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〜第五章 ファーブラ・神話の始まり〜

101話✡︎✡︎サラティア✡︎✡︎

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 シェルドは詳しく調べる様に命じ密かに兵を集め始める。

 シェルドの密偵は容易く情報を持ち帰った。
 ラステアに闇の力を使う様に進言したのは、褐色のエルフ、ダークエルフの族長のシュバルツである事も掴み、更に一月後にミノタウロスに宣戦を布告する様であった。

 決断するシェルドは一瞬で判断した。


止めなければならない!


 僅か五年で立ち直ろうとしているが、他国に兵を送る余裕は無い、もし送ればセレスを守れない、今度こそ滅んでしまう。
 シェルドの怒りは顔に出るが、瞳からは悲しみが溢れ出していた。


 シュバルツは確かに頭がいい魔導師で、剣も相当な腕を持つ、悲しい事にシェルドはシュバルツから剣を教わった。


シェルドは信じられなかった……


(なぜなぜなぜなぜ!なにが何が‼︎そうさせた‼)
「何があったんだ‼︎‼︎‼︎」
 シェルドは叫んだ、それはシュバルツに教わったのだ。


「敵であろうとも、斬った相手に敬意を払え、命を頂いたのだからな……」
 シュバルツから聞いたその言葉が脳裏横切った。


 そう言っていたシュバルツが、死者を冒涜する様な魔法を生み出そうとしている、それが信じられなかったのだ。


 だが信じる信じないを言ってられない、時が無さ過ぎる……
 一月後と言う事は、準備はほぼ整っている筈だ、褐色の者達の行動は把握し切れない明後日、ラステアはエルフの大臣と指揮官を集める。

シェルドも呼ばれている。

(まさか……)
シェルドは気付いた……


 そして部下に何かを指示してシェルドは自室に入った。
 シェルドは日が沈むのを窓から見て、その夕日がエルフ族の未来に思え心を固めた……

 シェルドには婚約者がいた、既に共に暮らしている。
「シェルドどうしたの?」
ユリナの声にそっくりだった。


「いや、夕日が綺麗で見てたんだサラティア一緒に見ないか……」
「きっと、今夜は星が綺麗になりますね。
外で夕食を食べませんか?」
サラティアが言う。
「いいな、そうしよう」


 その夜、シェルドは婚約者と美しい夜空を楽しみながら夕食をとるが、やはり心に重い物を抱えていた、そしてサラティアの顔だけは不思議と見れなかったがユリナは驚いた……

 その外の庭を見て気付いた、シェルドが建てた屋敷は今ユリナが住んでいる屋敷そのものだったのだ。
 ユリナはフロースデア家がシェルドの時代から守り続けた屋敷に住んでいたのだ。
 神の血を引く一族であり、その誇りをシェルドから感じ、母であるエレナが立派に蘇らせている様に思えた。






 二日後、王宮に大臣達と指揮官達が集められた。
 ラステアが玉座に座り、全ての者が離れて整列していた。
 ダークエルフの族長シュバルツは褐色のエルフの護衛を引き連れている、数は五十といった所だろうか……そして同じ様に整列していた、シェルドはサラティアと共に玉座の後ろの席に座っていた。


 やはりサラティアの顔は何故か見えない……


ラステアが立ち上がり力強く話し始めた。


「皆よ!五年前のペンタリアを!
忘れた者は誰一人居ないと!
私はそう信じている!
我らの生まれし地ペンタリア‼︎
あの地で野獣の如きミノタウロスに多くを奪われた。

我らの友が!
我らの家族が!
我らの愛する者達が!
無数に命を奪われた‼

正に地獄であった……」


(何を言うか!
父上はその戦場を見ていない!
民より先に逃げたではないか‼︎
それを父上が語るなど‼︎)

 シェルドは力強く拳を握る、シェルドの部下達は、シェルドの想いに呼応して一人でも多くの民を逃そうと奮闘し命を散らせていったのだ、だがそれを我先に一戦もせずに逃げた国王が語り自ら見た様に言う事が、その部下達を想うシェルドの怒りは当然であった。

 だが必死に怒りをその拳にだけに抑えていた、その様子をサラティアが気づき心配している。


「だが!我らは新しき力を得た!
その力を使いペンタリアの地を取り戻そうでは無いか‼︎
闇の力の助けを借り!
我らの故郷に帰ろうではないか‼︎」

 全ての者が闇の力と言う言葉に動揺する、ただシェルドとシュバルツは動揺せずに、互いに違う想いで聞いていた。


「復讐の時は訪れた!
武器を取れ!全ての野獣を……」
 ラステアは最後まで言う事なく斬られた……


 ユリナもピリアもトールも衝撃を受けた……その斬った者は悲しい目をしている。

 溢れんばかり悲しみをその瞳が訴えている……その瞳の奥には全てを受け止めた強い輝きを感じさせる物があった。



 シェルドだ、シェルドは一族を守るために、実の父をその手にかけたのだ。
 シェルドはその手に残る醜く生々しい感触が離れなかった。
 敵を斬った時、生きてる者を斬った時と同じ感触だが……違った……


 実の父の肉を斬り裂き、骨を断ち切った感覚……それが嫌な程その手に残った……



「シェルド!貴様血迷ったか‼︎
親殺しの大罪!
幾ら王子であろうとも免れぬぞ‼」
シュバルツが叫ぶ!


「黙れ!裏切り者が‼︎
貴様、父上を闇の力で誘い亡者を操る術を生み出した大罪!
これは神をも冒涜する罪だ‼︎

皆の者よく聞け!
父上は、闇の魔法を使いペンタリアに眠る我らが同胞の魂を操り!
ペンタリアを取り返そうとされた!
これが許されることか‼︎

ならばその罪を背負う前に!
我は我が自らの手で天に送って差し上げたまでのこと!

我が天に裁かれようとも!

父上に恨まれようとも!


その覚悟は出来ている‼

何方が正しい!
何方が間違っている⁈⁈」


 シェルドは力強く叫び全ての者に更に訴えた!


「我らはあの戦いで多くを失った‼
全て取り返せない命だ!

我らはそれでも……
前に歩きいま!
立ち直ろうとしている‼︎

だが‼ペンタリアに出兵すれば!

サラン!

そしてアグドが攻め込んでくるぞ‼‼︎

それを守れるのか⁉⁉︎
深く考えて見よ‼︎‼」


 多くの指揮官がうなずき始める……


 このシェルド訴えは、その記憶を見ていたユリナにも、ピリアにも、トールにも三人の心に深く響きシェルドが正に国王の器である事を感じさせていた。


 そして記憶は続く……



「黙れ!貴様は国王を殺し‼︎
自らの父を殺したのだ‼︎

それ以上の罪があると言うのか‼︎

そして国を裏切った揺るがぬ事実‼︎
我がエルフ一族の悲願を打ち砕いたのだ‼︎‼︎

我が刃を甘んじて受けよ‼‼︎」
そうシュバルツは叫び剣を抜きシェルドに斬りかかる!

 シェルドはそれを剣で受け止め、シュバルツの腹に蹴りを入れるが、シュバルツは動じずに更に斬りかかってくる。

 シェルドは左右から素早く襲いかかって来る斬撃を見事に受け止めていくが、反撃が出来ない……

 シュバルツの剣は美しく研ぎ澄まされた剣技でシェルドは教わった身……シュバルツはシェルドの癖も全て知っていた。

シェルドは追い詰められて行く……


「グアァ」
 二人が斬り合っている後ろで悲鳴が聞こえた、シュバルツの護衛達がエルフの指揮官に斬られたのだ。

「王子こちらは任せよ!
我らは水の御使、闇の力など要らん‼」
一人の隊長がそう叫び、シュバルツの護衛達とエルフの兵達が戦い始める。
 既に玉座の間は白きエルフと褐色のエルフが争う戦場と化している。


「シェルド!計ったのか⁉⁉︎」
「あぁ、それしか無い!
一族を救う為には!
それしか無かったんだ‼︎‼︎」


 シュバルツはシェルドの策をその一言で把握した、シェルドは白きエルフと褐色のエルフを思い切って二分する事を選んだのだ。

 同じエルフ同士が争えば、他国侵略など到底考えられない、他国に侵略し国が滅びるならば、血を血で洗う結果になったとしても、セレス国の過ちはセレス国内でとどめる事を選んだ……
 余りにも真っ直ぐなシェルドの想いをシュバルツは師として感じてしまい、心が動いていた。

 だがその混乱に乗じて他国が攻め込んで来るのは目に見えている。
 シュバルツはそれを予想して叫ぶ!


「愚か者が‼︎」


 そしてシュバルツはシェルドの腹を蹴り飛ばした、師匠として渾身の力を込めて蹴り飛ばした、刃を使わずに……


「がっ……」
 シェルドはもろに受けてしまい、膝をつき呼吸困難になってしまう。

「貴様がそこまで見えぬとは……
思わなかったぞ‼︎」
 そう言いながらシュバルツは一瞬だけサラティアを見た。


 そしてシュバルツはシェルドのとどめを刺そうと早く歩み寄り、剣をかざし斬ろうとしたが……


 何かが二人の間に飛び込みシュバルツに抱きついて動きを止めた!

 サラティアだった。



 その記憶を見ていた三人は驚愕する……
サラティアの顔はユリナにそっくりであった、似過ぎている。まるでユリナとエレナの様に似過ぎていたのだ……
 


そして記憶は悲しく続いていく。



 シュバルツは振り払おうとするが、サラティアは必死に離さないそして叫んだ!

「今よ!」

 シェルドは迷わなかった。


 声を押し殺し愛を押し殺し全て一族を救う為に……


 シェルドはサラティアと共にシュバルツを突き刺し貫いた……

深く深く……
愛する者の肉を貫く感触が、その手に伝わって来る……


 それと同時に蘇る記憶、五年前の戦いから帰り、サラティアが迎えてくれた……
 その晩シェルドが、暗い顔をしていたのを見てサラティアが言った言葉。


「シェルドが守ろうとするもの……
私も守りたいから私も手伝わせて!
二人なら守れるかも知れないからね!」

そう明るく言ってくれた。

 まさかこんな形で……あれからの五年間、サラティアは多くを学んだ、何かあった時にシェルドを手伝える様にと……


「クハ……」

シュバルツを刃は貫いていた。

サラティアと共に……

 サラティアは口から血を流し、傷口からもおびただしい血を流している。

「離せ、サラティア!」

サラティアは離さない、そしてゆっくり顔を上げた。
 その顔はユリナと瓜二つな程似ていて痛みと苦しみに耐えながらも顔を歪めずに。

「シュバルツあなたの罪……
私も背負います。

私の愛するシェルドの為に……

シェルドが……
あなたを心配し…て……」
そう何かを言いかけてサラティアは生き絶えてしまう。

 サラティアは知っていた、シェルドが最後までシュバルツを信じようとしていた事を、そして父以上に慕っていた事も全て知っていた。


(サラティアそなたなら……
私を止めてくれると思っていた。

すまぬ……

我が弟子の過ちに付き合わせてしまったな……)

 シュバルツはこの状況で、国を存続させる為にシェルドの反乱を成功させる事に素早く賭けた……この先を何も考えずに行った訳ではないとシュバルツはシェルドを信じた。

 そしてシェルドの剣で褐色を束ねるシュバルツが死ぬ必要であると解っていたが、あからさまに剣に実力差があり過ぎる。

 シュバルツは二人の愛の前に敗れる事が自然であると思い、サラティアを見てから歩いたのだ、全てサラティアに止めさせるために……


「セレスに……栄光……
あ………れ……」
それがシュバルツの最後の言葉であった。


 その光景に全ての者が斬り合う事をやめた、シェルドの選んだ道は余りにも残酷であった。
 実の父を斬り、自ら慕った師を愛する者とともに貫いたのだ。


(違う道は……無かったのか……)
シェルドは静かにそう思っていた。


 サラティアの血がシェルドの剣を伝いシェルドの手を赤く染めた。
 シェルドは走馬灯の様に、サティアとの思い出が頭の中を過ぎていく中で再び見ていた。


「シェルドが守ろうとするもの……

私も守りたいから私も手伝わせて!

二人なら守れるかも知れないからね!」
 そうサラティアが言った時の笑顔を見て我にかえり二人を貫いた剣を抜いた。


 既にシュバルツも生き絶えていた。

 そしてシェルドは叫ぶ様に言った。

 全ての感情を乗せて……

悲しみも

憎しみも

愛も悲恋も

 全てを込めて導く為に強く強く言った。

「褐色の者よ!
抵抗しなければその命を救おう‼︎

それは……

その命を愛の為に捨てた
サラティアに誓う‼︎

それは……

その命を国の為に捨てた
シュバルツに誓う‼︎


だが‼︎褐色の者達を!
このセレスより全て追放する!

我を恨むなら恨んでも構わない‼︎

忘れるな!
何があろうと忘れるな‼︎

復讐は悲しみしか産まないことを‼︎

この悲しみが何故生まれたのか……
全ての者が考えよ‼︎‼︎

そして繰り返すな‼︎」


 シェルドは気付いていたシュバルツが、わざと敗れた事に、シェルドだけは理解していた、シュバルツが最後に師として居た事に……




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