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〜第九章 メモリア・白き風〜
❅メモリアプロローグ❅
しおりを挟む「オディウム……
よくもこの様な姑息な手を……」
シュンパティア大陸の北方地域で一つの争いが起き、その様子を死と命の女神となったムエルテが伺っていた。
「ムエルテ様……
この深刻さをエレナ様にお伝えするべきでは?」
黒き天使となったカイナがムエルテに言う。
「その必要はない
既に見ているからな……」
ムエルテがそう言い天を仰ぎ見る。
創造と破壊を司る女神となったエレナが、寂しげな目でその戦いを見守っていた。
この大陸はシュンパティア大陸と言い、創造神となったエレナが作り上げた大陸である。
過去の大陸の記憶を持つ者は非常に少ない、最高神と言えるエレナでさえ失っている、それはその昔、エレナの娘であるユリナが世界を未来に繋げた方法にある、そうするしか無かったのだが、その為に殆どの者が過去の記憶失ってしまったのだ。
それでもエレナが創造する世界は、過去の想いがとても強かったのか自然と過去に描いた世界に歩みよって行ったのだ……。
だが、平和を前に憎悪の神オディウムが憎しみから生み出したオルトロスを地上に放った、オルトロスはたくみに人と種族の欲を利用し惑わし、世界は戦乱へと変わるが『白き風』と謳われた英雄が現れ、シュンパティア大陸の北方地域にマルティア国を立て、オルトロスの旗を掲げるベルス帝国と対等の戦いを繰り広げていた……。
死と命の女神ムエルテは、そのマルティア国で起きた異変の行く末を見守っていたのだ……。
「皮肉としか言えないな……
世界に関わりすぎてはならない
エレナの決めたことが……
それが我らを縛っている
そしてそれにエレナも耐えているのだ
この先を左右する戦いがあると言うのに
我らは見守ることしか出来ぬ……」
ムエルテが残念そうに呟く、それはマルティア国の首都セディナから反乱軍を討伐に出陣した女王パリィ・メモリアの顔に死相が見えていたからだ……。
「オディウムが姿を表せば
我らが手を出せるが……
その様なことを奴はすまい……」
ムエルテが再びパリィを見て小さく呟いていた……。
(ユリナ……
何をしているの……
急がないと
取り返しのつかない事に……)
黒い天使カイナが心で呟いていた。
そして三日が経つ……。
「なぜ貴方がこんなことを……」
深々と雪が降る中、愛するキリング・フェルトと殺し合わないといけない……
だがパリィ・メモリアは彼を殺すことは出来ない、深く愛していたからだ。
マルティア国は、シュンパティア大陸の北方に位置し、北方地域最大の大国であり、シュンパティア大陸で侵略と破壊を繰り返すベルス帝国に唯一対抗出来る豊かな国であった、パリィ・メモリアはこの国の女王でありながら『白き風』とも言われるほど名の通った剣士でもある。
その大国マルティア国が、パリィの恋人であるキリングが裏切り、亡国の危機立たされている、そして戦場になったマルティア国の首都セディナの手前にあるカルトルと言う街で二人は対峙したのだ……。
パリィは三日前に出陣したが、カルトルの街まで行き陣をはり、それ以上進軍はしなかった、いや……出来なかったと言えよう。
パリィにとってあまりにも辛すぎたのだ……。
「キリング……」
パリィが敵となった恋人のキリング・フェルトを見て悲しそうに呟く。
「悪いな、俺とお前で作った国だが雪が溶けベルス帝国が攻めて来れば、どうにもならない……多くの人々が死ぬ……
だがお前は奴らに従うことが出来ない……
奴らは国など関係ない、お前が道具にされるなら今……」
キリングは最後まで言わず、パリィに剣で斬りかかって来た。
パリィは右手のエストックで受け止め、左手の剣で右から左になぎ払うがキリングは難なく躱し、左手でナイフを投げて来たがそれをパリィは左手の剣で弾くが、その瞬間キリングはパリィの左手を蹴る。
パリィはその蹴りで剣を離してしまう。
(なぜなのキリング……)
パリィはキリングの裏切りを未だに信じられずにいた……
この二百年、二人で築きあげて来た国、いや、多くの仲間と共に作り上げた理想の国を滅ぼそうとしているのが、愛し合ったキリングだと言う事を疑うしか出来なかった……
だが既に反乱を起こした兵とマルティア軍はかなりの命を落としている。
パリィは受け止めるしか無かった……
パリィは意を決した様に瞳を閉じ……見開いて語る。
「私達の出会いもこんなんだったね……。
こんな風に雪が降ってさ、いきなりキリングが斬りかかって来たね……
あの時さ賞金稼ぎだった私が貴方を追ってたんだよね……
私は国が欲しかった。
薄汚れてない、綺麗な国が……
そんな私に綺麗事じゃ国は出来ないって教えてくれたね……
ありがとう、キリング・フェルト。
私は貴方を斬れなくなっちゃったよ……
でも貴方を罪から守りたい」
そうパリィは言いながら、エストックを降り積もった雪に刺しダガーを抜いた。
「いかんっ‼︎
パリィっ!
それはならんっ‼︎‼︎」
その様子をムエルテが見て思わず叫んだ。
パリィはふとその声が耳にはいるが、意思を曲げずに涙を流し呟いた。
「ゴメンネ、私の赤ちゃん……」
そう言い、パリィは自らの下腹部にダガーを深く突き刺した。
「パリィ!お前まさか!」
キリングは知らなかった……自らの子がパリィに宿っていた事を……。
「来ないで!」
パリィは痛みに顔を歪めながら必死に叫んだ。
パリィは神が許さないと言われる、子殺しの罪をキリングでは無く、自ら背負う事を選んだ。
そしてキリングが駆け寄ろうとした時、パリィはダガーを引き抜き、自らの首を切り裂き赤い血を飛び散らせ命を落とした……
美しい白い髪が溢れる血で赤く染まって行く……
口からは二筋の血が流れ落ち、美しい水色の瞳はもう開くことはない、瞑る瞳からは涙が流れた後があり、降り積もった雪の上に倒れたパリィの亡骸は、死しても美しい姿をしていた……
キリングはパリィを抱き寄せ……パリィが命を絶ったダガーで、自らの喉を突き刺し倒れ込む様に命を落とした……
その二人の姿は死しても愛し合っているかの様であった……
「なんてことを……
これではエレナでも
パリィを許さぬかも知れぬ……」
ムエルテは知っていた、エレナは前世で二人の娘、カナとユリナを母として愛し大切に大切にしていた。
それは記憶を失い女神になっても受け継がれ、この世界の最大の罪とされていた。
「カイナ……
すぐに天界に行き
パリィの魂を妾が預かると
エレナに伝えて参れ
解るな?
エレナはパリィの魂を
側近の天使カナだと言う事は知っておる……
だがカナが自らの娘であることは忘れておる……
天使の魂でありながら
子殺しをしてしまった……
エレナがカナの魂を……
消してしまうやも知れん
それだけはさせてはならぬっ‼︎」
ムエルテはそうカイナに言い直ぐに天界に向かわせた、そしてムエルテは直ぐにパリィの遺体に向かい、悲しそうにしているパリィの魂を迎えに行く。
パリィの魂がムエルテに気づき、振り返った瞬間、ムエルテはパリィの魂をすぐに眠らせ、手を取り黄泉の国に連れて行こうとしたが……。
「ムエルテ待ちなさい」
「これはエレナ殿
最高神のそちが地上に降りて来るとは
珍しいな」
最高神となったエレナが、カナの魂を罰しに来たのだ、カイナを使いに出したが遅かった様だ……。
「カナは私の天使……
あなたが連れて行くことはありません
罪深きカナを渡してくれませんか?」
エレナが静かに言う。
「それは出来ぬな
子殺しをした者……
黄泉で罰せねばならぬ
それは定めであり
世の理じゃ……
そう決めたのはそちではないか
それを最高神である
そち自らが破られるおつもりか?」
死と命の女神ムエルテが最高神エレナに一歩も退かずに話す。
「どうしても譲って頂けないのですか?」
エレナが睨みながら言う。
「どうしてもじゃ
最高神であるそちが
理を乱すことは妾が見過ごせぬ」
ムエルテは一歩も退かない。
「ならば力づくでも……」
エレナがそう言い、透明だが輝く細身の小太刀を抜いた、前世から使い続けたクリスタルの小太刀は、長い時と最高神となったエレナの力で神剣となっている。
エレナはやはり許せないらしい、何故かカナがその罪を犯してしまったことが、どうしても許せないようだ。
ムエルテはパリィの魂を手の平にある六芒星に吸い込み、パリィの魂を傷つけないようにした。
「妾から奪えるかのぉ……」
ムエルテが余裕を見せ呟いた時、エレナがムエルテの腕に向かい離れたまま剣を振った。
凄まじい速さの水の刃がムエルテの腕に目掛けて放たれ、ムエルテは霊体になりそれを躱すが、エレナは神の瞳でムエルテを追い、パリィを匿う腕を狙って小太刀を振る。
ムエルテは素早く骨の鎌を出し、その小太刀を受け止める。
「エレナよ
そちの剣は妾に届かぬっ
なにゆえか考えてみよっ‼︎‼︎」
ムエルテが叫び鎌を使い押し返し、そして距離を詰めてエレナの腹部を蹴り飛ばす。
「なっ
この私にっ‼︎」
エレナが一撃を受け怒りを表したが、その一瞬で既にムエルテの鎌がエレナの首を捕らえていた。
「なぜ首を落とさぬか解るか?」
ムエルテが静かに言う。
「………」
エレナが目元をひくつかせ沈黙をし息を整える。
「妾はそちを殺そうとは思わぬ
昔から知っておるからの……
そしてそちの剣が届かぬのは
そちが忘れてるからじゃ……」
ムエルテは静かに言う。
「忘れてる……
いったい私が何をっ!
忘れてると言うのですか⁈」
エレナが聞く。
「そちの剣の強さ……
それは守る強さじゃ
つみびとを罰する剣では無いっ‼︎」
ムエルテがエレナの瞳を睨み強く訴え、エレナはその気迫に押され我に返った。
「ムエルテ……
あなたは黄泉を司る神……
私にそう言い
私に挑めるのはあなただけです
それはあなたが
絶対神であるテンプス様に信頼されているから……
あなたとテンプス様はどの様な関係なのですか?」
エレナが冷静に聞いた。
「何か勘違いしておるのぉ……
妾がそちに言えるのは
妾が黄泉の国を司るからでも
友であるテンプスとの関係があるからでも無いのじゃ……
妾はかつて冥界を支配していた……
天界を滅ぼす為にな……
だから天界の神であろうと
最高神であろうと
妾には関係ないのじゃ……」
ムエルテはエレナをからかうように、エレナの忘れてしまった記憶を僅かに言う、だがそれもムエルテの強さの一つでもあった。
「まぁ妾を斬りたければ
守る為に剣を振るがよい……
そちの大切な者を守る為にな……」
そうムエルテは教えるように言う。
「あなたは何を……
言ってるのですか?」
エレナが困惑する、最高神であり過去の世界を忘れてしまっているエレナには解らないことで、全く理解できなかった。
「ふっ……エレナよ
そちに会わせたい女神を知っておる……
その女神は
そちよりも慈悲深い
そちよりも慈愛に満ち溢れ
妾よりも強いかも知れぬ……
実に美しく優しい女神じゃ……」
ムエルテが静かに話続ける。
「その女神なら
このパリィを微笑んで許すであろうな」
「いったい誰なのですか?
その女神は……」
エレナはその様な女神に心あたりが無く、不思議に思って聞いた。
「闇の女神オプスじゃ……
あやつが今の世界に居ないのが
残念でならぬ……」
ムエルテが寂しそうに言い、エレナは気丈なムエルテが見せるその表情を不思議に思い、なぜかその女神の優しい笑顔が頭に浮かんだ、知る筈がない女神、だが何故か浮かびムエルテが余程伝えたくて、神の力で念じ伝えて来たのかとエレナは思う、だがその笑顔はとても暖かくエレナは優しい気持ちになれた。
「解りました……
ムエルテ、あなたにカナを預けましょう
ただ近いうちに天界に来て
その女神の話を聞かせて下さい
私も学ばなければなりませんね……」
エレナは最高神ではあるが、神としての経験の様なものはムエルテに劣る様な気がしていた、それはエレナからすればあり得ないことであるが、エレナの直感がそう告げていた。
「あぁそうするとしようかの……
礼を言うぞエレナよ」
ムエルテはそう言い、パリィの魂を黄泉の国に連れて去る。
「流石エレナよの……
妾が地上で見ておらなければ
間に合わなかったのぉ……
ユリナ
お前が帰るまで守ってやるが
早く帰って来ぬか……」
ムエルテはそう呟き、魂であるが疲れ果て休む様に寝ているパリィを見て、このキリングが起こした反乱が、パリィにとってとても苦しかったのをより深く感じていた。
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