け、紀伊田の頭が大きくバウンドしてダッシュボードにぶつかった。
「いい加減にしろ。それ以上言ったらマジでぶっ殺すぞ!」
「痛てて。解りました、解りましたよ。危ないなぁ、もう」
松岡は改めて車を発進させた。紀伊田は最初こそ大人しくしていたものの、やはり根っからお喋りなのだろう。憮然とする松岡をものともせず、ものの五分でまた口を開いた。
「それにしても、あんな綺麗な人間があんな酷い目にあってたなんて信じられませんよ。小さい頃はさておき、中坊の頃なんて相手も中坊だったわけでしょ?俺なんか見てるだけで精一杯なのに、中坊ごときがよくもまぁあんな綺麗なもんに手が出せたと感心しますよ」
「ガキだからだよ」
「ガキだから?」
「身の程知らずで、性欲のかたまり。ちょこっと大人になりゃ自分がいかに分不相応な事をしてるか気付けるもんを、己を知らないから何でもやるし、経験が無いから加減を知らない。そういう意味じゃある意味極道より恐ろしいよ、ガキは」
「確かに、加減を知ってたらあんな酷い事は出来ないでしょうね。加減を知らないから限度も知らない。きっと痛みも解らないんでしょうね」
「多分な」
「ガキの方がよっぽど怖い、か。…松岡さん、寺田、学校行かせて大丈夫なんすか? 積川がいなきゃ寺田は丸腰でしょ?」
「大丈夫だ。学校にはいなくても、みんなまだ亜也人と積川は繋がってると思ってる。どうせ今は、積川が石破組の部屋住みになった噂で持ちきりだろうから、返って箔がついていい」
「まぁ、そうすけど…」
そんなもんで誤魔化されますかね、と言いたげに、紀伊田は語尾を濁した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「やっぱりそれぐらいでちょうど良かったな」
鏡越しの松岡に、亜也人が、面倒臭さそうな視線を向ける。
白いシャツに濃紺のブレザーに水色のネクタイ、明るめの紺色と水色のチェックのパンツ。学生服といえば学ランのイメージしかない松岡だったが、華奢で色白な亜也人に、その小洒落た制服はよく似合っていた。
「さっきまで、ブカブカでみっともない、って言ってたくせによく言うよ…」
「気が変わったんだ。ピッタリしてるよりゆとりがあった方が動きやすいだろ?」
「さあね」と、ブレザーの合わせ目に手を掛ける亜也人の指先を後ろから抱き締めて握り、もう片方の手をウエストに巻き付けた。
「離せよ、暑苦しい」
「せっかく姿見があるんだ。俺がゆっくり脱がしてやるよ」
「ちょっ、やめ…」
ウエストに回した腕に力を入れて亜也人の身体を支え、シャツの隙間に手を入れ、器用にボタンを外していく。亜也人が抵抗しないのも手伝って、松岡は手早くボタンを外し終え、ブレザーとネクタイを身につけたまま、胸元だけをはだけた亜也人を鏡越しに満足気に眺めた。
「あんた、って本当にスケベだよな」
「ああ。お前みたいに歳の離れた相手に駆け引きなんか通用しないから、己の欲望に正直になる事にしたんだ。その代わり、めちゃめちゃ気持ちよくしてやってるんだから文句ないだろ?」
「なんだよ、その開きなおり…」
片手で乳首を摘み上げ、うなじに鼻先をこすりつける。こうしていると、亜也人の息づかいを間近に感じることが出来、松岡はたまらなく興奮する。亜也人もまた松岡の愛撫に興奮を覚えているようで、しつこく触れても、以前のように心から嫌がることは無くなった。自分から求めてはこないものの、触れれば、まるで、身体の方が自分を気持ちよくしてくれる相手だと知っていて、待ちかねたように、自分の方から松岡の手指に纏わり付いてくる。現に今も、乳輪を摘んだ途端、柔らかく薄い皮膚の表面が松岡の指の腹にピッタリと吸い付いてきた。もっと、と催促されているような気がして、松岡は、乳首をキツく捻り上げた。
「んあっ…」
ガクンと膝を折る亜也人を腰を掴んで立ち上がらせ、身体が離れないよう、自分の胸に背中を沿わせて仰け反らせた。
「今日、仕立て屋の若い奴がお前見てアソコ、おっ勃ててたの気付いてたか?」
耳たぶを甘噛みしながら聞くと、亜也人が、「知らない」と喘ぎ混じりに答えた。
「あんなにギンギンにおっ勃ててたのに、知らないだと? お前の目ん玉は一体どこに付いてるんだ」
腰を抱いた腕をずらし、ズボンのベルトを外す。ファスナーを降ろさなくても、ウエストサイズの大きいズボンはこれだけで簡単に足首まで滑り落ちた。
「なんだこりゃ。やっぱこんな不用心なズボンはダメだな…」
「勝手なことばっか…んっ」
ほら見ろ、と、下着一枚になった下半身を、腰を突き出させて、下から舐めるように鏡に映した。乳首への愛撫だけで既に芯を持ち始めた亜也人のペニスは、黒い、ピッタリとした下着の真ん中で見栄え良く盛り上がっている。それを、指で挟んでギュッギュと形を強調をさせてから、指先を丸め、張りつめた生地の上から、触るか触らないかの優しさでくすぐるように撫で回した。
「たったこれだけでどんどん硬くなるぞ?お前って奴は、本当に敏感で可愛いなぁ」
指先を伸ばし、手のひらで包みながら下から上へ繰り返しさすり上げ、更に硬くなったペニスを強めに握って親指の先を先端にグリグリ押し当てた。
声を殺していても身体は正直だ。松岡が指を動かすとすぐに、亜也人のペニスの先端が湿り出し、下着に丸いシミを作った。
「トロトロだ。いやらしい…。ほら、ここ色変わってるの解るか? 黒だから見づらいか?今度、もっと目立つ色買ってやろうか。赤がいいか?それともスケスケの白か?」
「クソ…。言うことがいちいちオッサン臭いんだよ…んぁぁッ」
仕方ないだろ、オッサンなんだから…。心の中で呟きながら松岡はさらにペニスの先端に爪を立てた。
若さでは積川には敵わない。いくら若く見えるからといって、瞬発力や持続力で若者に勝てるなどとは思っていない。しかし、松岡には、これまでに培ってきたテクニックがある。実際、松岡は伊達に歳は重ねていない。顔の作りや体型などの好みはあるだろうが、185㎝という高身長と武道で鍛えた骨格のしっかりした筋肉質の身体、浅黒く焼けた彫りの深い顔立ちは、クラブへ行けば女たちがこぞって周りを取り囲み、男の集う、いわゆるハッテン場でも相手に不自由はしなかった。経験人数の多さから言っても、男女を問わず、並みの男以上に知り尽くしてる自負はある。松岡にかかれば、男のメスイキなど朝めし前、それは亜也人が相手でも変わらなかった。
「すごいビショビショになっちまったな。まるでお漏らしだ。気持ち悪いよな。気持ち悪いから脱いじまおうな…」
「だから、いちいち言うなって…あっ、やだ、やぁっ!」
下着を下ろし、ペニスを直に握ってカリ首に向かって強めに扱き上げた。
「あ、あ、あ、や、やっ、あん、あっ、あ」
ペニスを素早く扱きながら、同時に、乳首を人差し指の爪で小刻みに弾く。
やぁッ、と前のめりに倒れたうなじに噛み付き、唇を開いて思い切り吸い上げる。亜也人が、んんん、と悩ましい声を上げ、肩を震わせ、イヤイヤと首を振る。
亜也人の皮膚は薄くて柔らかく、少し吸い付いただけで、たちまち赤く染まり上がる。それが解っているから嫌なのだろう。松岡としては身体中の至るところに吸い付きたい気持ちだが、亜也人が嫌がるので我慢している。代わりに、亜也人の後頭部を掴んで振り向かせ、喘ぎ声を塞ぐように口付けた。
「んっ、んっ、んっ、んっ」
舌の先で唇をこじ開けて、探し当てた舌を引っ張り出して舐め貪る。再び亜也人に前を向かせ、顎を掴んで顔を上げ、鏡を見るよう指示した。
「見ろ、顔もアソコもトロットロだ。これが嫌がってる顔に見えるか? 口じゃあ、違う、と言ってるが、お前は本当は俺が好きなんだよ」
亜也人は泣き出しそうに顔をしかめている。今までなら、こんな真似をしなくても相手の方から松岡に夢中になった。ところが亜也人はそうはいかない。これほどの快楽を植え付けても、ギリギリのところで押し止まる。それが積川良二への操立てだと解っているだけに、松岡は、ついつい執拗になってしまうのだった。
「もう立っていられないな。ベッドに行くか?」
返事を聞かずに亜也人をひょいと担ぎ上げ、自分の寝室に運んだ。
ベッドにストンと落とし、シャツとブレザーを脱がせてから、太ももの真ん中に中途半端に引っかかった下着を脱がせ、ペニスと後孔にローションをたっぷりと垂らした。
亜也人の身体が松岡を受け入れていることは、触れた時の皮膚の感触や寄り添い方でよく解る。特に、後孔は、松岡が入り口に指の腹を当てるだけで、吸い付くようにヒクヒクと蠢いた。
「ほら、お前のここ、俺の指を飲み込みたくてたまらないらしいぞ?」
「あ、やだ…」
そのままズブズブと埋め込むと、熱い肉壁がたちまち絡み付いて締め付ける。松岡自身が動かしていると言うよりも、まるで、粘膜が松岡の指の形状に合わせて変幻自在に拡がり縮み、松岡の指を弄んでいるかのようだった。
感じるスポットを、これでもかというほど小刻みに突いて振動させ、亜也人の息が早く短くなったところで、両脚を左右に大きく開き、身を乗り出して挿入した。
「あっ、あぁん、あ、ひっ、んあっ、も、やっ…」
指だけで既に何度もオーガズムに達している亜也人は、もはやどんな動きをされても快感しか感じない。そこを敢えて激しく執拗に突くことで、止まらない快感が押し寄せ、文字通り〝飛ぶ〟
理性も自我もぶっ飛び、ただの淫乱な肉の塊になる。
亜也人はそれを、松岡に一方的に責められ、その状態に追いやられていると感じているようだったが、松岡は、この状態に至るには、ある程度の信頼関係が無ければ無理だと思っている。
ようするに、亜也人はもう俺に落ちているのだ。
自分の思いをぶつけるように、松岡は、容赦なく腰を打ち据えた。
「やあっ、やだやだ、も、だめ、そこ、や、やぁ、ダメ、ダメぇっ、や、や…」
「解るか亜也人。お前が好きなのは俺なんだよ。お前が積川の事を好きだと思ってても、お前が本当に好きなのは俺なんだ…」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
久しぶりに見る顔は、男らしく日に焼け、亜也人の瞳を釘付けにした。
現れるなり、亜也人の背中を搔き抱いて自分の胸へ引きこみ、折れそうなほど強く抱き締める。
良二の腕に抱かれながら、亜也人は、この感触だ、と胸を震わせた。
「会いたかった、会いたかった。もっと顔を見せてくれ。……なんだ、お前、泣いてんのか? バカだなぁ。ようやく会えたのに泣く奴があるか。ああ、マジで亜也人だ。マジで会いたかった」
亜也人の髪に鼻先をこすりつけて、良二は何度も何度も囁いた。おでこに口付け、鼻、頬、耳、首筋、顔という顔にくまなく口付けし、口を開いて、ゆっくりと唇を重ねる。
途端に、良二の熱い舌が亜也人の唇を強引に押し開いて入ってくる。舌先を丸めて絡め取り、痛いくらいに吸い付き、めちゃくちゃに搔きまわす。
そうだ。良二のキスはいつも激しく、吐息までもを飲み込み、奪って行くのだった。
「お前、ちょっとふっくらしたな。今の方がいい。すごく可愛い。俺は痩せたろ? あ、そうだ。俺、内藤さんとこの部屋住みになったんだ。部屋住みって知ってるか? 内藤さんとこに住み込んで、礼義とか色々教えてもらうんだ。弟子入りみてぇなもんだけど、学校の席はそのままにしてもらったから、火曜日は絶対に来るから心配するな。あ、お前は? お前は元気でやってるのか?」
うん、と答えようとして、亜也人は、即答しようとしている自分に戸惑った。
自分が元気である事に戸惑う。
改めて考えたことも無かったが、言われてみれば、自分はこんなにも元気に、平穏に暮らしている。松岡との生活も、多少の不自由さはあるもののさほど苦痛とは思わない。無理やり連れられた時はあんなに嫌だったのに、今の状況を思えば思うほど、亜也人は、自分が松岡との生活を嫌がっていない事に気付いてしまった。
セックスも。
そう言われれば、決して嫌では無かった。
もっとも、愛人になったのだから、セックスをするのは義務だと諦めていた部分もある。しかし、セックスが嫌で泣いた事は無い。頭の中は良二で一杯なのに、松岡の愛撫を思い出すと身体の芯がジンと痺れる。いつの頃からか、亜也人は、自分の身体が松岡に触れられるのを待っているかのような感覚に襲われることがあった。
頭の中は良二で一杯な筈なのに、松岡の愛撫を待っている。
一体どうしてしまったんだ、俺は。
「亜也人?」
「なんでもない」と、亜也人は、良二の胸元にすがりついた。シャツを掴んで、「もっとキスして」とせがむと、良二の顔が近付き、たちまち激しいキスが襲いかかる。
「亜也人、亜也人…」
待っていたのはこれだ。良二の熱いキス。骨が砕けそうな抱擁。待っていたのは良二だけだ。良二が好き。良二だけか好き。
「良二、もう離れていたくない…。良二といたい…」
「俺もだよ。俺だって、あんな、松岡、って奴のところなんかにお前を置いときたくない。待ってろ。俺、絶対、絶対強くなってお前を連れ戻すから。金もたくさん稼ぐ。お前一人ぐらい余裕で養えるぐらい稼ぐから、そしたら絶対連れ戻すから、それまで待っててくれ」
亜也人は、何度も何度も頷いた。
勘違いしちゃいけない。
俺は良二が好き。
良二だけが好き。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
気にならない、と言えば嘘になる。
鋭く冷たいもので胸の内側をチクチク刺されているような気がする。
心のどこかで予想していた事だった。おかしいと思いながらも乗ってやったのは、亜也人が初めて自分からしたお願いだったからだ。松岡は、亜也人の喜ぶ顔が見たかった。そういう意味では、松岡の目的は遂げられた。
「しかしまぁ、俺らの頃の〝部屋住み〟って言ったら殆ど部屋に缶詰めだったのに、最近は自由に外出できるんすね。世の中変わったもんだ…」
「それだけなり手がいないんだろ」
「あ、来ましたよ」
紀伊田の言葉に松岡が喫いかけのタバコを灰皿に押し当てる。
下校時のごった返す校門を、亜也人一人だけが、周りに空間を取りながら悠々と歩いてくる。
「なんすか、あれ。半径2メートル以内近寄るな、ってやつですか?」
強力なバリアに弾き飛ばされるかのように、亜也人が進むたび、モーゼの十戒よろしく道が開かれて行く。
これが積川良二が睨みを効かせた賜物であることは言うまでもない。ポカンと口を開ける紀伊田をよそに、横殴りの風に制服のシャツを膨らませ、うつむき加減に松岡の車に近付くと、亜也人は、後部座席のドアを開け、挨拶もせずに乗り込んだ。
「お疲れっス。あ、俺、紀伊田。この前会ったよね。覚えてない?」
亜也人は何も答えず外を見ている。答えない、と言うよりも、ここに在らずで耳にすら入っていないようだ。
亜也人の、憂鬱そうに伏せられた長い睫毛をバックミラー越しに眺めながら、松岡はゆっくりと車を走らせた。
亜也人の迎えに紀伊田を連れてきて正解だった。もし亜也人と二人きりだったら、松岡は、亜也人に何をしていたか解らない。
紀伊田から、やはり積川も来ていた、と聞かされた時は、想定内の事だと大目に見れた。しかし、実際、亜也人を目の前にすると、怒りなのか悲しみなのか解らないドロドロしたものが胸を締め付ける。
嫉妬。
まさか、と慌てて打ち消す。しかし、確かにこれは嫉妬だ。
いい歳をして、嫉妬で我を忘れそうになっている。自分がこんなみっともない男だとは思わなかった。
情けなさをかき消すように、松岡はアクセルを踏み込んだ。
マンションに戻っても、亜也人は無言のままだった。
紀伊田とはマンションの駐車場で別れ、松岡と亜也人は二人きりになった。紀伊田が居なくなったことで、松岡の感情のストッパーは大きく緩んだ。早々に部屋に戻ろうとする亜也人の腕を掴んで引き止め、自分の方に振り向かせる。振り払われる前に、両腕を掴んで真正面に向かい合わせて立たせ、「俺の目を見ろ」と、視線を合わせた。
「積川に会ったんだろ?」
亜也人は何も答えなかった。
「怒らないから正直に言ってくれ。積川に会ったんだろ? 積川と何を話した。積川はお前に何て言った」
亜也人はやはり何も答えなかった。答える代わりに、ふいに、両目からぽろぽろと涙を流した。
「なんだ、なんで泣いてるんだ…積川に何かされたのか!」
亜也人は激しく首を振った。
「違う…。あんたが、そんな顔で俺を見るから…。俺は良二が好きなのに…あんたがそんな顔で俺を見るから…」
抱きしめてくれと言われているような気がして、松岡は亜也人の身体を自分の胸に引き寄せた。
亜也人が、あっ、と声を上げる。小さく開いた唇が目の前にあった。その唇を、腰を屈めて下からすくい上げるように吸い、舌で押し開いて舐め回した。
「亜也人…」
「そんなふうに俺を呼ぶな…。俺は良二が好きなのに…」
「俺はお前が好きだ…」
亜也人は涙が止まらなくなってしまったかのようだった。
「俺は良二が好きなんだ…。それなのに、なんだよこれ。なんなんだ…」
「お前が積川を好きでも、俺はお前が好きだ」
「やめろよ…俺は良二が好きなんだ…良二だけが好きなんだ…」
そう言いながらも、亜也人の舌は熱く柔らかく、自分から求めるように松岡の舌に寄り添った。
内藤の言葉が、松岡の頭の奥に繰り返し響いていた。
積川良二を動かしたいなら、寺田亜也人を使えばいい。
寺田に何かあれば積川は必ず動く。
そして、寺田亜也人もまた、積川の言うことなら何でもやる。
寺田にとって積川は〝絶対〟
寺田にとって積川は〝神〟
しかしまた積川にとっても寺田亜也人は 〝絶対〟であり〝神〟
だから、『寺田が死ぬような事があれば、積川は生きてはいけない』
指導者と従者、でもない。
足りないものを互いに補うわけでもない。
二人が二人とも同じように相手を求める。
お互いがお互いの〝神〟
笑わせるな。
ロマンティックすぎてヘドが出る。
「なんすかこれ、なんかの謎解きですか?」
咄嗟に顔を上げると、馴染みの興信所の調査員が松岡の手元を覗き込んでいた。
「お前、どうしてここに!」
「嫌だなぁ。さっき自分で案内してくれたじゃないですか。それに、お前じゃなくて紀伊田淳です。キイダアツシ、いい加減名前覚えて下さいよ」
紀伊田は言うと、松岡が書いたメモ書きに更に顔を近づけ、積川、寺田、と書かれた文字を声を上げて読み上げた。
「こいつらの事、まだ調べてるんですか?寺田はここにいるんでしょ?だったらもう二人の関係性なんてどうでも良いじゃないですか」
「それがそう単純には行かないんだ」
「ふぅん。ま、アイツらの関係なんて完全に共依存だと思いますがね」
「共依存?」
「自分の自尊心を満たすために、敢えて出来損ないを側に置いて優越感に浸る。ダメな相手にメタメタに寄り添って、お前がいないと生きて行けない、って思わせるタチの悪いアレですよ」
「ずいぶんと偏った言いようだな」
「そうですか? 俺に言わせりゃ自己中の偽善者ですよ。寄り添うフリして実はダメ人間を製造してるんですから。コイツらだって、どうせ積川が寺田をグダグダに甘やかしてたんでしょ?お陰で、寺田は積川がいないと生きていけないダメ人間になってしまった」
「誰がダメ人間だって?」
「あ…」
やはりこいつはいつか口で身を滅ぼす。思っていると、ふいにインターフォンが鳴り、紀伊田がこれ幸いとモニターに駆け寄った。
「はいはい、今開けます」
程なくして、玄関のドアが開き、真っ白なシャツにサスペンダー付きの黒いパンツという、いかにも仕立て屋といった装いの二人組が、スーツケースとハンガーラックを手に賑やかしく部屋に入って来た。
「待ってました。えっと荷物はそこらへんに…。ねぇ、松岡さん、荷物ここらへんでいいですよね?」
スーツケースの中身をハンガーラックに掛け、セッティングし終えると、店主と思われる小ざっぱりした印象の中年男性と、見習いのおそらく二十代後半の青年が姿勢良く並び、頭を下げた。
「本日はご用命ありがとうございます。こちらが私立北一高校の制服です。既製品も何着かお持ちしましたが、サイズの合ったものをとのご希望でしたので、まずは、採寸をさせていただいて、それから既製品かオーダーか検討されてもよろしいかと」
「ああ、よろしく頼む」
「それでは、…えっと、ご本人様は…」
「ちょっと待ってろ」と、松岡が、ローテーブルの上に置いたモニターフォンのスイッチを入れて呼び出しボタンを押すと、しばらくして、リビングの扉が開き、オーバーサイズのスウェットの上下を着た亜也人がフラリと入って来た。
「あ……」
紀伊田が間の抜けた声を上げて絶句し、仕立て屋の見習いが、メジャーを取り出そうとしていた手を止め、そのまま貼り付いたように固まった。
亜也人が現れると一瞬にして時が止まる。
パジャマ同然の格好ですら、見る者の視線を引きつけ、動かなくさせてしまう。それは単に亜也人が容姿端麗なだけでなく、人を惹きつける何かを持っているからだと松岡は思う。
最初は皆、目を見開いて立ち止まり、それから、惚けたように動かなくなる。
変わるのはその後。阿呆ヅラを晒して見上げる者、緊張に息を飲む者、畏れおののき瞳を震わせる者、そして、雄の本能を剥き出しにして、ギラギラとした視線を向ける者。表情の違いこそあれ、皆、何かを仕掛けるわけでもなくただ亜也人を見つめ、息を飲む。だが稀に、本能を抑えきれずとんでもな暴挙に出る者がいる。松岡自身もその内の一人だが、松岡は、他者の、ただ見つめているだけの大多数の中で、なぜ自分がごく少数の暴挙組に入ってしまったのか、自分自身でも解らなかった。
自分と他者との違いは何だろう。
性格的な問題だというなら、自分は、本質的には温厚な方だし、恋愛もガツガツ行くタイプではない。そもそも性格なら内藤の方がよほど凶悪で残忍だ。しかし内藤は亜也人にさほど興味を示してはいなかった。
単純に好みの問題なのか。
亜也人は、不貞腐れたような顔で入ってくると、誰とも目を合わさず、薄く開けた目を殆ど睫毛で隠れるほど伏せ目がちにして自分の足元を見た。怒っている、というより、飽き飽きしているといった表情だ。綺麗なものを見て驚くことに悪意は無いが、物心ついた頃から絶えず好奇な目に晒されてきた亜也人にとっては、他人から見られること自体が苦痛のようだった。
「何もしないなら、俺、部屋戻るけど…」
亜也人の言葉に、見習いの青年がハッと我に返った。
「あ、す、すみません。あの、採寸を…」
見ていて可哀想なぐらいの慌てぶりだった。
耳の後ろまで顔を真っ赤にし、しどろもどろになりながら、巻き取り式のメジャーをおぼつかない指先で引っ張り出す。空調の効いた部屋だというのに、額にうっすらと汗をかき、泣き出しそうな顔で亜也人を見上げた。
「で、では、う、上を脱いでいただいて…」
その時、松岡の隣に立っていた紀伊田が、松岡の脇腹を突きながら囁いた。
「松岡さん、コイツ、勃ってます…」
見ると、青年の履くピッタリとした黒のパンツの股間が、確かに不自然に張り詰めていた。
松岡は咄嗟に、「待て!」と、スウェットの裾を捲り上げようとしている亜也人の手を止めた。
「脱ぐな。採寸は別の部屋で俺がする」
たかが制服一枚作るのにどうしてここまで神経をすり減らさなければならないのか。亜也人が学校へ戻りたいと言い出した時は深く考えなかったが、何気ない日常ですらこんな危険が潜んでいるのなら、学校生活とて安心出来たものではない。
積川のことは好きにはなれないが、松岡は、積川が何故、周りを震え上がらせてまで亜也人から人を遠ざけたのか、今になってようやくその気持ちが理解できた。方法は違えど目的は同じなのだ。学校内に潜むリスクを考えれば、積川が校内の隅々にまで睨みを効かせてくれていた事は松岡にとってはむしろ有り難いことだった。
結局、身体が細すぎるという理由で亜也人の制服はセミオーダーで仕立てることになった。仕立て上がりは二週間後。ちょうど夏服から冬服に切り替わるベストタイミングだったが、亜也人がそれまで待てないと駄々をこね、既製品の夏服まで買わされた。亜也人がこれほどまでに学校に行くのを楽しみにしていたとは正直意外だったが、普通の高校生らしい生活を送らせてやりたいと思っていた松岡は、亜也人の嬉しそうな様子を純粋に喜んだ。
こうして、午後一番から始まった制服注文のやり取りは二時間ほどで終わり、亜也人はまた自室に戻った。
夕飯までまだまだ時間があったので、松岡は、紀伊田とその他の必要な教材を買いに行く事にした。
「いやー、しかし、参ったなぁ。参りましたよ、松岡さん」
車に乗り込むと、それまで借りてきた猫のように大人しくしていた紀伊田が、待ってましたとばかり興奮気味に運転席の松岡の方に身を乗り出した。
「いやー、アレはマジでヤバイですって! なんすかアレ、松岡さん、一体、寺田に何したんすか!」
「なんだいきなり」
「嫌だなー、もーしらばっくれちゃって~。寺田、色気ダダ漏れじゃないですか。なんすかあの腰。あんな細いのにお尻はキュッと上がっちゃって、あれ、絶対メスイキ覚醒してますよね?」
「貴様、何をバカなこと!」
「いやいや、褒めてるんですって! 写真で見た時も綺麗だなー、とは思ってたけど、やっ実物は違いますね。仕立て屋の兄ちゃんじゃないけど、あんなんに目の前で脱がれたらそりゃ勃つわ。やっぱ成長期前に男に抱かれるとそういうふうに変化するんすかね」
すると、いきなり松岡が急ブレーキを掛け、紀伊田の頭が大きくバウンドしてダッシュボードにぶつかった。
「いい加減にしろ。それ以上言ったらマジでぶっ殺すぞ!」
「痛てて。解りました、解りましたよ。危ないなぁ、もう」
松岡は改めて車を発進させた。紀伊田は最初こそ大人しくしていたものの、やはり根っからお喋りなのだろう。憮然とする松岡をものともせず、ものの五分でまた口を開いた。
「それにしても、あんな綺麗な人間があんな酷い目にあってたなんて信じられませんよ。小さい頃はさておき、中坊の頃なんて相手も中坊だったわけでしょ?俺なんか見てるだけで精一杯なのに、中坊ごときがよくもまぁあんな綺麗なもんに手が出せたと感心しますよ」
「ガキだからだよ」
「ガキだから?」
「身の程知らずで、性欲のかたまり。ちょこっと大人になりゃ自分がいかに分不相応な事をしてるか気付けるもんを、己を知らないから何でもやるし、経験が無いから加減を知らない。そういう意味じゃある意味極道より恐ろしいよ、ガキは」
「確かに、加減を知ってたらあんな酷い事は出来ないでしょうね。加減を知らないから限度も知らない。きっと痛みも解らないんでしょうね」
「多分な」
「ガキの方がよっぽど怖い、か。…松岡さん、寺田、学校行かせて大丈夫なんすか? 積川がいなきゃ寺田は丸腰でしょ?」
「大丈夫だ。学校にはいなくても、みんなまだ亜也人と積川は繋がってると思ってる。どうせ今は、積川が石破組の部屋住みになった噂で持ちきりだろうから、返って箔がついていい」
「まぁ、そうすけど…」
そんなもんで誤魔化されますかね、と言いたげに、紀伊田は語尾を濁した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「やっぱりそれぐらいでちょうど良かったな」
鏡越しの松岡に、亜也人が、面倒臭さそうな視線を向ける。
白いシャツに濃紺のブレザーに水色のネクタイ、明るめの紺色と水色のチェックのパンツ。学生服といえば学ランのイメージしかない松岡だったが、華奢で色白な亜也人に、その小洒落た制服はよく似合っていた。
「さっきまで、ブカブカでみっともない、って言ってたくせによく言うよ…」
「気が変わったんだ。ピッタリしてるよりゆとりがあった方が動きやすいだろ?」
「さあね」と、ブレザーの合わせ目に手を掛ける亜也人の指先を後ろから抱き締めて握り、もう片方の手をウエストに巻き付けた。
「離せよ、暑苦しい」
「せっかく姿見があるんだ。俺がゆっくり脱がしてやるよ」
「ちょっ、やめ…」
ウエストに回した腕に力を入れて亜也人の身体を支え、シャツの隙間に手を入れ、器用にボタンを外していく。亜也人が抵抗しないのも手伝って、松岡は手早くボタンを外し終え、ブレザーとネクタイを身につけたまま、胸元だけをはだけた亜也人を鏡越しに満足気に眺めた。
「あんた、って本当にスケベだよな」
「ああ。お前みたいに歳の離れた相手に駆け引きなんか通用しないから、己の欲望に正直になる事にしたんだ。その代わり、めちゃめちゃ気持ちよくしてやってるんだから文句ないだろ?」
「なんだよ、その開きなおり…」
片手で乳首を摘み上げ、うなじに鼻先をこすりつける。こうしていると、亜也人の息づかいを間近に感じることが出来、松岡はたまらなく興奮する。亜也人もまた松岡の愛撫に興奮を覚えているようで、しつこく触れても、以前のように心から嫌がることは無くなった。自分から求めてはこないものの、触れれば、まるで、身体の方が自分を気持ちよくしてくれる相手だと知っていて、待ちかねたように、自分の方から松岡の手指に纏わり付いてくる。現に今も、乳輪を摘んだ途端、柔らかく薄い皮膚の表面が松岡の指の腹にピッタリと吸い付いてきた。もっと、と催促されているような気がして、松岡は、乳首をキツく捻り上げた。
「んあっ…」
ガクンと膝を折る亜也人を腰を掴んで立ち上がらせ、身体が離れないよう、自分の胸に背中を沿わせて仰け反らせた。
「今日、仕立て屋の若い奴がお前見てアソコ、おっ勃ててたの気付いてたか?」
耳たぶを甘噛みしながら聞くと、亜也人が、「知らない」と喘ぎ混じりに答えた。
「あんなにギンギンにおっ勃ててたのに、知らないだと? お前の目ん玉は一体どこに付いてるんだ」
腰を抱いた腕をずらし、ズボンのベルトを外す。ファスナーを降ろさなくても、ウエストサイズの大きいズボンはこれだけで簡単に足首まで滑り落ちた。
「なんだこりゃ。やっぱこんな不用心なズボンはダメだな…」
「勝手なことばっか…んっ」
ほら見ろ、と、下着一枚になった下半身を、腰を突き出させて、下から舐めるように鏡に映した。乳首への愛撫だけで既に芯を持ち始めた亜也人のペニスは、黒い、ピッタリとした下着の真ん中で見栄え良く盛り上がっている。それを、指で挟んでギュッギュと形を強調をさせてから、指先を丸め、張りつめた生地の上から、触るか触らないかの優しさでくすぐるように撫で回した。
「たったこれだけでどんどん硬くなるぞ?お前って奴は、本当に敏感で可愛いなぁ」
指先を伸ばし、手のひらで包みながら下から上へ繰り返しさすり上げ、更に硬くなったペニスを強めに握って親指の先を先端にグリグリ押し当てた。
声を殺していても身体は正直だ。松岡が指を動かすとすぐに、亜也人のペニスの先端が湿り出し、下着に丸いシミを作った。
「トロトロだ。いやらしい…。ほら、ここ色変わってるの解るか? 黒だから見づらいか?今度、もっと目立つ色買ってやろうか。赤がいいか?それともスケスケの白か?」
「クソ…。言うことがいちいちオッサン臭いんだよ…んぁぁッ」
仕方ないだろ、オッサンなんだから…。心の中で呟きながら松岡はさらにペニスの先端に爪を立てた。
若さでは積川には敵わない。いくら若く見えるからといって、瞬発力や持続力で若者に勝てるなどとは思っていない。しかし、松岡には、これまでに培ってきたテクニックがある。実際、松岡は伊達に歳は重ねていない。顔の作りや体型などの好みはあるだろうが、185㎝という高身長と武道で鍛えた骨格のしっかりした筋肉質の身体、浅黒く焼けた彫りの深い顔立ちは、クラブへ行けば女たちがこぞって周りを取り囲み、男の集う、いわゆるハッテン場でも相手に不自由はしなかった。経験人数の多さから言っても、男女を問わず、並みの男以上に知り尽くしてる自負はある。松岡にかかれば、男のメスイキなど朝めし前、それは亜也人が相手でも変わらなかった。
「すごいビショビショになっちまったな。まるでお漏らしだ。気持ち悪いよな。気持ち悪いから脱いじまおうな…」
「だから、いちいち言うなって…あっ、やだ、やぁっ!」
下着を下ろし、ペニスを直に握ってカリ首に向かって強めに扱き上げた。
「あ、あ、あ、や、やっ、あん、あっ、あ」
ペニスを素早く扱きながら、同時に、乳首を人差し指の爪で小刻みに弾く。
やぁッ、と前のめりに倒れたうなじに噛み付き、唇を開いて思い切り吸い上げる。亜也人が、んんん、と悩ましい声を上げ、肩を震わせ、イヤイヤと首を振る。
亜也人の皮膚は薄くて柔らかく、少し吸い付いただけで、たちまち赤く染まり上がる。それが解っているから嫌なのだろう。松岡としては身体中の至るところに吸い付きたい気持ちだが、亜也人が嫌がるので我慢している。代わりに、亜也人の後頭部を掴んで振り向かせ、喘ぎ声を塞ぐように口付けた。
「んっ、んっ、んっ、んっ」
舌の先で唇をこじ開けて、探し当てた舌を引っ張り出して舐め貪る。再び亜也人に前を向かせ、顎を掴んで顔を上げ、鏡を見るよう指示した。
「見ろ、顔もアソコもトロットロだ。これが嫌がってる顔に見えるか? 口じゃあ、違う、と言ってるが、お前は本当は俺が好きなんだよ」
亜也人は泣き出しそうに顔をしかめている。今までなら、こんな真似をしなくても相手の方から松岡に夢中になった。ところが亜也人はそうはいかない。これほどの快楽を植え付けても、ギリギリのところで押し止まる。それが積川良二への操立てだと解っているだけに、松岡は、ついつい執拗になってしまうのだった。
「もう立っていられないな。ベッドに行くか?」
返事を聞かずに亜也人をひょいと担ぎ上げ、自分の寝室に運んだ。
ベッドにストンと落とし、シャツとブレザーを脱がせてから、太ももの真ん中に中途半端に引っかかった下着を脱がせ、ペニスと後孔にローションをたっぷりと垂らした。
亜也人の身体が松岡を受け入れていることは、触れた時の皮膚の感触や寄り添い方でよく解る。特に、後孔は、松岡が入り口に指の腹を当てるだけで、吸い付くようにヒクヒクと蠢いた。
「ほら、お前のここ、俺の指を飲み込みたくてたまらないらしいぞ?」
「あ、やだ…」
そのままズブズブと埋め込むと、熱い肉壁がたちまち絡み付いて締め付ける。松岡自身が動かしていると言うよりも、まるで、粘膜が松岡の指の形状に合わせて変幻自在に拡がり縮み、松岡の指を弄んでいるかのようだった。
感じるスポットを、これでもかというほど小刻みに突いて振動させ、亜也人の息が早く短くなったところで、両脚を左右に大きく開き、身を乗り出して挿入した。
「あっ、あぁん、あ、ひっ、んあっ、も、やっ…」
指だけで既に何度もオーガズムに達している亜也人は、もはやどんな動きをされても快感しか感じない。そこを敢えて激しく執拗に突くことで、止まらない快感が押し寄せ、文字通り〝飛ぶ〟
理性も自我もぶっ飛び、ただの淫乱な肉の塊になる。
亜也人はそれを、松岡に一方的に責められ、その状態に追いやられていると感じているようだったが、松岡は、この状態に至るには、ある程度の信頼関係が無ければ無理だと思っている。
ようするに、亜也人はもう俺に落ちているのだ。
自分の思いをぶつけるように、松岡は、容赦なく腰を打ち据えた。
「やあっ、やだやだ、も、だめ、そこ、や、やぁ、ダメ、ダメぇっ、や、や…」
「解るか亜也人。お前が好きなのは俺なんだよ。お前が積川の事を好きだと思ってても、お前が本当に好きなのは俺なんだ…」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
久しぶりに見る顔は、男らしく日に焼け、亜也人の瞳を釘付けにした。
現れるなり、亜也人の背中を搔き抱いて自分の胸へ引きこみ、折れそうなほど強く抱き締める。
良二の腕に抱かれながら、亜也人は、この感触だ、と胸を震わせた。
「会いたかった、会いたかった。もっと顔を見せてくれ。……なんだ、お前、泣いてんのか? バカだなぁ。ようやく会えたのに泣く奴があるか。ああ、マジで亜也人だ。マジで会いたかった」
亜也人の髪に鼻先をこすりつけて、良二は何度も何度も囁いた。おでこに口付け、鼻、頬、耳、首筋、顔という顔にくまなく口付けし、口を開いて、ゆっくりと唇を重ねる。
途端に、良二の熱い舌が亜也人の唇を強引に押し開いて入ってくる。舌先を丸めて絡め取り、痛いくらいに吸い付き、めちゃくちゃに搔きまわす。
そうだ。良二のキスはいつも激しく、吐息までもを飲み込み、奪って行くのだった。
「お前、ちょっとふっくらしたな。今の方がいい。すごく可愛い。俺は痩せたろ? あ、そうだ。俺、内藤さんとこの部屋住みになったんだ。部屋住みって知ってるか? 内藤さんとこに住み込んで、礼義とか色々教えてもらうんだ。弟子入りみてぇなもんだけど、学校の席はそのままにしてもらったから、火曜日は絶対に来るから心配するな。あ、お前は? お前は元気でやってるのか?」
うん、と答えようとして、亜也人は、即答しようとしている自分に戸惑った。
自分が元気である事に戸惑う。
改めて考えたことも無かったが、言われてみれば、自分はこんなにも元気に、平穏に暮らしている。松岡との生活も、多少の不自由さはあるもののさほど苦痛とは思わない。無理やり連れられた時はあんなに嫌だったのに、今の状況を思えば思うほど、亜也人は、自分が松岡との生活を嫌がっていない事に気付いてしまった。
セックスも。
そう言われれば、決して嫌では無かった。
もっとも、愛人になったのだから、セックスをするのは義務だと諦めていた部分もある。しかし、セックスが嫌で泣いた事は無い。頭の中は良二で一杯なのに、松岡の愛撫を思い出すと身体の芯がジンと痺れる。いつの頃からか、亜也人は、自分の身体が松岡に触れられるのを待っているかのような感覚に襲われることがあった。
頭の中は良二で一杯な筈なのに、松岡の愛撫を待っている。
一体どうしてしまったんだ、俺は。
「亜也人?」
「なんでもない」と、亜也人は、良二の胸元にすがりついた。シャツを掴んで、「もっとキスして」とせがむと、良二の顔が近付き、たちまち激しいキスが襲いかかる。
「亜也人、亜也人…」
待っていたのはこれだ。良二の熱いキス。骨が砕けそうな抱擁。待っていたのは良二だけだ。良二が好き。良二だけか好き。
「良二、もう離れていたくない…。良二といたい…」
「俺もだよ。俺だって、あんな、松岡、って奴のところなんかにお前を置いときたくない。待ってろ。俺、絶対、絶対強くなってお前を連れ戻すから。金もたくさん稼ぐ。お前一人ぐらい余裕で養えるぐらい稼ぐから、そしたら絶対連れ戻すから、それまで待っててくれ」
亜也人は、何度も何度も頷いた。
勘違いしちゃいけない。
俺は良二が好き。
良二だけが好き。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
気にならない、と言えば嘘になる。
鋭く冷たいもので胸の内側をチクチク刺されているような気がする。
心のどこかで予想していた事だった。おかしいと思いながらも乗ってやったのは、亜也人が初めて自分からしたお願いだったからだ。松岡は、亜也人の喜ぶ顔が見たかった。そういう意味では、松岡の目的は遂げられた。
「しかしまぁ、俺らの頃の〝部屋住み〟って言ったら殆ど部屋に缶詰めだったのに、最近は自由に外出できるんすね。世の中変わったもんだ…」
「それだけなり手がいないんだろ」
「あ、来ましたよ」
紀伊田の言葉に松岡が喫いかけのタバコを灰皿に押し当てる。
下校時のごった返す校門を、亜也人一人だけが、周りに空間を取りながら悠々と歩いてくる。
「なんすか、あれ。半径2メートル以内近寄るな、ってやつですか?」
強力なバリアに弾き飛ばされるかのように、亜也人が進むたび、モーゼの十戒よろしく道が開かれて行く。
これが積川良二が睨みを効かせた賜物であることは言うまでもない。ポカンと口を開ける紀伊田をよそに、横殴りの風に制服のシャツを膨らませ、うつむき加減に松岡の車に近付くと、亜也人は、後部座席のドアを開け、挨拶もせずに乗り込んだ。
「お疲れっス。あ、俺、紀伊田。この前会ったよね。覚えてない?」
亜也人は何も答えず外を見ている。答えない、と言うよりも、ここに在らずで耳にすら入っていないようだ。
亜也人の、憂鬱そうに伏せられた長い睫毛をバックミラー越しに眺めながら、松岡はゆっくりと車を走らせた。
亜也人の迎えに紀伊田を連れてきて正解だった。もし亜也人と二人きりだったら、松岡は、亜也人に何をしていたか解らない。
紀伊田から、やはり積川も来ていた、と聞かされた時は、想定内の事だと大目に見れた。しかし、実際、亜也人を目の前にすると、怒りなのか悲しみなのか解らないドロドロしたものが胸を締め付ける。
嫉妬。
まさか、と慌てて打ち消す。しかし、確かにこれは嫉妬だ。
いい歳をして、嫉妬で我を忘れそうになっている。自分がこんなみっともない男だとは思わなかった。
情けなさをかき消すように、松岡はアクセルを踏み込んだ。
マンションに戻っても、亜也人は無言のままだった。
紀伊田とはマンションの駐車場で別れ、松岡と亜也人は二人きりになった。紀伊田が居なくなったことで、松岡の感情のストッパーは大きく緩んだ。早々に部屋に戻ろうとする亜也人の腕を掴んで引き止め、自分の方に振り向かせる。振り払われる前に、両腕を掴んで真正面に向かい合わせて立たせ、「俺の目を見ろ」と、視線を合わせた。
「積川に会ったんだろ?」
亜也人は何も答えなかった。
「怒らないから正直に言ってくれ。積川に会ったんだろ? 積川と何を話した。積川はお前に何て言った」
亜也人はやはり何も答えなかった。答える代わりに、ふいに、両目からぽろぽろと涙を流した。
「なんだ、なんで泣いてるんだ…積川に何かされたのか!」
亜也人は激しく首を振った。
「違う…。あんたが、そんな顔で俺を見るから…。俺は良二が好きなのに…あんたがそんな顔で俺を見るから…」
抱きしめてくれと言われているような気がして、松岡は亜也人の身体を自分の胸に引き寄せた。
亜也人が、あっ、と声を上げる。小さく開いた唇が目の前にあった。その唇を、腰を屈めて下からすくい上げるように吸い、舌で押し開いて舐め回した。
「亜也人…」
「そんなふうに俺を呼ぶな…。俺は良二が好きなのに…」
「俺はお前が好きだ…」
亜也人は涙が止まらなくなってしまったかのようだった。
「俺は良二が好きなんだ…。それなのに、なんだよこれ。なんなんだ…」
「お前が積川を好きでも、俺はお前が好きだ」
「やめろよ…俺は良二が好きなんだ…良二だけが好きなんだ…」
そう言いながらも、亜也人の舌は熱く柔らかく、自分から求めるように松岡の舌に寄り添った。
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